折々の記

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朝井まかてさんの新作「眩(くらら)」を読み終える。
長編小説で、読むのに結構骨が折れるが、
すっかり物語に引き込まれ、感動の余韻を残しつつ読み終える。

本の帯にはこう書かれている。
北斎の娘にして〈江戸のレンブラント〉、
天才女絵師・葛飾応為の全身を絵に投じた生涯。
「眩々するほどの命の息吹を、あたしは描く。」
偉大すぎる父・北斎、兄弟子・溪斎英泉への叶わぬ恋、
北斎の名を利用し悪事を重ねる甥――人生にまつわる面倒ごとも、
ひとたび筆を握れば全て消え去る。
北斎の右腕として風景画から春画までをこなす一方、
自分だけの光と色を終生追い続けた女絵師・応為。
自問自答する二十代から、傑作「吉原格子先之図」に至る
六十代までを、圧倒的リアリズムで描き出す。

死ぬまで筆を握り浮世絵を描き続けた葛飾北斎は
享年90歳の長命を全うした、江戸時代末期の名だたる浮世絵師。
北斎の三女として生を受けたのが、この小説の主人公、お栄である。
お栄は幼いころから、父親のそばにいて、父親の描く姿を目にし、
自らも絵筆を握るように。
母親の小兎(こと)が心配して、お栄は22歳の時に
東神田橋本町で水油屋を営む商家の次男で、
南沢等明という画号を持つ町絵師の吉之助のところに嫁ぐ。
家事が不得手で、子もなさなかったお栄は3年後実家に戻る。

お栄は北斎工房で、北斎の弟子らに交じって、
父親の画業を熱心に手伝う。
下級武士の子だった池田善次郎は絵師を志し、
北斎工房にも顔を出すようになり、お栄とも気心が通じる。
善次郎は浮世絵師とともに狂言の戯作者としても名を成し、
溪斎英泉を名乗り、妻をめとるが、お栄との仲は続く。

北斎は70歳を前にして、酒も飲まないのに中気で倒れる。
柚子の卒中薬で無事回復する。
ところが、その直後看病の疲労もたまったのか、
北斎の11歳年下の妻、小兎があっと言う間に亡くなる。
その後、北斎を杖を突きながらの生活だが、
信州の小布施まで出かけたり、浮世絵を描き続ける。

物語の終盤、お栄は絵師、葛飾応為(おうい)を名乗り、
「吉原格子先之図」を手掛けている。
そこへ突然、溪斎英泉(善次郎)の訃報が届く。
葛飾応為(お栄)は通夜に出かけず。
北斎は野辺の送りには顔を出すように、娘のお栄に強く言う。
親子の言い合いが続き、お栄はやっと重い腰を上げる。
場所もわからず出かけたお栄は、高札場の近くで人に尋ね、
楓川に架かる海賊橋を渡ったものの、走る事が出来なくなり、
足を投げ出し座り込んでしまう。
無様な女で何もかも間に合わないと思っていたお栄の耳元に、
おりんの澄んだ音と僧侶の読経が聞こえ、
白い着物の一行が近づいてくる。
野辺送りだ。
お栄はいつしか、嗚咽しながら笑っていた。
列を見送り、裸足のまま空を見上げると、鰯雲が流れてゆく。
読み手に感動を与える、この場面の情景は圧巻である。

その1年後、北斎を長寿を全うする。
応為は最大の傑作と言われる「吉原格子之図」を完成。
やがてどこへともなく1人旅立つ。

葛飾応為の晩年は記録に残っておらず、
ほとんど知られていない。


カバー表紙絵に使用されているのは、葛飾応為の傑作「吉原格子先之図」そのもの、
東京渋谷区神宮前にある「太田記念美術館」所蔵である。






by toshi-watanabe | 2016-04-30 15:05 | 読書ノート | Comments(2)
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葉室麟さんの最新作「辛夷(こぶし)の花」を読み終える。
すっかり葉室ファンの身、この作品も読み始めると、
すっかり葉室世界に引き込まれ、一気に読んでしまう。

