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霧島兵庫さんの「信長を生んだ男」を読み終える。

霧島さんは新人作家である。

20回歴史群像大賞優秀賞を受賞され、

2015年、「甲州赤鬼伝」でデビュー。

「信長を生んだ男」は二作目、書き下し作品である。

新潮社より刊行、¥1,600+税。


尾張の武将、織田信秀には男子が12人、女子が2人と

子沢山に恵まれたが、正室の土田御前との間に生まれたのは、

信長、信行、信包、秀孝の男4人とお市の方とされている。

この小説では長男の信長と次男の信行が主人公

(次男、三男という説も)、

そして信長の妻となるまむし斎藤道三の娘、帰蝶が絡んで

物語は進行する。


うつけ者と呼ばれた三郎信長は母親からは疎まれる一方で、

弟の勘十郎信行は母親に可愛がられる。

兄弟二人の性格は全く正反対、お互いに相容れず、

兄は弟をけなし、弟は兄を嫌う時代が続く。

父親は死に際に信長を後継者に指名する。

その後、信行が初陣での働きを機に、

二人の絆が結ばれるのだが、その場面が見事に描かれている。

兄が猛虎なら、己は兄を支える龍になると弟は心中誓う。


上総介を名乗り、天下を狙う信長は次第に非情さが消え、

甘さ弱さを露呈するのを目にした信行は、

兄が「非情の王」となるよう、

家老の柴田権六(のちの勝家)の助けを借りながら、

織田家に尽くす武将と裏切るのではと思われる武将の

洗い出しをするために、色々仕掛けを施す。

時には形の上では信長に対して謀叛を起こす作戦も

信行は敢えてとったりする。

頭のいい信長は、そのあたりのことは感づいている。

信長の若い時にはよい相談相手であった叔父も追いやり、

信長の家老も窮地に追い込むなど、

多くの犠牲者を出しながらも、信行の戦は続く。

信行としては、形式的にでも謀叛を起こした己を

見せしめに処分して欲しいのだが、

すっかり優しくなった信長はあっさりと許してしまう。

これでは織田家の統率が乱れてしまうと、

信行は言いたいのだが、それを知りつつ

信長は手を下さない。


父親同様に重い病に苦しむ信行は、己の寿命が

とだえるのを覚悟し、最後の手段に出る。

帰蝶と信行の死をもって、物語は幕を閉じる。

信行の死後、柴田権六は信長に仕え、勝家として織田家に尽くす

信行の遺児、坊丸は立派な若武者に成長、

権六のよき指導を得て、津田信澄という武将となる。


信長の妻となった帰蝶は、史実がほとんど残っておらず、

色々な説が出ている。

若くして亡くなったという説がある一方、最近では、

信長の死後も長く生きながらえたという説が広まっている。

以前は濃姫として小説に登場していたが、

近頃は帰蝶として登場しているのが多い。

諸田玲子さんが帰蝶を主人公に、「帰蝶」を書かれている。


霧島兵庫さんの作品、初めて読んだが、実に素晴らしい。

何か所か出てくる盛り上がりの場面には、

すっかり感動してしまう。

兄弟の情愛と葛藤、巧みに見事に描かれている。

力作であり、大型新人と言えるのでは。

これからの作品が楽しみである。






# by toshi-watanabe | 2018-02-14 11:17 | 読書ノート | Comments(0)

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奥山景布子(きょうこ)さんの最新作「葵の殘葉」を読み終える。
奥山さんの作品を読むのは初めてである。

