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門井 慶喜著「地中の星」を読み終える


門井慶喜さんの最新作品「地中の星」を読み終える。
新潮社発行、1,800円+税。


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帯の紹介文にもある通り、
東京に地下鉄を誕生させた、早川徳次(とくつぐ)と技術者たちの熱き闘いの物語。
因みに同姓同名の早川徳次(とくじ)さんがおられるが、
その早川さんは、総合電機メーカー「シャープ」の創業者です。

この作品の主人公、早川徳次は明治14年(1881)に生まれ、
昭和17年(1942)に亡くなられた。
「地中の星」という題名で思い出すのは、葉室麟さんの作品「暁天の星」。
「暁天の星」の主人公は、明治期の外交官、陸奥宗光です。
上を向いて歩き続けた外交官でした。

早川徳次は、大学を卒業後、南満州鉄道に就職、更に鉄道院に転勤したが、
役人勤めは性に合わないと官を辞して、佐野鉄道、高野登山鉄道などの経営を立て直した。
高野登山鉄道の支配人時代に、徳次と同じ山梨県出身の衆議院議員の望月小太郎の
媒酌で、軻母子(かもこ)と結婚。
34歳の時、どうしても海外に出かけたく、目的地を英国のロンドンと決めて、
時の総理大臣、大隈重信の支援を得て、ロンドンへ向かった。
そこで眼にしたのが、ロンドンの街中、それも地下を走る地下鉄。

日本に戻った徳次が思い描くのは、東京に地下鉄を走らせること。
地道な市場調査を行って、浅草~品川間が乗客を一番期待できると判断。
事業認可に走り回り、やっと認可を取り付けることが出来た。
日本では全く初めての工事であり、資金面でも大きな課題、
トンネル工事の専門家はちょうど群馬と新潟間で進められていた
清水トンネルで力を発揮していた職人の親方を頼んだり。
また折あしく、関東大震災が起きた直後だったが、
「東京地下鉄道」を立ち上げて、地下鉄事業に取り掛かった。

大正14年(1925)に、浅草~上野間のトンネル掘削作業がスタートしたものの、
この短い期間が開通するのに数年間を要した。
いかに作業が大変であったか、事細かに描かれている。

その後、上野~万世橋~神田~三越前~京橋~銀座~新橋と難工事が続き、
新橋まで開通したのが、昭和9年(1934)でした。
品川までの延伸はあきらめ、新橋まででこの事業は完了。

この直ぐ後、門野重五郎が社長を務める「東京高速鉄道」が認可を得て、
渋谷~新橋間の地下鉄道敷設に入った。
実際の事業を率いるのは悪名高き五島慶太、「強盗慶太」とも呼ばれる。
浅草~新橋間の経験が役立ち、比較的早く完成。

五島慶太の意図するところは、新橋駅で、すでに開通済みの浅草~新橋線につなげ、
相互乗り入れ、その先には一本化だった。
2年ほどもめた問題も、早川徳次が折れて、新橋駅をふさいでいたコンクリート壁を取り除き、
二つの路線が連結し、渋谷~浅草間が直通となった。
時に昭和14年(1939)でした。
二つあった新橋駅の一つは不要となったわけで、現在も不要となった新橋駅跡が見られる。

五島慶太としては、会社を一つにまとめたかったのだが、
政府が介入して、新たに設けられた「帝都高速鉄道営団」の所有となった。
現在は、東京メトロの銀座線である。

銀座駅には、早川徳次の胸像が、ひっそりと置かれており、
説明用の金属板には、「地下鉄の父」と記されている。





# by toshi-watanabe | 2021-10-25 10:52 | 読書ノート | Comments(0)

池井戸 潤著「民王(シベリアの陰謀)」を読み終える

池井戸潤さんの最新作「民王(シベリアの陰謀)」を読み終える。
角川書店発行、1,600円+税。


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いま世界を巻き込んでいるコロナ禍に合わせた如き作品である。
ロシア連邦サハ共和国の奥地にある
バタリア・アリタという小さな町に、
巨大なバタガイカ・クレーターがある。
そこで発見された冷凍マンモスの調査で出かけた
日本人の専門家、並木教授がマンモスに触れた際に、
何らかのウイルスに感染したらしいというのが事件の発端。

武藤泰山首相が、新しい環境大臣に任命したのが、高西麗子。
北海道出身の45歳、元プロレスラーというユニークな経歴だが、
環境問題で頭角を現し、論客として存在感を放っている。
彼女の激励パーティの場で、突然異常をきたした高西大臣。
ここから物語は進展して行く。
泰山首相の息子、武藤翔や並木研究室の助手、眉村紗英などが絡む。