九州豊前(ぶぜん)、小竹(こたけ)藩の勘定奉行三百石の澤井家の長女、
志桜里(しおり)は船曳栄之進のもとに嫁いで3年になるが、
子に恵まれず、実家に戻っていた。
空き家になっていた隣の屋敷に小暮半五郎という
武士が年明けに引っ越してきた。
背丈は六尺を超える長身で肩幅も広い、
繭が太く、目は涼しげで整った顔立ちなのだが、
覇気を感じさせず、いつも穏やかな笑みを浮かべていた。

志桜里の父親で、澤井家の当主、庄兵衛は、
藩主、小竹讃岐守頼近から能力と実績を買われて
3年前、勘定奉行に取り立てられていた。
それには事情があった。
代々小竹藩の家老を務める安納、伊関、柴垣のご三家が
公金をひそかにわが懐に入れて肥え太っていた仕組みを暴くためで、
3年がかりで調べ上げる事が出来た。
また隣家に引っ越してきた半五郎も頼近に気に入られ、
郡方から加増されて近習役五十石となり、頼近の身近に仕えるようになった。
ご三家の始末を江戸のご老中に願い出るために使者として
役割を担うのが半五郎であった。

澤井家に新しい女中が深堀村からやってくる。
すみという16歳の少女だが、
村では10年前、強訴騒ぎが起こり、郡方の村まわりがなくなり、
村人からも死者が出た。
抗って、その場で斬られた百姓の一人が、すみの父親、
そして斬ったのが半五郎だった。
そこにはある事情があったのだが。

半五郎は10年前の事件後、己の刀に浅黄紘を結んだままにしている。
人は彼を「抜かずの半五郎」と呼んでいた。
半五郎が江戸へ旅立つとき、澤井家に出立の挨拶は無かった。
ただ、半五郎の家僕の佐平が、どこで伐ったものか、
辛夷の花がついた一枝を志桜里の元へ届けてきた。
志桜里は辛夷の枝を床の間の花瓶にそっと挿した。
辛夷の枝には、和歌が書かれた短冊が添えられていた。

「時しあればこぶしの花もひらきけり
  君がにぎれる手のかかれかし」

時がいたれば、蕾のころは、ひとのにぎりこぶしのような形を
していた辛夷の花も開く、あなたの握った手も開いて欲しい、
とはかたくなになって閉じている心を開いて欲しい、
という意だろう。

大団円というか、最後の場面は読者をぐいぐい引き込み、
終わりを迎える。
「生きていくうえでの苦難は、ともに生きていくひとを知るためのもの」
この物語は訴えているようである。
たおやかで凛々しく生きるヒロイン、志桜里おいう女性が見事に描かれている。





by toshi-watanabe | 2016-04-22 10:07 | 読書ノート | Comments(0)

