母校の同窓会に出席


昨日11月3日、文化の日、高校の同窓会があり、出席する。
都立高校なのだが、平成11年(1999)に閉校となった。
来年は廃校となって満20年となる。


その後は新たな都立高校がスタートし、
全日制と定時制を組み合わせたような、三部制単位制の学校である。
働きながら学ぶ若者はもちろん、不登校経験者、学校中退者などを
主な対象として設立されたもので、内申書不要、単位制による
幅広い選択可能科目が整っている。
カウンセリングの体制も充実、カリキュラムの組み立てにより、
3年で卒業することもできる。
午前部、午後部、夜間部の三部制高校で、
都立高校としては特殊な学校といえる。
ちなみに、同じ学区に属する都立K高校(東大進学率の高い)は
中学高校の一貫校となった。


ちょっと前置きが長くなってしまったが、
廃校j後20年になるとはいえ、3年に1度、同窓会を開催している。
もう20代30代の卒業生はおらず、皆40歳以上である。
今回の参加者は230名ほど、わが昭和30年の卒業生は、
6組合わせて14名ばかり、出席率のいいほうだ。
わがクラスが7名と最も多い。


会場は浅草ビューホテルの4階にある大宴会場「飛翔」。
高い天井にはシャンデリアが輝き、広い会場だ。
正午から受け付け開始、12時半から30分ほど、退屈な総会、
1時から3時半までが宴会である。
クラシック歌手の女性が3人来られ、名曲を歌唱され、
宴会を盛り上げてくれる。
卒業生のお嬢さんとその仲間ということだ。


この浅草ビューホテルは、ご存知の方も多いと思うが、
国際劇場の跡地に建てられた。
最上階からは東京スカイツリーの眺め(特に夜景)が素晴らしい
と評判を得ている。
国際劇場が開場したのが、まさに私の生まれた年、昭和12年(1937)。
松竹歌劇団(SKD)のグランドレビューが売り物だった。
第一期生にターキー(水の江瀧子)がいた。
戦後も、リンゴの唄で知られる並木路子、桂木洋子、淡路恵子、草笛光子、
野添ひとみ、芦川いづみ、真屋順子、倍賞千恵子、倍賞美津子などなど、
SKDから巣立っている。
惜しまれつつ、浅草の国際劇場が閉館となったのは、
昭和57年(1982)である。
その3年後に浅草ビューホテルがオープンした。


同窓会の後は、クラスの仲間6人でカラオケに立ち寄り、
歌うというよりおしゃべりの続き。
そして夜の浅草を散策、弘前のねぶたのデモンストレーションが
広場で行われていた。
おかげさまで楽しい一日が過ごせた。






# by toshi-watanabe | 2018-11-04 09:35 | 同期会 | Comments(0)


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現在TBS系の日曜劇場で放映中の「下町ロケット・ゴースト」の続編、
「下町ロケット・ヤタガラス」を読む。


帝国重工がロケット計画を棚上げしたため、
農業用トラクター向けの小型トランスミッションに活路を求める
佃製作所の社長・佃航平とそれを支援する
帝国重工・宇宙航空部・部長の財前道生の
汗と涙の物語が進行する。


ヤタガラス(八咫烏)とは、東征を決意したものの、
険しく道を阻む熊野越えに難渋していた神日本磐余彦尊
(かむやまといわれびこのみこと)を助けるため、
天照大神が差し向けたとされる「神の遣い」である。
このシリーズでは、帝国重工の大型ロケットによって
宇宙に運ばれた準天頂衛星の名称。


佃製作所の経理部長を担っていた殿村直弘は
父親が倒れたため、退社して実家に帰り、稲作農家を継ぐ決意をする。
のちに佃製作が供給するトランスミッションを搭載した
無人農業トラクターの試運転が殿村家の農場で行われる。

佃製作所が農業トラクター用のトランスミッションを
開発するにあたって貢献したのが女性エンジニアの島津裕。
彼女は優秀なエンジニアにも拘らず、帝国重工では恵まれず、
一緒に退社した伊丹大とともに、ベンチャー企業、
ギアゴースト者を立ち上げるのが、仲違いし、
佃製作所に加わり、力を発揮する。


大企業である帝国重工内での派閥争いに
巻き込まれたり、いろいろな苦難の道を乗り越え、
財前道生と佃航平は、佃製作所の社員一同の
奮闘により、最新の無人農業トラクター「ランドクロウ」を
立ち上げる事に成功。


