葉室 麟著「嵯峨野花譜」を読む
2017年 08月 03日
葉室麟さんの最新作「嵯峨野花譜」を読む。
江戸後期の京都、
四季折々の美しい花に彩られた少年僧の成長物語。
丁寧に書かれた、感動の作品である。
華道流派、未生流の二代目当主不濁斎広甫が
真言宗大覚寺派大本山の大覚寺の花務職に任じられた翌年、
40歳の頃、この物語は始まる。
直ぐ近くには嵯峨野の大沢池があり、
池畔には、活花に活ける草花や花木が見られる。
大覚寺はかって嵯峨御所とも呼ばれ、
嵯峨天皇の皇太子時代の山荘だった。
その後、離宮となっていた嵯峨院を皇女である
淳和天皇皇后正子が寺院とした門跡寺院だ。
広甫(こうほ)の元には、20歳を過ぎたばかりの3人の門人、
立甫、祐甫、楼甫の他に、まだ10代半ばの幼さの残る
少年僧、胤舜(いんしゅん)、さらに30代後半の寺男源助。
胤舜がこの物語の主人公で、もともとは武士であった源助が
何かと胤舜の手助けをする。
年若くして活花の名手と評判の高い胤舜をめぐって
10章の物語が展開する。
1. 忘れ花
白磁の壺に、松の枝と二輪の白椿を活ける。
胤舜は別れ別れになっていた母親の萩尾を目の前にして。
2. 利休の椿
常滑の大壺を広間に置いて蝋梅を活ける。
日を改め、床の間の竹の花入れに淡紅色の椿をさりげなく。
3・ 花くらべ
公家の橋本家姉妹との花くらべ。
活ける花は枝垂れ桜と山桜。
姉の伊与子は大奥として第11代将軍家斎から
第12代将軍家慶の治世まで務め、
姉小路局として君臨する。
妹の理子は水戸家の奥女中として活動、花野井と名乗る。
4. 闇の花
闇の中で竹筒の花入れに手探りで山梔(くちなし)の花を活ける。
客人は目が見えない。
5. 花筐(はながたみ)
青銅王子形水瓶に桔梗を活ける。
万葉集では、桔梗のことを朝顔の花という。
ところが客人は活花を台無しにしてしまう。
日を改めて、萩の花を活けるも、これも台無しに。
また翌日、雁金草を活ける。
桔梗同様に、雁金草にも別の呼び名があるのではと
胤舜が聞くと、雁金草は帆掛船のような花の形をしているので。
そこまで聞いて、胤舜は曾祖母の房野と確信する。
母、萩尾の祖母に当たる。
6. 西行桜
胤舜は師の広甫から西行法師の桜を活けよ、と難題を与えられる。
白磁の壺に桜の一枝だけを活ける。
桜は未だ花弁を開いていない、蕾のまま。
7. 祇王の舞
江戸城西の丸、水野忠邦の家臣、椎葉左近と名乗る武士が、
七人の伴を連れて、大覚寺を訪れる。
祇王寺で床の間の青磁の壺に青紅葉の一枝を活ける。
左近と名乗った武士は偽名で、実は水野忠邦本人。
胤舜にとっては実の父親で、妻の萩尾の様子を見に来たもの。
忠邦は肥前唐津六万石の藩主だったが、出世街道に乗り、
身内のものを犠牲にしてまでも、西の丸老中に上り詰めた。
天保の改革でよく知られている。
萩尾は水野家に奥女中として仕えていた時に、
忠邦の手がつき、生まれたのが胤舜だった。
8. 朝顔草紙
竹筒に、まだ瑞々しく咲いている青い朝顔を活ける。
十字の枝に朝顔の蔓が巻き付けられ、ちょうど十字の結び目
あたりに朝顔の花が来ている。
9. 芙蓉の夕
大覚寺の庭先で摘んだ酔芙蓉の花を仏壇の供花として活ける。
10.花のいのち
大覚寺に引き取られた胤舜の母、萩尾は重篤な容態が続き、
いよいよ最期の時を迎える。
仙洞御所にて、光格上皇主催の立花会が催される。
未生流を代表して胤舜が参加する。
青竹の筒に白萩を活けた活花が上皇の目に留まる。
傍らに置かれた短冊には「泰山府君」とある。
胤舜の活花が第一番に選ばれ、宴席が開かれるが、
「そなたの思いを母は知らねばならぬ時が近づいているようじゃ」と、
帝の言葉を聞いて、胤舜は、はっとして大覚寺へ急ぐ。
萩尾の死後2カ月たって、水野忠邦が墓参りに
大徳寺を訪れる。
胤俊は母からの遺言があるからと、奥の部屋に忠邦を案内。
鉄瓶に柘植の枝を入れ、それに絡めるようにして、
白菊が活けられている。
萩尾への手向けの花かと、忠邦がつぶやくと、
胤舜は、影向の花でもございますと、応じる。
この作品は、2015年から2017年にかけて、
「オール読物」に掲載されたもので、今回単行本として、
文芸春秋から出版された。
¥1,700+税。
お薦めの葉室作品の一冊である。