今日は冬至

埼玉に住む下の妹が送ってくれたシクラメンの鉢。
毎年暮れに送ってくれるが、
今回の鉢は一味違った色どりだ。
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ベランダのキルタンサスの花が咲き始める。
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さて今日12月22日は冬至です。
太陽の南中高度が一年のうちで最も低く、
昼が一年のうちで最も短い日。

古来一陽来復と言いますが、
冬至の今日から節分までの間、
新宿区早稲田にある穴八幡宮では、
「一陽来復御守り」が授けられます。

ところで今週も何かと忙しく過ごしている。
火曜日、免許証の更新手続きで、地元の青葉警察署へ。
後期高齢者用認知症検査と事前講習会はすでに終えており、
更新手続きのみ、新しい免許証が受領できるのは1カ月先。
年齢のことも考え、今回の更新が最後となりそう。
夕方には、ケーブルTVの会社が、光ケーブルに替えたのに伴い、
インターネット用のケーブルモデムの交換が行われる。
交換後テストしたが問題なし。

水曜日は、朝一番で散髪に出かける。
客は私一人、暇そうで、これで大丈夫なのだろうかと余計な心配。
昼はご近所の仲間との月例食事会。
前月と同じ焼肉の「ハンバーグ・ファクトリー」の青葉台店。
ジュージューと焼き立てのハンバーグに舌鼓み。
私一人だけ小ジョッキーの生ビール。

木曜日は、内科通院。
最近朝の高い方の数値が若干高めだが、特に問題なし。
ついでにインフルエンザの予防接種も。

今日の午前中は、近くにあるホームセンターのビバホームへ。
来年早々に店じまいをするようで、現在閉店セール中だ。
実績がよくなく、今後の伸びも期待できない店は整理する方針なのだろう。
大物の買い物もあるというので、
いつも歩いて行けるのだが、車で出かける。

大掃除はまだこれからだ。




# by toshi-watanabe | 2017-12-22 14:13 | 季節 | Comments(0)


今年も残り10日余りとなりました。
年々歳々、月日の経つのが加速化される感がつよい。
この1年、多くの方々が旅立たれ、ご冥福を祈りました。

身内では、かみさんのすぐ上の兄が74歳の生涯を全うしました。
生まれながらにして、小児麻痺のハンディを背負い、
車椅子の生活を強いられてきましたが、
兄弟姉妹などの温かい支援で生き永らえました。
義弟(すぐ下の妹の亭主)の姉も享年84歳で他界。

中学の恩師、H先生は我々生徒と余り年齢差がなく、
88
歳で旅立たれました。
1
年先輩のTさんとともに、一升瓶を持参して
H先生のお宅に押し掛けたのも懐かしい思い出。
中学の同級生、U君も黄泉の世界へ。
U君は定年退職後、悠々自適の生活を求めて、
茨城県鹿嶋へ転居し、ゴルフ三昧だったのだが。

大学の友人、K君も旅立たれた。
K君は定年退職後、陶芸の世界に入り、
数年前日展に入選したとの嬉しい便りがあった。

かっての勤め先関連では、
創業者のご長男で、創業者のあとを継いで2代目会長を
務められたNさんが旅立たれ、
築地本願寺にて営まれた葬儀に参列させていただいた。
先輩のTさん、同僚のAさんも旅立たれた。
Tさんは、海外進出のパイオニアとして、
早くに米国に赴任され、NYでは大変お世話になった。
AさんはOB会のメンバーで、毎年笑顔を見ていたのに。
奥様に先立たれ一人住まいだったが、
連絡が取れず、息子さんが自宅を訪れると、
倒れており、すでに不帰の人となっていた。
同僚のK君の母上は、女手ひとつで子供たちを育てられたそうで、
104歳の大往生。


高校の同級生、Y君の母上も旅立たれた。
我々世代の親が健在だったというのも珍しいが、
若い頃、お宅にお邪魔して、ご母堂からは楽しいお話を伺ったものである。
一人息子のY君の扶養家族とはならず、
軍人恩給で生活され、99歳の生涯を全うされた。
まさに大往生だ。
すでに戦後72年になるのに、いまだに軍人恩給というのも
吃驚させられるが。