福島バスツアーの二日目。

朝、宿の部屋からは安達太良山の頂付近に残る雪が見える。

すぐ下は谷川が流れている。

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朝食前の時間、宿の外に出てみる。

谷川に架かる橋には土湯温泉名物の大型のこけし人形。

そして足湯があるが、残念ながらタオルを持参せず。


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宿を9時に出発、バスは「花見山公園」に向かう。

以前から訪れてみたいと思っていた花見山は、

福島市内だが、自然豊かな山である。

個人の敷地内というから驚く。


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「花見山公園」公式サイトに書かれている

メッセージをそのまま転記したい。

大正15年、養蚕農家の副業として、畑に花を植え始め、

昭和10年に養蚕をやめ、本格的に花の栽培を始めました。

昭和11年、阿部伊勢次郎から家族に

「前の雑木林を花の山にすれば美しい山になる。

それは、農家でなければできない楽しみだ」

という話があって、それから15年ほど植え続けるうちに

山には花が増え、少しづつきれいになっていきました。

そして、山を見せてほしいという人が年々多くなり、

その時は家族の中において戸惑いが感じていましたが、

伊勢次郎の

「こんなにきれいに咲いていた花を自分たちだけで

楽しむのはもったいないなぁ、見たいと言って下さる方と、

一緒に楽しむのも良いのではないか」

という考えから、

昭和34年に花を見る山「花見山公園」として開放。

皆さんと一緒に楽しむようになりました。

現在阿部家の主は三代目、阿部一夫さん。

駐車場から15分ばかり歩くと公園の入り口。

入場料は一切なしである。

(後で聞いた話だが、バス1台あたり、1万円支払っているとのこと)。

残念ながらソメイヨシノの花はすでに散ってしまい、

全山桜という景色は見られない。

翹(レンギョウ)の木が多く、辺り一面黄色で埋め尽くしている。

これから花を咲かせる樹木もあり、

たっぷり2時間かけて、山を巡る。

菜の花。

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花桃、照手姫。

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黄花碇草。

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利休梅

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鬱金(ウコン)桜。

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花の終えた山茱萸(サンシュユ)。

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大葉紅柏(オオバベニガシワ)。

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翹(レンギョウ)。

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天の川(アマノガワ)桜。

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関山(カンザン)桜。

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木瓜(ボケ)。

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雪柳(ユキヤナギ)。

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辛夷(コブシ)。

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吾妻連峰の吾妻小富士方面を望む。

雪形の「雪ウサギ」が幾分残っている。

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紫木蓮(シモクレン)。

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山躑躅(ヤマツツジ)。

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御衣黄(ギョイコウ)桜。

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草の王(クサノオウ)。

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花の咲き終えた日向水木(ヒュウガミズキ)

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薄葉細辛(ウスバサイシン)。

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山吹(ヤマブキ)。

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出猩々(デショウジョウ)の朱い葉が色濃く映える。

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花見山を後にし、昼食は郡山で「名物三春そうめん」をいただく。

午後は、栃木の「いちごの里」に立ち寄り、

「とちおとめ」を美味しくいただく。

その後は一路東北道を通り、都内そして横浜へ。

横浜駅西口で降車し帰途に就く。

春の花を楽しんだバスツアーであった。


by toshi-watanabe | 2016-04-20 10:36 | 旅行 | Comments(0)

先週末、福島方面を訪れる12日のバスツアーに参加する。

15日(金曜日)早朝、町田駅前のバスセンターからバスに乗車。

横浜駅前からの乗客もあり、ベイブリッジを渡り首都高から東北道へ。

昼過ぎには、目的地の三春に到着する。

今回の目玉ともいうべき「三春滝桜」見物である。

磐越自動車道の船引三春ICからすぐのところ。

駐車場のところにゲートが設けられ、

開花期間中だけ入場料をとられる、一人300円也。

これは樹木の保守作業の費用に充てられる。

「滝桜」の所在地、正確には福島県田村郡三春町大字滝字桜久保地内、

それで「三春滝桜」と言われたのだろうが、

小さな紅色の花を無数に咲かせ、まさに滝が流れ落ちるかのように

見えるところから、そう呼ばれている。

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小高い丘の中腹に、ぽつんと1本、紅枝垂れ桜の樹木、

樹齢は1000年を超えている。

何度か自然災害により枝を失ったり、樹盛が衰えたり、

多難な道のりを経てきた、大きなごつごつした木肌の老木、

春の到来を待ち望んでいたかのごとく、一気に紅色の花を見事に咲かせている。


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今年は例年より早く44日ごろに開花、その後気温も上昇し、