それなりに興味深く読み終えたのだが、
ウイルスに感染した人たちが暴徒化し、
泰山首相の退陣を求めてデモ、
最後はデモ隊と首相が対峙する場面など、
前半とガラッと内容の変わった物語となり、
若干不満が残る。





# by toshi-watanabe | 2021-10-06 14:59 | 読書ノート | Comments(0)

大島 真寿美著「結(ゆい)」を読み終える

大島真寿美さんの最新作品「結(ゆい)」を読み終える。
サブタイトルは「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 波模様」。
文芸春秋出版、1,700円+税。
表紙カバーの装画は原裕菜さん。


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この作品は、2年前に直木賞を受賞した作品、
「渦(うず)」サブタイトル「妹背山婦女庭訓 魂結び(たまむすび)」
を継ぐ作品と言える。


作品「渦」では、浄瑠璃作家の近松半二が主人公だった。
「妹背山婦女庭訓」は近松半二が仲間とともに書き上げた作品で、
操浄瑠璃や歌舞伎で演じられた。

今回の「結」では、「妹背山婦女庭訓」の評判を聞きつけて、
道頓堀の芝居小屋で、この操浄瑠璃を見て、すっかり感動し、
浄瑠璃の世界にのめり込む、松屋平三郎が主人公である。
平三郎は京町堀で造り酒屋を営む松屋の長子。
大店の跡継ぎという恵まれた立場にある平三郎、
何度も浄瑠璃「妹背山婦女庭訓」を見に出かけるのだが、
偶々横に座った女の子が、しっかり浄瑠璃を理解している様子に平三郎は驚く。

この女の子が、実は近松半二の遺児なのを後で知る。
この作品は、6小節に分かれている。
「水や空」、「種」、「浄瑠璃地獄」、「月かさね」、「縁の糸」、「硯」と続く。
松屋平三郎は、好きが高じて、義太夫節を習い、素人名人芸にまで。
また絵にも興味を持ち、耳鳥斎(にちょうさい)という画号を持つようになり、
描いた扇絵が商売になったり。

主人公は松屋半三郎と書いたが、
各節ごとに登場する主要人物は半三郎の芝居小屋の遊び仲間たちである。
最初に登場するのは、大桝屋という店の跡取りでありながら、
操浄瑠璃にすっかりのめり込んでしまう徳蔵という、半三郎と同い年の男。
浄瑠璃作家を目指すのだが、うまく行かず、江戸へ下る。
江戸では歌舞伎作家として見事名を挙げる。
徳蔵は近松半二に弟子入りしたこともあり、
半二の娘、おきみのことは気にかけていた。

最後の節「硯」では、徳蔵がなにかとおきみの面倒を見る。
近松門左衛門が使っていた硯を近松半二が譲り受けて使い、
半二亡き後はお気味が大事にしまっておいた。
この硯を徳蔵に渡す場面で、物語は終わる。

大変面白い内容の物語で、読みごたえがある。








# by toshi-watanabe | 2021-09-21 14:07 | 読書ノート | Comments(0)

上田 秀人著「勘定侍・柳生真剣勝負:第4部『洞察』」を読み終える

上田秀人さんの書下ろし新作「勘定侍柳生真剣勝負(4)洞察」を読み終える。
このシリーズ、「召喚」、「始動」、「画策」に続いての4冊目。
小学館時代小説文庫、700円+税。


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時は徳川将軍三代、家光の時代。
大阪一と言われる唐物問屋、淡海屋の主、淡海屋七右衛門の孫、
淡海一夜が主人公である。
一夜は、将軍家剣術指南役、柳生但馬守宗矩と佐登(七右衛門の一人娘)の間に生まれた。
佐登は一夜が3歳の折に他界した。
七右衛門は、一夜を淡海屋の跡取りにと期待している。

柳生家は初代惣目付として辣腕をふるい、その功績で、大名に取り立てられた。
それに伴い、柳生宗矩は一夜を召喚した。
一夜は夜遅くまで算盤を弾き、過去の帳面を確認。
江戸の商人とも懇意になる。
江戸城お出入り、御三家御用達の駿河屋主人、総衛門とも昵懇の間柄に。

柳生家が旗本から大名となったお披露目に、
お歴々を招かねばならない。
手抜かりがあれば、弱みを握られてしまう宴席に、
一夜は知略と人脈を駆使し、見事功を奏して柳生家の面目をたてた。
一方、柳生家改易を企み、一夜を取り込まんとしたが、
失敗に終わる総目付の秋山修理亮、その後ろ盾には
老中の堀田加賀守正盛などが登場し、物語は展開する。