「葵」と言えば、徳川家の三つ葉葵。

幕末から維新にかけて活躍した「高須四兄弟」の物語。

徳川御三家の筆頭、尾張中納言の尾張徳川家は、

徳川家康の九男、義直を祖とする。

尾張徳川藩2代藩主、光友の時に、美濃国高須藩を復活させ、

光友の次男、松平義行を高須藩主とした。

宗家が嗣子に恵まれない折には、高須松平家は輔弼の役目もあり

実際、高須藩からはたびたび養嗣子として、宗家に養子入り、

藩主となっている。

美濃高須藩の10代藩主、松平義建(よしたつ)は子沢山で、

10人の男子に恵まれていた。

因みに義建の正室、規姫は常陸水戸藩主、徳川斉昭の娘であり、

義建と一橋慶喜とは義兄弟の間柄。

義建の次男の徳川慶勝(よしかつ)、五男の徳川茂栄(もちはる)、

六男の松平容保(かたもり)、八男の松平定敬(さだあき)の

四人が「高須四兄弟」として世に知られている。

小説の序(プロローグ)は、明治11年(187893日、

兄弟4人が銀座二丁目にある二見朝隈写真館に集まり、

記念写真を撮る場面から始まる。

尾張徳川家の分家である美濃の高須の松平家から、

それぞれ、諸家に養子に入り、跡取りとなった兄弟四名、

尾張徳川家当主の徳川慶勝、一橋徳川家当主の徳川茂栄、

会津松平家当主の松平容保、

そして桑名久松松平家当主の松平定敬の面々である。

話は幕末に戻り、慶勝を中心とした物語が展開する。

長男が幼くして亡くなっているので、次男である慶勝が

本来高須藩の跡を継ぐのが自然の成り行きなのだが、

弟たちがそれぞれ他家に養子入り、本人はそのままに据え置かれる。

因みに高須藩を継いだのは、十男の義勇。

結局、慶勝は宗家の養嗣子となり、尾張徳川家の十四代藩主となる。

その後実弟が継ぐのだが、一橋徳川家に養子入りしたため、

再び藩主に、実子に継がせたところ、若くして急逝し、

またまた藩主に戻るという宿命を負わされる慶勝。

徳川家の中枢を担う身分でもあり、アメリカ、イギリス、フランス、

ロシアなどからの外圧と、尊王攘夷の動きに振り回される。

その一方で、尾張藩内では、二派にわかれた派閥抗争に

悩まされる。

藩内で勤王・佐幕の対立が生み出した血の粛清劇

「青松葉事件」はよく知られている。

慶勝は有能な人材を犠牲にしてしまい、後々まで後悔する。

慶勝は外国の事情にもかなり関心を持ち、

地図を入手して、海外事情もある程度熟知していた。

物差しを自ら手造りし、モノを測るのに使用していた。

特に興味を持ったのが写真鏡(現在のカメラ)、

自ら組み立てた写真鏡で、人物や風景の写真を撮っていた。

写真の現像も手掛けていた。

肖像写真の他に、名古屋城もいろいろな角度から撮影した。

西郷吉之助の肖像を写す機会があったのだが、

その場では辞退されて、撮れずじまい。

写真嫌いだったのか、吉之助の写真は現存せず。

実に残念である。

維新後、やっと落ち着いた四人が何年振りかで顔を合わせ、

記念写真を撮るところで、この小説は終わっている。

その時の写真である。

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因みに、徳川慶勝は明治1681日に死去、60歳。

一橋茂栄は明治1736日に死去、54歳。

松平容保は明治26125日に死去、59歳。

松平定敬は明治42721日に死去、63歳。

なお徳川慶勝については、城山三郎が「冬の派閥」を書いている。

幕末の激動の時代を生き抜いた高須四兄弟、

史実を綿密に調べられ、素晴らしい作品に仕上げられている。

徳川家から見た幕末、大変興味深い。








# by toshi-watanabe | 2018-02-10 11:22 | 読書ノート | Comments(2)

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内田康夫さんの作品「鯨の哭(な)く海」を読み終える。
名探偵・浅見光彦シリーズの一冊だが、
珍しく「。。。。。。。殺人事件」ではなく、「鯨の哭く海」という
作品名となっている。
とはいえ、埼玉県の秩父と和歌山県の太地で起きる、
殺人事件の物語である。


この小説は2001年に祥伝社から出版されて以来、
文庫本としても何度か出されている。
今回初めて角川文庫として出版された。
2018
1月発行、720円+税。


書名の通り、鯨の話が一つのテーマを構成している。
浅見家の夕食の場で、鯨を食べる話が話題になる。
光彦の姪に当たる智美(高校1年生)が突然、
「日本人は鯨を食べるの?」と聞く。
光彦の母親(智美にとっては祖母)の雪江は言う。
「昔は戴きましたよ。 わたくしばかりじゃないのよ。
あなたのお父様、陽一郎さんも、

それに和子さんも召し上がったでしょう。」
和子は智美の母親で、浅見家長男陽一郎の妻だが、
「そうよ、学校の給食に必ずと言っていいくらい、
クジラが出ましたもの、竜田揚げとか、大和煮とか。」

