カテゴリ:読書ノート( 170 )

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祥伝社文庫の一冊として最近発行された(700円+税)、

内田康夫さんの著書「喪(うしな)われた道」を読み終える。

本作品は、平成310月に初出版されて以来、

祥伝社の他に、角川文庫、光文社文庫などより何度か刊行されている。

作者にとっては、66作目の長編小説。

実はこの作品、以前から一度読みたいと思っていた。

というのは、西伊豆の土肥が登場するからである。

戦中戦後の数年間過ごした疎開先が土肥であることは、

何度か日記にも書き込んでいる。

いじめの体験も忘れられないが、懐かしい第二の故郷だ。

ご存知素人探偵、浅見光彦シリーズの一作で、

青梅市梅郷の山中で、虚無僧姿の遺体が発見される

所から物語はスタートする。

遺体は羽田栄三で、当初は事故死ではと見られていたが、

殺人事件に進展する。

栄三の孫娘、20歳の記子がマドンナ役で登場、

しばしば光彦と行動を共にする。

事件の核心がなかなか見えないのだが、

戦後、羽田栄三が勤務していた土肥金山関連の精錬工場が絡んでくる。

土肥金山は江戸時代(慶長年代)、大久保石見守長安が

幕府金山奉行として土肥金山に乗り込み、新技術を導入して

大きく発展させた。

これを第1期とすると、第2期が明治から昭和にかけてで、

土肥金山は、佐渡金山に次ぐ日本第2位の金産出量を誇った。

所が昭和38年(1963)鉱量枯渇のため操業を中止し、

昭和40年(1965)閉山となった。

その7年後、跡地を新たな「土肥金山テーマパーク」に、

観光設備として一般公開されるようになった。

現在は多くの観光客が訪れている。

幼い頃の記憶が定かでないが、土肥温泉として、観光客が来る

様になったのは、鉱山が閉鎖された後だと思う。

私が疎開していたころは、とても観光地という雰囲気ではなかった。

殺害された羽田栄三は尺八の名手で、退職後も尺八同好会のメンバー、

時折り仲間が集まって虚無僧姿に着かえて尺八を楽しんでいた。

彼が殺害された、同じ日に修善寺付近でも虚無僧姿が見られており、

場面は一挙に修善寺の方に。

偶々事件に巻き込まれた光彦探偵は愛車のソアラを駆って修善寺へ出かける。

土肥へも足を延ばし、宿泊するのが土肥温泉「玉樟園新井」。

よく知っている老舗旅館である。

この旅館は本因坊戦や棋聖戦などの開催でも知られる。

作者の内田康夫さんはこの宿に何度か宿泊され、宿の女将とも懇意にされ、

囲碁戦の観戦記も書かれている。

内田さんは囲碁でも将棋でもかなりの腕前とか。

尺八を持った虚無僧の姿が目撃されたのは、修善寺の町はずれ、

そこには最近観光名所となっている旭滝への道、

その手前には功徳山滝源寺跡地があるが、

この寺はかって禅宗の一派である普化宗の寺院だった。

そして旭滝にちなんで作られたのが、尺八の名曲「滝落之曲」。

因みにユーチューブで、この曲を聴く事が出来る。

作品の「エピローグ」には、旭滝の前に関係者が立ち、尺八により

「滝落之曲」が演じられる場面が出てくる。

虚無僧というのは、普化宗の僧が天蓋を被り、尺八を吹き

喜捨を請いながら諸国を行脚修行したのが始まりだと、初めて知る。

明治維新後、太政官布告により普化宗は廃止された。

作品の中の事件に関連して、「伊豆大島近海地震」というのが出てくるが、

この大地震が発生した昭和53年(1978)は米国駐在中、全く記憶にない。

114日、伊豆大島西岸沖を震源地とし、マグにチュード7.0の

直下地震で、伊豆半島にも大きな災害をもたらした。

湯ヶ島にあった工場から猛毒のシラン化ナトリウム(青酸ソーダ)が

狩野川に流出し、駿河湾へ流れ込み、魚介類に多大な被害を

もたらした事実を初めて知った。

新たに金山の坑道付近で起きる殺人事件も含め、

殺人事件の犯人は割り出されるものの逮捕に至らず。

閉山に伴う埋蔵金の話が大きなテーマになるのだが、

光彦探偵の推理で物語は幕を閉じる。

馴染みのある修善寺や土肥が出てきて、興味深く一気に読んでしまった。

終盤、何となく物足りない所もあったが、こういう終わり方もあるのだろう。



by toshi-watanabe | 2017-11-15 09:05 | 読書ノート | Comments(0)