この小説はあくまでもフィクションだが、
日本の農業問題、農家の高齢化、農作業の自動化などの
問題点に光を当てているのがよくわかる。
作者も実際、関係者からの意見を聞いているようだ。

決まりきった筋ではあるのだが、面白く読み終えた。





# by toshi-watanabe | 2018-10-27 11:16 | 読書ノート | Comments(2)

十三夜の月


昨日は全国的に素晴らしい秋晴れで、
昨夜は仲秋の名月のあとの十三夜の月、雲一つなく、素晴らしい月が見られた。


我が家のベランダからデジカメで撮った十三夜の月。

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「十三夜」といえば、樋口一葉の小説「十三夜」。
歌謡曲では、戦時中の曲を戦後榎本美佐江が歌った「十三夜」、
「河岸の柳の行きずりに、ふと見合わせる顔と顔、。。。。。」
懐かしい曲である。
軍歌一色の時代に、こんな歌謡曲が生まれたというのも不思議だ。


昨日は快適な陽気なので、昼過ぎ出掛ける。
横浜市営地下鉄ブルーライン、あざみ野駅から二つ目は「センター北」駅で
(因みに次の駅は「センター南」駅)、
下車して、「大塚・歳勝土遺跡公園」に向かう。
この一帯は地下鉄の開通を見込んで、丘陵田園地帯だったところを
大規模開発が行われ、「港北ニュータウン」が造成された。
昭和47年(1962)、土地の造成中に遺跡が発見された。
発掘されたのが弥生時代中期の高台環濠集落の遺跡。
状態の良いまま発掘され、国の史跡にも指定された。
現在は一帯が公園として整備され、
公園内には古民家も数軒保存され、見学できるようになっている。
公園に近接して、「横浜市歴史博物館」もある。


2時間ばかり、散策を楽しんだ。


今朝も昨日に続いて、素晴らしい日の出が拝められた。
写真は今朝6時ごろ、我が家のベランダから撮影。

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# by toshi-watanabe | 2018-10-22 10:01 | 季節 | Comments(0)