戦後は給食でクジラのベーコンなども出されていた。

現在はクジラと言えばウォッチングの対象となっており、

若い世代では食用とは思っていないのだろう。
鯨に関してはこれだけジェネレーションギャップがある。


例の如く、「旅と歴史」の藤田編集長から、渋谷にある
鯨料理の店(実際に現在も営業している)に誘われ、

鯨をテーマに原稿を書くように依頼される。
真実なのかどうかは不明だが、藤田は語る。
「ある調査によると、世界中の人類が1年間に食う水産物は

およそ9千万トン、その一方クジラが捕食する海洋資源は

28千万トンから5億トンと言われている。
しかもクジラは毎年4パーセント増殖しつつあるので、
このまま放っておくと、やがて人類の食う水産物は逼迫してしまう。
したがって商業捕鯨を再開し、適正量のクジラを

捕獲しなければならない。」
この辺りも含めて日本人と鯨について調査を依頼される。

この小説の書かれた後、米国やオーストラリアの動物愛護団体の
反捕鯨活動は活発化した。
日本の調査捕鯨船を邪魔したシーシェパートや
グリーンピースなど良く知られている。

また2009年には和歌山県太地のイルカ漁批判を
テーマに映画「ザ・コーヴ」を制作、全世界に公開し、
翌年にはアカデミー賞を受賞。
続編を企画中とか最近報道を目にした。


浅見光彦は、出張手当をいただき、和歌山県太地町へ出かける。
「太地」は「たいじ」と読み、本州の南端、紀伊半島の東部に位置する。
古式捕鯨の発祥の地である。
現地を見て回るうちに、6年前に若い男女が海に飛び込んだ事件の

話を耳にする。
警察では心中として一件落着となっているのだが、
光彦は疑問を感じる。
「くじらの博物館」を見学中、謎の女性を目にし、
更に女性がじっと見ていた先には、勢子船の模型が置かれ、
模型にある15人の漁師の一人(船首で銛を備えた勢子)に、
銛が突き刺さっており、光彦は唖然とする。


6
年前の数年後に、若者が背中に銛を突き刺されて殺害された

事件があり、 未解決のままとなっていた。

博物館で目にしたことがすでに現地で起きていたのだ。
光彦は二つの事件に接点を見つけ出し、推理を働かせる。
心中と処理された事件は実は殺人事件だと推理した
光彦は現地の警察に働きかけながら、解明をしようとする。
心中事件の女性の方は地元の女性、
男性の方は秩父出身の新聞記者だった。
二人は女性の両親の反対を押し切って結婚の約束。
銛で背中を突き刺されて死んだ男性はこの女性に
結婚を迫ったことがあると、こうした背景が明らかに。


ところが、今度は秩父で殺人事件が発生する。
事件の連続なのだが、事件の解明される中での、
太地における捕鯨の話など、 鯨に関連する話が大変興味深い。
明治11年(1878)に起きた「大皆美流れ」という事件、初めて知る。
当時、暫く不良が続いていたため、
母と子供連れのクジラは捕獲しないというしきたりを破って、
太地の漁師たちは海へ出漁する。

捕獲したものの、母親クジラは必死に暴れ、
しかも天候不順で海はあれており、船は転覆、
100
名以上の漁師が亡くなるという悲劇があったようだ。

事件の解決につながる推理と共に鯨の話、

大変興味深い作品である。










第2回プラチナブロガーコンテスト



# by toshi-watanabe | 2018-02-04 14:35 | 読書ノート | Comments(2)


「ジュニア部門」の作品など。

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特別企画、四大作家がつづる「若草物語」。
19世紀のアメリカを舞台に四姉妹の成長を描いた物語で、
作者、ルイ―ザ・メイ・オルコットの自伝的な小説。
原作名は Little Women。
出版から150年を記念して、四姉妹の生活をキルトで描いている。
長女メグ(マーガレット)を鷲沢玲子さんが担当、
次女ジョー(ジョゼフィーン)は著者のルイーザ自身で、キャシー中島さんが担当、
三女ベス(エリザベス)の担当は、小関鈴子さん、
四女エイミーの担当は、斎藤瑤子さんとなっている。
現存するオーチャード記念館を描いたキルト作品もある。
またルイーザ・オルコット手作りのバッグや
四姉妹の母親手作りのキルトも、記念館より借用して展示されている。
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会場では、DVDだろうか、モニター画面で1933年制作の映画‘「若草物語」の映像が見られる。
次女を演じるのは、キャサリン・ヘップバーン。
その後何度か映画化されているが、私が観た映画「若草物語」は1949年の制作で、
ジャネット・リー、ジューン・アリソン、マーガレット・オブライエン、
そしてエリザベス・テイラーと錚々たる女優陣が四姉妹を演じていた。