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堺屋太一さんの作品「三人の二代目」を読み終える。

20115月に単行本として講談社から刊行されているが、

最近、文庫本(上下2冊)として出版された。

講談社α文庫(上下各900円+税)。

三人の二代目とは、織田信長から豊臣秀吉へと移り変わる

激動の戦国時代、二代目として登場した三人の武将。

1人は、上杉謙信を継いだ上杉景勝、

2人目は、毛利元就を継いだ毛利輝元、

そして3人目は宇喜多直家を継いだ宇喜多秀家である。

戦国の乱世に、偉大な先代の跡を継いで家長となった

三人の二代目の苦労とその失敗の本質を深く抉った物語だ。

登場人物の多様さ、舞台の広さ、そして情報、策略、戦闘と

続く対象の豊富さにおいて、歴史小説の会心作であると同時に、

現代社会に通じる内容となっている。

堺屋太一流に三人の生き様を見事に捉えている。

読んでいるうちに、現代社会での初代創業者と2代目社長の

違いが見えてくるような気がする。

天正6年(1578)、物語の初めである。

越後の春日山城にいるのは上杉景勝、24歳。

上杉謙信は生涯独身を貫き通し、子供がおらず、

2歳違いの姉、仙桃院の息子、景勝を養子にするが、

景勝の姉の婿の景虎(北条氏康の七男)も謙信に気に入られ

養子に迎えられている。

この年に謙信が亡くなり、跡目相続のために

景勝と景虎との争いが始まる(御館の乱)。

謙信の本心としては、景虎を跡目に考えていたらしいのだが、

実際は、実母の仙桃院のサポートが大きくかかわりを持ち、

景勝が景虎の陣営を破り二代目となる。

謙信公倒れるの情報は直ぐに安土の織田信長の元に届き、
あっと言う間に各地へ知らされる。

謙信の死の10日後には、早くもこの情報が備前岡山城の城主、

宇喜多直家の元にも届いている。

50歳になる初老の直家のそばにいるのは、数えで6歳になる

一人息子の八郎、そして見守る女性は母のお福、30歳。

八郎は羽柴秀吉の元に預けられ、やがて宇喜多秀家を名乗る。

秀吉の元にやはり預けられていた前田家の豪姫との縁組も整い、

前田家と姻戚関係になる。

秀家の支えとなったのは、母親のお福である。

直家の死後、お福は秀吉に気に入られ側室になったと言われる。

同じ年、毛利輝元は播磨西端の上月城を目の前にした陣屋に。

7年前、19歳の時に、毛利元就は家督を嫡孫の輝元に譲った。

元就には3人の息子がいたが、長男の隆元は若くして亡くなり、

隆元の息子、輝元が跡を継いだ。

元就はその際、大事なことは必ず二人の叔父(隆元の弟)、

吉川元春と小早川隆景に相談せよと言い残した。

輝元にとっては、両川と呼ばれる二人の叔父が

どちらかと言えば足枷となってしまう。

物語は進展し、天正10年(1582)には、本能寺の変で信長が

光秀に討たれ、中国返しの秀吉により光秀は討たれ

(山崎の合戦)、清洲会議と続く。

更に翌天正11年(1583)には、賤ケ岳の戦いなどで、柴田勝家が

秀吉に討たれる。

天正18年(1590)には小田原征伐(小田原城開城)により

秀吉の天下統一が成る。

世に名高い小田原評定を著者は

現代風には「情報収集と情勢分析」だろうと書かれている。

結論の出ない会議だったが、なるほどと思う。

豊臣姓を名乗る秀吉が亡くなったのは慶長3年(1598)、

そして2年後の慶長5年(1600)、関ケ原の戦いとなる。

太閤秀吉の晩年には天下の大老となった2代目の3人だが、

天下分け目の関ヶ原では、いずれも負け組に属し、

家庭を失い、敗者として追われる。

家を起こし領土を広げた偉大な初代の無理や因縁が、

二代目にとっては選択の余地を狭め、破滅へと追いやったのではないだろうか。

上杉景勝は元和9年(1623)米沢にて亡くなる、享年69歳。

毛利輝元は宝永2年(1625)萩にて亡くなる、享年73歳。

宇喜多秀家は流人として八丈島に配流され、

八丈島にて亡くなる、享年84歳、

すでに徳川4代将軍家綱の治世だった。

三人とも、当時としては長生きしている。



by toshi-watanabe | 2017-11-10 09:02 | 読書ノート | Comments(0)

