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内田康夫さんの著書「不等辺三角形」を読み終える。

幻冬舎文庫、650円+税。

どうも妙な題名である。

二等辺三角形と正三角形を除けば、

どの三角形も不等辺三角形であり、あえて不等辺三角形というのも面白い。

この不等辺三角形が出てくるのが丁度小説の真ん中あたり、

やっと題名の意味が分かってくる。

先ず登場するのが「陽奇荘」、

正岡家という、名古屋で一、二を争う富豪の別荘である。

戦災で本宅が消失して以来、正岡家は四十数年にわたって、

住居として使用していたのが別荘の陽奇荘。

その後、新たに本宅が再建されて、家族全員が移転した。

以来二十年間、空き家状態になっていたが、

管理人などが陽奇荘の保全管理を続けていた。

家具などすべて処分されたのだが、唯一、仙台箪笥が

地下室に残されていた。

この仙台箪笥が、これから起こる殺人事件に絡んでくるのだが、

先々代の奥様が嫁入り道具として持参した品物で、

一番大事にしていて、ここに残しておいてほしいとの遺言。

40歳代の半ばで他界したのだが、箪笥のところにその奥様が現れるという

噂話が出て、幽霊箪笥と呼ばれるように。

宮城県の東松島市にある井上箪笥工房のところに箪笥の修理依頼が届く。

仙台箪笥の腕の良い職人と知られる工房の主は

娘を伴い、名古屋の陽奇荘まで車で箪笥を引き取りに行く。

東北地方の箪笥と言えば、岩手県の岩屋堂の桐箪笥がよく知られるが、

仙台箪笥も欅づくりの素晴らしい和箪笥である。

取り付けられた金具が精巧な作りでこれまた素晴らしい。

著者は、陽奇荘のある名古屋、仙台箪笥の工房がある奥松島、

それに正岡家の先々代の奥様の出身地、宮城県の丸森町、

この三か所を頂点とする、不等辺三角形をイメージして書き始めたらしい。

奥松島とは、観光地として名高い松島の奥に位置する東松島市にある、

風光明媚な海岸沿いである。

丸森町は宮城県の最南端で、福島県に接し、近くを阿武隈川が流れる。

現在観光地としても知られる。

だが著者は小説を書いている途中で、三角形のイメージをがらりと変える。

問題の仙台箪笥には隠し棚があり、1枚の紙きれが入っていた。

そこには漢詩の手書きがあり、さらに隠し棚の蓋の裏側には、

「不等辺三角形之重心」と記されていた。

ここから謎解きが始まるのだが、二件の殺人事件が発生する。

中川区にある松重閘門で遺体が発見される。

殺害されたのは、自発的に陽奇荘を管理していた、古くから正岡家に

仕える男で、仙台箪笥を引き渡した、その日の夜に事件は起きていた。

その後、問題の仙台箪笥を見せてほしいと奥松島の箪笥工房を

訪れた男も、近くの野蒜海岸で遺体で発見される。

正岡家の主が浅見陽一郎を訪ねてくる。

2人は大学時代の同級生の仲。

正岡家が所有している陽奇荘の箪笥に絡んでの殺人事件発生に

余り公にしたくなく、警察とは別に、陽一郎の弟に調査をしてほしいとの依頼。

我が名探偵、浅見光彦の登場となる。

浅見光彦は依頼を引き受け、名古屋市東区白壁の高級住宅街にある

正岡家を訪れて、度肝を抜かれる。

一室を与えられ、陽奇荘を調べ、さらに奥松島、丸森町と

足を延ばして、警察署とも連絡を取りながら調査を続ける。

漢詩とは、

   春 水 満 四 澤

   夏 雲 多 奇 峰

   秋 月 如 陽 輝

   冬 嶺 秀 孤 岩

手書きをしたのは、陽奇荘に滞在したことのある

汪兆銘だろうと推測され、陽奇荘の庭園で三角形の重心にあたる部分に

何か重要なものを埋めて隠したのではないかと思われる。

これも謎解きである。

作者の内田さんは、5年にわたり現地を訪れている。

名古屋の陽奇荘は実在し、松坂屋の初代社長、15代伊藤次郎左衛門祐民の

別荘で、「揚輝荘」というのが実際の名称である。

現在は整備されて一般公開され、文化的なイベントなども開催されている。

千草区覚王山の閑静な丘陵地にある。

最初に建てられてから100周年を迎える。

因みに上坂冬子さんが著書「揚輝荘、アジアに開いた志 

選ばれた留学生の館」を出されている。

浅見光彦探偵の推理と行動力、いつものことながら面白く、

ついつい読み続けてしまう。

一緒に推理しながら読むのも楽しみである。

私自身、松島へは何度か訪れているが、奥松島を訪れたことはない。

ご存知の通り、東日本大震災では巨大津波により大きな災害を受けている。

モデルとなった、仙台箪笥の工房の皆さんも大被害を受けたが、

無事に過ごされているとのこと。

元の町並みが戻るのを祈るばかりである。

修理を終えた仙台箪笥は車で名古屋まで届けられるのだが、

その途中東京の浅見家に立ち寄り、光彦を含む浅見家の人たちは、

その素晴らしい箪笥に目を奪われる。






by toshi-watanabe | 2017-09-29 15:20 | 読書ノート | Comments(0)