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特別企画、「にっぽんキルト始めの ”吉祥寺物語”」。
日本のキルトブームの先駆けとなったのが吉祥寺の「キルトハウス耶馬(やま)」で、
店を開いたのが小野山タカ子さんである。
当時アメリカからキルト地を輸入し、海外キルト作家を招聘するなど、
日本キルト文化の礎を築いた。
また彼女を手伝ったのが、現在もプロ作家として活躍されている黒羽志寿子さん。
当時集めた、1900年代のアンティーク・キルトが展示されている。

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これも特別企画、中山富美子の全仕事「モラ礼賛」。
「モラ」とは、リバース・アップリケのことで、
中山富美子さんはモラの第一人者、少数民族の手芸作品おの蒐集家でもある。
中米パナマのクナ族の手法を取り入れ、原色の布を何枚も重ね、
切り込みを入れ、逆アップリケの手法で動物や自然を描いている。

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四人のキルト作家による「わたしの布遊び ”森へ帰ろう”」。

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キルト作家の創作作品などなど。

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このほかに、パートナーシップ・キルト「生命の木」が60点、展示されている。
NHK主催の企画「すてきにハンドメイド」で、
一般からキルトブロックの応募を受けて、担当のキルト作家が監修。
会期中にチャリティー抽選券を販売し、純益は福祉のために役立てられる。
今回は、応募作品数が9,141点あり、60枚のキルトにまとめられた。


以上








# by toshi-watanabe | 2018-01-31 09:45 | 一般 | Comments(10)






「額絵キルト部門」、年々充実してきている。

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「和のキルト部門」と「創作キルト部門」を中心に。


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(パート 3)に続く 。。。。。。。。。


 


# by toshi-watanabe | 2018-01-30 14:36 | 一般 | Comments(2)



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今年も恒例のキルト展を見学する。
正式名称は「第17回東京国際キルトフェスティバル」、
1月25日から31日までの1週間、東京ドームにて開催されている。
「布と針と糸の祭典」に相応しく、素晴らしいキルト作品が数多く出展。

先週金曜日の朝出かけたのだが、
JR南武線が早朝から架線トラブルで運行されておらず、
その振り替え輸送も関係して、東急田園都市線はのろのろ運転。
渋谷に到着するまでに30分ほどの遅れが出ていた。
会場の入口はそれほどの混雑ではなかったが、
ロッカーの空きがなかなか見つからず、1階下がったところに、
運よく空きが見つかり、やっと身軽になる。
早や時間も11時を回ってしまったので、弁当とお茶を買い求めて、
会場を見下ろすスタンドのシートで早めのランチ。
展示コーナーを取り巻くように、こま切れ状態に、小さな店が並んでいる。
キルトの材料、古布や布地、手芸用品、等々、雑多な店で一杯。
キルトマーケットと呼ばれているが、その部分が以前に比べて、
広がったような気がする。
その分展示コーナーが狭められているのだろうか。

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食後、ゆっくりと見学する。
素晴らしい傑作ぞろいで、中には1年以上かけて制作されたキルト作品も。
一般公募から選ばれた作品が約300点。
それとは別に、キルト作家の方々による新しい創作作品に、
「わたしの若草物語」など、いくつかの特別コーナーが設けられ、
プロ作家の傑作が所狭しと並んでいる。
一般公募の作品は、六つの部門に分けられている。
「トラディショナルキルト」、「和のキルト」、「創作キルト」。
「額絵キルト」、「ジュニアキルト」、そして「バッグ部門」である。

正面から入って突き当りに、入選作品の中から特に選ばれたキルト作品が
ステージの上に目立つように掲げられている。
本年度の「日本キルト大賞」に選ばれたのは、
千葉県在住の眞田雅子さん出品の「心の華の開くとき」。


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「準日本キルト大賞」は、群馬県の桂川ちはるさんの「風青し」。

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「ハンドメイキング賞」に選ばれたのは、神奈川県の今井寿子さん出品の
「ボルチモアと過ごした日々」。

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「フレンドシップ賞」は、東京都の明石千賀子さんの作品。

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「トラディショナル部門」での優秀作品三点は、
第1位が長谷川理恵子さん(福岡県)の「Pieces」、
第2位が小林笑子さん(茨城県)の「車輪」、
第3位が斎藤亨さん(山形県)の「青い星の世界」。

