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池井戸潤さん待望の「下町ロケット」シリーズの第3弾、

書き下ろし「下町ロケット・ゴースト」が発売され、

早速買い求めて読み終える。

お馴染みの帝国重工の財前道生や佃製作所の佃航平など今回も登場するが,

トランスミッションの開発・製作専門メーカーで、

ギアゴーストというベンチャー企業が新たに登場してくる。

書名にある通り、ギアゴーストを中心に、物語は進展する。

帝国重工からドロップアウトした伊丹大と島津裕の二人が

このベンチャー企業の社長と副社長に付き共同経営している。

島津は女性ながら帝国重工勤務時代、天才エンジニアと呼ばれ、

ギアゴーストでは技術担当として開発をリードしている。

創業して未だ5年、製造部門は持たず、あくまでも企画設計会社、

すべての部品製造と組み立てを外部の契約企業に発注している。

(参考までに、現実にこうした形で業績を伸ばし、

優良企業として格付けされているのが、キーエンス)

ギアゴーストは技術力を売りに、可能な限り固定費を削減して、

効率を上げており、それなりの年商を稼いでいる。

一方、前回から続く佃製作所では、新型エンジンの試作が完了し、

大口取引先のヤマタニとの商談に入るものの、

ヤマタニではエンジンの性能よりもコストを重視とのトップの意向で、

新型エンジン採用の話は白紙とされる。

佃航平社長は、苦慮した結果、トラクターなど農機具に目を向ける。

トランスミッション参入の構想だが、先ずはトランスミッションの

メーカーと共同で開発することが考えられる。

得意先のヤマタニから紹介されたのが、ギアゴーストである。

トランスミッションに必要な新型バルブを佃製作所が開発し、

ギアゴーストに納める話から協力体制を目論む。

いずれは佃製作所自体がトランスミッションの製造を目指す。

ギアゴーストの島津が開発したのは、トランスミッションの中の

プーリーを小型化し、副変速機を採用して、レシオカバレッジを広げた点。

事前の特許調査では問題なかったのだが、

大手企業のケ―マシナリーの取得している特許に侵害しているとして、

ギアゴーストは提訴される。

物語の終盤、前作でも活躍した佃製作所の顧問弁護士 

神谷修一の活躍もあり、被告側のゴアゴーストにとっては幸い、

特許無効の勝訴判決が裁判官により言い渡される。

この結果、佃製作所は新型トランスミッションの共同開発

となるはずだったのだが、新たな難問が立ちはだかる。

この続きは、「下町ロケットシリーズ第4弾」の

「下町ロケット・ヤタガラス」に。

今年の秋に発売予定である。

私自身、現役時代製造業で仕事をした身であり、

大企業に対する中小企業、或いは下請け企業の悲哀、

或いは社内での勢力争いなど見苦しい場面や競合関係、

実によくわかるし、大いに興味を持ちながら読み終える。

次の作品が待ち遠しい。







# by toshi-watanabe | 2018-08-03 08:45 | 読書ノート | Comments(0)


日曜朝はEテレの「NHK俳句」が楽しみで、
今週日曜の朝もこの番組を観た。
今回はいつもと趣が全く異なり興味深い内容だった。
通常は担当の俳句の先生が出演され、
応募作品の中から優れた作品を選び、解説をされている。

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今朝の番組は、桜井洋子さんが京都の寂庵に
瀬戸内寂聴さんを訪ねて色々とお話を伺ったもの。
昨年出版された初めての句集「ひとり」に詠まれている俳句を
テーマにしながら、寂聴さんの人生観が語られていた。
番組の途中からは、俳人の黒田杏子さんが加わり、
話題も一段と盛り上がる。

寂聴さんは御年96歳、まだまだお元気である。
黒田さんは、東京女子大学のご出身で、
寂聴さんとは同大学の同窓生で、16年ほど後輩にあたる。
黒田さんがまだ博報堂勤務時代、取材で寂庵に訪れたのが、
お二人の最初の出会いだ。
黒田さんが学生時代から俳句をやっているのを知ると、
寂庵で句会を始めてはと寂聴さんは勧め、
それから「あんず句会」がスタートしたとか。
因みに黒田杏子さんは、今テレビで売れっ子の夏井なつきさんの
俳句の師匠でもある。

