義兄(家内の長兄)の葬儀に参列する



先週16日に、呆気なく亡くなった義兄(家内の長兄)の
葬儀が川崎市内の斎場で行われ参列した。
22日にお通夜、そして昨23日に告別式が滞りなく済んだ。
随分と大勢の身内が集まり、どちらかと言えば賑やかな葬儀、
故人もほくそ笑んだのではないだろうか。


新潟県越後湯沢の出身で、長男として昭和7年の生まれ。
弟が2人、妹が8人という大家族。
因みに私の家内は4女である。
20代のころ、越後湯沢で映画「雪国」のロケが行われ、
駒子役の岸恵子を乗せた雪橇をエクストラとして引っ張ったというのが
ご自慢の一つだった。


この映画は川端康成の作品を映画化した最初の映画で、
池部良、八千草薫、森繁久彌、加東大介、浦辺粂子、
市原悦子などが出演、白黒映画だった。


その後、家を次男に任せて家を飛び出し、
川崎で婿養子入りを果たした。
とにかくお元気で、声が大きく、何でも仕切り、
周りを納得させてしまう、細かい事にもよく気が付き、
とにかくよく動き回る御仁だった。
ビシビシいうけれど、心優しい人物だと思う。
ほとんど大病もせず、つい最近までシニア人材センターの紹介で
雑作業などのボランティア活動をされていた。


ただ亡くなる2,3日前から熱が下がらず、
当日病院へ診察に出かけることにし、
朝出掛けようと玄関先まで来てそこで倒れた。
生憎その日、奥方はご自身の持病の診察でかかりつけの医院へ
出掛けた後で、家には他に誰もおらず。
病院で待っていた長女は本人と連絡が取れず、
家に来てみたら玄関先で倒れている父親を発見。
救急病院へ移送したが間に合わなかった。


すでに黄泉の世界にいる次男と三男が(三男は一昨年に死亡)
楽しみに待っているのかもしれない。
故人とのお別れの食事会の席では、
献杯の発声を依頼された。
故人のご冥福を祈るばかりである。


合掌







# by toshi-watanabe | 2019-01-24 10:50 | 一般 | Comments(0)

今年の年賀状

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今年も友人、知人、かっての同僚、親戚などから
数多くの年賀状をいただいた。
どうしておられるのか消息もなく心配していた方から
届いた賀状は嬉しく、ほっとさせられる。
その一方で、毎年頂き今年もと思っていたのに、
何の音沙汰がないのは、大変気になり、今回も何人かおられる。
無事でおられるのを祈るばかりだ。



差出人のない年賀状が2通届いた。
1通は差出人の名前住所がないものの郵便番号が記入されていたので、
何とか差出人を推察。
所がもう1通は郵便番号もなし、家内と二人で色々と推察したものの、
結局判明せず。



今後年賀状は不要というのが3通あり。
このところ毎年必ず同様の今後不要との便りがあり、
致し方ないと思うものの寂しさもある。



お年玉付き年賀はがき、今年は記念切手セットが8枚当たった。
例年になく多く当たり、ラッキーでした。








# by toshi-watanabe | 2019-01-22 14:36 | 季節 | Comments(2)

今週水曜日の出来事


今週水曜日は月の第3水曜日、近所のお仲間との月例昼食会あり。
Oさんが病院に行くとのことで参加できず、参加者は3人のみ。
1月も半分過ぎたので、新年会なのををスッカリ失念、
近くのでファミレス「ジョナサン」での簡単な食事会となる。
ごく普通のランチセットで済ます。


横綱稀勢の里の引退のニュースが飛び込んでくる。
九州場所で初日から4連敗した時点で引退ではと考えていたが、
その後けいこに励み、本場所前には貴景勝などを相手に
頑張っている姿も見受けられた。
所が足の動きがままならず、本来の力が発揮できずで
初場所も3連敗し、ついに引退を決意。
記者会見では、晴れ晴れとした顔で質問に答えていた。
相撲ファンに夢と希望を与えてくれた稀勢の里、本当にお疲れさまでした。
たった一度の大怪我に泣かされ、自分の思うような相撲が取れず、
会見では「相撲人生に一片の悔いなし」と述べていたが、
本場所の土俵には悔いが残ったというのが本心だろう。


