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葉室麟さんの著書「青嵐の坂」を読み終える。

著者が亡くなられて、すでに半年、

つい最近角川書店から刊行された、この作品が

著者最後の単行本となるのだろうか。

1,600円+税。

葉室さんは、秋月藩シリーズ、羽根藩シリーズ、

黒島藩シリーズと藩シリーズの作品を書かれているが、

「青嵐の坂」は扇野藩シリーズの一作である。

勿論、扇野藩は実在しない架空の藩だ。

このシリーズの第1作が「散り椿」、次いで「さわらびの譜」、

「はだれ雪」、そして「青嵐の坂」は第4作。

因みに「散り椿」は映画化され、本年9月28日に一般公開される。

「蜩の記」以来4年ぶりの葉室さんの作品の映画化。

「散り椿」の主人公、瓜生新兵衛の役は岡田准一が演じる。


映画「散り椿」の公式サイト

「青嵐の坂」では扇野藩の藩財政が破綻寸前の状況で、

古い体質を改革し、藩の立て直しに立ち向かう

若き藩士の立ち向かう姿が描かれている。

「政(まつりごと)を行うということは、

いつでも腹を切る覚悟ができているということだ。

それなければ何もできぬ」と語らせている。

扇野藩の中老・檜弥八郎は、破綻寸前の藩を救うべく、

倹約政策を断行したのだが、「黒縄地獄」と忌み嫌われ、

弥八郎は家老らの陰謀により切腹に追い込まれた。

時代は移り、弥八郎から目を掛けられていた親戚の矢吹主馬の所に

預けられていた弥八郎の娘、那美はやがて主馬の妻となり、

主馬が檜家の家督を継ぐことに。

扇野藩の新しい藩主として、若き千賀谷仲家が江戸から
お国入りする。

近習頭として従うのが檜慶之助、弥八郎の息子であり、那美の兄。

慶之介と主馬は対立の立場にあるようにお互いふるまうが、

実は目指しているところは同じ。

側用人となった慶之介だが、悪徳御用商人を刺し、自らは切腹。

古参家老二人は解任蟄居となる。


檜主馬は側用人となり、妻の那美と平穏な生活を送り始める

所で物語は終わる。

葉室ファンとして、今更ながら作品に感動させられる。

匠な筆致は実に素晴らしい。

お薦めの一作である。






# by toshi-watanabe | 2018-07-04 11:41 | 読書ノート | Comments(0)

この六月後半は忙しく


この六月後半は、何かと外出が続き忙しい日々だった。

群馬倉渕から帰ってきたのが17日(日)。

18日(月)は、M社の株主総会に出席を予定していたが、

溜まった新聞に目を通したり、メールをチェックしたりで、

出掛けるのをやめた。

19日(火)は、夕方青葉台の「梅の花」へ出かける。

家内の誕生日は22日なのだが、その日には別件の予定があり、

早目の誕生日祝いの会食となった。

緑に囲まれた平屋の店は、駅のすぐ近くにしては、

高級料亭の雰囲気があり、落ち着いた雰囲気の個室も良い。

窓からは中庭が見える。

「梅の花 関東」という季節のコース料理。

メインは「湯豆腐と豚の豆乳しゃぶしゃぶ」。

豆乳は身体によさそうだし、美味しくいただく。

家内は牛肉が駄目なので、専ら豚肉となる。

