3月23日(金)から24日(土)にかけて、越後長岡へ出かける。
23日は上越新幹線で、長岡まで。
川端康成の小説通り、長いトンネルを抜けると、越後湯沢だが、
3月の終わりとはいえ、未だ一面の雪景色である。
長岡駅には午後1時半に到着する。
宿の迎えの車は2時半の約束なので、1時間ばかりフリータイム。
駅から10分ほど歩いたところにある「河井継之助記念館」を訪れる。
訪れるのは初めてである。

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越後の風雲児と呼ばれる、河井継之助の生まれ育った長岡に建てられた、
こじんまりした記念館はすぐ見つかる。
司馬遼太郎の小説「峠」の主人公としてよく知られる。
河井継之助の書やゆかりの品、北越戊辰戦争関連の資料が
所狭しと展示されている。

宿は、長岡の中心地から車で30分ほどの山奥、
猿倉岳の裾野にある蓬平温泉。
宿に向かう頃には本格的な雨降り、明日の天気が心配になる。
周りは雪景色、これから暖かくなるにつれて雪解けが進むだろう。
宿の脇を流れる谷川も、すでに雪解けのため水嵩が多い。

翌朝はすっかり晴れ上がる。
現地の越後交通主催のツァーに参加申し込みをしており、
宿の前からバスに乗車する。
長岡駅前に着いてから、他の参加者の到着に待たされる。
最初の訪問地は、日本海に面した柏崎市西山の大崎海岸にある
「大崎雪割草の里」である。
新潟県でも雪が少なく、一番先に雪割草が咲き始める。
雪はほとんど残っていないが、山道は多少ぬかるんでいる。
ここでは、雪割草を本格的に育てている。
群生地の養生のためと、鉢植えにして一般に販売するためである。


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群生地となっている小高い山道を登る。
キクバオウレンの白い花が目に付く。

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可愛らしい雪割草の花がかなり咲きだしている。

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キクザキイチゲも咲いている。
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昼食の場所へと、海岸線を南下する。
次第に白雪をいただいた米山が見えてくる。

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午後は、長岡に戻り、次の訪問先、「雪国植物園」を訪れる。


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雪割草の群生地なっている山は、冬景色、残雪が多く、
一部だけ雪が片付けられて人が歩けるようになっている。
今年は雪が多かったようで、本格的に山に入れるのはまだ先のようだ。
それでも日当たりのよい斜面には雪割草の花が咲き始めている。
この植物園は、雪割草ばかりでなく、春、夏、秋と各シーズンごとに
数多くの山野草が見られる。

水芭蕉が咲き始め。

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ザゼンソウ。

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ネコノメソウとホクリクネコノメソウ(花が小型)。

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ショウジョウバカマ。

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コシジバイモ。

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キクバオウレン。

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雪割草の花、大崎のに比べて、一段と色が鮮やかな感じだ。
群生地は花がまだら状態で寂しい限り。
あと1週間は先に見ごろでは。

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ナニワズの黄色い花。

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さらに続く。。。。。。。。。。。。。。
 マルハマンサク、ユキツバキ、クロモジの花も咲き始め。




マルハマンサク、ユキツバキ、クロモジの花も咲き始めている。
by toshi-watanabe | 2018-03-30 14:19 | 草花 | Comments(2)

早春の群馬倉渕へ


3月11日から18日まで、群馬倉渕へ出掛ける。
春の彼岸入りには若干早めだが、早朝家を出発して八柱霊園に向かう。
7時半過ぎに到着するが、他にも墓参りの方が結構おられる。
放棄されたままの墓地がちらほら目に入る。
周りをきれいに清掃し、生花を飾り、香を焚いてお参りする。
車で来るのも大変になってきたので、今後のことを考えねば。

いつもの通り、東京外環道から関越道に入る。
1週間の中では、日曜日の朝が一番車も少なく流れもスムースだ。
途中高坂SAで休憩、前橋ICで高速道路を降りる。
榛名のパワーセンターで買い物を済ませる。
倉渕には午後1時ごろに到着。

3月とはいえ、まだまだ冬景色。
晴天に恵まれたものの、冷え冷えとしている。
それでも、樹木の花や草花が咲き始めている。
蘇秦蝋梅(そしんろうばい)がまだ元気に咲いている。