次の第5部が楽しみである。



# by toshi-watanabe | 2021-08-27 10:46 | 読書ノート | Comments(0)

宇江佐 真理著「深尾くれない」を読み終える

宇江佐真理さんの著書「深尾くれない」を読み終える。
宇江佐真理さんの作品を読むのは本当に久しぶりだ。
平成27年(2015)11月7日に乳がんのため亡くなられた。
享年66歳でした。
直木賞に6回候補となられ、更に新たな著作を期待され、
惜しまれつつ亡くなられた宇江佐真理さんです。

この作品「深尾くれない」は平成14年(2002)2月号~11月号の
「小説新潮」に連載され、平成15年(2003)4月に新潮社より刊行された。
平成17年(2005) 10月には新潮文庫として刊行。
そしてつい最近、朝日時代小説文庫として、新たに出版された。
朝日新聞出版、800円+税。


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家臣たちが「大蔵殿」と敬って呼ぶ、因幡(いなば)・伯耆(ほうき)国鳥取藩の
藩主、池田光仲が父の池田忠雄から遺領を引き継いだのが寛永9年(1632)。
その時、光仲はわずか3歳であった。
忠雄は、それまで備前(びぜん)国岡山藩31万5千石の藩主であったが、
幕府は、「備前は手先の国なれば幼主にては叶ふべからず」との理由で、
光仲を因幡・伯耆国鳥取藩の藩主とし、代わって、それまで鳥取藩の藩主であった
池田光政を岡山藩の藩主と据える沙汰を下した。
いわゆる「お国替」である。

この物語の主人公、深尾角馬(ふかおかくま)の父親、河田理右衛門は
忠雄の家臣だったので、引き続き光仲の家臣となる。
理右衛門の息子、河田喜六は月足らずで生まれ、成長後も小柄、
やがて名前を返上して深尾角馬を名乗る。
藩士としての角馬は馬廻の兵士に過ぎないが、
藩の剣法指南役を引き受け、藩士たちからも重く見られていた。
父親から丹石流を引き継いでいたが、全国を修行して回り、
色々な剣法も身に付けていた。
後に「雖井蛙流(せいありゅう)兵法」を編み出し、その始祖となる。

最初の結婚に失敗し、角馬は30歳を過ぎて後妻を迎える。
新たに嫁入りした、「かの」は余りの短躯な相手に驚き、
また庭に咲く牡丹を初めて目にする。
剣法の達人と聞いていたが、牡丹の栽培に熱心な角馬の姿に、「かの」は驚きを隠さない。
やがて二人の間に女児が誕生。
跡継ぎに男児を期待していた角馬にとって、女児には全く関心を向けない。
名前も付けてくれず、致し方なく「かの」は娘を「ふき」と名付ける。

前半は妻の「かの」の立場から、後半は娘の「ふき」の立場から、
深尾角馬という人物を浮き彫りにする場面が多い。

角馬が庭に育てていた大型の紅い牡丹の花は「深尾紅」と皆から呼ばれて、
評判の牡丹で、見物に人が訪れていた。
この作品の題名は、ここから来ている。

不義をした妻「かの」と相手の男の首を一刀のもとに切り落とした角馬は、
幼い娘との生活を始める。
実際はお手伝いの女性が親代わりに面倒を見るのだが。

娘「ふき」が恋仲になり、結婚を期待していた相手の男は、
その父親の意向で、「ふき」をだました形の結果となり、
激怒した角馬は、その相手の男と父親、兄までも、一刀のもとに首を切り落とす。
藩主の命により、深尾角馬が見事な切腹をするところで物語は終わる。
藩主は後々まで、その見事な切腹の様子を繰り返し聞いたという。

深尾角馬は実在の人物で、「雖井蛙流(せいありゅう)兵法」も
現在も続いていおり、現地に道場がある。
著者の宇江佐真理さんは、深尾角馬について関心を抱き、いずれは小説を書きたいと、
10年ほど温めていた。
新潮社の編集者に促されて、鳥取へ向かった。
実際に道場を訪れている。
ただ、「深尾紅」らしき牡丹どころか、これといった牡丹も見当たらなかった。
ところが、荒木又右衛門の菩提寺である「玄忠寺」にお参りしたところ、
見事な大輪の牡丹が咲いていたそうだ。
宇江佐真理さんが「あとがき」で書かれている。

「深尾くれない」、大いに読みごたえがあり、傑作である。

カバーの装画は、大竹彩奈さん。









# by toshi-watanabe | 2021-08-21 11:33 | 読書ノート | Comments(0)

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