黒田さんのお話によれば、寂聴さんは書き留めている俳句は、
死後一周忌の時にでも句集に纏めてほしいと言われて居たのに、
生前に句集を出されてしまったと。
寂聴さん曰く、死ぬまでにもう一冊、句集を出したいと、意欲十分。
また黒田さんが言われているように、
寂聴さんの作品(俳句)はまさに絵草紙、
一つ一つの言葉が無駄なく見事に生かされ、
完成度が高く実に素晴らしい。
句集「ひとり」は星野立子賞を受賞されている。

とても面白い興味深い番組だった。

参考までに、明日の8月1日(水)午後3時から再放送される。





# by toshi-watanabe | 2018-07-31 08:44 | 一般 | Comments(2)


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木内昇(きうち・のぼり)さんの著作「火影(ほかげ)に咲く」を読む。

「小説すばる」に掲載された6作品をまとめて、

今回ハードカバーで集英社から出版された。

1,600円+税。

幕末活躍した人物が登場する短編集である。

この著者の作品を手にするのは初めてだが、

歴史・時代小説の優れた作家の一人だと思う。

「紅蘭」。

詩人・梁川西巌(やながわせいがん)の奥方が物語の主人公。

幼名は稲津きみ、そして張紅蘭と号した。

西巌は頼山陽を師と仰いでいた。

西巌の主催する梨花村草舎に顔を出した紅蘭は、

すっかり漢詩に取り憑かれてしまう。

西巌が亡くなった後、尊攘派の疑いをかけられた夫の身内として、

捕縛されるが、やがて保釈される。

後年、紅蘭は西巌が残した市の編纂に没頭し、「西巌遺構」を上梓する。

「薄ら陽」。

長州藩士・吉田稔麿は久坂玄瑞等と共に京で活動。

会合に使っていたのが、三条縄手通りの料亭「小川亭」。

そこで若女将のていと知り合い恋仲になる。

「日なたにある者が、わざわざわしのような影に潜ることはないんじゃ」

と、ていの望みを断ち切る稔麿。

「吉田はんは影やおへんえ」とていは控えめN声で言うのだが、

稔麿は応えず。

池田屋の二階で、宮部鼎三をはじめ20名ばかりの壮士が

集まっているところへ、御用改めと、近藤勇以下の新選組に襲われ、

多くの命を失う。

世にいう「池田屋騒動」である。

利麿は何とか逃げ、藩邸に駆けつけるものの、

城戸に閂が掛かっており屋敷に入ること叶わず。

その場で自刃して果てる。

「呑龍」。

新選組の沖田総司が物語の主人公。

新選組副組長の土方歳三が総司の病を心配して、

碓井良庵なる町医者を探し出し、総司はその町医に時折通う。

診療所でよく顔を合わせるのが、お布来(ふき)さんという

年齢のよくわからない女性。

診療部屋でも威勢のいい啖呵を切る、この女患者さん、

総司に「呑龍」とあだ名をつける。

呑龍とは、浅草の奥山で興行していた舌耕芸人の名前だという。

布来は作り話を総司に語り、総司もその話を信じてしまう。

この物語は実に面白い。

短編ながら、素晴らしい作品に仕上がっており、

読者をひきつけてしまう。

この身寄りのない女の遺骨を引き取り、壬生の光縁寺に墓を建てる。

総司は墓参りをするところで物語は終わる。

「春疾風」。

祇園新地の置屋「島村屋」の君尾が芸子に出て、評判をとる。

この一番の芸子の心をとらえるのが、長州藩士・高杉晋作。

晋作は京から江戸行きとなり、その代わりに登場するのが、

同じ長州の井上聞多、二人はすっかり意気投合。

やがて聞多も去り、次に君尾の前に現れるのは長州の品川弥二郎。

明治に入り、弥二郎の子を産む君尾だが、見受け話を断り、

子を育てながら独り身を通す。

君尾の心の奥深くに残るのは晋作だったのだろうか。

剃髪して「東行春風じゃ」と高らかに笑った晋作の顔を

思い浮かべる君尾。

この作品も、心温まる素晴らしい作品だ。

「徒花」。

土佐藩士・岡本健三郎は、京に上り、藩邸近くにある、

河原町四条下ルの売薬商・亀田屋が宿泊先となる。

この宿には美貌で評判のタカがいる。

坂本龍馬や中岡慎太郎が登場する。

健三郎はすっかりタカといい仲になる。