飲み物は久しぶりに「八海山」の冷やにする。

20日(水)は、近所のお仲間との恒例の昼食会。

参加者は私を含めて4名に落ち着いている。

会場は久しぶりに若草台(バス停は桂台)の「せんざん」。

海鮮料理が売り物で、4人とも「いろどり御膳」を注文。

他の方たちは医者にとめられておりアルコールは駄目、

私一人だけグラスの赤ワインをいただく。

個室風に仕切られているので、他の客を気にせずに

話ができるのは有難い。

21日(木)は、同じ敷地内にお住まいのTさんとの会食、

というより飲み会、久し振りのことだ。

何度か書き込んでいると思うが、Tさんは東京北区の赤羽にあった

区立中学(実は合併により、現存しない)の一年先輩である。

丁度3年前、インドネシアの島へ
スキューバダイビングに出かけられ、

脳梗塞で倒れ、現地からシンガポールの病院まで
運ばれて入院手術。

手術と言っても緊急の処置だったのだろう。

数週間後、日本に運ばれ、虎ノ門病院に入院され、6カ月余り。

退院後もリハビリを続けられ、一時は腰を痛められ、
全く歩けない状態に。

その後もリハビリを続けられ、杖を使い、
手すりがあれば歩けるように。

一応快気祝いだと、T先輩の方から声を掛けられ、

家から直ぐ近くに昨年開店したばかりの「びすとろ 和芯」へ。

私と同じで補聴器を付けておられるが、

頭の回転もよく、多少ゆっくりだが、しっかりと話もされる。

アルコールは心配したのだが、燗酒をちびりちびりと飲まれる。

私は芋焼酎のオンザロックとグラスの氷水をいただく。

結局4時から4時間余り、店で過ごしてしまう。

ミニステーキがやわらかで美味しかった。

帰りは私の肩を支えにしてもらい、玄関までお送りする。

22日(金)は現役時代同じ部署で仕事を共にした連中のOB会が

「がんこ 銀在1丁目店」にて開催、夕方5時半に集合。

今まで同じチェーン店の4丁目店が行きつけだったのだが、

昨年末に閉店となった。

私より2歳年上の長老格のTさんは前日、体調不良を訴え、

残念ながら今回は欠席、参加者は14名。

豚しゃぶのコース料理に飲み放題、大いに飲んで大いにしゃべり、

3時間ばかりの宴会となった。

24日(日)は、三保町の家に、家内の姉妹と連れ合いが集まる。家内のすぐ上の兄(3人いる兄の3番目)が1年前に亡くなり、

この前一周忌で越後湯沢まで出かけているのだが、

来年の三回忌の機会に、故人を偲ぶ文集を作りたいとの
提案が出て、皆でその相談があった。

義兄は生まれながらにして小児麻痺のハンディを背負い、

80歳近くまで長生きをされた。

車椅子で手も十分に使えず、1人では何もできない生活ながら、

色々な趣味を持たれ、ワープロやスマホにも挑戦、

書道でも素晴らしい才能を発揮された。
厚生大臣賞を受賞されている。

原稿もすでに20件以上集まっており、
私も皆さんの書かれた原稿の一部のパソコン入力を
お手伝いすることに。

25日(月)午後、青葉台のドコモショップへ。

未だ持っていないタブレットの勉強会に参加する。

ある程度は見当がついているのだが、実際に手に持って、

色々な操作を体験させてもらう。