昼食会から帰宅したら、家内が涙顔。
家内の一番上の実兄が今朝亡くなったとのこと。
昨夕、高熱が出て苦しんでいたので、今朝病院に行く手配で
長女が病院で待っていたものの、本人が現れず、
自宅に行ったところ玄関で倒れていた。
奥様はご自分の通院で出かけた後の事。
なんともあっけない別れとなってしまった。


享年86歳。
ご高齢にもかかわらず、いたって元気で、つい最近までシルバー人材センターに登録し、
雑作業などで週に何回か出掛けていたほどだ。
救急病院へ搬送されたものの、死亡が確認された。
2年前に亡くなった次兄の追悼文集が出来上がったばかりなのに、
あまりの急訃、残念無念である。

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110ページ余りの小冊子、写真を含め入力と編集、業者とのデータのやり取りなど、
昨年の暮れは大変だった。


故人のご冥福を祈るばかりである。

合掌






# by toshi-watanabe | 2019-01-18 09:40 | 一般 | Comments(0)

松井 今朝子著「芙蓉の干城」を読み終える。

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松井今朝子さんの最新作「芙蓉の干城」を読み終える。
集英社社発行、¥1,650+税。


モルヒネやヘロインといった麻薬の原料となる阿片が、
江戸時代、阿芙蓉と呼ばれていた。
阿芙蓉は阿片の元である芥子(けし)の異名で、
それは花の形が芙蓉と似ているからだ。
芙蓉は樹の花、芥子は草花といえど、共に朝は美しく咲き、
夕べは無残に散り失せてしまう。
儚い一日花の命に変わりはない。
芙蓉はまた朝に大輪を咲かせ、昼には早々と花弁を閉じる
蓮花をも意味するらしい。
泥中から茎を高く持ち上げて水面を美しく彩る蓮花は、
まさしく舞台役者の人生に譬えられよう。


軍人は国家の干城と言われた、
干とは楯を意味し、楯や城となって国内外の敵からを国を守るのが軍人。
「芙蓉の干城」という書名は、この著書の物語を暗示している。


時代は日中戦争の足音が忍び寄る昭和8年の東京が舞台。
その前年には「五・一五事件」が起き、当時の首相犬養毅が銃弾に倒れた。
また三井合名理事長の檀琢磨が血盟団に殺害された。
そして昭和8年、小林多喜二が拷問の末虐殺された。
「京都滝川事件」が起き、松竹少女歌劇団の待遇改善を求める
ストが起きたが、このリーダーを務めたのが水の江瀧子。
東北三陸沖でM8,5の大地震が発生、大津波により4千人超の
死者と行方不明者。
満州国宣言が認められず、日本は国際連盟を脱退。


さて昭和8年、江戸歌舞伎大作者の末裔・桜木治郎は、
親類の娘澪子の見合いに立ち会うため、歌舞伎の殿堂・木挽座にいた。
木挽座とは明治時代に木挽町に建てられた歌舞伎座の事だろう。
因みに「木挽町広場」が歌舞伎座の地下二階にある。
舞台では歌舞伎界の「女帝」と呼ばれる名女形・荻野沢之丞が
見事な舞いを見せる中、桟敷席に座った澪子は、
真向いの席に座る男女の姿にある違和感を抱く。
翌日、木挽座の間近で男女の惨殺死体が発見!
被害者は右翼結社「征西会」の大幹部・小宮山正憲と芸妓の照世美だった――。
警察の捜査は行き詰まり、歌舞伎役者や裏方から信頼の厚い治郎は
捜査協力を求められる。