大相撲秋場所(9月場所)が幕を閉じた。


初日から3横綱が休場、そして途中から2大関が休場という異常事態。
一人横綱出場の日馬富士が初戦から黒星続きでかわいそうなスタートだった。
秋場所ならぬ空場所と揶揄されたり。
それでも相撲ファンは有難いもので、
入場券発売日にはすべてのチケット完売、当日分も札止め、
15日間「満員御礼」の垂れ幕。



終盤までほぼ独走態勢だった大関豪栄道が、
12日目、13日目と立て続けに平幕力士に敗れ、
あっと言う間に横綱日馬富士と星一つの差に。
千秋楽に持ち込まれた優勝の行方は、
結局、日馬富士が本割、優勝決定戦共に豪栄道を押し出し、
7場所ぶり、9回目の優勝を果たした。
経験豊かな日馬富士が気力でも圧倒していた。
豪栄道は全く相手にならず。



今場所も、アンケート調査が行われ、「敢闘精神あふれる力士」が
毎日発表されていた。
第1位に選ばれた回数を見ると、
阿武咲(敢闘賞を受賞)が5回、豪栄道と嘉風(技能賞受賞)がそれぞれ3回、
貴景勝(横綱大関に土を付けており殊勲賞受賞)が2回、
日馬富士と北勝富士がそれぞれ1回。
日馬富士の1回は千秋楽の相撲に対してである。
1位、2位、3位の合計回数で見ると、
阿武咲の9回、豪栄道の7回、日馬富士の5回と続き、
嘉風と朝之山(新入幕で見事敢闘賞受賞)がそれぞれ4回、
貴景勝、遠藤、北勝富士がそれぞれ3回となっている。
2回選ばれているのが、御嶽海(辛うじて勝ち越しを決めた)、
千代大龍、そして琴奨菊。
幕内筆頭まで落ちた琴奨菊、今場所は1横綱2大関を破り、
殊勲賞の声も上がったようだが、元大関に対しては失礼ではと、
受賞とはならなかった。



11月の九州場所には、4横綱揃って元気な姿を見せて
力の入った相撲を取ってもらいたい。




by toshi-watanabe | 2017-09-26 09:53 | 季節 | Comments(0)

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最近出版された文庫本、朝井まかてさんの作品
「御松茸騒動(おまったけそうどう)」を読み終える。