数人のグループだと思っていたら、参加したのは私と

もう一人の中高年の女性だけ。
彼女はご自分のタブレットを持参される。
娘さんのご家族の動画を見せてくれる。
すでにお使いなのだ。

個人指導みたいなもので、
説明されるドコモの女性に何でも質問できて有難かった。

写真を撮るのも観るのも、スマホに比べてサイズが
大きいし、格段に機能がよい。

旅行の際には持参したらいいだろうなあ、
とつくづく思ってしまう。

26日(火)は、A社の株主総会があり、帝国ホテルへ。

個人株主が増加傾向にあるのか、早目に出かけたつもりだが、

受付では長蛇の列、会場もほぼ満席状態。

中にはお土産だけもらって、さっさと帰られる株主さんも。

A社は業績も順調に推移しており、特に問題を抱えておらず、

予定通り総会も終了。

27日(水)はパソコンの勉強会が国立である。

当初から比べると、参加者もかなり減少。

毎回必ず参加するメンバーも6人となり、

スペースの借り賃も一人当たりの負担が多くなってきた。

Wi-Fiが完備し、数台のパソコンが使えて、

プロジェクターで大型画面に映せる設備が必要となると、

場所探しも大変だ。

国立市の公民館なども今度検討することに。

SkypeとLineを使ってのコミュニケーション、

バンクーバー在住のFさんも加わって、楽しくやる。
勉強会後のお茶会は失礼する。


28日(木)は、高校のクラス会がある。

今回から昼の集まりとなる。

従来利用していた高田馬場の「酒房弁慶」に交渉してみたが、

正午から店を空けるわけには行かぬと断わられる。

新たに探し出したのが、御茶ノ水駅近くの「鳥どり」。

串焼きがメインの店だが、コースがあり、それなりの料理もある。

正午集合だが、私は早めに家を出て、御茶ノ水駅近辺を散策する。

聖橋を渡ると「湯島聖堂」、そこから少しばかり歩けば
「神田明神」だ。

「湯島聖堂」は、元禄3年(1690)、徳川五代将軍、綱吉が創建。

孔子廟だが、100年後には昌平坂学問所となる。

「入徳門」は大正12年(1923)の関東大震災の際にほとんどの

建物が焼失した中で、水屋と共に唯一焼失を免れた。

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門に掲げられている額「入徳門」は江戸中期、藤原基輔の筆。

宝永元年(1704)に建造された木造建築物だ。

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「大成殿」の大成とは、孔子廟の正殿の名称である。

額は元々、綱吉の書だったのだが、現在あるものは、

日本海軍の長老、伏見宮博恭王の筆である。

現在も、論語素読など論語の勉強会が毎日開かれている。

楷(かい)の木は、曲阜にある孔子の墓所に植えられている名木。

大正時代の初めに種子が日本にもたらされ、

その後湯島聖堂の庭にも苗木が植えられた。

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孔子銅像は、昭和50年(1975)に台湾台北市のライオンズ・クラブ

