2018年 04月 08日 ( 1 )

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葉室麟さんの作品「雨と詩人と落花と」を読む。

徳間書店発行、1,600円+税。

2016年から2017年にかけて発表された作品だが、

3月末に単行本として出版されたばかりである。

昨年1223日に66歳で亡くなられて以降に

出版された何冊目かの著書となる。

本書及びカバーの挿画は、東京国立博物館所蔵の

酒井抱一作「夏秋草図屏風」の「秋草図」である。

また書名の題字は葉室麟さんのお嬢さんで

書家の葉室涼子さんが書かれている。

江戸時代後期も末の1809年、豊後日田で生まれた

儒学者で漢詩人の廣瀬旭荘(きょくそう)という人物に光を当てた

物語である。 (旭荘はぎょくそうとも)

旭荘の人物像とともに、病魔に襲われた妻の松子との

夫婦愛が見事に描かれている。

廣瀬淡窓という名前には聞き覚えがあるが、

廣瀬旭荘のことは初めて知る。

淡窓は優れた儒学者・漢詩人であり、江戸末期、

日田に「咸宜園(かんぎえん)」という私塾を開き、

評判を聞いて教えを乞うべく、全国から若者たちがやって来る。

(因みに咸宜園は10代の塾主に引き継がれ、明治30年まで続く。)

淡窓は子供に恵まれず、25歳年下の末弟、旭荘を養子に迎え、

咸宜園の後を託そうとする。

小説は、旭荘が25歳の折りに、17歳の松子を妻に迎える場面で始まる。

妻を残したまま旭荘は日田を離れ、大阪へ出る。

廣瀬本家は天領の日田金を扱う商家で、手広く商売をしている。

旭荘のすぐ上の兄、久兵衛は商才に長けていたため、本家を継いでいる。

久兵衛は金銭面で旭荘一家を支援する。

(因みに廣瀬久兵衛の子孫に当たるのが、現職。大分県知事の廣瀬勝貞氏。)

大阪では適塾を開いた緒方洪庵と知己を得て、生涯交友する。

洪庵は旭荘とは年齢が1歳違いと同年配、

二人は同じ年の1863年に亡くなっている。

徳川幕府に仕官できるのではと、旭荘一家は江戸に出る。

ところが話はうまく行かず、妻の松子が病魔に襲われて倒れる。

性格的には強直で激情にかられ、松子にも暴力をふるうこともあった

旭荘だが、塾を開いて塾生を集める一方、

床に伏したままの松子を真剣に看病する。

物語の終盤は、松子が病気から何とか回復してほしいと

願う旭荘の姿が描かれる。

寿命の尽きるのが近づいた松子は旭荘に

「旦那さま、詩を聞かせてくださいまし。」

どのような詩だと問えば、

「あの桃の花がいっぱいに咲いているあたりに君の家がある。

 夕暮れ時の門を敲いて訪ねてくるのは誰だろうという詩でございます。」

旭荘は答えて、「わかった。 松子のために吟じよう。」

菘圃葱畦(しゅうほそうけい)

路を取ること斜に

桃花(とうか)多き処(ところ)是れ君が家

晩来何者ぞ門を敲(たた)き至るは

雨と詩人と落花となり

旭荘の詩、七言絶句「春雨到筆庵」である。

旭荘が淡窓に伴われて、筑後の松子の実家を訪ねた折の景色だ。

清朝末期の儒者、愈曲園は旭荘を「東国詩人の冠」と絶賛している。

感動を新たにしてくれる葉室作品である。

お薦めの一作。








by toshi-watanabe | 2018-04-08 10:36 | 読書ノート | Comments(2)