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伊東潤さんの最新作「西郷の首」を読み終える。

角川書店、1,800円+税。

読み応えのある作品で、圧巻の歴史長編小説である。

幕末から明治維新へ、時代の激変期に生きた

二人の青年の友情と離別の物語であり、

加賀藩と二人の藩士を通して、

幕末から明治維新への歴史を物語っている。


百万石の雄藩、加賀藩藩士の島田一郎と千田文次郎登文(のりふみ)は、

足軽の子弟で、ほぼ同い年、親友の間柄だった。

目指すところが異なり、時に意見が対立し、激論となることも。

加賀藩は百万石の雄藩でありながら、幕末は中立的立場をとり、

藩としては幕末維新の動きにすっかり乗り遅れてしまう。

仲のよかった二人も藩上層部の動きに不満を抱きつつ、

それぞれ別の道を求め歩み始める。

明治政府に人材を送ることのできなかった加賀藩の旧藩士として

島田一郎は、反政府活動に傾倒し、武装蜂起を企てる。

一方千田文次郎登文は、陸軍の道に入り、

やがて陸軍軍人として、西南戦争に赴く。

薩摩軍が隠した西郷隆盛の首をたまたま発見するのが千田文次郎登文。

ところで、作品の題名は「西郷の首」となっているが、

西郷が登場するのはほんのわずかである。

もしも西郷の首が発見されないままであったら、

西郷隆盛はどこかでまだ生きているのではないかと、

不満を抱く旧藩士の生きがいになっていたかもしれない。

時代の流れの象徴的なこととして、「西郷の首」の発見が

小説の題名となったのだろう。

最後の場面、島田一郎と仲間たちは、大久保利通が

いつもの通り、朝仮御所へ出かけるのを途中で待ち伏せし、

大久保を殺害する。

いわゆる紀尾井坂事件と呼ばれる。

処刑された島田一郎の遺骸を、文次郎は引き取り、

谷中天王寺の霊園に葬る。

筋立てと言い、実に面白い小説である。

因みに、時代小説・歴史小説の分野を得意とする文芸評論家の

縄田一男さんも激賞されている。

「物語は、加賀藩の実在の人物――島田一郎と千田文次郎の

二人の目を通した幕末維新というかたちを取り、

西郷との必然性も完璧。

読了した後に残るのは、作者の目の付け所に完敗したという

清々しいまでの敗北感である。

 あと三カ月、よほどの作品が登場しない限り

今年のベストワンだろう。」

と縄田さんは大きな評価を与えている。

小説のエピローグには、千田文次郎登文のその後が書かれている。

文次郎は、紀尾井坂事件からほどなくして結婚し、

四男六女に恵まれる。

陸軍の軍人として出世街道をたどる。

昭和4年(1929)416日、自宅で眠るように息を引き取った。

翌朝の北陸毎日新聞は、

「大西郷首斬りの、千田翁逝く、線香の代わりに徳利をと、

剣道と酒の八十三年」という見出しを掲げた。

金沢の街を見守る野田山に葬られている。

私もお薦めしたい一冊である。







by toshi-watanabe | 2017-10-07 14:22 | 読書ノート | Comments(2)