により寄贈されたもの。

孔子の銅像としては世界最大級である。

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神田明神は、江戸東京に鎮座して1,300年近く、

江戸時代では「江戸総鎮守」だった。

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千代田区など都心部の108町の町会の総氏神様だ。

「一之宮」が大黒様で縁結びの神様。

「二之宮」が恵比寿様で商売繁盛の神様。

そして「三之宮」が平将門命で、防災厄除の神様だ。

最近流行りのキャラを描いた絵馬も社務所で売られている。

さて高校のクラス会。

幹事を仰せつかっているので、少し早めに店に行くと、

すでに半数の皆さん、特にご婦人方がすでに来ておられる。

今回集まったのは、女性8名に男性6名の計14名、
卒業時、40名だったクラスなので、出席率はよい。

予約した個室も丁度よい広さ。

丁度昼時で、店内はお客で混雑している。

コース料理に飲み放題、2時間に30分延長で、

一人当たり4,500円也。

会のスタートに当たって、5月末に亡くなったばかりの
級友、S君のご冥福を祈って献杯。

昨年の12月、熱海温泉での1泊クラス会には、
お元気なS君も参加されたのだが、

心臓に持病がるとかで、とうとう温泉大浴場に入らず。

それでも、結構飲んで、仲間と大いにしゃべりながら

楽しんでいたのに、あっという間に旅立って逝かれた。

奥様からは心筋梗塞と伺った。

すっかり宴も盛り上がり、時間になっても皆さん帰りそうもなく、

店のマスターに紹介してもらい、すぐ隣のカラオケへ。

正午から開始したクラス会も、夕方まで続いて解散。

酔い覚ましも兼ねて、私は駿河台の坂を下り、神保町まで歩く。

久し振りに古書店街をぶらついて帰宅の途に就く。

本当に忙しい2週間だった。






# by toshi-watanabe | 2018-07-02 11:38 | 一般 | Comments(2)


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内田康夫さんの著書「天河伝説殺人事件」を読み終える。

ご存知「浅見光彦シリーズ」の一冊。

すでに映画化されているので、映画をご覧になられている方も。

著者にとっては40作目の作品である。

初出は1988年にカドカワノベルズとして上下二巻。

今回1冊にまとめられ、角川文庫で刊行されたばかり。

880円+税。

東京新宿の高層ビルの谷間で、道行く人でにぎわう夕刻、

一人の男性が突然倒れて亡くなる。

原因不明の死に方で、警察が調べに乗り出す。

この男性、愛知県豊田市の住民で、家電メーカーの営業所勤務。

当日は大阪に出張の予定だった。

遺族も会社の同僚も不審に思う。

死んだ男の手元にはやや大型の銀製の鈴らしきもの。

「五十鈴」と呼ばれる、この鈴がその後の展開でキーワードとなる。

さて、浅見家に来客がある。

三宅譲典は光彦の亡き父親、秀一の学生時代からの親友で、

秀一の存命中は揺と仕舞いの仲間だった。

光彦の嫁さんを心配している三宅だが、

今回浅見家を訪れた目的は別の用件で、光彦への依頼だった。

それは出版社が企画した「能謡史跡めぐり」を

光彦に引き受けてほしいという話。

光彦は喜んで引き受ける。

光彦の母親、雪江や三宅がよく知っている能の水上流では、

宗家を継ぐはずだった水上和春が43歳の若さで急訃して6年、

7回忌の追善能が開かれることになる。

「二人静」を演じる「シテ」には宗家の和憲、

「ツレ」を演じるのは孫娘の秀美。

秀美には兄の和鷹がおり、和憲が引退後水上宗家を継ぐと

目されているにもかかわらず「二人静」の「ツレ」を演じず。

追善能では、「キリ」の「道成寺」を演じる。

山伏に恋した娘が山伏を追ってくる。

仕方なく白拍子姿の山伏は鐘の中に隠れる。

やがて鐘が吊り上げられると白拍子が蛇の姿に変わって

現れるという筋書きなのだが、

鐘の中からは蛇は現れず、演じた和鷹が死んでいた。

通常の死に方ではなく、警察の調べが始まる。

依頼を受けて、浅見光彦は奈良吉野の奥の天川村へ出かける。

芸能の神様として知られる天河神社がある。

土地の名前は天川(てんかわ)だが、神社の名前は

天河神社(てんかわじんじゃ)と、川と河が異なるのは興味深い。

スポンサー付きの旅なので、由緒ある旅館「桜花壇」に泊る。

実在の旅館で、作者の内田康夫さんが現地取材
の際に宿泊されている。

この奈良吉野の奥地に新宿で殺害された男性の娘、川島智春や

能の水上秀美もやって来る。
そして光彦は事件に巻き込まれ、

警察署の留置場に入れられたり。

上記の「五十鈴」は天河神社のご神体であり、

次から次と起きる事件解決の糸口となる。
水上流宗家、和憲の自殺により物語は幕を閉じる。
天河神社のことは今回初めて知り、
機会があれば訪れてみたい。















# by toshi-watanabe | 2018-06-26 13:14 | 読書ノート | Comments(2)

入梅後、群馬の山里へ


関東平野も梅雨に入る。
6月10日(日)から1週間、群馬倉渕に滞在する。
前半は晴天に恵まれ、後半は雨にたたられる。
雑草は伸び放題、樹木も勢いよく枝を伸ばしている。
藤の蔓枝も葛の蔓も、わずか一カ月の間に、
これほど伸びるものかと信じられないほどだ。

