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澤田瞳子さんの新作「与楽の飯」を読み終える。
一昨年末から今年初めにかけて、「小説宝石」に
掲載された作品を纏めて、この度単行本として出版された。
サブタイトル「東大寺造仏所炊屋私記」とある通り、
時は奈良時代、聖武天皇が命じた東大寺大仏造営事業の話である。

普段見慣れない言葉や人名が次から次に登場し、
最初読み始めても、なかなか物語に入り込めない。
労役に当たるため、故郷から造仏所に徴発されてきた、
主人公の若者の名前は真楯(またて)という。
また造仏所炊屋(かしきや)の炊男(かしきおとこ)は
宮麻呂(みやまろ)という。
他に登場する人物には、馬馗(うまくび)、鮠人(はやと)、舎薩(しゃさつ)、
乙虫(おとむし)、小刀良(ことら)、小槻(おづき)、猪養(いのかい)、
牟須女(むすめ)、若狭売(わかさめ)、朱元珞(しゅのげんらく)、等々。
奈良も寧楽が使われている。

大仏造営にあたり諸国各郷から3年に1度、50戸ごとに2人づつ、
なるべく体力のある若者が作業場に招集されて来る。
近江国高島郡角野郷から選ばれて召集されたのが21歳の真楯である。
こうした役夫(えきふ)を仕丁(しちょう)と呼び、
仕丁頭の指示のもとに作業にあたる。

きつい作業をしながら楽しみなのが飯場でとる食事。
飯場を炊屋(かしきや)と呼び、料理人を炊男(かしきおとこ)という。
真楯たちの働く作業場の炊屋の炊男である宮麻呂は料理の腕がよく、
すっかり評判になっている。

物語は真楯とその仲間、仕丁頭の猪養、そして炊男の宮麻呂を
軸に進行し、最初から終わりまで、造仏作業場で繰り広げられる。
最初読みづらい物語も、途中からがぜん面白くなる。
大仏、毘盧遮那仏の鋳造が当時いかに大変な大事業であったかと、
今更ながら痛感する。
主人公も次第に仏とは何かに気付いて行く。
最後の場面の描写は感動的で、秀逸である。

前回読んだ「若冲」同様、非常に丁寧に書き込まれていると思う。



by toshi-watanabe | 2015-08-30 09:09 | 読書ノート | Comments(0)

群馬・新潟方面へ

お盆の時期、8月9日に出かけ、18日に帰宅する。
今回も朝6時過ぎには出発、東名から環八で都内を抜け、関越道に入る。
多少の渋滞はあったものの、ほぼ予定通り群馬倉渕に着く。
途中高坂SAで休憩、簡単に朝食を済ませ、
榛名町のパワーセンター(ショッピングセンター)で買い物をする。

1ヵ月以上いないと、この時期雑草は猛烈な勢いで伸び放題。
前回藤棚を解体し、藤の木を根元で切っておいたのだが、
根元から新しい藤の蔓が辺り一面に伸びている。

下の方に住んでおられる、Mさんの奥さんが農家を手伝いに行っておられ、
朝どりの作物で売り物にならない規格外のものを持ち帰られ、
その一部をご親切に持ってきてくださる。