徳間文庫、640円+税。

江戸時代中期、徳川幕府は八代将軍徳川吉宗の時代。

吉宗は質素倹約を旨とし、「享保の改革」を実施した。

徳川御三家の筆頭、尾張藩の藩士、榊原小四郎は

父親の清之介が定府藩士となり江戸藩邸で勤めていたので、

江戸で生まれ江戸で育った。

小四郎が家督を継いで間もなく、病の床にあった父親は亡くなる。

用人手代を務めていた小四郎は、突然「御松茸同心」を命じられる。

小四郎には、その任務がさっぱりわからない。

領内の御林に生う御松茸が不作続きで大難渋している。

御松茸は尾張藩の特産品で、大樹様や大奥、諸藩への進物、
返礼品として欠かせぬものである。

国表の御林奉行の配下に就いて、
3
年かけて御松茸の不作を何とかせよと命じられる。

時に小四郎、19歳の砌であった。

松茸について全く知識がなく、小四郎の苦労が始まる。

廃棄処分になるはずの書物を偶然手にした小四郎は、

その書物の中に松茸に関する情報を見つける。

実は、小四郎の父、清之介は先の尾張徳川家の第七代藩主、

徳川宗春の小姓を務めていたことがあり、

藩主のお供をした折などに、藩主のお言葉を書き残していたのが、

この書物だった。

そのことを後になって小四郎は知る。

宗春は将軍吉宗の質素倹約とは正反対の規制緩和策をとり、

尾張藩内は活気のある町となり、
藩主は領民から敬われていたのだが、

吉宗からは嫌がられ、宗春には幕閣を通じて隠居謹慎命令が下る。

吉宗が亡くなった後も、宗春の隠居謹慎は解かれぬまま。

今は御下屋敷(藩主の隠居屋敷)にて隠居暮らしをしている。

小四郎たちの努力により、上野御林を回復させる。

すでに10年の歳月がたっていた。

以前は村人が御林に入って手入れをしていたのが禁じられ、

御林が荒れ放題になったため、松茸が生えなくなっていた。

雑木をそのままにしておくと、
林床に陽が届かず、松茸の窠(す)を枯らしてしまい、

死んだものは、そのまま腐敗し、松茸の生えぬ土壌になる。

赤松と松茸菌は双方の利をもって生きている。

松茸菌は赤松の根から養分を取り、
赤松は松茸菌から養分を取っている。

ところが、地表に松葉や枯葉が溜まると、
松茸菌は手近なところから養分を取り、

赤松の根のことを忘れてしまう。

やがて赤松はやせ衰え、
松茸菌の窠もいずれは地表の腐れによって腐敗する。

赤松と松茸菌のかかわりが続くように手入れが肝要。

松葉や枯葉がそのまま肥料となると思いがちになるが、
それは逆で、松葉や枯葉を取り除いて
地表をクリーンにしておかなければならぬ。

一般の草木とは異なるところ。

江戸時代、松茸が藩にとって重要な財源であったとは、
大変興味深い。

また松茸が毎年十分に得られるためには、

赤松林の手入れが十分行われることが肝要とは、初めて知った。

現在実際どうなっているのかはよく知らないが。

小説の最後の場面は、年老いて蟄居中の徳川宗春が
尾張徳川藩所縁の興正寺へ参拝することになり、
その折りに寺域にある林で、

松茸狩りをしたいとの話が小四郎のところに届く。

荒れ放題の林に松茸が生えているわけもなく、
ここで小四郎は思案する。

どうしたかは、この本を読んでのお楽しみ。



話が飛ぶが、朝井まかてさんの作品「眩」(葛飾北斎の娘)の

ドラマと北斎の娘の特集番組がNHKで放映されたばかり。








by toshi-watanabe | 2017-09-26 09:13 | 読書ノート | Comments(0)

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池井戸潤さんの作品「花咲舞が黙ってない」を読み終える。

現実的には、日本の銀行、特に一流銀行ではあり得ない事だが、

銀行の不祥事をテーマに、内部処理により組織を守ろうとする上層部に対して、

問題を明らかにして解決するのが銀行のためだと、正義感に溢れた

現場担当者の悩みが見事に描かれている。

この作品の前作に当たる「不祥事」は読んでいないが、

「不祥事」を原作としたテレビドラマが放映され,大いに楽しませてもらった。

そのテレビドラマの題名が、「不祥事」ではなく、「花咲舞が黙ってない」だった。

相馬と花咲舞のコンビによる痛快なドラマを面白く観たのが記憶に残る。

池井戸さんは、テレビドラマの題名をそのまま使って今回の作品を書かれたようだ。

読売新聞朝刊に20161月~10月にわたって連載されたものを、

まったく加筆せずに文庫本で出版された。

中公文庫、740円+税。

過日、読書ノートを書き込んだ「銀翼のイカロス」と同時発行である。

因みに「銀翼のイカロス」は東京第一銀行と産業中央銀行が合併し、

新たな東京中央銀行発足後の話だが、

「花咲舞が黙ってない」は合併前の東京第一銀行の話なので、

二つの小説には時代のずれがある。

「銀翼のイカロス」に登場した半沢直樹や紀本平八常務が

この作品にも出てくる。

紀本常務は、「花咲舞が黙ってない」では、まだ東京第一銀行の企画部長。

東京第一銀行の本店事務部・臨店指導グループに所属している、

花咲舞は問題点があれば、相手が誰であろうと遠慮せず積極的に発言し、
そしてすぐに行動に移す実行力もある。

上司の相馬は彼女のことを「狂咲」と揶揄するものの、

温かく見守り、サポートを惜しまない。

問題の起きている支店に出かけ、解決の目途をつけるコンビ。

だが常時解決とは行かず、役員会の判断に任せられる場合も。

七つの話から構成されている。

第五話の「神保町奇譚」は二人が神保町支店の調査を終えて、

神保町のすし屋に立ち寄り、偶々店で居合わせたご婦人からの話が

発端となり、有る事件が明らかになるのだが、

とても心温まる、ほろっとさせられる物語である。

第六話の「エリア51」から最終第七話の「小さき者の戦い」は、

この小説のクライマックス、東京第一銀行の組織を大きく揺さぶる大事件に。

もみ消しを図る上層部は、相馬を支店ならぬ出張所へ左遷させ、

臨店調査グループの実働部隊は花咲舞一人になってしまう。

行内調査委員会の席上、会長の一喝ですべて闇に消されようとしていた瞬間、

産業中央銀行から代理出席していた半沢直樹が発言を求める。

彼の手には、花咲舞が書いた報告書が。

会長と有力政治家との癒着、政治資金の流れなどが明らかにされる。

臨店指導グループが苦労してまとめた報告書がやっと日の目を見る。

「銀翼のイカロス」を読んでから、この作品に入ったのだが、

逆に「花咲舞が黙ってない」を先に読んだ方がお勧めだ。

二つの銀行が合併する前と後の繋がりが分かる。

この作品もテレビドラマ化するのは間違いないだろう。

前作に出ていた花咲舞の父親が営む居酒屋「花咲」は出てこない。

花咲舞は同じ女優さんが演じるのだろうか、

今から楽しみである。



by toshi-watanabe | 2017-09-23 08:54 | 読書ノート | Comments(0)