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内田康夫さんの著書「不等辺三角形」を読み終える。

幻冬舎文庫、650円+税。

どうも妙な題名である。

二等辺三角形と正三角形を除けば、

どの三角形も不等辺三角形であり、あえて不等辺三角形というのも面白い。

この不等辺三角形が出てくるのが丁度小説の真ん中あたり、

やっと題名の意味が分かってくる。

先ず登場するのが「陽奇荘」、

正岡家という、名古屋で一、二を争う富豪の別荘である。

戦災で本宅が消失して以来、正岡家は四十数年にわたって、

住居として使用していたのが別荘の陽奇荘。

その後、新たに本宅が再建されて、家族全員が移転した。

以来二十年間、空き家状態になっていたが、

管理人などが陽奇荘の保全管理を続けていた。

家具などすべて処分されたのだが、唯一、仙台箪笥が

地下室に残されていた。

この仙台箪笥が、これから起こる殺人事件に絡んでくるのだが、

先々代の奥様が嫁入り道具として持参した品物で、

一番大事にしていて、ここに残しておいてほしいとの遺言。

40歳代の半ばで他界したのだが、箪笥のところにその奥様が現れるという

噂話が出て、幽霊箪笥と呼ばれるように。

宮城県の東松島市にある井上箪笥工房のところに箪笥の修理依頼が届く。

仙台箪笥の腕の良い職人と知られる工房の主は

娘を伴い、名古屋の陽奇荘まで車で箪笥を引き取りに行く。

東北地方の箪笥と言えば、岩手県の岩屋堂の桐箪笥がよく知られるが、

仙台箪笥も欅づくりの素晴らしい和箪笥である。

取り付けられた金具が精巧な作りでこれまた素晴らしい。

著者は、陽奇荘のある名古屋、仙台箪笥の工房がある奥松島、

それに正岡家の先々代の奥様の出身地、宮城県の丸森町、

この三か所を頂点とする、不等辺三角形をイメージして書き始めたらしい。

奥松島とは、観光地として名高い松島の奥に位置する東松島市にある、

風光明媚な海岸沿いである。

丸森町は宮城県の最南端で、福島県に接し、近くを阿武隈川が流れる。

現在観光地としても知られる。

だが著者は小説を書いている途中で、三角形のイメージをがらりと変える。

問題の仙台箪笥には隠し棚があり、1枚の紙きれが入っていた。

そこには漢詩の手書きがあり、さらに隠し棚の蓋の裏側には、

「不等辺三角形之重心」と記されていた。

ここから謎解きが始まるのだが、二件の殺人事件が発生する。

中川区にある松重閘門で遺体が発見される。

殺害されたのは、自発的に陽奇荘を管理していた、古くから正岡家に

仕える男で、仙台箪笥を引き渡した、その日の夜に事件は起きていた。

その後、問題の仙台箪笥を見せてほしいと奥松島の箪笥工房を

訪れた男も、近くの野蒜海岸で遺体で発見される。

正岡家の主が浅見陽一郎を訪ねてくる。

2人は大学時代の同級生の仲。

正岡家が所有している陽奇荘の箪笥に絡んでの殺人事件発生に

余り公にしたくなく、警察とは別に、陽一郎の弟に調査をしてほしいとの依頼。

我が名探偵、浅見光彦の登場となる。

浅見光彦は依頼を引き受け、名古屋市東区白壁の高級住宅街にある

正岡家を訪れて、度肝を抜かれる。

一室を与えられ、陽奇荘を調べ、さらに奥松島、丸森町と

足を延ばして、警察署とも連絡を取りながら調査を続ける。

漢詩とは、

   春 水 満 四 澤

   夏 雲 多 奇 峰

   秋 月 如 陽 輝

   冬 嶺 秀 孤 岩

手書きをしたのは、陽奇荘に滞在したことのある

汪兆銘だろうと推測され、陽奇荘の庭園で三角形の重心にあたる部分に

何か重要なものを埋めて隠したのではないかと思われる。

これも謎解きである。

作者の内田さんは、5年にわたり現地を訪れている。

名古屋の陽奇荘は実在し、松坂屋の初代社長、15代伊藤次郎左衛門祐民の

別荘で、「揚輝荘」というのが実際の名称である。

現在は整備されて一般公開され、文化的なイベントなども開催されている。

千草区覚王山の閑静な丘陵地にある。

最初に建てられてから100周年を迎える。

因みに上坂冬子さんが著書「揚輝荘、アジアに開いた志 

選ばれた留学生の館」を出されている。

浅見光彦探偵の推理と行動力、いつものことながら面白く、

ついつい読み続けてしまう。

一緒に推理しながら読むのも楽しみである。

私自身、松島へは何度か訪れているが、奥松島を訪れたことはない。

ご存知の通り、東日本大震災では巨大津波により大きな災害を受けている。

モデルとなった、仙台箪笥の工房の皆さんも大被害を受けたが、

無事に過ごされているとのこと。

元の町並みが戻るのを祈るばかりである。

修理を終えた仙台箪笥は車で名古屋まで届けられるのだが、

その途中東京の浅見家に立ち寄り、光彦を含む浅見家の人たちは、

その素晴らしい箪笥に目を奪われる。






by toshi-watanabe | 2017-09-29 15:20 | 読書ノート | Comments(0)

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最近出版された文庫本、朝井まかてさんの作品
「御松茸騒動(おまったけそうどう)」を読み終える。

徳間文庫、640円+税。

江戸時代中期、徳川幕府は八代将軍徳川吉宗の時代。

吉宗は質素倹約を旨とし、「享保の改革」を実施した。

徳川御三家の筆頭、尾張藩の藩士、榊原小四郎は

父親の清之介が定府藩士となり江戸藩邸で勤めていたので、

江戸で生まれ江戸で育った。

小四郎が家督を継いで間もなく、病の床にあった父親は亡くなる。

用人手代を務めていた小四郎は、突然「御松茸同心」を命じられる。

小四郎には、その任務がさっぱりわからない。

領内の御林に生う御松茸が不作続きで大難渋している。

御松茸は尾張藩の特産品で、大樹様や大奥、諸藩への進物、
返礼品として欠かせぬものである。

国表の御林奉行の配下に就いて、
3
年かけて御松茸の不作を何とかせよと命じられる。

時に小四郎、19歳の砌であった。

松茸について全く知識がなく、小四郎の苦労が始まる。

廃棄処分になるはずの書物を偶然手にした小四郎は、

その書物の中に松茸に関する情報を見つける。

実は、小四郎の父、清之介は先の尾張徳川家の第七代藩主、

徳川宗春の小姓を務めていたことがあり、

藩主のお供をした折などに、藩主のお言葉を書き残していたのが、

この書物だった。

そのことを後になって小四郎は知る。

宗春は将軍吉宗の質素倹約とは正反対の規制緩和策をとり、

尾張藩内は活気のある町となり、
藩主は領民から敬われていたのだが、

吉宗からは嫌がられ、宗春には幕閣を通じて隠居謹慎命令が下る。

吉宗が亡くなった後も、宗春の隠居謹慎は解かれぬまま。

今は御下屋敷(藩主の隠居屋敷)にて隠居暮らしをしている。

小四郎たちの努力により、上野御林を回復させる。

すでに10年の歳月がたっていた。

以前は村人が御林に入って手入れをしていたのが禁じられ、

御林が荒れ放題になったため、松茸が生えなくなっていた。

雑木をそのままにしておくと、
林床に陽が届かず、松茸の窠(す)を枯らしてしまい、

死んだものは、そのまま腐敗し、松茸の生えぬ土壌になる。

赤松と松茸菌は双方の利をもって生きている。

松茸菌は赤松の根から養分を取り、
赤松は松茸菌から養分を取っている。

ところが、地表に松葉や枯葉が溜まると、
松茸菌は手近なところから養分を取り、

赤松の根のことを忘れてしまう。

やがて赤松はやせ衰え、
松茸菌の窠もいずれは地表の腐れによって腐敗する。

赤松と松茸菌のかかわりが続くように手入れが肝要。

松葉や枯葉がそのまま肥料となると思いがちになるが、
それは逆で、松葉や枯葉を取り除いて
地表をクリーンにしておかなければならぬ。

一般の草木とは異なるところ。

江戸時代、松茸が藩にとって重要な財源であったとは、
大変興味深い。

また松茸が毎年十分に得られるためには、

赤松林の手入れが十分行われることが肝要とは、初めて知った。

現在実際どうなっているのかはよく知らないが。

小説の最後の場面は、年老いて蟄居中の徳川宗春が
尾張徳川藩所縁の興正寺へ参拝することになり、
その折りに寺域にある林で、

松茸狩りをしたいとの話が小四郎のところに届く。

荒れ放題の林に松茸が生えているわけもなく、
ここで小四郎は思案する。

どうしたかは、この本を読んでのお楽しみ。



話が飛ぶが、朝井まかてさんの作品「眩」(葛飾北斎の娘)の

ドラマと北斎の娘の特集番組がNHKで放映されたばかり。








by toshi-watanabe | 2017-09-26 09:13 | 読書ノート | Comments(0)