近江屋で竜馬と慎太郎が落合い、健三郎も同席するのだが、

用事があると席を立つ(タカとの約束があり)。

ところが、竜馬の用心棒役だった健三郎が近江屋を発った後、

龍馬と慎太郎の二人は刺客に襲われ、命を落としてしまう。

下手人は誰とも知れず。

タカが絡めてくる手指を邪険に払い、

「すまんが、ひとりにしれくれんかえ」と声を上げる健三郎。

「光華」。

薩摩の藩士、中村半次郎の物語あり。

西郷隆盛や長州藩士・品川弥二郎も登場する。

四条小橋東詰に暖簾を出している村田煙管店に

弥二郎は立ち寄り、店内に足を踏み入れるわけではなく、

土間の縁台で店の者と世間話を交わす。

この店にさとという娘がおり、いつの間にかいい仲となる。

さとの父親からも縁談の話を持ち掛けられるが、

己の行く末を感じ取っている半次郎は首を縦に振らない。

思い立って、半次郎をさとを連れて、大阪屋という写真場へ、

そこで二人の記念写真を撮影してもらう。

最後はお互いに心にもない言葉を交わして別れて行く。

感動的な短編集で、お薦めの一冊である。






# by toshi-watanabe | 2018-07-30 11:26 | 読書ノート | Comments(0)

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最近出版された、葉室麟「洛中洛外をゆく」を読む。
KKベストセラーズから出された、この書籍は
正確には葉室麟さんの書かれたものではない。

葉室麟さんが3年間暮らした京都の町中の寺院などを
2017年春、出版社の編集部員は葉室さんとともに訪れた。
3冊の葉室作品に縁のある洛中洛外を歩き、
また数回にわたり葉室さんにインタビューをされ、
本書をまとめたものである。

取り上げられている、葉室さんの小説は、
「乾山晩愁」、「墨龍賦(ぼくりゅうふ)」そして「孤篷のひと」。

第1章の「乾山晩愁」で、小説では琳派の絵師、尾形光琳が亡くなった後、
5歳下の弟、尾形乾山の物語だが、光琳乾山兄弟を主題として、
縁の寺院を訪れ、葉室さんの思いが綴られている。
琳派始まりの地、鷹峯を訪れ、
光悦寺のご住職、山下智昭さんとの語らいも。
カラー写真も載せられており、光琳の名作、乾山の名作、
そして葉室さんの訪れた仁和寺や光悦寺の写真が見られる。

第2章は「墨龍賦」、小説の主人公は海北友松(かいほうゆうしょう)、
狩野永徳、、長谷川等伯とともに桃山画壇の巨匠と呼ばれる絵師だ。
父の戦死を機に武家を離れて京都の東福寺に入り、
禅僧になる修行を始めるが、絵を学び、やがて絵師として頭角を現す。
建仁寺、東福寺、妙心寺の写真があり、
寺を訪れた葉室さんも写真に登場。

第3章は「孤篷の人」、小説の主人公は小堀遠州。
千利休、古田織部、そして小堀遠州とつながる茶人の流れ、
そこには3人3様の茶道がある。
また小堀遠州には、官僚として、作庭家としての活躍も。
南禅寺や二条城などの写真が載っている。


興味深いのは、巻末に載っている澤田瞳子さんの
「葉室さんと『美』」と題したエッセイである。
4年前に、葉室さんと澤田さんが偶然、同時期に同じ雑誌で、
江戸中期の絵師、伊藤若冲を書こうとしていたところ、
「ならば若い人に」と葉室さんは澤田さんに譲られた由。
いずれは葉室さんも若冲を取り上げるものと思っていた
澤田さんは、その作品が出るのを期待していたのだが、
遂にかなわず。

葉室麟さんの人となりを知るのによい読み物、
そして京都のガイドブックとも言えるのでは。







# by toshi-watanabe | 2018-07-24 15:30 | 読書ノート | Comments(0)

群馬の山里も猛暑厳しい

7月15日、日曜日の朝6時、家を出発し、千葉県松戸へ車で出かける。
夏のお盆、早目の墓参である。
およそ1時間で松戸の都営八柱霊園に到着。
都内への改葬を決めたので、八柱での墓参もこれが最後だ。
赤羽の妹たちがすでに墓参りに来たと見えて、
供えられた生花がまだ生き生きとしている。
珍しく、すぐ左隣のお墓にも、お参りされている。
墓の周りを清掃し、墓周りを清め、お参りする。