今日は敬老の日

今日は敬老の日、国民の祝日です。
こちらは台風一過青空が広がっています。
台風の通過で大きな被害を受けられた方々には、

心よりお見舞い申し上げます。


こどもの日があり、成人の日があり、それで老人の日も生まれました。
老人の日が敬老の日になり、
それも915日からいつの間にか9月の第3月曜日に。


台風の前触れの雨が激しく降る中、
昨日は地元の町内会主催の「第43回敬老祝賀会」に参加しました。
75
歳以上の高齢者が招待され、
一昨年に続いて、二度目の参加でした。
午前10時から午後2時まで、会場は町内会館。
招待者が60名ほど、主催者側が30名ほどで、会場は満席。

招待を受けた方々のうち、ごく一部の方が参加されたのだと推察。
9
40分から受け付けなのに、その時間に出かけたら、

すでに皆さん来られている。

地元の老人会には参加しておらず、
もともと土地の人間ではないので、地元の人たちとは全く面識がない。
会場ではやっとお一人顔見知りがおられただけ。
隣の席にお座りの方は、90歳とのことだが至ってお元気、
何代も続いている旧家だそうで、可成りの土地をお持ちのようだ。
近所散策の折など、いくつかの苗字をよく目にするが、
この辺りに古くからお住まいの旧家なのだろう。
横浜市でも北のはずれ、農作業も未だ行われており、農協もある。

田園都市線が通る前は、のんびりした緑豊かな土地だったことだろう。

さて敬老祝賀会だが、殆どカラオケ大会である。
踊り、詩吟、コーラスなどもあったが、

のどに自慢のご老体が次から次と歌いまくる。
昼食は、地元のすし屋さんお手製の助六弁当。
飲み物は缶ビールやコーラ。
午後には、私は初めて見る顔だが、

古都(こと)はるみさんという歌手が来られ、
(都はるみさんと同じ京都生まれとのこと)、
1
時間以上舞台を独占、歌ってくれる。
色々な歌手の歌、特に美空ひばりの歌を数多く歌われる。
ご自分のオリジナル曲も1曲、「風花航路」を歌われる。

固い椅子で尻が痛くなる。
午後2時閉会の予定が20分ほどオーバー。
お土産をいただいて、早々に引き上げる。
歩いて8分ばかりの距離だが、すっかりびしょ濡れになる。





by toshi-watanabe | 2017-09-18 10:09 | 季節 | Comments(4)