秋桜や秋の花は、まだこれからで、咲いている草花も少ない。

紫苑(しおん)。

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藤袴(ふじばかま)。
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百日草。
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花虎の尾(はなとらのお)。
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黄花コスモス。
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秋桜(コスモス)の走り。
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待宵草(まつよいぐさ)。
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朝顔(あさがお)。
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擬宝珠(ぎぼしゅ)。
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昼顔(ひるがお)。
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男郎花(おとこえし)。
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百日紅(さるすべり)。
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葛(くず)の花。
大分ボケてしまう。
葛の蔓も果てしなく伸び放題である。
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高砂百合(たかさごゆり)。
まだ咲き始めたばかり。
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12日に義妹のT夫妻がやって来る。
一晩泊り、翌日車2台を連ねて一緒に越後湯沢へ向かう。
倉渕から中之条、そして高山村とローカルの道を通り
峠を越えて月夜野ICで関越に乗る。
越後湯沢のかみさんの実家では、夕方日が暮れてからお盆の墓参りへ。
総勢17人ばかり集まリ、お参り後の夕食もにぎやかに。
だいぶ痛みのひどくなっていた仏壇と墓石を新調したばかり。
墓石には「萬霊等」とある。
新潟のこの辺りでは墓石には「萬霊塔」と彫られており、
「萬霊等」はその中でも格式が高いのだそうだ。
我々が通常見かけるのは「○○家の墓」と墓石に彫られているのだが、
地域独特の風習があるのだろう。
御燈明を持参し、墓前で点灯し、翌朝取りに行くのも面白いしきたりだ。

166人乗りのロープウェイに乗って「アルプの里」へ
高山植物の花を撮りに出かけようと思っていたのだが、
あいにくの雨が降り続き、今回は断念する。
15日には、我々だけ再び倉渕へ。

箕郷町在住のSさんの奥さんが娘さんと孫2人を伴い、やって来る。
朝どりの野菜を持ってきてくれる。
有難いことである。

後半は天候に恵まれず、高校野球をテレビ観戦したり、
読書三昧の生活となる。
晴耕雨読といったところだろうか。



by toshi-watanabe | 2015-08-23 10:35 | 季節 | Comments(2)

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幸田真音さんの著書「天佑なり」を読み終える。
この作品は新聞に掲載された後、2013年6月、単行本として出版。
今回手にしたのは、今年7月、角川文庫・上下巻として出版されたもの。
「だるま蔵相」と呼ばれた人物の生き様が見事に描かれ、
大いなる感動を覚えながら読み終える。

江戸城本丸の屏風の御用絵師、川村庄右衛門守房の子として
是清が生まれたのは嘉永7年(1854)、幼名を和喜次という。
その前年にはペリー提督率いる黒船が浦賀に来ている。
生後すぐ仙台伊達藩の足軽、高橋是忠のもとに養子入り。
高橋家では養祖母の喜代子が養育に当たり、和喜次の面倒を見る。
是清は後々まで、養祖母を敬い、そして面倒を見る。
小姓として寺に住み込み、10歳を迎えるころ、
当時、医師・宣教師として来日していた
ジェームス・カーティス。ヘボン(ヘボン式ローマ字記法を考案)が
横浜居留地に開いていたヘボン塾に通い始める。
13歳目前の慶応3年(1867)(明治維新の前年に当たる)、
外輪船コロラド号に乗船して横浜港を出発、サンフランシスコへ向かう。

これから是清のすさまじい人生が始まることに。
米国人家庭で下働きをしながら実践的な英語を身に着け、
その一方では様々な職業については失敗を繰り返す。
英語教師時代、英語を教える時は、言葉より先に握手(shake hands)を教える。
正式の学校教育を受けておらず、インテリではなく実践の人、
数多くの体験から身に着けた発想力、行動力はずばぬけている。
立派な体格で、人を圧倒するような風貌だったようだ。
酒は大好きで、大酒で失敗することも。

功なり高い地位を得て後、
後輩から頼まれて色紙などに書いた言葉が著書の中で紹介されている。

「閑雲野鶴(かんうんやかく)」
大空にゆったりと浮かぶ雲と広い野原で自由に遊ぶ鶴、
なにものにも縛られぬ自由な暮らしを謳歌している。

「心是為常楽」(心は是れ常に楽しみと為す)
心というのは、なにもくよくよ悩み惑うためのものではない。
心は、常に楽しみ、楽しませるためにこそあるものなのだ。
どんな苦難に直面しても、常に人生を楽しめと説いている。
おのれの運を信じ、楽観的に物事を見る、そこから開ける道があると。