縺れあう欲望、絡み合う人間関係……。
殺害された男女の不可解な行動と関係性が明らかになる時、
人間の深奥に潜んだ哀しい真実が浮かびあがる。
殺人事件の殺人犯を探すというよりは、どうして殺人事件が発生したのか、
その背景にある歌舞伎界のしがらみ、人間関係が浮き彫りにされる。
この小説の前段として、松井さんは小説「壺中の回廊」を書かれており、
昭和5年に木挽座で起きた殺人事件が今回の事件の遠因だと分かってくる。
それから3年たち、再び、江戸っ子先生・桜木治郎と、
跳ねっ返り娘・澪子が登場! 新たな怪事件に挑むという次第だ。
スリリングなミステリーであると同時に、
戦争の気配が近づく昭和8年の日本を克明に描いた時代小説でもある。
たいへん興味深く読み終えた。


松井さんは歌舞伎に造詣深く、歌舞伎の入門書も出されている。
12月のBS朝日に出演されたのが記憶に新しい。
歌舞伎俳優の中村芝翫さんの案内で、新装なった京都南座を
見て回るなど、京都の町を案内する番組である。


著書の表紙カバーの原画は葛飾北斎の「芥子(けし)の花」
(東京国立博物館所蔵)。








# by toshi-watanabe | 2019-01-14 10:58 | 読書ノート | Comments(0)

カナリア諸島はスペイン領


カナリア諸島とは、アフリカ大陸の北西沿岸に近い
大西洋上に浮かぶ七つの島からなるスぺイン領の島々である。
かっては、ここをベースにして、多くの原住民が働き手(奴隷)として
キューバやプエルトリコなど中南米へ送られた。

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さて語学の初級講座としてテレビ番組がある。
その一つがスペイン語で、現在「旅するスペイン語」が放映されている。
昨年10月から新しいシリーズとなり、
俳優の竹財輝之助がカナリア島を旅しながらスペイン語を学ぶ内容。
案内役を務めるのが、すでにお馴染みのジン・タイラ
(父親が日本人柔道家、母親がスペイン人)。
カナリア諸島のラス・パルマス大学で建築関係の准教授で、
家族とともにラス・パルマスに住んでいる。


今月の番組では、カナリア最大の島、テネリフェ島へ向かう。
この島にはスペインの最高峰「ティデ山」があり。
標高3,718メートルと富士山とほぼ同じ高さだ。


カナリア諸島は日本でもよく知られている。
日本からマグロ漁業に出かける漁船のための遠洋漁業基地があった。
一時は漁業関係の日本人家族も多く住み、
日本人の子供のために日本人学校もあったのだが、
すでに閉鎖された。
遠洋漁業基地が南アフリカに移されたためである。
現在も日系人が住んでおられ、番組でも登場され、
現地の話などが語られた。


カナリア諸島は小鳥のカナリアの原産地でもある。
スペイン人の船乗りが現地のカナリアを持ち帰ったのが始まりで、
やがて欧州、世界へと広がっていった。


外国語は使わないとすぐ忘れてしまう。
リフレッシュのつもりで、時々この番組を見ている。
半年6か月で1シリーズといった構成になっており、
スペイン語のほか、フランス語とイタリア語が同じスタイルである。
初心者にもわかりやすく、一緒に旅をしているつもりで、
旅を楽しみながら語学の勉強ができるように工夫されている。








# by toshi-watanabe | 2019-01-13 09:33 | 旅行 | Comments(0)

墓参りと初詣に



新年に入り、昨日初めての遠出、都内の赤坂まで出かけた。
昨年、千葉県松戸の八柱霊園にあった墓地を墓じまいし、
赤坂の方に両親等の遺骨を移したので、
電車を一回乗り換えで墓参りが出来るようになった。


墓参りを済ませた後、すぐ近くの日枝神社へ初詣に。
元日からすでに1週間たつので、参拝客も少ないのではと
考えていたのだが、予想をはるかに超える人出で驚かされた。
1月4日を休みにして、7日が仕事初めの会社が多いと見えて、
サラリーマン、サラリーウーマンの団体が目立っていた。
とにかく長い列に並んで、参拝を済ませ、お神酒をいただいた。
お神酒と言っても、一口ではなく一舐め(笑)。