私と同年、昭和12年生まれの著名人も亡くなられている。
若い頃は「ロカビリー三人男」の一人で、
その後は作曲家として活躍された平尾昌晃さん。
「霧の摩周湖」、「よこはま・たそがれ」、「瀬戸の花嫁」等々、
名曲を出された。

体操のお兄さんとして知られる砂川啓介さん。
奥様の大山のぶ代さんの介護で大変苦労されていたのだが。

現役時代が短かったが、阪急ブレーブス(現在オリックス)の
の名将監督として阪急の黄金時代を築かれた 上田利治さん。

他にも数多くの喪中のお葉書が手元に届いている。


改めて故人となられた皆様方のご冥福を
衷心よりお祈り申し上げます。


合掌



# by toshi-watanabe | 2017-12-21 09:22 | 季節 | Comments(0)

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宮本昌孝さんの新作「武者始め」を読み終える。

祥伝社発行、1,600円+税。

武者始めとは、戦国武将の初陣のことである。

この作品は、戦国時代の7人の武将の初陣物語。

7人の初陣(初陣とは言えない場合もあるが)を通して、

ぞれぞれの武将としての人物像が見事に描かれている。

目次順に行くと、最初に登場するのが、

題して「烏梅(うばい)新九郎」。

伊勢新九郎盛時のことで、烏梅を好んで口にする。

烏梅とは未熟の梅を燻製にしたもので、漢方薬でも知られる。

相模北条氏の祖となる、のちの北条早雲が主人公。

因みに小田原は、現在も梅の産地、梅干しが名産品。

次に登場するのが、「さかしら太郎」。

武田太郎晴信のことで、のちの武田信玄。

さかしらとは、賢しら、利口そうにふるまったり、

物知りぶることで、父親の信虎にとっては、

太郎の賢しらさが癇に障る。

3人目は「いくさごっこ虎」。

長尾虎千代景虎、越後の虎と称された、のちの上杉謙信。

三十数年間で七十回以上戦場を馳駆した

謙信は一度も負けなかったと言われる。

継いで登場するのが「母恋い吉法師」。

七つの作品の中では、最も興味深く読み、

一番感動を与えられた物語だ。

吉法師とは、ご存知織田上総介信長の幼名で、

その姿や行動から尾張の大うつけと呼ばれる。

実母の土田御前からは長男でありながら疎まれ、次男が溺愛される。

吉法師の面倒を見たのが乳母の徳で、

実は父親の信秀の家臣、池田恒利の妻である。

吉法師は徳を実の母のように慕う。

徳はのちに養徳院と名乗り、94歳の長寿を全うする。

5人目に登場するのは、題して「やんごとなし日吉」

やんごとなしとは、やんごとなきという意味なのだろう。

幼名日吉(実際は異論もあり)と言えば、のちの木下藤吉郎、

そして豊臣秀吉、羽柴秀吉。

信長に接近するくだりが語られている。

日吉は京の村雲にある持萩中納言家の主として登場。

長年にわたり、無名の貧乏公家だと称している。

次いで「薬研次郎三郎」。

薬研とくれば、見当がつくが松平次郎三郎、幼名竹千代、

のちの徳川家康である。

足掛け14年に及ぶ人質生活を強いられる。

最後の登場人物は、題して「ぶさいく弁丸」。

弁丸とは真田源次郎信繁の幼名で、のちの真田幸村。

上杉との和議により、弁丸は人質として上杉景勝の元に。

幸村と言えば、颯爽とした武将を思い描くが、

その風貌は小柄で出っ歯のぶさいく男、

とても美丈夫というには程遠かったようだ。

その為か、秀吉からも気に入られる。

豊臣秀頼を守ろうと、大坂夏の陣で、

戦国武士随一の大輪の花を咲かせ、圧倒的に美しい最期、

ぶさいく弁丸から美男真田幸村に変貌した。

いずれの作品も素晴らしく、読者をぐいぐい引き込んでしまう。

大変興味深く読む事が出来た。

ぜひともお薦めしたい一冊である。



# by toshi-watanabe | 2017-12-20 10:23 | 読書ノート | Comments(0)


昨年3月いっぱいでやめさせていただいた