是清は日銀総裁、第20代首相の座にも登りつめ、
何と7度の蔵相を担っている。
この作品を読んでいると、政府は財政難に苦しみ、
経済立て直しがうまくゆかない状況は、現在の日本そのものの
ではないかと痛感してしまう。
高橋是清が、その都度乞われて引き受け財政立て直しに
向かう姿には感動させられるし、現在の日本で最も望まれるのは、
第2の高橋是清ではないだろうか。

著者の幸田さんは「あとがき」で書かれている。

高橋是清に強く惹かれ始めたのは今から10年ほど前。
財務大臣の諮問機関、財政制度等審議会の委員だった頃、
会議の席でふと耳にした官僚の何気ない言葉がきっかけ。
膨れ上がる国の債務問題に頭を悩ます財務省が
海外にも日本国債の買い手を求めようと、
当時初めて積極的のIR(投資家向けの広報)活動を開始した。
「日本国債を海外で売ろうと頑張るなんて、
明治時代の高橋是清以来のことなんですよ」
担当者のそんな言葉は記憶に鮮烈に刻まれた。

執筆中は是清やご家族、周辺の主な登場人物を網羅した
巨大な年表と是清にまつわる資料を仕事部屋の壁一面に貼り、
入手した時折の写真も特大コピーし、何枚も壁に貼り、
まるで是清と暮らしているような感覚を抱いたと書かれている。

最後の蔵相就任はすでに81歳になる頃、予算を無事決着、
任務を果たして退任してすぐのこと、
昭和11年(1936)2月26日の朝は30年ぶりの大雪で、
一面15センチほどの積雪、しんしんとした早朝5時、
反乱兵士約100名が高橋邸に集結。
兵士の銃殺により、高橋是清は81年の生涯を閉じた。
私の生まれる前年に起った二二六事件である。

NHKテレビで、今月22日から5週にわたり、
ドラマ「経世済民の男シリーズ」が放映されるが、
その第1回と第2回は「高橋是清」である。
土曜日夜9時から放送開始です。
脚本はジェームス三木さん。
因みに第3回と第4回は「小林一三」、
最終回は「松永安左エ門」。
興味のある方は是非ご覧ください。



by toshi-watanabe | 2015-08-21 08:56 | 読書ノート | Comments(2)

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久し振りに平岩弓枝の著書を読む。
最近ハードカバーで出版されたばかりの「ベトナムの桜」である。

徳川幕府により「鎖国令」が布かれたばかりの江戸時代初期の話。
瀬戸内海に浮かぶ小島、高取島は花の名所として知られていた。
島の南側に広がる村落を囲むように桜樹林があり、
花の色は濃く、満開になると薄紅色の霞がたなびくような景色、
海上を通る舟人の目を楽しませた。

高取島には名家が二軒。
その一軒が高取家で、京の都から赴任する国司に代わって
政務を執り行う「目代(もくだい)」の家柄で、
実質的には島長(しまおさ)として、代々島を統治してきた。
ところが八代目の当主高取武右衛門が若くして病死。
跡目を継ぐのが長男、大介。
彼には5歳下の弟、次介がおり、仲の良い兄弟。
跡目を継ぐには、まだ若く独身の大介、
しかも先代の残した借財もあり、豪商の茶屋本家に頼み込み、
茶屋船(御朱印船)の水夫として、南の国へ出かける決意をするが、
腕白の弟、次介が船に乗り込む。

南シナ海の荒波にもまれながら、到着したのが大越の国
現在のベトナムである。
河口の港町ダナンから川を上り、ホイアンに落ち着く。
すでに明(清)との交易地として日本人も住み着き、
日本人町も形成されていた。
川を渡るために、日本人が橋を建設した「日本橋」も。
次介は現地の生活に次第に慣れて行く。

話がそれるが、過日テレビを見ていたら、大和田兄弟が
ベトナムを南から北へ列車で旅する番組が放映されていた。
現在、世界文化遺産に登録されているホイアンにも立ち寄る。
通称「日本橋」が画面に現れる。
もっとも現在の橋は全く和風ではなく中国風の橋。
日本人のつくった橋ではなく、のちに新たに建設された
橋と思われる。