1週間後には満開を迎え、今回訪れたときには、

特に下の方の枝の花が散り始めていた。

菜の花の黄色とのコントラストもきれいだ。


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丘の上には、山桜だろうか桜の木が数本あり、満開。

一時間半ほど、ゆっくりと「滝桜」を満喫した後は、

二本松市へ向かう。

「二本松城(霞ヶ城)城址」を見学する。

箕輪門、本丸跡が残る程度で、城の面影をしのぶことはできない。

付近一帯が「霞ケ城公園」となっている。

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本丸跡への山道を登る。

「二本松少年隊群像」(戊辰戦争の折に奮戦した少年隊の像)、

「土井晩翠歌碑」(桜の咲く季節に晩翠は当地を訪れ、

この地の情景を詠んでいる)。

「智恵子抄詩碑」(高村光太郎直筆、智恵子は二本松の

造り酒屋で生まれた。 生家には「智恵子記念館」がある)。
因みに、福島の銘酒で知られる「大七酒造」も二本松にある。

樹齢350年超と言われる「傘松」は見事である。

「八千代の松」とも呼ばれ、アカマツの巨木、

1本の幹から三方に枝を伸ばしている。

桜の名所なのだが、強風にあおられソメイヨシノの花はすっかり散ってしまう。


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宿は安達太良山の麓にある「土湯温泉」、

訪れるのは初めてである。

23年前に宿泊した、会津若松の「東山温泉」同様、

なんとなく寂れた感じで、以前はもっと活気があったのではと思う。

やはり原発事故の影響がまだ残っているのだろうか。

温泉につかり、一日の疲れをとる。

二日目に続く。。。。。。。。。。


by toshi-watanabe | 2016-04-19 09:03 | 旅行 | Comments(2)
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引き続き、内田康夫さんの著書「鄙の記憶」を読み終える。
この作品は、読売新聞社の依頼により、
1997年8月から1998年3月まで「週刊読売」に連載後、
一部加筆修正して単行本として、同年4月に読売新聞社から出版された。
その後、2000年11月幻冬舎ノベルスとして刊行され、
2002年4月に幻冬舎文庫、2006年10月に角川文庫に収録された。
本年3月、新潮文庫から新たに出版されたものを今回読む。

作品は2部に分かれている。
第1部は、静岡県大井川鉄道の寸又峡(すまたきょう)、
第2部は、秋田県雄物川の大曲(おおまがり)が舞台となっている。
それぞれで起きる殺人事件が何の関連もないように見えて、
実は繋がりがあり、名探偵、浅見光彦が事件解決の糸口を見つける。

最初にプロローグの部分があるが、
連載時にはなく、単行本として刊行される際に追加されたもの。
日本一ともいわれる大曲の花火大会の夜、
高齢の横居ナミは誘われたものの花火会場の河原には出かけず、
独り屋敷の縁側で、木の間越しに打ち上げ花火の競演を眺めていたところ、
突然二人連れの男たちが屋敷に入り込み、金庫に向かうが
ナミに気付き、襲い掛かり殺害する。

供島武龍という主人公が登場する。
この主人公の設定が面白い。
供島は滋賀県長浜の郊外にある浄土真宗の末寺の長男として生まれ、
僧侶を継ぐ立場にあったのだが、父親が嫌いで、勘当当然に家を飛び出し、
新聞記者になった。
所が父親がなくなり、母親から泣きつかれ、時々法事のために帰郷している。
今は静岡県島田市の通信部に籍を置き、女房の春恵とともに業務をこなす。
島田市役所記者クラブの仲間でテレビ局のカメラマン久保一義は
寸又峡へ写真を撮りに出かけるが飛龍橋の下で死体で発見される。
地元警察署では、事故死か自殺の線で捜査を開始するものの、
供島には久保は殺害されたものと推察する。
事件直前に、久保は供島の家に電話を入れるが、供島は留守で春恵が電話を取る。
その時に久保が言ったのが「面白い人に会った」。
この言葉が後までひっかかり、結局事件解決のキーワードとなる。

供島が個人的に久保の事件を調べていると、大間ダムに死体が浮きあがる。
ホテルの宿泊者名簿から、死体の主は川口元正という男。

そこへ浅見光彦探偵が登場する。
実は殺害された久保の未亡人、香奈美は光彦と高校の同窓、
文芸部で光彦の2年後輩だった縁で、
久保の死亡に疑問を抱く香奈美が光彦に調査を依頼したもの。
二つの事件は同一人物による殺害事件とみて、
警察署には邪魔扱いされながら、
供島と光彦は共同作戦で調べて行く。
久保と川口の間には接点が見つからないものの、
何らかのつながりがある予感を光彦は抱く。
川口というのは偽名で、実は大曲で起きた殺人事件の
実行犯と判明し、捜査は秋田県の大曲の警察署に移る。