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葉室麟さんの最新作「草笛物語」を読み終える。

「羽根藩シリーズ」の第5弾である。

このシリーズの第1弾は、直木賞受賞の「蜩の記」で、

映画化もされ、大好評を得た。

映画の最後の場面は感動的で、今も記憶に新しい。

九州豊後の羽根藩のお家騒動がテーマとなっているが、

「蜩の記」ゆかりの人たちが登場する。

「蜩の記」の主人公は、戸田秋谷、羽根藩の要職にあったのだが、

ある事件により蟄居の身となり、村の一軒家で家族とともに過ごし、

専ら藩主三浦家の家譜編纂を日常業務としていた。

10年後、あらかじめ決められていた通り切腹して果てた。

藩から若い藩士が見張り役として戸田家に派遣されたのが、

檀野庄三郎、秋谷の仕事を手伝いながら次第に秋谷を師と仰ぐように。

やがて秋谷の娘、薫と夫婦となる。

2人の幸せな姿を目にして、秋谷は最期のときを迎えた。

さて「草笛物語」には、上記の檀野庄三郎・薫夫妻が出てくる。

2人には、桃という娘も。

また秋谷の息子、郁太郎、成人後名前を改め戸田順右衛門と

娘の美雪も登場する。

庄三郎はあることがきっかけで、藩の要職を離れ、

相原村にある薬草園の番人をしている。

順右衛門は中老に就き、藩の重要な要職に、
そして鵙殿(もずどの)と呼ばれる存在。

藩主吉房は病弱で若くして亡くなる。

江戸屋敷にいる世子の鍋千代が未成年のまま、藩主を継ぐことになり、

吉通と名をあらため、九州豊後へお国入り。

小姓役の赤座颯太(そうた)も豊後羽根藩へ向かう。

颯太は鍋千代と同い年、両親はともに亡くなり、

豊後には実家もなく、伯父の水上岳堂宅に世話になる。

岳堂は藩校、有備館で教授をしている。

颯太が騒動に巻き込まれるのを案じた岳堂は颯太を庄三郎に預ける。

この颯太を中心に物語は展開する。

戸田秋谷が切腹して10数年のときが経つのだが、

秋谷の生きざまは藩内で語り草となっており、

秋谷に尊敬の念を抱く藩士も多くいる。

秋谷が書き残した「蜩の記」に関心を抱く吉通は、

その手記を保管している庄三郎の元を訪れる。

同時に庄三郎から藩内の状況をいろいろと聞き取る。

藩主の一門である、三浦左近がまだ若い藩主の後見役となるのを目論み、

幕府からお墨付きを得るべく江戸へ向かう。

月の輪様とも呼ばれ、いずれは羽根藩を牛耳ろうという野心を抱いている。

これを察知した藩主の吉通に、颯太を含む小姓たち、

そして庄三郎や順右衛門などが騒動を防ぐべく手を打たざるを得ない。

お家騒動が始まる。

それほど複雑に絡み合った物語ではないが、

葉室さんの文章には、つい引き込まれ、途中でやめるわけに行かず、

あっと言う間に最後まで読んでしまう。

颯太が次第に成長してゆく姿は楽しく、

登場する人物の凛とした姿が、見事に描かれていると思う。

登場する女性たちも素晴らしい。
草笛は村の童たちがお互いの居場所を知らせるために吹く。

葉室ファン必読の一冊である。









by toshi-watanabe | 2017-09-17 08:34 | 読書ノート | Comments(0)

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池井戸潤さんの「銀翼のイカロス」、文庫本が出たので、

早速買い求める。

文春文庫、760円+税。

ご存知、半沢直樹シリーズ、一気に読み切る。

文学的にすぐれているとは言えないが、読み物として実に面白い。

あくまでも小説の世界であるものの、政治家と金、

政界と金融界との癒着、銀行内の派閥抗争など、

実際にあるように見える。

出向先から復帰した半沢直樹は東京中央銀行の営業第二部次長。

上司である営業第二部長の内藤寛から呼び出され、

中野渡謙頭取の意向で、帝国航空の担当を命じられる。

業績不振に陥った大手企業は本来審査部の担当で、

長らく業績不振を続け破綻寸前の帝国航空は

当然審査部の重要担当先だったのだが、業績悪化の歯止めがかからず、

役員会で指摘され、審査部は頭取の信頼を損ない、

営業第二部、しかも半沢を指名しての担当替えとなる。

帝国航空は小説に登場する架空の航空会社だが、どこがモデルなのか、

この小説を読んでみれば推察できる。

民営化してからも、親方日の丸体質はそのまま、

経営の合理化が全く進まず、業績不振に陥ったのも当然の成り行き。

半沢チームは修正再興企画の骨子をまとめて、帝国航空の

担当者と打ち合わせの場を持ち、再建計画に織り込んで

欲しいを話を進める。

丁度同時期に、今までの与党が総選挙で敗れ、新たな政権が誕生。

何年か前まで民放の女子アナだった白井亜希子が

国土交通大臣に任命される、大抜擢だ。

全くの素人大臣だが、所属する派閥の領袖の後押しがあったお陰であり、

新しい内閣の目玉的な存在でもある。

独自のタスクフォースを立ち上げ、従来の再建計画を廃し、

新たな帝国航空の再建案を策定すると、白井大臣は記者団を前にぶち上げる。

この発言と呼応するかのように、突然金融庁のヒアリングの実施予定が

東京中央銀行にもたらされる。

ヒアリングのテーマは、帝国航空への追加融資と再建計画の実現性など、

今まで東京中央銀行が行ってきたことに関する審査。

過去のことなので、本来なら前任者の審査部の次長が対応すべきなのだが、

営業第2部次長が対応する。

金融庁査察官の中心メンバーは例の黒崎駿一である。

テレビで黒崎査察官を演じた片岡愛之助のイメージが強烈で、

黒崎イコール愛之助と、つい思い描いてしまう。

作者の池井戸さんも同様な思いで、

この部分を書かれたのではないだろうか。

再び黒崎駿一と半沢直樹の対決場面が続く。

旧産業中央銀行と旧東京第一銀行が合併して

東京中央銀行として誕生したものだが、

出身行同士の派閥争いがまだ続いているのが現状。

また旧東京第一銀行には、可成りの不良債権があり、

整理したはずだったのだが、闇に隠された部分があり、

今回のごたごたの起因となる。

「帝国航空タスクフォース」の策定の目玉は、

帝国航空と取引のある銀行の債権放棄を迫るもの。

よく調査せず、いたって安易な策である。

銀行の立場から債権放棄に頼らない帝国航空再建を願い、

半沢次長は躍起に動き回る。

行内では入社同期で仲の良い、渡真利忍(融資部企画グループ次長)や

近藤直弼(広報部次長)が良き相談相手に。

トミさんと呼ばれる検査部部長代理の富岡義則が半沢を大いに助ける。

トミさんはこのシリーズの以前の作品にも登場している。

半沢直樹が政治家を相手に戦う図である。

頭取にまで政界の大物から圧力がかかるが屈せず、

最終的には、銀行側が債権放棄を拒絶するところで終わる。

とはいえ、帝国航空の再建はまだスタートラインにもついていない。

この物語の続きは?