「鎖国令」がますます厳しくなり、
海外に住む日本人が帰国するのが困難になりつつあった。
高取大介は、弟の次介を連れ戻すためにベトナムに出かける。
色々な困難を乗り越えて、ホイアンで兄弟は再会を果たし喜び合う。
愈々帰国の手筈が整ったところで、
次介は現地に残らざるを得ない事態が発生し、
大介のみが帰国の途に。

運命に翻弄される兄弟の絆を、海洋を舞台に
繰り広げられる人間ドラマである。



by toshi-watanabe | 2015-08-08 09:00 | 読書ノート | Comments(0)

日差しの強い、7月31日、「アール・ヌーヴォーのガラス展」を見学に出かける。
会場は新橋汐留、「パナソニック汐留ミュージアム」である。
この美術館を訪れるのは、今回初めて。
調べてみると、松下電工(当時)が収集・所蔵してきた、フランスの画家
ジョルジュ・ルソーの絵画作品を一般公開しようと、
2003年4月、東京本社ビルの建設を機に、ビルの4階にミュージアムを
開館したのが始まり。
その後何度か名称が変わり、2012年1月、「パナソニック汐留ミュージアム」となった。

新橋駅から汐留のビル群までは、地下が通じており、
外を歩かずに会場まで行けるのは助かる。
汐留地区にはモダンな高層ビルが立ち並んでいる。
浜離宮もすぐ近くである。

さて、「アール・ヌーヴォーのガラス展」である。

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欧州随一のガラス器コレクションで知られるデュッセルドルフ美術館に
寄贈されたゲルダ・ケプフ夫人のガラス器コレクションが、
ドイツ国外では初めてまとまった形で公開されたものである。
実業家のケプフ夫人は、最初単に美しい作品に魅かれて、ガラス器を購入していたが、
やがて旺盛な好奇心からガラスという素材の特質や技法を学び、的確に理解し、
優れた審美眼と洞察力で、アール・ヌーヴォーの本質を体現する
第一級のコレクションを築いていった。

第1章「パリ」と第2章「アルザス=ロレーヌ地方」に
大きく分けられた展示となっている。
第1章では、ジャポニズムを色濃く反映したパリのガラス工芸家たちの作品群、
約20点が展示されている。

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第2章は、フランス北東部、ナンシーを中心とするアルザス=ロレーヌ地方で
ガラス工芸家の作品群が展示され、約50点のエミール・ガレの作品、
ガレに協力したマイゼンタールの工芸家の作品が10数点、
さらにドーモ兄弟の作品40点などが部屋を分けて展示されている。
アルザス=ロレーヌ地方は、古くから手工業が盛んで、
森林資源、鉱物資源に恵まれた土地、ガラス制作には大変適した場所がらだった。
動植物を自然のままに表現し、花や風景を主なテーマとして
花器などのガラス器が製作された。
エミール・ガレの作品から。

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デズィレ・クリスチャンの作品。
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ドーム兄弟の作品から。
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19世紀末から20世紀初頭、フランスを中心に流行したアール・ヌーヴォーの
様式はガラス工芸のジャンルでも画期的な変革をもたらした。
曲線的な装飾文様とともに、植物や小動物を造形した
色彩豊かなガラス器には大いなる感動を呼ぶ。
今展示会の目玉は何といっても、エミール・ガレとドーモ兄弟の傑作の数々。
あらかじめ形づくられたガラス片を本体に溶着するマルケトリ技法により、
花や鳥、昆虫の生き生きとした姿を浮き立たせたガレは優れたガラス工芸家といえよう。

東京での展覧会は9月6日までで、
その後は名古屋、福岡、萩、高知へ巡回展示される。

上記の作品の写真は、パンフレットからスキャンさせていただいた。

出展作品リスト → http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/15/150704/pdf/list.pdf





by toshi-watanabe | 2015-08-01 15:07 | 一般 | Comments(4)