持参したサンドイッチを車の中で食べ、群馬倉渕へ向かう。
関越自動車道に入った途端、渋滞が始まる。
予期してはいたものの、すっかり渋滞に巻き込まれる。
三芳SAに立ち寄り、とにかくトイレ休憩。
結局花園IC辺りまで渋滞の繰り返し。
榛名町のショッピングセンターに到着したのが正午と、
かなりの時間を費やしてしまう。
買い物をして倉渕へ、昼食は2時ごろに。

雑草は伸び放題で、咲いている草花も少ない。

唐菖蒲(グラジオラス)が咲き始め。

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紫苑(十五夜草)。


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季節外れの梔子(くちなし)が一輪、
大輪の純白の花を咲かせている。

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弟切草(おとぎりそう)。
恐ろしい名前がついている、黄色い花。

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岡虎の尾。


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白花鋸草(しろばなのこぎりそう、羽衣草)。

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河原撫子(かわらなでしこ)。


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山苧環(やまおだまき)、花一輪だけ咲き残っている。

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露草(つゆくさ)。


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花魁草(おいらんそう)。

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万両の白い花。 秋には赤い実がなる。


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青色藤袴(あおいろふじばかま)が咲き始めたばかり。

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秋桜(こすもす)はまだこれから。
来月には一面コスモス畑に。


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黄釣舟(きつりふね)。
咲き始めたばかり。


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金水引(きんみずひき)。


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これも咲き始めたばかりの、紫式部(むらさきしきぶ)。


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伸び放題の雑草取りが必要なのだが、
連日の猛暑、とても外に出られるものではない。
夕立もほとんどなく、外に出ると息苦しくなるばかり。
日が沈んだ後、通常は涼しい風が吹くのだが、
今回は全くの無風状態、夜になっても気温は下がらず。
予定を早めて、20日、金曜日には帰宅の途に就く。

家のすぐ裏側に接して、他家の土地に樹木(さわら)が植えられており、
20本ばかりの木がかなり大きく成長し、
太い枝がわが家の瓦屋根の上に伸びてきている。


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駐車している車の上にも枝が伸びている。

三軒の家主さんが関係しているということで、
管理会社を経由して、話をしてもらい、
樹木の伐採について了解を得た。
それも樹木の伐採は構わぬが、費用は負担しないという話なのだが、
それも致し方なし。

そのまま放っておく訳にも行かず、
市のシルバー人材センターに樹木の伐採をお願いすることに。
圧砕した樹木は、冬場、薪ストーブで使うので、
適当な長さにカットしてもらう。


