「スペイン語勉強会」はまだ続いている。
10数年スペイン語を勉強した会である。

昨年末に続いて、今年も暮れのフィエスタ(忘年会)に
有難いことにOBとして呼んでいただき、昨日8日の昼、出掛ける。
11時ごろ、江田事務所の2階へ。
講師のジセル先生を中心に、スペイン語の勉強中、
今年最後の勉強会のようだ。
鎌倉名物に「鳩サブレ」があるのはご存知と思うが、
この名物菓子に纏わる「鳩三郎物語」をスペイン語に訳されたものを、
使っての勉強をされていた。

La galleta "Hato-sable" de Kamakuraで、
なかなか興味深い話、
今まで全く知らなかった話だ。

勉強会終了とともに、皆一緒にフィエスタの会場まで歩く。
青葉台には数多くのイタリアンレストランがあるが、
昨年同様、「レロエ・クオーレ」という店。
こじんまりとした店で、貸し切りなので、
少しぐらい騒いでも大丈夫だ。
ランチのコースで、ワンドリンク付きで3500円也。
赤ワインをいただく。
料理はどれも美味しく、大いに満足。

1年ぶりにジセル先生や一緒に学んでいた仲間たちと、
殆ど女性の方たちだが、お互いの近況を確認したり、
色々と会話も盛り上がる。
コスタリカ出身のスペイン系の美人、ジセル先生、相変らずお元気だ。
最近は三味線にお琴を学んでおられるようだ。


2時間半ほどのフィエスタも終わる。
再会を約して失礼する。






# by toshi-watanabe | 2017-12-09 14:52 | 季節 | Comments(0)



高校のクラス会があり、12月5日から熱海温泉に連泊。
仲間も年々減る一方ですし、最近は夏の食事会の他に、
年末に一泊旅行が加わる。
折角なので、私と数人の仲間は連泊する。
今回の参加者は男性6名に女性6名で12名。

熱海温泉も最近は競争が激しく、特別料金のサービス有。
昨年と同じ宿だが、熱海駅前から宿まで送迎バスの便があり、
夕食には飲み放題が付くバイキング料理、もちろん朝食付きで
一人一泊の料金が1万円プラス消費税である。
料理の種類も多く、魚介類も新鮮でおいしい。
専用の席を設けてもらい、遠慮なく話も弾む。
久し振りの再会で旧交を温める。

翌6日は、朝食を済ませた後、熱海駅から三島駅へ列車で出かける。
参加者は7名で、うち5名は連泊する。
熱海から東京方面はJR東日本、熱海から静岡方面は
JR東海となっており、SuicaやPasmoが、熱海から先は使えない。
三島までの切符を買うことになる。
三島駅に到着した途端、仲間の女性のお一人が切符を紛失。
普段切符を持ち歩くことがないので、どこかに落としてしまったのだろう。
私の全くの勘違いで、北口に出てしまう。
北口は閑散として何もなく、バス停があるものの、どうもおかしい。
人に尋ねたところ、バス停は南口で、南口へ行く道はなく、
改札を通って駅構内を行くしかないと言われる。
駅員さんに事情を放して、何とか通行証を出してもらい無事南口へ。
入場券を買わずに済む。
先入観はよくないと、反省するばかり。

観光案内所に聞くと、往復のバス代とスカイウオーク入場のセット切符が
特別価格で買えるという。
一人当たり1800円也のチケットを買い求める。
三島駅前からは元箱根行バスに乗り途中下車。
三島大吊橋・スカイウオークに来るのは初めてである。
長さ400メートルほどある吊り橋で、車いすが何とかすれ違える広さである。
工学的に技術を駆使して建造されたそうで、安全性は優れている。
完成するのに3年余りかかっている。

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晴天に恵まれたものの、富士山には白い雲がかかり、
左下に見える駿河湾もぼーっと霞んでいる。
残念ながら、宣伝されている素晴らしい景色には恵まれず。
とはいえまだ幾分残る紅葉など、雄大な風景が眺められる。
風もなく、吊橋も大した揺れもなく、気持ちよく橋を往復できた。