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「創作部門」での優秀作品3点は、
第1位がJim Hayさん(群馬県)の「Fish & Chips」、
第2位が薬師寺恵美子さん(埼玉県)の「あこがれ」
第3位が大内恵子さん(茨城県)の「和 モダン」。

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「和の部門」の優秀作品定3点は、
第1位が穴井康子さん(福岡県)の「開」、
第2位が柏原桃恵さん(兵庫県)の「瀬戸内の海」、
第3位が馬渡民子さん(宮城県)の「ダイヤモンド ダスト」。

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「額絵キルト部門」の優秀作品3点は、
第1位が井上祐子さん(岡山県)の「竹林」、
第2位が田辺彩さん(東京都)の「みんな大好き」、
第3位が畠中まゆみさん(山口県)の「横たわる裸婦」。
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「バッグ部門」の優秀作品3点は、
第1位が竹村康子さん(熊本県)の「春よ来い」、
第2位が出本正彦さん(広島県)の「トロピカルフィッシュ」、
第3位が倉富良枝さん(山口県)の「糸模様のバッグ」。
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「ジュニア部門」の優秀作品3点は、
第1位が岡村十和さん(神奈川県)の「ヨロイサイ」、
第2位が東広島市立黒瀬中学校、家庭科部の「幻のフクロウ 月の夜のお散歩」、
第3位が曽原桃子さん(大分県)の「もっととおくまで飛んでいけ!!」。


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「トラディショナル部門」の入選作品を中心に。


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パート 2へ続く 。。。。。。。。。。。。。。







# by toshi-watanabe | 2018-01-30 11:34 | 一般 | Comments(4)

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葉室麟さんの作品「玄鳥(げんちょう)さりて」を読み終える。
本の帯には「追悼 葉室麟」と記されている。