# by toshi-watanabe | 2018-07-23 14:01 | 草花 | Comments(2)

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葉室麟さんの著書「青嵐の坂」を読み終える。

著者が亡くなられて、すでに半年、

つい最近角川書店から刊行された、この作品が

著者最後の単行本となるのだろうか。

1,600円+税。

葉室さんは、秋月藩シリーズ、羽根藩シリーズ、

黒島藩シリーズと藩シリーズの作品を書かれているが、

「青嵐の坂」は扇野藩シリーズの一作である。

勿論、扇野藩は実在しない架空の藩だ。

このシリーズの第1作が「散り椿」、次いで「さわらびの譜」、

「はだれ雪」、そして「青嵐の坂」は第4作。

因みに「散り椿」は映画化され、本年9月28日に一般公開される。

「蜩の記」以来4年ぶりの葉室さんの作品の映画化。

「散り椿」の主人公、瓜生新兵衛の役は岡田准一が演じる。


映画「散り椿」の公式サイト

「青嵐の坂」では扇野藩の藩財政が破綻寸前の状況で、

古い体質を改革し、藩の立て直しに立ち向かう

若き藩士の立ち向かう姿が描かれている。

「政(まつりごと)を行うということは、

いつでも腹を切る覚悟ができているということだ。

それなければ何もできぬ」と語らせている。

扇野藩の中老・檜弥八郎は、破綻寸前の藩を救うべく、

倹約政策を断行したのだが、「黒縄地獄」と忌み嫌われ、

弥八郎は家老らの陰謀により切腹に追い込まれた。

時代は移り、弥八郎から目を掛けられていた親戚の矢吹主馬の所に

預けられていた弥八郎の娘、那美はやがて主馬の妻となり、

主馬が檜家の家督を継ぐことに。

扇野藩の新しい藩主として、若き千賀谷仲家が江戸から
お国入りする。

近習頭として従うのが檜慶之助、弥八郎の息子であり、那美の兄。

慶之介と主馬は対立の立場にあるようにお互いふるまうが、

実は目指しているところは同じ。

側用人となった慶之介だが、悪徳御用商人を刺し、自らは切腹。

古参家老二人は解任蟄居となる。


檜主馬は側用人となり、妻の那美と平穏な生活を送り始める

所で物語は終わる。

葉室ファンとして、今更ながら作品に感動させられる。

匠な筆致は実に素晴らしい。

お薦めの一作である。






# by toshi-watanabe | 2018-07-04 11:41 | 読書ノート | Comments(0)

この六月後半は忙しく


この六月後半は、何かと外出が続き忙しい日々だった。

群馬倉渕から帰ってきたのが17日(日)。

18日(月)は、M社の株主総会に出席を予定していたが、

溜まった新聞に目を通したり、メールをチェックしたりで、

出掛けるのをやめた。

19日(火)は、夕方青葉台の「梅の花」へ出かける。

家内の誕生日は22日なのだが、その日には別件の予定があり、

早目の誕生日祝いの会食となった。

緑に囲まれた平屋の店は、駅のすぐ近くにしては、

高級料亭の雰囲気があり、落ち着いた雰囲気の個室も良い。

窓からは中庭が見える。

「梅の花 関東」という季節のコース料理。

メインは「湯豆腐と豚の豆乳しゃぶしゃぶ」。

豆乳は身体によさそうだし、美味しくいただく。

家内は牛肉が駄目なので、専ら豚肉となる。

飲み物は久しぶりに「八海山」の冷やにする。

20日(水)は、近所のお仲間との恒例の昼食会。

参加者は私を含めて4名に落ち着いている。

会場は久しぶりに若草台(バス停は桂台)の「せんざん」。

海鮮料理が売り物で、4人とも「いろどり御膳」を注文。

他の方たちは医者にとめられておりアルコールは駄目、

私一人だけグラスの赤ワインをいただく。

個室風に仕切られているので、他の客を気にせずに

話ができるのは有難い。

21日(木)は、同じ敷地内にお住まいのTさんとの会食、

というより飲み会、久し振りのことだ。

何度か書き込んでいると思うが、Tさんは東京北区の赤羽にあった

区立中学(実は合併により、現存しない)の一年先輩である。

丁度3年前、インドネシアの島へ
スキューバダイビングに出かけられ、

脳梗塞で倒れ、現地からシンガポールの病院まで
運ばれて入院手術。

手術と言っても緊急の処置だったのだろう。

数週間後、日本に運ばれ、虎ノ門病院に入院され、6カ月余り。

退院後もリハビリを続けられ、一時は腰を痛められ、
全く歩けない状態に。

その後もリハビリを続けられ、杖を使い、
手すりがあれば歩けるように。

一応快気祝いだと、T先輩の方から声を掛けられ、

家から直ぐ近くに昨年開店したばかりの「びすとろ 和芯」へ。

私と同じで補聴器を付けておられるが、

頭の回転もよく、多少ゆっくりだが、しっかりと話もされる。

アルコールは心配したのだが、燗酒をちびりちびりと飲まれる。