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三島駅前に戻り、簡単な食事をとり、
お二人は帰途に就き、私を含め5名は熱海に戻り宿へ向かう。

天候にも恵まれ、楽しいクラス会であった。




# by toshi-watanabe | 2017-12-09 14:41 | 旅行 | Comments(0)

12月3日、日曜日、朝から青空が広がり、風も殆ど吹いておらず、
絶好の小春日和。
横浜三渓園に出かける。
ここは何度か訪れている。
桜木町駅前からバスに乗る。
バスも1系統しか三渓園前を通らず、本数も少ない。
休日でもあり、バスは満員状態、途中のバス停からの乗客は、
前の入口から乗れずに、後方の出入り口から乗る始末。
予定よりも時間が掛かって30分近く、やっと三渓園前に。
殆どの乗客がここで下車する。

以前はシニアの横浜市民は入場料無料だったはずなのだが、
大人700円から500円引きに。
それでも200円の入場料は有難い。

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参考までに、チラシの紹介文。

三渓園は、明治時代末から大正時代にかけて製糸、生糸貿易で財を成した
横浜の実業家、原三渓(本名 富太郎)が、東京湾に面した
”三之谷”と呼ばれる谷あいの地に造り上げた、広さ約175,000㎡(53,000坪)の
日本庭園です。
明治39年(1906)に一般に公開された外苑と、三渓が私邸としていた
内苑の二つの庭園から成り、京都や鎌倉などから集められた17棟の
歴史的建造物と四季折々の自然とが見事に調和した景観が見どころ。
平成19年(207)には国の名勝に指定され、庭園全域も文化財として位置づけられた。

園内は大分混雑しているので、めぼしい所を散策する。
幸い紅葉もまだ十分愛でる事が出来た。

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お嬢さんなのか、それとも花嫁さんだろうか。

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好天に恵まれ、紅葉に包まれた園内をのんびりと散策できた。
これからいよいよ冬本番である。



# by toshi-watanabe | 2017-12-05 09:06 | 季節 | Comments(2)

銀座でOB会の忘年会



以前勤めていた部署のOB会では、
毎年夏と暮れに飲み会を開いている。
先週末の金曜日、12月1日の夜、恒例の忘年会があり、
最近はすっかり定席となっている
銀座の「がんこ銀座4丁目店」へ出かける。
夕方6時からのスタート。

少し早めに家を出て、銀ブラを少しばかり楽しむ。
すでにクリスマスシーズンを迎えた銀座のイルミネーションです。
銀座シックスの吹き抜けに今春開店以来吊り下げられている、
草間彌生さんデザインの作品には魅了される。
外は肌寒いのに、赤い水玉模様のバルーンを眺めると、
ほんわかとした気分になり、春が訪れたかのよう。
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最期の写真のクリスマスツリーは銀座シックスの正面玄関に飾られている。


海外から来られている方が多いのか、
広い歩道を歩いているのに矢鱈とぶつかってくる。
我々日本人と歩くペースが違うようだ。

店は御木本や和光の二つ裏の通りに面している。
因みに御木本は最近改装開店したばかり。
さて地下にある店内は落ち着いた雰囲気。
築地に近いせいもあり、刺身も美味しく、参加者に好評。
メインの豚しゃぶも美味しかった。
参加者は10名、年令としては私は二番目の高齢者。参加者の年齢差も
一回りほどだが、OBとなっては年齢差もあまり関係なし。