因みに、モデルとなった実在の航空会社の場合には、救済するために、

メガバンクが合わせて4千億円近い債権放棄を実施している。

まだテレビ化されていないと思うのだが、

いずれはテレビドラマとなって放映されるだろう。

楽しみである。







by toshi-watanabe | 2017-09-14 08:30 | 読書ノート | Comments(2)

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天野純希(あまのすみき)さんの新作「有楽斎の戦」を読み終える。

(講談社、1600円+税)

この著者の作品を読むのは初めてだが、

2007年に小説すばる新人賞を受賞されてからすでに10年経つ。

書名の通り、織田有楽斎(織田長益源五郎)の物語である。

織田信秀の11男として生まれ、信長の弟にあたる。

信長とは13歳の年齢差がある。

またお市の方とは同年の天文16年生まれなのだが、母親が異なる。

この小説は6章から構成されている。

「本能寺の変 源五郎の道」(書き下し)

兄信長の茶頭を務める千宗易(利休)が入れる茶を

源五郎が静寂な三畳の茶室でいただくところから物語は始まる。

これがきっかけで源五郎は茶道に関心を抱く。

武芸が苦手で戦場で手柄を立てることもない

源五郎は信長の長男信忠に仕える。

本能寺において信長主宰の大規模な茶会が開かれることになり、

源五郎も末席に連なる予定で、38点にも及ぶ天下の名物が

披露されるのを楽しみにしていた。

病療養中という理由で宗易が茶会に参加しないのは残念。

その一方で博多の大商人鳥井宗室が茶会に招かれ、

天下三肩衝と称される大名物の一つ、

楢柴肩衝(ならしばかたつき)を持参する。

ところが大茶会の前夜半、世に名高い明智光秀の謀叛「本能寺の変」が

起きて、信長は燃え盛る中で自害する。

近くの二条御所に宿泊していた信長の長男信忠も自害して果てる。

信忠に仕えていた源五郎は無事二条御所を抜け出し、京から逃れる。

「本能寺の変 宗室の器」(『決戦!本能寺』に所収)

この章には、織田長益源五郎(有楽斎)は登場しない。

同時代のこととして取り上げているのだろう。

主人公は博多の大商人で茶人である鳥井宗室。

信長が手に入れなかった楢柴肩衝は、その後鳥井宗室の手元を離れ、

遂には太閤秀吉の手元に。

宗室の宗易との出会いからはじまり、

のちに自分を博多から呼んでいながら、

宗易自身は本能寺の大茶会参加を断った理由を宗室は推察する。

時代は変わり、宗室が秀吉と対面する場面が書かれている。

目の前には楢柴肩衝が。

「関ケ原の戦い 有楽斎の城」(『決戦!関ケ原』に所収)

「本能寺の変」の折は、兄と甥を置き去りにして一人で逃げ、

人からは陰口を叩かれ、源五郎自身も悪夢に悩まされる。

その後、剃髪して有楽斎と号す。

信長の次男信雄をたてて家康と手を結ぶ。

有楽斎の長男長孝は武勇に優れ、東軍のために働く。

家康から有楽斎は大阪にとどまって淀殿の後見人を引き受けさせられる。

要は豊臣家の動向を監視する見張り役である。

淀殿は有楽斎にとって姪に当たる。

「関ケ原の戦い 秀秋の戯」(『決戦!関ケ原2』に所収)

この章にも有楽斎は全く登場しない。

秀吉の甥にあたる、筑前名島三十万石の領主、

小早川権中納言秀秋の話である。

一万五千もの兵を率いる小早川秀秋は、関ケ原の戦いが始まっても動かず、

関ケ原南西の松尾山に陣取って高みの見物。

事前に家康からの誘いがあったが、はっきりした返事はしておらず。

戦いの情勢を見極めてから、どちらの軍に加勢するかを決断する。

潮時を見て、秀秋の軍勢は西軍に攻め込み、

一挙に東軍勝利の勢いをつけてしまう。

関ケ原の戦いが終わって2年後、領国経営はうまく運んでいたのだが、

秀秋が酒に溺れ、乱行を繰り返しているなどの不可解な噂が

領内に流れ始まる。

重用されていた幕臣の杉原重政が惨殺される。

豊臣家の動向を気に掛ける家康が蔭で動いたのだろう。

秀秋は若干21歳で自刃する。

「大坂の陣 忠直の檻」(『決戦!大坂の陣』に所収)