光彦は問題を残したまま東京に戻り、
物語は第2部に移る。
久保は時々供島の家に遊びに来ることがあり、
供島は酔って機嫌のいい時には、大曲時代の
写真を久保に見せたことがある。
供島は大曲の通信部に勤務したことがあり、
久保が残したメッセージ「面白い人」が見つかるのではと、
大曲へ単身でかける。
ところが供島は大曲で殺害され、いよいよ事件は闇の中。
そして光彦探偵も大曲へ向かう。
真犯人を突き止めるまでの、
冴えた推理と事件の展開、いかにも光彦シリースの一冊である。




by toshi-watanabe | 2016-04-17 10:29 | 読書ノート | Comments(0)
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昨年11月7日がんのため満66歳で亡くなられた、
宇江佐真理さんの遺作にして最後の長編時代小説
「うめ婆行状記」を読み終える。

朝日新聞夕刊に、本年1月12日から連載が始まり、
故人の遺志により3月15日を最後に未完のまま終える。
新聞で読まれた方も多いかと思う。
人生の哀歓、夫婦の情愛、家族に絆が綴られている
宇江佐文学の最高傑作だろう。
早くも朝日新聞出版から単行本として出版された。

場面は江戸時代、主人公のうめは商家伏見屋の娘、
望まれて北町奉行の同心、霧降三太夫の妻になった。
伏見屋は大伝馬町の酢・醤油問屋である。
二男二女に恵まれ、ひたすら夫や舅姑に仕えてくらして
来たものの、うめは婚家の窮屈な暮らしに
息苦しく感じていた。
子供たちを育てあげ、舅姑や夫を彼岸へ送り、
嫡男の雄之助が妻子を得て家督を継ぐどころを見届けるまでは、
不平不満を腹におさめ、良妻賢母を演じてきた。

うめは念願の一人暮らしを始める決意をする。
うめの弟市助が瓢箪新道に空き家を見つけ、
その仕舞屋に移る。
庭に大きな梅の木があり、隣人の助けを得て、
梅干しづくりを始める。
一人暮らしのうめのまわりで、季節の移ろいと共に
様々な出来事が起こる。
盂蘭盆があり、祝言があり、弔いがあり、
親子、夫婦、隣人、喧嘩も、許されざる恋も、病も。

伏見屋の主でうめの兄、佐平の一人息子、鉄平が
五つ年上の水茶屋の女、おひでと生さぬ仲となり、
二人の間には男の子まで。
甥の鉄平のために、うめが一肌脱いで、兄夫婦を説得し、
めでたく伏見屋に落ち着く。
日常のありふれた出来事が流れてゆく。

うめは病に倒れるものの、回復する。
未完のまま、物語はここで幕を閉じる。

宇江佐さんの生前、親密に付き合ってこられた、
同じ時代小説を書かれている諸田玲子さんが、
解説としてあとがきを書かれている。
宇江左さんの遺言がちりばめられた貴重な作品と
諸田さんは絶賛されている。



by toshi-watanabe | 2016-04-12 15:22 | 読書ノート | Comments(0)

満開の桜の花を満喫する


昨4月6日こちらでは、6日ぶりの快晴となる。
思い立って急遽、満開の桜の花見に出かける。
九段下で下車すると、そこはすでに千鳥ヶ淵、
思いは皆さん一緒と見えて、改札口から行列が続く。
何といっても、東京で最も美しい桜の景色である。

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千鳥ヶ淵を一周する。
のんびりとボートで花見を楽しんでいる人たちも。
アルコールの持ち込みは禁止、
上野公園のようなどんちゃん騒ぎはない。

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ほぼ一回りし、日本武道館の前まで来ると、
東洋大学の入学式がちょうど終了したらしく、
学生と保護者の皆さんで大混雑している。
すっかり雑踏に巻き込まれ、思うように前へ進めない。
これはタイミングが悪すぎた。

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とても昼食をとるどころではなく、
表参道に出て、新潟県の物産館、「ネスパス」へ行く。
ここには食事処「新潟食楽園」がある。
遅い昼食になったが、新潟名物のへぎそばを美味しくいただく。
ついでに物産館で、鶴齢の4合瓶(純米吟醸)を1本買い求める。