永井紗耶子さんの著書「横濱王」を読み終える。

小学館文庫、650円+税。

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永井さんの作品を読むのは初めてだ。

この作品は、20158月に小学館から刊行されており、

今回加筆改稿して文庫化されたもの。

巻末の解説において、文芸評論家の細谷正光さんが、

著者の経歴について詳しく述べられている。

書名の「横濱王」とは、三渓園で知られる原三渓のこと。

生糸で財を成した、横浜の豪商、原喜三郎の孫、

原屋寿(やす)と結婚し、原家に婿入りしたのが

原富太郎、号して三渓という。

原三渓が主題としてあるのだが、

この作品では主人公の青年実業家、瀬田修司を通して、

三渓の人物像が描かれている。

シュウと呼ばれた少年時代の修司は、唯一人の家族の妹、シズと

横浜で暮らしていたが、大正1291日の関東大震災に遭遇、

シズを見失い、天涯孤独の身となる。

シズを助けられなかったことは、後々まで瀬田修司を苦しめる。

物語は時を経て、昭和13年、青年実業家となった瀬田修司が登場。

横浜王と呼ばれる三渓に関心を抱き、三渓の情報を収集し始める。

何とか醜聞をつかみ、それを取引材料として使い、

自分のビジネスに三渓の出資を目指すのだが。

そう簡単には三渓と直接会うこともできない。

元娼婦で場末のバーのマダムをしている、お蝶から教えてもらい、

三渓と同業、坂崎商店の坂崎と会い、瀬田は三渓の話を聞く。

かって地唄舞の名手と謳われ、三渓が贔屓にしていた

お福は、すでに年老いて鶴見の長屋でひっそりと暮らしているが、

そのお福を瀬田は訪ねて話を聞く。

また原家で長年女中をしていた志乃という女性の所へも。

さらには画廊の紹介で画家の前田青邨を訪ねる。

三渓は美術への関心があり、

まだ無名だが有望な画家の卵を支援していたことがある。

その一人が若き日の前田青邨だった。

電力王と言われた松永安左エ門とも面会を求め、

三渓について、あれこれと瀬田は聞き出す。

松永安左エ門は、三渓に直接会うように瀬田に勧め、

三渓との予約を取ってくれる。

いよいよ大詰め、瀬田修司は三渓と会うことになり、

三渓園を訪れる。


三渓園といえば、過日観たばかりの映画「日日是好日」の中でも登場。
ご婦人たちがいそいそとお茶室へ向かう場面だ。

「他の誰でもなく、己の王でありなさい」

という言葉を瀬田は三渓から与えられる。

瀬田はすっかり解き放された気分になる。

原三渓という人物像が見事に描かれている。







# by toshi-watanabe | 2018-10-20 13:39 | 読書ノート | Comments(0)


昨18日、映画を観に109シネマズ二子玉川へ出掛ける。
南町田の方が近いのだが、現在ショッピングセンターが再開発中だ。
二子玉川に早めにつき、先ずは腹ごしらえと、「梅の花」へ。
二子玉川高島屋の6階にあるが、ここは以前、
加賀料理の名店「大志満」だった店が改装されて、「梅の花」に。
美味しい豆腐・湯葉料理のランチをいただく。


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時々出かける青葉台の店とはまた違った、
落ち着いた雰囲気の店内である。


さて劇場へ向かう。
映画は「日日是好日」である。


 映画公式サイト →  http://www.nichinichimovie.jp/

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森下典子さんの自伝エッセー『日日是好日-「お茶」が
教えてくれた15のしあわせ』が原作。
先月亡くなられた樹木希林さんと最近テレビに映画に出演の多い
黒木華さんがメインキャストで、評判の映画、


12時半開演だが、観客席はほぼ満員だ。
黒木華演じる大学生の典子が従姉の美智子と一緒に茶道を習いに
茶道教室を訪れる場面から映画は始まる。
茶道教室の武田先生を演じるのが樹木希林さん。
部屋には「日日是好日」の額が掲げられているが、
典子にはその意味が理解できない。


武田先生の指導の下、典子は美智子と共に茶道を学んで行く。
ずぶの素人の二人に「形」から始めて、「心」を入れることを、
穏やかに諭して、武田先生は指導する。
慣れてくると、頭で考えるのではなく、自然と手が動くという。
そんな茶道を通じて典子は心の成長を重ねながら、
彼女の人生の出来事が描かれる。
武田先生と典子とのやり取りが絶妙である。


茶道に象徴される人生と自然の機微を丹念に映像化されている。
映画の物語自体は単調といえば単調かも知れないが、
茶道の先生を演じる樹木希林さんの演技は見事である。






# by toshi-watanabe | 2018-10-19 11:04 | 一般 | Comments(4)

芸術の秋、上野公園へ


芸術の秋である。
今月12日(金)、上野公園へ出かける。
大井町経由を予定していたのだが、人身事故のため
大井町線がストップ、渋谷経由で上野へ。
上野公園を通ると、幾分樹木の葉が色づき始めている。


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「上野の森美術館」にて開催中の「フェルメール展」
の見学がメインだ。
日本でもファンの多い、17世紀のオランダを代表する画家、
ヨハネス・フェルメールの作品が展示されている。
37点ほどあると言われるフェルメールの作品のうち、
今回9点(10点?)が欧米各地の美術館から日本へやって来た。
一度にこれだけの数のフェルメール作品が日本で見られるのは初めて。


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今回の展示会は、見学者の混雑を避けるために、
日時を事前に予約するシステムがとられている。
12日の午前9時半から10時半の間に入場するチケットを購入済で、
10時ちょっと過ぎに現地に到着。
長い行列はなく、そのまま入場できるのは助かる。


とはいえ、皆さんゆっくりと見学されるので、
会場内は結構な込み具合。
音声ガイドが無料で提供され、女優の石原さとみさんによる
ガイド・ナレーションを聴きながら、作品を鑑賞できる。
同時に50ページほどの作品の簡単な説明が書かれた
小冊子も配られ、誰でも楽しく見学できるのは有難い。

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ヤン・ステーン等17世紀のオランダの画家による作品が並び、
最後のコーナーが、フェルメールの作品群である。
9作品と聞いていたのだが、実際は8作品が展示されている。
会場の係員に聴いてみると、あとの1点は12月からの展示とのこと。
一昨年、オランダの「アムステルダム国立美術館」で観賞した
「牛乳を注ぐ女」も懐かしく観る。