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池井戸潤さんの作品「花咲舞が黙ってない」を読み終える。

現実的には、日本の銀行、特に一流銀行ではあり得ない事だが、

銀行の不祥事をテーマに、内部処理により組織を守ろうとする上層部に対して、

問題を明らかにして解決するのが銀行のためだと、正義感に溢れた

現場担当者の悩みが見事に描かれている。

この作品の前作に当たる「不祥事」は読んでいないが、

「不祥事」を原作としたテレビドラマが放映され,大いに楽しませてもらった。

そのテレビドラマの題名が、「不祥事」ではなく、「花咲舞が黙ってない」だった。

相馬と花咲舞のコンビによる痛快なドラマを面白く観たのが記憶に残る。

池井戸さんは、テレビドラマの題名をそのまま使って今回の作品を書かれたようだ。

読売新聞朝刊に20161月~10月にわたって連載されたものを、

まったく加筆せずに文庫本で出版された。

中公文庫、740円+税。

過日、読書ノートを書き込んだ「銀翼のイカロス」と同時発行である。

因みに「銀翼のイカロス」は東京第一銀行と産業中央銀行が合併し、

新たな東京中央銀行発足後の話だが、

「花咲舞が黙ってない」は合併前の東京第一銀行の話なので、

二つの小説には時代のずれがある。

「銀翼のイカロス」に登場した半沢直樹や紀本平八常務が

この作品にも出てくる。

紀本常務は、「花咲舞が黙ってない」では、まだ東京第一銀行の企画部長。

東京第一銀行の本店事務部・臨店指導グループに所属している、

花咲舞は問題点があれば、相手が誰であろうと遠慮せず積極的に発言し、
そしてすぐに行動に移す実行力もある。

上司の相馬は彼女のことを「狂咲」と揶揄するものの、

温かく見守り、サポートを惜しまない。

問題の起きている支店に出かけ、解決の目途をつけるコンビ。

だが常時解決とは行かず、役員会の判断に任せられる場合も。

七つの話から構成されている。

第五話の「神保町奇譚」は二人が神保町支店の調査を終えて、

神保町のすし屋に立ち寄り、偶々店で居合わせたご婦人からの話が

発端となり、有る事件が明らかになるのだが、

とても心温まる、ほろっとさせられる物語である。

第六話の「エリア51」から最終第七話の「小さき者の戦い」は、

この小説のクライマックス、東京第一銀行の組織を大きく揺さぶる大事件に。

もみ消しを図る上層部は、相馬を支店ならぬ出張所へ左遷させ、

臨店調査グループの実働部隊は花咲舞一人になってしまう。

行内調査委員会の席上、会長の一喝ですべて闇に消されようとしていた瞬間、

産業中央銀行から代理出席していた半沢直樹が発言を求める。

彼の手には、花咲舞が書いた報告書が。

会長と有力政治家との癒着、政治資金の流れなどが明らかにされる。

臨店指導グループが苦労してまとめた報告書がやっと日の目を見る。

「銀翼のイカロス」を読んでから、この作品に入ったのだが、

逆に「花咲舞が黙ってない」を先に読んだ方がお勧めだ。

二つの銀行が合併する前と後の繋がりが分かる。

この作品もテレビドラマ化するのは間違いないだろう。

前作に出ていた花咲舞の父親が営む居酒屋「花咲」は出てこない。

花咲舞は同じ女優さんが演じるのだろうか、

今から楽しみである。



by toshi-watanabe | 2017-09-23 08:54 | 読書ノート | Comments(0)

