谷津 矢車著「安土唐獅子画狂伝・狩野永徳」を読む

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谷津矢車さんの最新作「安土唐獅子画狂伝・狩野永徳」を読む。
徳間書店発行、1,600円+税。

谷津矢車さんはペンネームで、1986年生まれ。
八つ矢車の家紋から谷津矢車とつけられた。
天下無一物の戯作者(小説家)と自称されている。
2012年、25歳の時に「蒲生の記」で第18回歴史群像大賞優秀賞を受賞。
翌年、狩野永徳シリーズの第1巻にあたる
「洛中洛外画狂伝・狩野永徳」により、文壇デビュー。
その後歴史小説を書かれている。

安土桃山時代の代表的な絵師、狩野永徳が主人公。
狩野派の祖は狩野元信、二代目が狩野松栄、
そして松栄の跡を継ぐのが永徳である。
物語では、狩野源四郎として登場する。
後に剃髪して永徳を名乗る。
お抱え絵師グループの狩野派の若惣領として
源四郎は織田信長との対決に臨む。
絵師として誰にも負けない自信と自負を持っている源四郎に、
注文を付ける信長。
信長は優れた感性を有し、他人の意見に耳を傾けない。
屏風絵でも障壁画でも、独自の判断をする。

物語のクライマックスは、信長が安土城を築き、
天守と本丸の障壁画を源四郎に描かせるものの、
題材については、自分で思案しろという。
源四郎にとっては、まさに命がけの制作となる。
苦労の末、やっと完成させたのが障壁画の「唐獅子」。
本丸謁見の間、上段の間を飾る障壁画である。
二頭の唐獅子が並び歩く様が描かれている。
険しい岩場を歩き、前を歩く獅子が後ろの獅子を窺いながら、
画面のこちらにいる者を睨みつけている。
唐獅子につきものの牡丹は描かれていない。
信長は気に入り、この絵に奥行きを与えているのは妻女であろう、
と永徳に語る。
実は、永徳は妻の簾に先立たれていた。

本能寺の変の後、「唐獅子」を含む数多の障壁画は
安土城の炎上と共に焼失、残念ながら現存しない。
物語では、のちに永徳が「唐獅子屏風図」を描き上げ、
秀吉に献上する。
この唐獅子屏風図は現在、宮内庁三の丸尚蔵館に納められている。
宮内庁所蔵ということだろうか、国宝に指定されていない。
当然国宝級の屏風図である。

この小説は信長に立ち向かう永徳が見事に描かれている。
狩野永徳は47歳という若さで亡くなっている。
今でいう過労死だ。

さて、狩野永徳と言えば、何といっても、山本兼一さんの「花鳥の夢」、
永徳の生涯を描いた優れた作品である。
葉室麟さんも、「乾山晩愁」の短編集の中に、
「永徳翔天」を書かれている。
また葉室さんは、上記の作品に登場する海北友松についての
作品「黒龍賦」を書かれている。
長谷川信春(等伯)も上記の作品に登場するが、
安部龍太郎さんが長編小説「等伯」を書かれている。








by toshi-watanabe | 2018-04-20 10:27 | Comments(0)