現存するフェルメール作品の中で最も大型の作品
「マルタとマリアの家のキリスト」
(スコットランド・ナショナル・ギャラリー)など、
観るのは今回初めてだ。
聖書を題材としている作品は珍しい。


この「フェルメール展」は10月5日(金)からスタートし、
来年2月3日(日)まで「上野の森美術館」で開催される。
その後、大阪市立美術館での開催が予定されている。
大坂ではもう1点、「恋文」も展示されるとか。


「フェルメール展」を堪能した後、
「上野動物園」のすぐ隣にある「東京都美術館」へ向かう。


いくつかの展示会が同時に開催されているのだが、
二つの展示会を見学する。

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一つは「第44回美術の祭典・東京展」、
知り合いのMさんの作品が出展されている。
今回の作品も素晴らしい出来栄えである。


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画家の中村正義さんの「顕彰故展」として特別コーナーが設けられ
生前の幅広い作品が数多く展示されている。


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もう一つは「第73回新匠工芸会展」である。
知り合いのEさんの作品が出展されている。
ダイヤモンドポイント沈金大皿「深縹」、
見事な出来栄えである。



見学のあとは、同美術館内にあるレストラン「ミューズ」にて昼食。
すぐ近くの精養軒が運営している。
窓の外を眺めながらゆっくり休む

すっかり芸術の秋を満喫した一日だった。







# by toshi-watanabe | 2018-10-14 16:24 | 季節 | Comments(2)

秋の群馬山里へ




台風通過の心配もあり、1日のばして、10月1日、群馬倉渕へ出掛ける。
前日の豪雨のためか、山道には小枝がいっぱい落ちている。
ゆっくりと慎重にドライブする。
現地は無事何の被害もなし、幸いだ。

日中の日差しはかなり強いものの、吹く風は冷たく、
木陰に入ると心地よい。
朝晩はやはり冷え込む。

この季節、圧倒的にコスモスの世界だ。


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キバナコスモスもまだ咲いている。


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色鮮やかなホトトギス。

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ムラサキシキブ。

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秋海棠。

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リンドウの花も色鮮やか。

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ナンバンギセル。


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オキザリス。

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ゲンオショウコ、キチジョウラン、ハナトラノオ、ホタルブクロなど、
まだ咲き残っている。

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釣舟草。


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青色藤袴と段菊もまだ残っている。


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茗荷。

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吾亦紅。


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山萩。


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咲き残っている彼岸花と朝顔。


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ツリバナの実。


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山茱萸(さんしゅゆ)と山査子(さんざし)の赤い実。

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木通(あけび)などの実。


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櫨(はぜ)が紅葉し始めている。


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汗をかきながらの草取りが大変だったが、
秋の訪れをすっかり満喫。


予定通り7日に帰宅。









# by toshi-watanabe | 2018-10-11 14:17 | 草花 | Comments(4)

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内田康夫さんの著書「『須磨明石』殺人事件」を読み終える。
今から25年前に書かれた作品だが、
最近、徳間文庫の一冊として出版されたばかり。
660円+税。
この時代の作品はほとんど読んでいない。

「明石原人」を取材中の新米新聞記者の
前田淳子が須磨駅を出た後、行方を絶った。
彼女と最後に一緒だったのが、
前田淳子の女子大学の後輩で女子大生の崎上由香里。
新聞社の淳子の上司から依頼を受けて、
ご存知名探偵、浅見光彦が神戸に出かけ、
由香里とともに探索を開始する。

内田さんは、この作品を書くにあたり、
平成4年(1992)の初夏、須磨、明石を取材された。
作品にも登場する神戸女子大学へも取材、
大学の名前が出ることの許可も得られたとのこと。

出版されたのが同年の11月だったが、
その2年2か月後の平成7年(1995)1月17日、
「阪神・淡路大震災」が発生した。
そんな時代に書かれた作品なので、
現在ではだいぶ様子が変わっているかもしれない。
須磨、明石付近、全然知らない土地であり、
大いに興味をそそられる場面もある。

例の如く、浅見探偵の見事な直観と推理力により
事件の糸口がほぐれ、地元警察署員との
協力により解決に向かうのだが、
次々と殺人事件が起きるのには、
嫌な思いもさせられる。





# by toshi-watanabe | 2018-10-09 11:13 | 読書ノート | Comments(2)