満開の桜をすっかり満喫した1日だった。



by toshi-watanabe | 2016-04-07 11:07 | 季節 | Comments(4)
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内田康夫さんの著書「氷雪の殺人」を読み終える。
ご存知名探偵、浅見光彦シリーズの一冊。
本作品は、平成10年10月から11年7月までおよそ40回にわたり、
「週刊文春」に連載され、
その後平成15年11月、文春文庫より、
平成19年4月、角川文庫より刊行されているが、
今回手に取ったのは、本年2月に祥伝社文庫として出版されたもの。

この作品が書かれたとき、浅見探偵は日本全国くまなく訪れていたが、
北海道に関しては、旭川より北にはまだ足を運んでいなかった。
稚内港からフェリーで渡る利尻島から物語はスタート。
私自身も礼文島とともに、利尻島には何度も訪れており、
利尻山(利尻富士)は実に美しい山である。
主人公は美しい利尻山と利尻昆布、そしてこの美味しい昆布を食べて
成長するウニを楽しみに利尻島への取材に出かける。
利尻や礼文で食べるバフンウニは最高の味である。

利尻山は標高1,721メートル、すそ野を長く引いた美しい山だが、
八合目からは急峻、岩盤厳しい山である。
本格的な登山装備が必要である。

浅見探偵が利尻島に出かけるのには、ある目的を携えていた。
光彦の兄、陽一郎は父親代わりでもあるが、刑事局長の要職にある。
その兄が政府高官から光彦名指しで、調査を依頼された。
利尻山の六合目で、東京のエリート会社員が不慮の死を遂げたが、
環境証拠が見当たらず、事故死か自殺と推察され、
結局地元警察では自殺として処理されていた。
警察には内密で、この不慮の死について調べることになる。
現地に渡った光彦は、調べを進めるうちに殺人であることを確信する
ものの、容疑者の姿が全くつかめぬまま時間は過ぎる。

殺人事件の推理小説で始まった、この作品だが、
読み進むうちに、全く異なる方向に進行して行く。
当時北朝鮮が、弾道ミサイル、テポドンを発射して、防衛庁の対応が
急を要す事態になっていた。
日本の防衛庁では、このミサイルが三陸沖に落下した事実を確認できず、
韓国からの情報で初めて知るという極めて弱体な状況。
防衛力の増強が緊急を要することとなった。
日本の北の守りということで、
利尻に防衛情報基地を設ける計画も浮上し、
殺害されたエリート社員はその調査のために
利尻山に登ったことが後で判明する。
殺人事件から段々ややっこしい話に進展。

殺害される前に、「プロメテウスの火矢は氷雪を溶かさない」
という謎の言葉を残し、一枚のCDを知人に送っている。
CDには演歌「氷雪の門」(星野哲郎作詞、市川章介作曲、
畠山みどりが歌っている)。
ところがCDには、歌とは別にデータが保存されており、
驚愕のメッセージが隠されていた。
防衛庁と業者との癒着が表面化する証拠資料となり、
防衛庁幹部による汚職事件が明るみに出る。

著者は書かれているが、
作品のテーマに至るもう一つの入口は、
稚内の丘で見学した「氷雪の門」と「九人の乙女」の
悲劇を追悼する碑であるとし、(私も見学している)
この作品を「氷雪の殺人」と命名したのは、
その時の直感によっている。
さらにこう書かれている。
稚内市内にはロシア人の姿が多かった。
湊には赤さびたロシアの貨物船が停泊し、
ラーメン屋はロシア人の客で賑わっていた。
よく晴れた日には宗谷岬からサハリンが望めるそうだ。
文字通りの一衣帯水、外国と向き合っていることを実感する。
私も全く同感である。

北朝鮮の挑発が続いている現状を考えながら、
この作品を読み終える。

作品の幕切れは、殺人事件の黒幕と思われる高官とその部下の実行犯が
乗った航空機が消息を絶ち、事件は闇の中。



by toshi-watanabe | 2016-04-01 09:54 | 読書ノート | Comments(0)