この章でも、有楽斎は出てこない。

主人公は松平忠直。

忠直の父、結城秀康は家康の次男、武勇に優れ

その器量は誰からも認められていたのだが、

秀康の母は身分が低く、家康には疎まれていた。

養子として他家をたらいまわしにされた挙句、34歳の若さで亡くなる。

父親秀康は祖父家康に飼殺されたと、松平忠直を恨みに思っている。

大坂の陣が終わり、そして家康が亡くなり秀忠の治世となるのだが、

豊臣恩顧の大名、家康側近の大名などが改易となる。

忠直がキリシタンを匿っていると密告があり、

家中の混乱が起って、江戸からの沙汰が届く。

忠直は隠居の身に、さらには追放されてしまう。

その途中で、亡父秀康の法要を営み、出家剃髪して一伯と号す。

「大坂の陣 有楽斎の戦」(書き下し)

大坂夏の陣の最中、有楽斎は大阪城内にいた。

淀殿・秀頼親子を何とか救おうと画策した

有楽斎だが、うまく行かず、二人は自刃する羽目に。

混乱の中、息子(次男)頼長の命により城内に入った間者要蔵の手引きにより、

有楽斎は無事、城外に逃れる。

建仁寺の正伝院再興の話が伝えられ、

有楽斎が喜ぶところで物語は終わっている。

正伝院(現在は正伝永源院)は事実、再興され、

同時に建てられた「茶室如庵」は国宝に指定されている。

この茶室はその後色々な経緯があったが、

現在は犬山市の「有楽苑」に保存されている。

フランク永井の「有楽町で逢いましょう」でも知られる有楽町は

有楽斎の縁で名づけられたという話があるが、

これは全くの俗説のようだ。

有楽斎がこの辺りに住んだ史実はない。

明治時代に有楽町の町名は付けられている。

織田有楽斎の幼い頃の記録は残っていない。







by toshi-watanabe | 2017-09-11 09:07 | 読書ノート | Comments(0)

映画「関ケ原」を観る



数日前、久しぶりに映画を観に出かける。
109シネマズ二子玉川の映画館で、前日ネットで予約済み。
映画は司馬遼太郎の原作を映画化した「関ケ原」。
原田眞人監督の最新作、長い間、監督が映画化をあたためてきた作品とか。



終盤の関ヶ原の合戦の場面、迫力満点の映画だ。
残念ながら、私自身耳がすっかり悪くなっており、
大音響ばかりが耳に響き、肝心の会話が十分に聞き取れなかった。


監督の頭には、島左近を主人公にという考えもあったようで、
この映画でも、かなり力を入れておられる感じを受けたが、
映画の主人公は、やはり石田三成、演じるのは岡田准一、
まさにぴったりの役柄だ。

監督は岡田准一が三成を演じられる年齢まで待っていたとも語っている。
秀吉が鷹狩りに出かけた帰り、のどが渇き近くの寺に立ち寄り、
茶を所望すると、寺の小坊主が最初は大きな碗にぬるめの茶、
2
杯目には、やや熱い茶を幾分小さめな器で、
そして3杯目の所望には小さな器に熱い茶で供す。
所謂「三杯の茶(三献茶)」と言われているが、
秀吉はすっかり気に入り、この小坊主を取り立てる。
のちの石田三成である。
このエピソードから映画の物語は始まる。

よく知られているのが、

「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり、

 島の左近と佐和山の城」。

やがて秀吉の信頼厚い三成は、大阪城の築城に采配を振るう。
誠を貫く三成に反発するのが、武将の加藤清正や福島正則ら。
命を狙われた三成は敵対する徳川家康の屋敷に飛び込み、
家康に助けられる場面も。
天下を狙う家康と豊臣家を守ろうする正義の人、三成とでは、
合うはずもなく、結局東西に分かれて関ケ原の戦いに。
戦の初めの段階では、西軍が有利に進めていたのだが、
家康の策略が次第に功を奏し、小早川秀秋などの裏切りにより、
一挙に東軍優位となり、西軍は惨憺たる敗北を喫してしまう。
三成の片腕として西軍をリードした島左近は戦いで命を落とす。



三成は戦場から逃げ出したものの捕らえられてしまう。
最後は京の六条河原の処刑場へ向かうところで幕となる。



とにかく役柄が多く、登場する人物が多い。
すでに書いたが、石田三成に岡田准一。
三成が三顧の礼を尽くして迎えた島左近には平岳大、
左近の妻の花野には中越典子。
もともと伊賀の忍び、くノ一、初芽を演じるのは有村架純で、
初芽は三成の人柄にすっかり魅了され、恋心を抱く。
そのほかにも伊賀の忍びの女性たちが大勢蔭で活躍する。



徳川家康には役所広司、小早川秀秋には東出昌大、
豊臣秀吉には滝藤賢一、直江兼続には松山ケンイチ、
そして北政所はキムラ緑子が演じる。
他にも、登場人物は、井伊直政、福島正則、加藤清正、黒田長政、
前田利家、前田玄以、浅野長政、小西行長、明石掃部、池田輝政、
浅野幸長、加藤嘉明、大谷刑部、本多正信、安国寺恵瓊、
上杉景勝、宇喜多秀家、長束正家、毛利輝元、増田長盛、
本多忠勝、。。。。。。。。。。。。。。