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紅梅、白梅も咲き始めている。

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しだれ梅はこれから。
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馬酔木(あせび)。

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山茱萸(さんしゅゆ)の蕾が開く。



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椿が咲き始める。

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到着した日には未だ蕾だった、雪割草が数日で花を開く。

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クリスマスローズ。

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数種類の水仙が色鮮やかに咲いている。

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季節外れの翁草(おきなぐさ)が咲き始め。

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ムスカリ。

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クロッカス。

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仏の座。

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花韮(はなにら)。

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蕗の薹(ふきのとう)。

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冬の間、水道の元栓を止め、風呂場の電源は入れたままにしておくのだが、
湯の出が悪く、業者に来ていただく。
部品がゴミで詰まってしまったようで、クリーニングにより解決。

1週間、一滴も雨が降らず、殆ど晴天が続く。
日中の気温も上昇する。
これで一気に草花が咲き始めたらしい。
せっかく育てている山野草が、根こそぎ取られているのが以前から気にかかり、
今回小さな看板を設置する。

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あっと言う間に1週間がたち、18日帰途に就く。
狭い山道を下っていると、早朝なのに前方から車が来る。
うまくよけてくれて助かったのも束の間、
つい注意力が散漫になり、道路左側の側溝際に設置されている金属製の柵に
車の左側が接触、車に傷をつけてしまう。
走行には問題なく、そのまま帰宅。
帰宅後自動車販売店の担当者に電話連絡、取り敢えず状況を診てもらい、
明後日、車をピックアップに来てもらうことに。
修理代は5万円ほどかかるようだが、保険でカバーされるとのこと。

高崎市内の環状道路には、白木蓮の街路樹が植えられている。
出掛ける時には、蕾のままだったのだが、帰りには、すっかり白い花を咲かせている。
丁度見ごろの景色となっていた。
一部、紫木蓮の木もあるのだが、こちらは未だ蕾のまま。

帰りも日曜日の午前中、道路の渋滞もなく、予定通り午前中に帰宅。












by toshi-watanabe | 2018-03-21 14:36 | 草花 | Comments(6)


内田康夫さんが3月13日の朝、亡くなられたとの悲報に接した。
死因は敗血症、享年83歳だった。
予期されてはいたものの、悲しい知らせである。

内田さんは1934年、東京北区(旧滝野川区)西ヶ原で生まれた。
軽井沢に転居されるまで、長い間お住まいだった。
「北区アンバサダー(大使)」を委託された5人の中のお一人。
因みにほかの4人の方は、ドナルド・キーン、倍賞千恵子、
弦哲也、水森かおりの皆さんである。
ご存知浅見シリーズの主人公の自宅は東京北区に設定され、
上中里駅近くの平塚神社が時折登場する。

1980年、46歳の時に、「死者の木霊」を自費出版し、
小説家としてデビュー、そして1982年には、「後鳥羽伝説殺人事件」を
世に出し、浅見光彦シリーズが始まった。
ルポライターの主人公が日本各地で難事件を解決する
「浅見光彦シリーズ」が続いた。 
全都道府県をカバーしている。
歴史にも関心を持たれ、、2006年7月~2007年9月、
日経新聞の夕刊に「地の日 天の海」を連載された。
天海上人を主人公に、光秀、信長、秀吉そして家康との
かかわりを描いた長編時代小説である。

「浅見光彦シリーズ」114作目となる「孤道」を毎日新聞に連載、
ところが、2015年7月26日、脳梗塞で倒れて、
8月12日をもって休載となった。
リハビリ後も思わしくなく、2017年3月に「休筆宣言」、
5月に連載部分を未完のまま出版。
完結編を公募することになった。

著書の累計発行部数は1億部を超えているとのこと。
私自身も、内田康夫さんの著書はかなり読んでおり、
ここ数年で、30数冊の読書ノートを書かせていただいた。

愛読者の一人として、
故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


合掌





by toshi-watanabe | 2018-03-19 16:14 | 一般 | Comments(4)