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葉室麟さんの最新作「草笛物語」を読み終える。

「羽根藩シリーズ」の第5弾である。

このシリーズの第1弾は、直木賞受賞の「蜩の記」で、

映画化もされ、大好評を得た。

映画の最後の場面は感動的で、今も記憶に新しい。

九州豊後の羽根藩のお家騒動がテーマとなっているが、

「蜩の記」ゆかりの人たちが登場する。

「蜩の記」の主人公は、戸田秋谷、羽根藩の要職にあったのだが、

ある事件により蟄居の身となり、村の一軒家で家族とともに過ごし、

専ら藩主三浦家の家譜編纂を日常業務としていた。

10年後、あらかじめ決められていた通り切腹して果てた。

藩から若い藩士が見張り役として戸田家に派遣されたのが、

檀野庄三郎、秋谷の仕事を手伝いながら次第に秋谷を師と仰ぐように。

やがて秋谷の娘、薫と夫婦となる。

2人の幸せな姿を目にして、秋谷は最期のときを迎えた。

さて「草笛物語」には、上記の檀野庄三郎・薫夫妻が出てくる。

2人には、桃という娘も。

また秋谷の息子、郁太郎、成人後名前を改め戸田順右衛門と

娘の美雪も登場する。

庄三郎はあることがきっかけで、藩の要職を離れ、

相原村にある薬草園の番人をしている。

順右衛門は中老に就き、藩の重要な要職に、
そして鵙殿(もずどの)と呼ばれる存在。

藩主吉房は病弱で若くして亡くなる。

江戸屋敷にいる世子の鍋千代が未成年のまま、藩主を継ぐことになり、

吉通と名をあらため、九州豊後へお国入り。

小姓役の赤座颯太(そうた)も豊後羽根藩へ向かう。

颯太は鍋千代と同い年、両親はともに亡くなり、

豊後には実家もなく、伯父の水上岳堂宅に世話になる。

岳堂は藩校、有備館で教授をしている。

颯太が騒動に巻き込まれるのを案じた岳堂は颯太を庄三郎に預ける。

この颯太を中心に物語は展開する。

戸田秋谷が切腹して10数年のときが経つのだが、

秋谷の生きざまは藩内で語り草となっており、

秋谷に尊敬の念を抱く藩士も多くいる。

秋谷が書き残した「蜩の記」に関心を抱く吉通は、

その手記を保管している庄三郎の元を訪れる。

同時に庄三郎から藩内の状況をいろいろと聞き取る。

藩主の一門である、三浦左近がまだ若い藩主の後見役となるのを目論み、

幕府からお墨付きを得るべく江戸へ向かう。

月の輪様とも呼ばれ、いずれは羽根藩を牛耳ろうという野心を抱いている。

これを察知した藩主の吉通に、颯太を含む小姓たち、

そして庄三郎や順右衛門などが騒動を防ぐべく手を打たざるを得ない。

お家騒動が始まる。

それほど複雑に絡み合った物語ではないが、

葉室さんの文章には、つい引き込まれ、途中でやめるわけに行かず、

あっと言う間に最後まで読んでしまう。

颯太が次第に成長してゆく姿は楽しく、

登場する人物の凛とした姿が、見事に描かれていると思う。

登場する女性たちも素晴らしい。
草笛は村の童たちがお互いの居場所を知らせるために吹く。

葉室ファン必読の一冊である。









by toshi-watanabe | 2017-09-17 08:34 | 読書ノート | Comments(2)

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池井戸潤さんの「銀翼のイカロス」、文庫本が出たので、

早速買い求める。

文春文庫、760円+税。

ご存知、半沢直樹シリーズ、一気に読み切る。

文学的にすぐれているとは言えないが、読み物として実に面白い。

あくまでも小説の世界であるものの、政治家と金、

政界と金融界との癒着、銀行内の派閥抗争など、

実際にあるように見える。

出向先から復帰した半沢直樹は東京中央銀行の営業第二部次長。

上司である営業第二部長の内藤寛から呼び出され、

中野渡謙頭取の意向で、帝国航空の担当を命じられる。

業績不振に陥った大手企業は本来審査部の担当で、

長らく業績不振を続け破綻寸前の帝国航空は

当然審査部の重要担当先だったのだが、業績悪化の歯止めがかからず、

役員会で指摘され、審査部は頭取の信頼を損ない、

営業第二部、しかも半沢を指名しての担当替えとなる。

帝国航空は小説に登場する架空の航空会社だが、どこがモデルなのか、

この小説を読んでみれば推察できる。

民営化してからも、親方日の丸体質はそのまま、

経営の合理化が全く進まず、業績不振に陥ったのも当然の成り行き。

半沢チームは修正再興企画の骨子をまとめて、帝国航空の

担当者と打ち合わせの場を持ち、再建計画に織り込んで

欲しいを話を進める。

丁度同時期に、今までの与党が総選挙で敗れ、新たな政権が誕生。

何年か前まで民放の女子アナだった白井亜希子が

国土交通大臣に任命される、大抜擢だ。

全くの素人大臣だが、所属する派閥の領袖の後押しがあったお陰であり、

新しい内閣の目玉的な存在でもある。

独自のタスクフォースを立ち上げ、従来の再建計画を廃し、

新たな帝国航空の再建案を策定すると、白井大臣は記者団を前にぶち上げる。

この発言と呼応するかのように、突然金融庁のヒアリングの実施予定が

東京中央銀行にもたらされる。

ヒアリングのテーマは、帝国航空への追加融資と再建計画の実現性など、

今まで東京中央銀行が行ってきたことに関する審査。

過去のことなので、本来なら前任者の審査部の次長が対応すべきなのだが、

営業第2部次長が対応する。

金融庁査察官の中心メンバーは例の黒崎駿一である。

テレビで黒崎査察官を演じた片岡愛之助のイメージが強烈で、

黒崎イコール愛之助と、つい思い描いてしまう。

作者の池井戸さんも同様な思いで、

この部分を書かれたのではないだろうか。

再び黒崎駿一と半沢直樹の対決場面が続く。

旧産業中央銀行と旧東京第一銀行が合併して

東京中央銀行として誕生したものだが、

出身行同士の派閥争いがまだ続いているのが現状。

また旧東京第一銀行には、可成りの不良債権があり、

整理したはずだったのだが、闇に隠された部分があり、

今回のごたごたの起因となる。

「帝国航空タスクフォース」の策定の目玉は、

帝国航空と取引のある銀行の債権放棄を迫るもの。

よく調査せず、いたって安易な策である。

銀行の立場から債権放棄に頼らない帝国航空再建を願い、

半沢次長は躍起に動き回る。

行内では入社同期で仲の良い、渡真利忍(融資部企画グループ次長)や

近藤直弼(広報部次長)が良き相談相手に。

トミさんと呼ばれる検査部部長代理の富岡義則が半沢を大いに助ける。

トミさんはこのシリーズの以前の作品にも登場している。

半沢直樹が政治家を相手に戦う図である。

頭取にまで政界の大物から圧力がかかるが屈せず、

最終的には、銀行側が債権放棄を拒絶するところで終わる。

とはいえ、帝国航空の再建はまだスタートラインにもついていない。

この物語の続きは?