私は芋焼酎のオンザロックとグラスの氷水をいただく。

結局4時から4時間余り、店で過ごしてしまう。

ミニステーキがやわらかで美味しかった。

帰りは私の肩を支えにしてもらい、玄関までお送りする。

22日(金)は現役時代同じ部署で仕事を共にした連中のOB会が

「がんこ 銀在1丁目店」にて開催、夕方5時半に集合。

今まで同じチェーン店の4丁目店が行きつけだったのだが、

昨年末に閉店となった。

私より2歳年上の長老格のTさんは前日、体調不良を訴え、

残念ながら今回は欠席、参加者は14名。

豚しゃぶのコース料理に飲み放題、大いに飲んで大いにしゃべり、

3時間ばかりの宴会となった。

24日(日)は、三保町の家に、家内の姉妹と連れ合いが集まる。家内のすぐ上の兄(3人いる兄の3番目)が1年前に亡くなり、

この前一周忌で越後湯沢まで出かけているのだが、

来年の三回忌の機会に、故人を偲ぶ文集を作りたいとの
提案が出て、皆でその相談があった。

義兄は生まれながらにして小児麻痺のハンディを背負い、

80歳近くまで長生きをされた。

車椅子で手も十分に使えず、1人では何もできない生活ながら、

色々な趣味を持たれ、ワープロやスマホにも挑戦、

書道でも素晴らしい才能を発揮された。
厚生大臣賞を受賞されている。

原稿もすでに20件以上集まっており、
私も皆さんの書かれた原稿の一部のパソコン入力を
お手伝いすることに。

25日(月)午後、青葉台のドコモショップへ。

未だ持っていないタブレットの勉強会に参加する。

ある程度は見当がついているのだが、実際に手に持って、

色々な操作を体験させてもらう。

数人のグループだと思っていたら、参加したのは私と

もう一人の中高年の女性だけ。
彼女はご自分のタブレットを持参される。
娘さんのご家族の動画を見せてくれる。
すでにお使いなのだ。

個人指導みたいなもので、
説明されるドコモの女性に何でも質問できて有難かった。

写真を撮るのも観るのも、スマホに比べてサイズが
大きいし、格段に機能がよい。

旅行の際には持参したらいいだろうなあ、
とつくづく思ってしまう。

26日(火)は、A社の株主総会があり、帝国ホテルへ。

個人株主が増加傾向にあるのか、早目に出かけたつもりだが、

受付では長蛇の列、会場もほぼ満席状態。

中にはお土産だけもらって、さっさと帰られる株主さんも。

A社は業績も順調に推移しており、特に問題を抱えておらず、

予定通り総会も終了。

27日(水)はパソコンの勉強会が国立である。

当初から比べると、参加者もかなり減少。

毎回必ず参加するメンバーも6人となり、

スペースの借り賃も一人当たりの負担が多くなってきた。

Wi-Fiが完備し、数台のパソコンが使えて、

プロジェクターで大型画面に映せる設備が必要となると、

場所探しも大変だ。

国立市の公民館なども今度検討することに。

SkypeとLineを使ってのコミュニケーション、

バンクーバー在住のFさんも加わって、楽しくやる。
勉強会後のお茶会は失礼する。


28日(木)は、高校のクラス会がある。

今回から昼の集まりとなる。

従来利用していた高田馬場の「酒房弁慶」に交渉してみたが、

正午から店を空けるわけには行かぬと断わられる。

新たに探し出したのが、御茶ノ水駅近くの「鳥どり」。

串焼きがメインの店だが、コースがあり、それなりの料理もある。

正午集合だが、私は早めに家を出て、御茶ノ水駅近辺を散策する。

聖橋を渡ると「湯島聖堂」、そこから少しばかり歩けば
「神田明神」だ。

「湯島聖堂」は、元禄3年(1690)、徳川五代将軍、綱吉が創建。

孔子廟だが、100年後には昌平坂学問所となる。

「入徳門」は大正12年(1923)の関東大震災の際にほとんどの

建物が焼失した中で、水屋と共に唯一焼失を免れた。

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門に掲げられている額「入徳門」は江戸中期、藤原基輔の筆。

宝永元年(1704)に建造された木造建築物だ。

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「大成殿」の大成とは、孔子廟の正殿の名称である。

額は元々、綱吉の書だったのだが、現在あるものは、

日本海軍の長老、伏見宮博恭王の筆である。

現在も、論語素読など論語の勉強会が毎日開かれている。

楷(かい)の木は、曲阜にある孔子の墓所に植えられている名木。

大正時代の初めに種子が日本にもたらされ、

その後湯島聖堂の庭にも苗木が植えられた。

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孔子銅像は、昭和50年(1975)に台湾台北市のライオンズ・クラブ