日枝神社は初めてなので、御朱印をお願いすると、しおりもいただいた。

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日枝神社は長い石段を登らなければならないが、
登りはエスカレーターがあるので楽だ。
エスカレーターのある神社というのは珍しいのでは。
ランチはつきじ植村の「山王茶寮」を予定していたのだが、
残念ながら予約で満席だった。


とにかく、初詣をやっと済ますことが出来、ほっとしたところだ。








# by toshi-watanabe | 2019-01-08 14:39 | 季節 | Comments(5)

寒の入り


今日は寒の入り、小寒です。
関東平野は昨日まで晴天続きだったのに、
今朝は灰色の雲で覆われ、一段と寒いです。
これでは部分日食の観測はだめでしょう。
水道の水もひときわ冷たいです。


自分では俳句は全く詠めないので、有名人の句をご紹介。

「よく光る 高嶺の星や 寒の入り」 (村上鬼城)

「きびきびと 万物寒に 入りにけり」 (富安風生)

「波打って くる松風や 寒の内」 (石田波郷)



今まで住んだ中で、一番寒かったのは、
1971〜74年の3年間を過ごした米国中西部のシカゴです。
その前の4年半過ごしたのが、常夏のプエルトリコでしたので、
温度差があまりに大きくて、シカゴの冬は人汐寒さを感じました。
ミシガン湖に接し、「ウィンディ・シティ Windy City」と
呼ばれ、冷たい風が否応なしに吹き付けていました。
車を家の外に駐車していたので、ワイパーは凍り付き、
ドアが開かず、やかんのお湯を掛けたり、大変でした。
バッテリーを外しておいた方が良いなどと言われたことも。
とにかく朝一番でエンジンを何とかかけて温めていました。
華氏でいうサブ零を初めて体験したのも冬のシカゴ。
摂氏に換算すると氷点下18度以下になります。


ミシガン湖畔のシカゴです
この写真は冬ではありません。
借用させていただいた写真で、シカゴで名高いジョン・ハンコックビルの
展望台から北側を撮影している。
シカゴの中心地はこの南側になります。


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シカゴに引っ越した最初の冬が一番寒かったです
あの広いミシガン湖の岸に近い当たりが一面凍りました。
道路に積もった雪をトラックが湖畔に運び、
人口の雪山ができ、春先までそのままでした。


寒の入りで、昔のことをちょっと思い出してしまいました。









# by toshi-watanabe | 2019-01-06 14:42 | 季節 | Comments(4)

明けましておめでとうございます



明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。


正月三が日が過ぎて、今日は5日です。
関東平野は晴天に恵まれ、穏かな新春を過ごせました。
未だ初詣にも出かけず、ずっと家でのんびりと。

正月2日の早朝、雲一つなく、日の出が拝めた(初日の出?)。

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丹沢山系の向こうに、白雪の富士山が見事に姿を現してくれた。

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昨年末、枚数を絞って年賀状を出したところ、
出さなかった方から届いた年賀状が 私宛と家内宛を合わせて33枚。
今回は写真をプリントしたので、写真印刷用年賀はがきが必要、
昨日朝一番で近くの藤が丘郵便局へ出かけたが、年賀はがきは売り切れ。
青葉台郵便局はこの地域では大きい郵便局なので、
一駅電車に乗り、そちらへ行くと、年賀はがきは完売とのこと。
こんなことは初めてで、驚くやら情けなくなるやら。
切手を買い求めて、PCの写真用はがきを使うことにした。

今朝テレビを見ていたら、昨年移転した豊洲市場で早朝初セリ。
小池知事の姿も見えた。
恒例の青森大間で獲れた、278キロのマグロが何と3億3360万円、
今までの最高価格の倍とか。
例のすしチェーンの社長が落札。

随分景気の良い話だが、その一方、昨日の東証市場では、
日経平均が大幅に下げての幕開けだった。
平成が幕を閉じ新しい年号となり、新天皇が即位する年だが、
衆参同時選挙が行われるのではなどと噂も飛び出し、
ことしも波乱含みの1年になるかもしれない。







# by toshi-watanabe | 2019-01-05 09:46 | 季節 | Comments(0)

日々見たこと、 感じたこと、気づいたことをメモする


by toshi-watanabe