因みに、モデルとなった実在の航空会社の場合には、救済するために、

メガバンクが合わせて4千億円近い債権放棄を実施している。

まだテレビ化されていないと思うのだが、

いずれはテレビドラマとなって放映されるだろう。

楽しみである。







by toshi-watanabe | 2017-09-14 08:30 | 読書ノート | Comments(2)

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天野純希(あまのすみき)さんの新作「有楽斎の戦」を読み終える。

(講談社、1600円+税)

この著者の作品を読むのは初めてだが、

2007年に小説すばる新人賞を受賞されてからすでに10年経つ。

書名の通り、織田有楽斎(織田長益源五郎)の物語である。

織田信秀の11男として生まれ、信長の弟にあたる。

信長とは13歳の年齢差がある。

またお市の方とは同年の天文16年生まれなのだが、母親が異なる。

この小説は6章から構成されている。

「本能寺の変 源五郎の道」(書き下し)

兄信長の茶頭を務める千宗易(利休)が入れる茶を

源五郎が静寂な三畳の茶室でいただくところから物語は始まる。

これがきっかけで源五郎は茶道に関心を抱く。

武芸が苦手で戦場で手柄を立てることもない

源五郎は信長の長男信忠に仕える。

本能寺において信長主宰の大規模な茶会が開かれることになり、

源五郎も末席に連なる予定で、38点にも及ぶ天下の名物が

披露されるのを楽しみにしていた。

病療養中という理由で宗易が茶会に参加しないのは残念。

その一方で博多の大商人鳥井宗室が茶会に招かれ、

天下三肩衝と称される大名物の一つ、

楢柴肩衝(ならしばかたつき)を持参する。

ところが大茶会の前夜半、世に名高い明智光秀の謀叛「本能寺の変」が

起きて、信長は燃え盛る中で自害する。

近くの二条御所に宿泊していた信長の長男信忠も自害して果てる。

信忠に仕えていた源五郎は無事二条御所を抜け出し、京から逃れる。

「本能寺の変 宗室の器」(『決戦!本能寺』に所収)

この章には、織田長益源五郎(有楽斎)は登場しない。

同時代のこととして取り上げているのだろう。

主人公は博多の大商人で茶人である鳥井宗室。

信長が手に入れなかった楢柴肩衝は、その後鳥井宗室の手元を離れ、

遂には太閤秀吉の手元に。

宗室の宗易との出会いからはじまり、

のちに自分を博多から呼んでいながら、

宗易自身は本能寺の大茶会参加を断った理由を宗室は推察する。

時代は変わり、宗室が秀吉と対面する場面が書かれている。

目の前には楢柴肩衝が。

「関ケ原の戦い 有楽斎の城」(『決戦!関ケ原』に所収)

「本能寺の変」の折は、兄と甥を置き去りにして一人で逃げ、

人からは陰口を叩かれ、源五郎自身も悪夢に悩まされる。

その後、剃髪して有楽斎と号す。

信長の次男信雄をたてて家康と手を結ぶ。

有楽斎の長男長孝は武勇に優れ、東軍のために働く。

家康から有楽斎は大阪にとどまって淀殿の後見人を引き受けさせられる。

要は豊臣家の動向を監視する見張り役である。

淀殿は有楽斎にとって姪に当たる。

「関ケ原の戦い 秀秋の戯」(『決戦!関ケ原2』に所収)

この章にも有楽斎は全く登場しない。

秀吉の甥にあたる、筑前名島三十万石の領主、

小早川権中納言秀秋の話である。

一万五千もの兵を率いる小早川秀秋は、関ケ原の戦いが始まっても動かず、

関ケ原南西の松尾山に陣取って高みの見物。

事前に家康からの誘いがあったが、はっきりした返事はしておらず。

戦いの情勢を見極めてから、どちらの軍に加勢するかを決断する。

潮時を見て、秀秋の軍勢は西軍に攻め込み、

一挙に東軍勝利の勢いをつけてしまう。

関ケ原の戦いが終わって2年後、領国経営はうまく運んでいたのだが、

秀秋が酒に溺れ、乱行を繰り返しているなどの不可解な噂が

領内に流れ始まる。

重用されていた幕臣の杉原重政が惨殺される。

豊臣家の動向を気に掛ける家康が蔭で動いたのだろう。

秀秋は若干21歳で自刃する。

「大坂の陣 忠直の檻」(『決戦!大坂の陣』に所収)

この章でも、有楽斎は出てこない。

主人公は松平忠直。

忠直の父、結城秀康は家康の次男、武勇に優れ

その器量は誰からも認められていたのだが、

秀康の母は身分が低く、家康には疎まれていた。

養子として他家をたらいまわしにされた挙句、34歳の若さで亡くなる。

父親秀康は祖父家康に飼殺されたと、松平忠直を恨みに思っている。

大坂の陣が終わり、そして家康が亡くなり秀忠の治世となるのだが、

豊臣恩顧の大名、家康側近の大名などが改易となる。

忠直がキリシタンを匿っていると密告があり、

家中の混乱が起って、江戸からの沙汰が届く。

忠直は隠居の身に、さらには追放されてしまう。

その途中で、亡父秀康の法要を営み、出家剃髪して一伯と号す。

「大坂の陣 有楽斎の戦」(書き下し)