春から咲き続けている草花や初夏の草花など。

五色蕺(ごしきばどくだみ)と八重蕺(やえざきどくだみ)。


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蛍袋(ほたるぶくろ)。


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フランネル草(赤と白)。

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深山苧環(みやまおだまき)。


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山苧環’やまおだまき)。

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露草(つゆくさ)。

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下野(しもつけ)。

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河原撫子(かわらなでしこ)。

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都忘れ(みやこわすれ)。

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虫取撫子(むしとりなでしこ)。

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鋸草(のこぎりそう)。

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昼顔(ひるがお)。

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山紫陽花(やまあじさい)。

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花の咲き終えた半鐘蔓(はんしょうづる)。

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丘虎の尾(おかとらのお)。

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鳥足升麻(とりあししょうま)。

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雪の下(ゆきのした)。

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三つ葉(みつば)。

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名前の分からない小さな紫色の花。
追記: 「ききょうそう」のようです。

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初夏の花、紹介まで。











# by toshi-watanabe | 2018-06-22 13:58 | 草花 | Comments(2)

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久し振りに、安部龍太郎さんの作品を読む。

最近角川書店から刊行されたばかりの「平城京」。

1,800円+税。

第八次遣唐使の一行は唐に渡り、無事役目を果たした。

二年後の慶雲元年(704)、帰国の途に就くことになった。

遣唐使船の船長だった阿倍船人(あべのふなひと)は、

出航の数日前に一人の老人に声を掛けられる。

白村江(はくすきのえ)の戦いで唐の捕虜になった者で、

それ以来40年近く奴婢として働かされてきた。

他にも何人かの仲間がおり、この機会に

祖国に連れ帰ってほしいと頼まれる。

彼らの釈放を蘇州の政庁に求めたものの、

逆に船人本人が捕らえられ、二年半に及ぶ抑留生活に、

そして慶雲4年(707)、無事に帰国したものの、

これが元で、朝廷により処罰を受け、逼塞していた。

そこへ、長兄(異母兄)の宿奈麻呂(すくなまろ)から

新都造営の手助けをしてほしいとの打診がある。

しかも、たった三年で、唐の長安に並ぶ新都を

奈良に建設するという大事業。

これは朝廷一の実力者・藤原不比等(ふじわらのふびと)からの

必達の命令だった。

この大事業に失敗すれば阿倍家が没落しかねないが、

白村江の戦い以来冷遇されてきた阿倍一族にとっては、

再興のチャンス、難事業を承知のうえ、船人は引き受ける。

藤原京に遷都してまだ13年、奈良(平城京)に都を造営するには、

反抗勢力があり、何かと妨害を仕掛けてくる。

まさに史上最大の国家プロジェクトであり、

土地の買収に始まり、道路づくり、河川の移動を含む開発。

1万人の人手が必要で、自宅から通える5千人の他に、

残りの5千人は、地方からかき集めねばならない。

20人が一緒に生活できる小屋を少なくとも250棟必要。

建築材料、建築職人の手当てをどうするか。

造営前の準備も困難を極める。

28歳の青年、船人は人々の手伝いを得ながら、孤軍奮闘する。


思えば現代に通じる一大プロジェクトだが、

幾多の困難を乗り越えて、タイムリミット内に

船人は見事造営を完成させる。

大変興味深く、面白く物語は進展する。

安部さんの筆力には大いに感銘を受ける。

主人公・安倍船人には5歳上の兄(三男)・船守(ふなもり)がおり、

その息子が世に名高い阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)である。

後に、船人が再び遣唐使船の船長を務め、

仲麻呂が唐へ留学する。





# by toshi-watanabe | 2018-06-20 09:30 | 読書ノート | Comments(2)

最近中公文庫から出版されたばかりの
内田康夫著「坊っちゃん殺人事件」(改訂版)を読み終える。
640円+税。
オリジナルは1992年11月にノベルス版が出ている。