単行本として発行されたのは、この著書の方が新しいが、

この前に出された「天翔ける」よりも先に書かれている。

新潮社発行、1500円+税。

九州肥前(?)の蓮乗寺藩が舞台である。

忍坂藩の支藩であり、藩主は忍坂藩から来ている。

実在せず、葉室さんが設定した架空の藩である。

以前、蓮乗寺藩のお家騒動を取り上げた物語もある。

主人公の三浦圭吾は、少年の頃、城下の林崎夢想流、

正木十郎左衛門の道場に通っていた。

八歳年上で20歳を越していた樋口六郎兵衛は

道場でも「精妙随一」と謳われ、道場一の腕前だったが、

どういう訳か、圭吾を稽古の相手に選んでいた。

六郎兵衛は三十石の軽格、一方の圭吾の家は

百五十石で身分が合わず、本来あり得ないのだが。

そのわけは後で明らかになる。

圭吾はやがて、城下町の富商、津島屋の一人娘、美津を娶る。

一方の六郎兵衛は諍いが元で、島流しの身に。

津島屋の後ろ盾も得て、家老に認められ出世を遂げる三浦圭吾。

十年を経て罪を許され帰藩した剣の達人、樋口六郎兵衛は、

静かな暮らしを望むのだが、親政を目論む藩主の企てにより、

圭吾に敵対するよう仕立てられて行く。

疲弊した藩の財政改革に取り組む圭吾だが、

藩の家老らの派閥争いに、藩主の陰謀が絡み、

圭吾の努力も実らず、藩政にただ翻弄されるだけである。

圭吾は幾度となく危ない目に合うものの、

その度に献身的に助けてくれるのが六郎兵衛。

藩主の眼前で、圭吾と六郎兵衛が決闘することになり、

妻の美津に別れを告げて圭吾は決闘の場へ。

ところが、決闘の場面で六郎兵衛は圭吾を川岸に誘い込み、

用意された小舟に乗るよう指示する。

小舟には美津と子供たちが待っている。

大阪に出た圭吾は箭内仙庵という学者の塾に入り、

学問を究め、「燕堂」と号した。

六郎兵衛はその後行方知れず。

互いを思いやりながらも、藩政に翻弄される

男たちの葛藤と覚悟が見事に描かれている。

現代社会に通じるものを感じ取る。

玄鳥とは、ツバメの異称である。

この小説の題名は、樋口六郎兵衛のことを指すのだろう。

圭吾が後に「燕堂」と名乗るのも面白い。

玄鳥と言えば、藤沢周平さんの時代小説短編集「玄鳥」が知られる。

葉室麟さんには、書きたいことがまだまだあったのだろうと、

推察するばかりである。

実に早すぎる旅立ちだったと、改めて考えてしまう。




# by toshi-watanabe | 2018-01-25 11:02 | 読書ノート | Comments(0)

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浅田次郎さんの最新作「おもかげ」を読み終える。

この作品は、一昨年から昨年にかけて毎日新聞に連載され、

ハードカバーとして昨年末に出版された。

主人公の竹脇正一(たけわきまさかず)の入院先を

旧友の堀田憲雄が訪れるところから、物語は始まる。

二人は同期入社で社宅住まい以来仲の良い間柄

であったのだが、堀田は今や本社の社長。

竹脇は60歳の定年前に関連会社の役員として転出し、

新しい勤務先のトップとして5年の務めを無事果たす。

送別会が開かれ、花束を抱えて荻窪の自宅へ帰る途中、

お供の車を断り、通いなれた地下鉄丸ノ内線に乗ったのだが、

竹脇は車内で倒れ、そのまま中野の病院へ緊急搬送される。

倒れた原因は脳出血、出血がひどく手術は無理、

意識がないまま集中治療室のベッドに眠る竹脇のそばには

妻の節子が見守っていた。

この小説は、主人公が意識の戻らないまま、

眠るように最期のときを迎えて幕を閉じるのだが、

色々な人物が登場し、病人を連れだしたりして、

と言っても意識のない病人が出歩けるわけもなく、

分身というのかもう一人の竹脇が誘われて外出する。

そこで思わぬことを体験したり、昔話が出て、

次第に竹脇正一という人物像が解き明かされて行く。

読者を混乱させることもなく、

物語の中に入って行ける、面白い筋立てとなっている。

戦後の昭和20年代の混乱時代に生まれた竹脇は、

両親の顔も知らず、どういう事情があったのかもわからず、

赤ん坊の時から養護施設(当時の孤児院)で育つ。

能力は優れ、高校から奨学金の得られやすい国立大学へ。

そして運よく一流企業に就職できた。

妻の節子と結婚する際、空白の戸籍謄本を見せたものの、

節子からも特に聞かれることもなく何も説明せずのまま。

一方節子は、両親が離婚、その後は父親も母親も好きな相手と

一緒になり、節子は無視され父方の祖母に育てられ、

両親とは血縁にありながら、一切の交信もなし。

正一が施設で暮らしていた時に仲のよかった仲間が

永山徹という男で、今では土木関連の仕事を請け負う親方。

二人は同い年で気が合い、今でも付き合いがある。

徹のところで働く若者、大野武志(タケシ)は縁あって、

正一の娘、茜(あかね)と所帯を持ち、すでに二人の娘がいる。

正一と節子にとっては孫娘である。

タケシの母親はシングルマザー。息子の面倒をみずに

男のところへ出掛け好き勝手、ぐれたタケシは少年院入り。

その後、永山徹のお陰で、まっとうな生活ができるように育った。

実の母親の居場所は知っているものの、口にはせず。

集中治療室ICUの部屋はパーティションとカーテンで仕切られ、

もう一人の患者がベッドに横たわり、命が尽きようとしている。

榊原勝男という老人で、年齢は80歳。

息子が大阪にいるらしいが、連絡をしてもアクションを起こさず。

榊原は竹脇に声をかけ、二人で出かけようと誘う。

これからはあり得ない話だが、病院を抜け出して行く。

榊原馴染みの銭湯に入りひと風呂浴び、湯上りには

近くの公園に店開きしている屋台、リヤカーを改造した

古式豊かな屋台に立ち寄り、一杯遣りながら、

昔話を続ける。

榊原は昭和20310日の東京大空襲で、家族を失い戦災孤児となる。

その日のことは全く記憶にないと本人は語る。

孤児たちがグループを作り、盗みなどいろいろと悪さをしたらしい。

ちょっとませた峰子という女の子がグループのリーダー格だった。

物語の終盤で、この峰子が登場する。

戦後進駐軍の目立つ頃、彼女は15歳の若さで妊娠、

父親もわからぬまま男の子を出産、

とても育てることもできず、地下鉄の車内に赤ん坊を置いたまま

行方をくらましてしまう。

読者の想像に任せるだけだが、この赤ちゃんが孤児院に引き取られ、

そのまま成長していればちょうど65歳になる。

主人公はそのまま眠りについて、物語は終わる。

平成もあと1年ちょっとで幕を閉じるが、

昭和の時代もすっかり遠くになった。

浅田文学の傑作の一つだと思う。






# by toshi-watanabe | 2018-01-22 13:11 | 読書ノート | Comments(0)