大坂夏の陣の最中、有楽斎は大阪城内にいた。

淀殿・秀頼親子を何とか救おうと画策した

有楽斎だが、うまく行かず、二人は自刃する羽目に。

混乱の中、息子(次男)頼長の命により城内に入った間者要蔵の手引きにより、

有楽斎は無事、城外に逃れる。

建仁寺の正伝院再興の話が伝えられ、

有楽斎が喜ぶところで物語は終わっている。

正伝院(現在は正伝永源院)は事実、再興され、

同時に建てられた「茶室如庵」は国宝に指定されている。

この茶室はその後色々な経緯があったが、

現在は犬山市の「有楽苑」に保存されている。

フランク永井の「有楽町で逢いましょう」でも知られる有楽町は

有楽斎の縁で名づけられたという話があるが、

これは全くの俗説のようだ。

有楽斎がこの辺りに住んだ史実はない。

明治時代に有楽町の町名は付けられている。

織田有楽斎の幼い頃の記録は残っていない。







by toshi-watanabe | 2017-09-11 09:07 | 読書ノート | Comments(0)

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再び内田康夫の浅見光彦シリーズである。

大阪を舞台にした「御堂筋殺人事件」を読み終える。

最近出たばかりの徳間文庫の新装版(630円+税)だが、

19936月に徳間書店から出版されている。

書かれた時代からだいぶ経っているので、

現地の風景や状況がすっかり変わっているところもある。

御堂筋とは御存じの通り、北御堂(西本願寺津村別院)と

南御堂(東本願寺難波別院)を結ぶ、およそ4キロの

大阪中心部を貫くメインストリートである。

北の梅田と南の難波を結ぶ。

著者同様、私も大阪にはあまり縁がない。

大阪城ぐらいしか知らない。

現役時代、日本国際工作見本市に何度か出掛けているが、

新大阪から地下鉄に乗って目的地へ直行、

殆ど途中下車もしなかった。

せいぜい夜、道頓堀辺りへ飲みに出かけたくらいか。

この見本市も、現在は1年おきに東京ビッグサイトで開催、

大阪では開かれていないようだ。

事件は「御堂筋パレード」で起こる。

パレードの出発ゲートを出て間もなく、

中之島の上に差し掛かった辺りで。繊維会社のフロートである

白いペガサスに跨った同社専属モデルの梅本観華子が、

突然高さ4メートルほどのペガサスの上から道路に転落。

係員が駆け付けたところ、観華子はすでに死亡。

司法解剖の結果、遺体から毒物が検出され、他殺の疑いが濃厚に。

偶々繊維会社からの依頼で取材中の浅見光彦はその現場に居合わせていた。

管轄の曽根崎警察署には「御堂筋パレード殺人事件捜査本部」が設置される。

因みに「御堂筋パレード」は、大阪城築城400周年の1983年から

毎年10月に開催されていたが、橋下徹知事の時代、

「大阪府財政再建プロジェクト」が発足し、

パレード開催のための資金調達が難しくなり、

2007年を最後に開催は廃止される。

その後は規模を縮小して別の形でのイベントが開催されるように。

フロートのペガサスには観華子を中心にもう二人のモデルも乗っていた。

その一人が畑中有紀子で、誰もが人気のある有紀子が

中心になるものと予想していたので、

観華子が中心になったのを仲間内では不審に思っていた。

実は、この事件の前にちょっとしたことが起きていた。

有紀子と観華子は学生時代からの親友だった。

有紀子が飼い犬のアリスを連れて、散歩に出た折、

道路の向かい側に観華子がおり、観華子を目にしたアリスが

有紀子の手元を離れて道路を横断。

ところが運悪く車がやって来る。

若い男女が乗った赤いロードスターで黒いソフトトップを覆っている。

アッという間にアリスを轢いて走り去る。

有紀子にとって忘れられない惨事だった。

殺人事件が解決されぬまま、しばらくしてさらに二つの

殺人事件が起きる。

それぞれ別々の事件のように見えたが、三つの事件は

関連していることを、名探偵浅見光彦は突き止める。

繊維会社が新素材として大々的に売り出した、

「フリージアスロン」と呼ばれる生地の噴射装置は

繊維会社内で発明されたものではなく、

外部の人間の発明したものである疑いが出てくる。

盗用し特許出願したということが見えてくる。

光彦の鋭い推察と素早い行動により殺人犯が絞られて行く。

この噴射装置の特許が三つの殺人事件の起因である。

やがて殺人事件は終息を迎えて幕となる。

物語はこれで終わるのだが、

装置を発明した人間はどうなるのか、

すでに申請受理された特許はどうなるのか、

知りたいところではある。

発明した人物は妻に離縁され、1人で貧しい生活を強いられ、

しかも別れた妻は設計図面などの書類を盗み出す

手立てをした末、殺害されてしまう。

救われないまま話を終わっている。






by toshi-watanabe | 2017-09-04 09:06 | 読書ノート | Comments(0)