熱燗が程よく体を温めてくれました。
3時間ほど、賑やかに談笑、大いに盛り上がった。
また来年の夏、同じ場所で集まることだろう。








# by toshi-watanabe | 2017-12-04 14:15 | 季節 | Comments(0)

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内田康夫さんの著書「龍神の女(ひと)」を読み終える。

「内田康夫と5人の名探偵」とサブタイトルがついている。

最近、福間文庫として出版、650円+税。

200310月に有楽出版社より刊行されたものの再販。

内田さんご本人は短編小説を書くのは嫌いで苦手だと言われているが、

この著書は5編の短編小説から成っている。

いずれの作品も1980年代から90年代初期にかけて

書かれたもので、一部は2003年出版時に初めて公開された。

これらの短編が書かれたころは、浅見光彦シリーズが確立する前の時代で、

浅見光彦の他に幾人かの名探偵が登場していた。

書名になっている「龍神の女」では、和泉教授夫妻が和歌山県の

高野山にほど近い龍神温泉へ向かう途中で事件に巻き込まれる。

龍神温泉は古く、紀州徳川家藩主の湯治場と知られる。

日本三美人湯の一つでもある。

和泉夫妻はその後、気になる女性の後を追って和歌山市加太にある

淡嶋神社へ向かう。

この神社は人形供養の寺として名高く、数十万体にも及ぶ無数の

人形が境内一円に奉納されており、偏に壮観である。

気味の悪い風景ですらあるとも言われる。

和泉教授は素人探偵を装うものの危ない目にも遭ってしまう。

「鏡の女」はこの作品集の中では最も長編で、最も面白く読んだ。

1987年に発表されており、ご存知浅見光彦が登場する。

居候の光彦のところに宅急便で、姫鏡台が届く。

差出人は田園調布の文瀬夏子となっているが見当もつかない。

宛名が書き直されており、最初に書かれた宛名から

文瀬は結婚後の苗字で、元は浅野夏子と判明する。

夏子は光彦が小学校に通っていた時の同級生、

淡い恋心を抱いた女性だった。

夏子は恵まれた結婚生活は送れず、不慮の死を遂げる。

夏子の夫の文瀬には付き合っている別の女性がおり、

夏子の亡くなった後、夫婦約束をしているのだが、

その女のところに宅急便で姫鏡台が送られてくる。

差出人がすでに亡くなっている夏子、差出人の住所が、

夏子の眠る多磨霊園となっている。

光彦のところに届いた姫鏡台は夏子の姉のところで保管されている。

余りのことにその女は狂気となり、病院から飛び降り自殺。

「少女像(ブロンズ)は泣かなかった」は1988年に発刊された。

美人の橋本千晶は車椅子の生活。

静かな住宅地なので、時折車椅子で近隣を散策する。

直ぐ近くに住む牧田家の夫人、美登子と知り合うのだが、

美登子夫人は睡眠薬を飲んで亡くなる。

警察では自殺と処理するものの、千晶は不審に思う。

美登子はいつも一人で自分の部屋に閉じこもり、

飾り棚にはブロンズの少女像を置いている。

お手伝いさんは毎朝、美登子の部屋へ掃除のために入り、

いつも少女像が涙を流したかの如く濡れているのを目にしていた。

所が亡くなった朝、少女像は涙を流していなかった。

それを聞いて、千晶は推理を働かせ、
やがて殺人事件であることを突き止める。

「優しい殺人者」では、奥多摩の美人ママ殺しがテーマ。

登場するのが、警視庁捜査一課の福原太一警部。
警部の姿を見て、「豚腹(ぶたばら)」と揶揄する人も。

いつも半分眠ったような恰好で、担当刑事が報告するのに

耳を傾けているのだが、外目には何を考えているのかさっぱりわからない。

ところが的確に指示を与え、最終的には事件の本筋を突き止めてしまう。

福原警部という、一つのモデルを作り上げている。
似たようなケースでは、「信濃のコロンボ」も何度か内田作品に登場する。

「ルノアールの男」は1984年に発刊された。

学校時代成績が悪く、大学を出たものの、真面な職に就けず、

ふらふらしていた鴨田が探偵事務所を立ち上げる。

学校時代のグループに優秀な仲間たちがおり、

彼らが協力して、鴨田探偵事務所を開設するにあたり、

お化けパソコン「ゼニガタ1号」を作って寄贈してくれる。

問題の解決に、このパソコンが手助けしてくれる仕組みだ。

或る時、鴨田は依頼人と喫茶店の「ルノアール」で落ち合うのだが、

とんでもない事件に巻き込まれてしまう。

いずれも内田さん初期の時代の作品、短編小説なので

多少物足りなさもあるが、素人探偵の活躍を含めて、
それなりに興味深い作品集だ。









# by toshi-watanabe | 2017-12-02 09:19 | 読書ノート | Comments(0)