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内田さんご自身も書かれているが、
夏目漱石の名著「坊っちゃん」を読んでいると、
この作品が一段と楽しく読む事が出来る。
漱石の坊っちゃんは次男坊、浅見光彦も次男坊である。
光彦は愛媛県の松山に取材でやって来るのだが、
そこで巡り合う人物に、矢鱈とあだ名をつける。
「マドンナ」、「イノブタ」、「大学教授」、「ふんどしかつぎ」、
「トンカツ」、「ゲジゲジ」、「山嵐」、「うらなり」、「赤シャツ」と
見事なまでに作品に登場し、楽しくなってくる。

「坊っちゃん」には清という下女が出てくるが、
光彦シリーズでいつも登場してくるのが、
浅見家で家事手伝いをしているのが須美子。
須美子の実家から越後名物・笹飴が
浅見家に送られてくるところからプロローグが始まる。
光彦は取材のため松山に出かける。
母親からは、松山の「一六タルト」と内子の「ローソク」などを頼まれる。

岡山駅前でレンタカーを借り、瀬戸大橋を渡る。
途中、与島の「フィッシャーマンズ・ワーフ」のパーキングエリアで休憩。
そこで偶々一人の美女を見かける。
何とダークグレーのジャガーを運転している。
あとをつけているという訳ではないのだが、同じ方向に前をジャガーが走り、
あとをつける形になり、途中で交通巡査に注意されたりする。
松山に到着後も、偶然同じホテルに宿泊。
光彦は名前の知らぬ彼女に「マドンナ」とあだ名する。

母親依頼のローソクを買い求めて内子町へ出かける。
内子と言えば、芝居小屋の「内子座」。
1915年に竣工とあるから、すでに百年を過ぎている。
国の文化資産にも指定されている。
俳句の会があるということで、興味半分、光彦も内子座を訪れる。
ところが内子町の小田川付近で女性の死体が発見される。
その遺体の女性こそ、「マドンナ」、
警察署は状況から殺人事件と判断。
当時の状況から、浅見光彦が有力な殺人容疑者として浮かぶ。
遂には留置所に入れられてしまう。

悪いことに、内子座でも殺人事件が起き、
こちらの容疑者としても、光彦が挙げられる。
なかなか自由になれない光彦だが、
例の如く、実兄が警察庁刑事局長の浅見陽一郎と判明するや、
警察の対応ががらりと変わる。

光彦の勘と推理により、難事件も解決する。
思わぬ結果で終わる。

浅見光彦シリーズ、面白い一冊である。






# by toshi-watanabe | 2018-06-09 10:41 | 読書ノート | Comments(2)


6月3日(日)から4日(月)にかけて、小学校の同期会あり。
会場は熱海温泉のK荘、3日の午後3時に現地集合。
以前は都内、あちらこちらの会場で昼間の会を持っていたのだが、
そろそろ一泊してゆっくりしたいねと意見が出て、
ちょうど10年前から、この熱海温泉のK荘が会場となっている。
ずっと幹事を引き受けてくれているSさんの関係で、
この宿は割安料金で利用できるし、色々とわがままも聞いてもらっている。

朝ゆっくりと家を出て、途中の小田原で下車。
時々利用する老舗のソバ屋でランチを済ませて、
小田原城址公園に向かう。

小田原城天守閣。
化粧直しをしたばかり、白い壁が輝いている。


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泰山木の白い花が咲いている。


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菖蒲園の花菖蒲が今満開に。

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菖蒲園の周りを囲むように、紫陽花が色とりどりの花を咲かせている。

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熱海駅から歩いて5分ほどのK荘に着くと、
すでに何人かが到着している。
つい1週間前に中学の同期会があり、参加数が激減して
わずか11名を数えるのみで、吃驚したのだが、
今回の小学校の同期会の参加者は7名のみ。
段々とさびしくなるばかり、男性が5名に女性が2名。
尤も中学は5クラス、270名ばかりの同期生がいたのだが、
小学校の方は2クラス、80名ほどの同期生だから、
比率から言えば、小学校の方が出席率ははるかにいいと言える。