この映画を観終えて、ちょっと物足りなかったというのが実感。
登場人物が多すぎて、物語の筋道が広がりすぎたように思う。
なぜ関ヶ原の合戦が起きてしまったのか、
そしてなぜ三成の西軍が負けてしまったのか、
もっと掘り下げてもよかったのでは。
淡々と物語が展開し、感動を呼ぶ場面が少なかったようにも感じる
のは私だけだろうか。

関ケ原を取り上げるには、3時間はほどの映画では難しい面もあるのだろう。
だがすでに書いたことだが、戦場場面は大迫力で観る者に迫り、
これはやはり映画ならではの魅力だ。


関ケ原を題材に書かれた小説は数多く出されているが、

山本兼一の「修羅走る・関ケ原」と火坂雅志の「左近」はお薦めである。
いずれも読みごたえのある素晴らしい小説である。
映画とは別の感動が得られる。









by toshi-watanabe | 2017-09-08 10:49 | 一般 | Comments(2)

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再び内田康夫の浅見光彦シリーズである。

大阪を舞台にした「御堂筋殺人事件」を読み終える。

最近出たばかりの徳間文庫の新装版(630円+税)だが、

19936月に徳間書店から出版されている。

書かれた時代からだいぶ経っているので、

現地の風景や状況がすっかり変わっているところもある。

御堂筋とは御存じの通り、北御堂(西本願寺津村別院)と

南御堂(東本願寺難波別院)を結ぶ、およそ4キロの

大阪中心部を貫くメインストリートである。

北の梅田と南の難波を結ぶ。

著者同様、私も大阪にはあまり縁がない。

大阪城ぐらいしか知らない。

現役時代、日本国際工作見本市に何度か出掛けているが、

新大阪から地下鉄に乗って目的地へ直行、

殆ど途中下車もしなかった。

せいぜい夜、道頓堀辺りへ飲みに出かけたくらいか。

この見本市も、現在は1年おきに東京ビッグサイトで開催、

大阪では開かれていないようだ。

事件は「御堂筋パレード」で起こる。

パレードの出発ゲートを出て間もなく、

中之島の上に差し掛かった辺りで。繊維会社のフロートである

白いペガサスに跨った同社専属モデルの梅本観華子が、

突然高さ4メートルほどのペガサスの上から道路に転落。

係員が駆け付けたところ、観華子はすでに死亡。

司法解剖の結果、遺体から毒物が検出され、他殺の疑いが濃厚に。

偶々繊維会社からの依頼で取材中の浅見光彦はその現場に居合わせていた。

管轄の曽根崎警察署には「御堂筋パレード殺人事件捜査本部」が設置される。

因みに「御堂筋パレード」は、大阪城築城400周年の1983年から

毎年10月に開催されていたが、橋下徹知事の時代、

「大阪府財政再建プロジェクト」が発足し、

パレード開催のための資金調達が難しくなり、

2007年を最後に開催は廃止される。

その後は規模を縮小して別の形でのイベントが開催されるように。

フロートのペガサスには観華子を中心にもう二人のモデルも乗っていた。

その一人が畑中有紀子で、誰もが人気のある有紀子が

中心になるものと予想していたので、

観華子が中心になったのを仲間内では不審に思っていた。

実は、この事件の前にちょっとしたことが起きていた。

有紀子と観華子は学生時代からの親友だった。

有紀子が飼い犬のアリスを連れて、散歩に出た折、

道路の向かい側に観華子がおり、観華子を目にしたアリスが

有紀子の手元を離れて道路を横断。

ところが運悪く車がやって来る。

若い男女が乗った赤いロードスターで黒いソフトトップを覆っている。

アッという間にアリスを轢いて走り去る。

有紀子にとって忘れられない惨事だった。

殺人事件が解決されぬまま、しばらくしてさらに二つの

殺人事件が起きる。

それぞれ別々の事件のように見えたが、三つの事件は

関連していることを、名探偵浅見光彦は突き止める。

繊維会社が新素材として大々的に売り出した、

「フリージアスロン」と呼ばれる生地の噴射装置は

繊維会社内で発明されたものではなく、

外部の人間の発明したものである疑いが出てくる。

盗用し特許出願したということが見えてくる。

光彦の鋭い推察と素早い行動により殺人犯が絞られて行く。

この噴射装置の特許が三つの殺人事件の起因である。

やがて殺人事件は終息を迎えて幕となる。

物語はこれで終わるのだが、

装置を発明した人間はどうなるのか、

すでに申請受理された特許はどうなるのか、

知りたいところではある。

発明した人物は妻に離縁され、1人で貧しい生活を強いられ、

しかも別れた妻は設計図面などの書類を盗み出す

手立てをした末、殺害されてしまう。

救われないまま話を終わっている。






by toshi-watanabe | 2017-09-04 09:06 | 読書ノート | Comments(0)