により寄贈されたもの。

孔子の銅像としては世界最大級である。

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神田明神は、江戸東京に鎮座して1,300年近く、

江戸時代では「江戸総鎮守」だった。

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千代田区など都心部の108町の町会の総氏神様だ。

「一之宮」が大黒様で縁結びの神様。

「二之宮」が恵比寿様で商売繁盛の神様。

そして「三之宮」が平将門命で、防災厄除の神様だ。

最近流行りのキャラを描いた絵馬も社務所で売られている。

さて高校のクラス会。

幹事を仰せつかっているので、少し早めに店に行くと、

すでに半数の皆さん、特にご婦人方がすでに来ておられる。

今回集まったのは、女性8名に男性6名の計14名、
卒業時、40名だったクラスなので、出席率はよい。

予約した個室も丁度よい広さ。

丁度昼時で、店内はお客で混雑している。

コース料理に飲み放題、2時間に30分延長で、

一人当たり4,500円也。

会のスタートに当たって、5月末に亡くなったばかりの
級友、S君のご冥福を祈って献杯。

昨年の12月、熱海温泉での1泊クラス会には、
お元気なS君も参加されたのだが、

心臓に持病がるとかで、とうとう温泉大浴場に入らず。

それでも、結構飲んで、仲間と大いにしゃべりながら

楽しんでいたのに、あっという間に旅立って逝かれた。

奥様からは心筋梗塞と伺った。

すっかり宴も盛り上がり、時間になっても皆さん帰りそうもなく、

店のマスターに紹介してもらい、すぐ隣のカラオケへ。

正午から開始したクラス会も、夕方まで続いて解散。

酔い覚ましも兼ねて、私は駿河台の坂を下り、神保町まで歩く。

久し振りに古書店街をぶらついて帰宅の途に就く。

本当に忙しい2週間だった。






# by toshi-watanabe | 2018-07-02 11:38 | 一般 | Comments(2)


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内田康夫さんの著書「天河伝説殺人事件」を読み終える。

ご存知「浅見光彦シリーズ」の一冊。

すでに映画化されているので、映画をご覧になられている方も。

著者にとっては40作目の作品である。

初出は1988年にカドカワノベルズとして上下二巻。

今回1冊にまとめられ、角川文庫で刊行されたばかり。

880円+税。

東京新宿の高層ビルの谷間で、道行く人でにぎわう夕刻、

一人の男性が突然倒れて亡くなる。

原因不明の死に方で、警察が調べに乗り出す。

この男性、愛知県豊田市の住民で、家電メーカーの営業所勤務。

当日は大阪に出張の予定だった。

遺族も会社の同僚も不審に思う。

死んだ男の手元にはやや大型の銀製の鈴らしきもの。

「五十鈴」と呼ばれる、この鈴がその後の展開でキーワードとなる。

さて、浅見家に来客がある。

三宅譲典は光彦の亡き父親、秀一の学生時代からの親友で、

秀一の存命中は揺と仕舞いの仲間だった。

光彦の嫁さんを心配している三宅だが、

今回浅見家を訪れた目的は別の用件で、光彦への依頼だった。

それは出版社が企画した「能謡史跡めぐり」を

光彦に引き受けてほしいという話。

光彦は喜んで引き受ける。

光彦の母親、雪江や三宅がよく知っている能の水上流では、

宗家を継ぐはずだった水上和春が43歳の若さで急訃して6年、

7回忌の追善能が開かれることになる。

「二人静」を演じる「シテ」には宗家の和憲、

「ツレ」を演じるのは孫娘の秀美。

秀美には兄の和鷹がおり、和憲が引退後水上宗家を継ぐと

目されているにもかかわらず「二人静」の「ツレ」を演じず。

追善能では、「キリ」の「道成寺」を演じる。

山伏に恋した娘が山伏を追ってくる。

仕方なく白拍子姿の山伏は鐘の中に隠れる。

やがて鐘が吊り上げられると白拍子が蛇の姿に変わって

現れるという筋書きなのだが、

鐘の中からは蛇は現れず、演じた和鷹が死んでいた。

通常の死に方ではなく、警察の調べが始まる。

依頼を受けて、浅見光彦は奈良吉野の奥の天川村へ出かける。

芸能の神様として知られる天河神社がある。

土地の名前は天川(てんかわ)だが、神社の名前は

天河神社(てんかわじんじゃ)と、川と河が異なるのは興味深い。

スポンサー付きの旅なので、由緒ある旅館「桜花壇」に泊る。

実在の旅館で、作者の内田康夫さんが現地取材
の際に宿泊されている。

この奈良吉野の奥地に新宿で殺害された男性の娘、川島智春や

能の水上秀美もやって来る。
そして光彦は事件に巻き込まれ、

警察署の留置場に入れられたり。

上記の「五十鈴」は天河神社のご神体であり、

次から次と起きる事件解決の糸口となる。
水上流宗家、和憲の自殺により物語は幕を閉じる。
天河神社のことは今回初めて知り、
機会があれば訪れてみたい。















# by toshi-watanabe | 2018-06-26 13:14 | 読書ノート | Comments(2)