温泉の大浴場で汗を流し、部屋では早速飲み始める。
一人、オールドパーを持参したのがいて、
ロックで飲むと、これが実にうまい。
全員そろって夕食。


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このほかに、特別注文で船盛も。
1年ぶりの再会で、大いに盛り上がる。

予期しなかったのだが、偶々海辺で花火の打ち上げがある。
8時20分から30分ばかりだが、
部屋のベランダから打ち上げ花火が楽しめた。
ボケた写真だが、


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宿のベランダからは初島が望める。

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翌朝、遅い朝食後、解散。
干物のお土産も頂く。
熱海駅から同じ列車に乗り帰宅の途に。
一年後の再会を約して、藤沢駅で下車する。






# by toshi-watanabe | 2018-06-08 13:43 | 同期会 | Comments(2)

内田康夫さんの著書「隠岐伝説殺人事件」上・下二巻を読み終える。
1989年に刊行された作品で、この5月に光文社より、
文庫本として発刊されたばかり。
上巻:560円*税、下巻:600円+税。


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百を超える難事件を解決した名探偵、浅見光彦の最初の事件簿は、
1982年に刊行された「後鳥羽伝説殺人事件」だが、
第82代天皇、後鳥羽天皇をテーマにしている。
天皇を譲位した後、20数年にわたって上皇として院政を執り、
鎌倉幕府の混乱に乗じて倒幕を試みた。
しかし失敗、「承久の乱」により出家の上、隠岐の島に配流となった。
後鳥羽上皇は島で19年間、鎌倉幕府への恨みを抱きつつ過ごし、
島を二度と出ることはなく命を全うした。
後鳥羽上皇に纏わる数々の伝説が隠岐の島には残されている。

浅見光彦は、大学教授を筆頭とする後鳥羽上皇遺跡調査団の
一員に加わり、隠岐中ノ島へ向かう。
「旅と歴史」の藤田編集長からの依頼で、記録係として光彦は参加。
空の旅が苦手の光彦、他の団員と共に航空便で米子空港(出雲空港?)へ。
更にプロペラ機に乗り、島後の隠岐空港へ。
空港からタクシーに乗り港へ行き、フェリーに乗り、
目的地、海士町のある中ノ島へ向かう。
日本国内とはいえ、目的地に到着するまで、かなりの時間が掛かる。

隠岐の島、名前とどのあたりに位置するのかは知識があったが、
一度も訪れたことはなく、この著書を読んで、はじめて島のことがよく分かった。
隠岐は「島後(どうごと読む」と「島前(どうぜん)」の二つに分けられ、
更に「島前」は「中ノ島」、「西ノ島」、「知夫里島(ちぶりじま)」の
三つの島からなる。
四つの島と数多くの小島からなる隠岐諸島というべきだろうか。

調査団の個性ある5人のメンバーのうち、3人が遺跡発掘調査に当たり、
光彦とカメラマンは、観光も兼ねて島内を動き回る。
例の如く、次から次と事件が起こる。
団長格の教授が不慮の死を遂げ、
事故ではなく殺人ではと推測されるのだが。
この教授だけでなく、他にも何人かが亡くなり、殺人事件の疑いが生じる。
光彦も容疑者扱いされてしまうが、身元が分かり放免される。

後鳥羽上皇の存在を背景に、作者は色々な仕組みを考える。
島に漂う怨念、源氏物語絵巻という小道具、
旧日本陸軍の要塞、毒ガスなどという本当にあったような作り話が
出てきて、物語を大変面白くしている。
国宝の「源氏物語絵巻」は名古屋の徳川美術館と
東京世田谷区の五島美術館が保存しているが、
完璧にそろっているわけではない。
この作品に登場するように、
ひょっとして、国宝級の絵巻がこの世に出てきたらと思ったりする。


















# by toshi-watanabe | 2018-06-05 09:25 | 読書ノート | Comments(0)