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佐藤賢一さんの最新作「遺訓」を読み終える。

読み応えのある素晴らしい作品である。

お薦めの一作である。

新潮社発行、1,900円+税。

同姓同名の俳優さんがおられるが、全く関係なし。

作家の佐藤賢一さん、デビュー以来、

中世から近世にかけてのヨーロッパを舞台とした

歴史小説を書かれてこられたが、

最近、日本の歴史小説も手掛けられている。

山形県鶴岡市のご出身だ。

鶴岡市と言えば、藤沢周平さんを思い浮かべる。

藤沢周平さんは、架空の「海坂藩」を舞台に

「蝉しぐれ」や「たそがれ清兵衛」などの時代小説を書かれているが、

この「海坂藩」とは勿論ご当地、庄内地方の「庄内藩」のこと。

「遺訓」に登場するのは、新選組一番隊組長、沖田総司の甥で、

天然理心流の遣い手である沖田芳次郎。

江戸の生まれだが、新徴組隊士となる。

戊辰戦争の折りには、庄内藩士の指揮する

三番隊に加わり政府軍と戦う。

物語は明治維新を迎え、廃藩置県が実施される頃から始まる。

因みに、庄内藩は、酒田県、鶴岡県と変遷後、山形県に組み込まれる。

戊辰戦争後、ともに戦った会津藩は政府から極悪の処分を受ける一方で、

庄内藩は極めて軽い処分で済んでいる。

これには、薩摩の西郷隆盛の意向があったと言われる。

明治の時代に入ってから、庄内藩の旧藩士などが薩摩に派遣されたり、

交流が進むとともに、庄内地方では、西郷が身内の名士の如く

大いに尊敬される。

沖田芳次郎は、庄内藩の家老職を務めた酒井玄蕃の警護を務める。

酒井は戊辰戦争でも庄内藩の大隊を指揮し、連戦連勝を果たし、

政府軍からは「鬼玄蕃」と恐れられる存在だった。

新たな時代になったとはいえ、

政府筋からは恐れられ、常に密偵が玄蕃の動向を見張っていた。

政府の命により、玄蕃は清国へ出向く時も、芳次郎が警護役を務める。

何度か刺殺の危うい目に遭い、芳次郎の力で防ぐものの、

結局、少量づつ毒を盛られ、体力を落とし若死にしてしまう。

政府とは意見を異に、下野して薩摩に帰った西郷隆盛は、

大久保利通など政府の中枢部にとっては邪魔な存在。

密偵が薩摩に送られ、西郷は命を狙われる。

沖田芳次郎は、西郷の警護を依頼されて薩摩入りを果たす。

芳次郎は西郷に気に入られ、

物語の終盤、「西南の役」では、西郷とともに政府軍と戦う。

田原坂の戦いで、芳次郎は負傷するのだが、

政府軍に警視庁の警察官として参加していた、

藤田五郎という男に助けられ、一命をとりとめる。

藤田は改名後の名前で、江戸末期には、新選組三番隊組長の

斎藤一で、斎藤は芳次郎の顔を見た時に、新選組時代の仲間の

沖田総司が生きていたのかと勘違いした。

芳次郎は、叔父の沖田総司に生き写しだったようだ。

終盤、大久保利通が朝、自宅から馬車に乗り出かけ、

紀尾井坂に差し掛かった時に、暴漢に襲われ、殺害される。

この場面に、芳次郎も登場する。

どこかで見たような気がしたが、思いだす。

過日読んだばかりの、伊東潤さんの作品「西郷の首」の

最後の場面だった。

「紀尾井坂の変」として知られる。

「紀尾井坂」は坂の北側に紀州徳川家(現在は清水谷公園と

グランド・プリンス・ホテル赤坂)、坂の南側に尾張徳川家

(現在は上智大学)と彦根藩井伊家(現在はホテルニューオータニ)の

大名屋敷があったため「紀尾井」と呼ばれるようになった。

物語の最後は、庄内藩の旧藩士たちが、西郷隆盛南州翁の遺訓を

「西郷南洲翁遺訓」にまとめる作業に当たっている場面で終わる。

この「遺訓」が書名となっている。



明治22年に、亡き西郷に官位が戻され名誉が回復、

東京上野公園に西郷の銅像が立てれられた。

翌明治23年に「南洲翁遺訓」が発行された。








by toshi-watanabe | 2018-03-10 11:22 | 読書ノート | Comments(0)