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作者の福原俊彦さん、ご存知の方は少ないと思います。
私自身、今回初めて知りました。
福原さんは1977年東京生まれ、昨年9月、時代小説
「裏門切手番頭秘抄」(全3巻)で作家デビューしたばかり。

物語は、若い旗本、篠山辰之丞が
書物奉行に抜擢されるところからj始まる。
書物奉行は、三代将軍徳川家光の頃に創設され、
江戸城紅葉山にある文庫を管理する仕事で、
今で言うなら国会図書館館長といった役どころ。
八万冊近くに及ぶ蔵書を管理維持するのが役目であった。

辰之丞が書物奉行に任じられたのは表向きの役目で、
実は剣の腕を買われ、田沼意次の密偵としての役目があった。

八代将軍徳川吉宗に関する新井白石の秘文書が絡んでくる、
なかなか興味深い筋書きである。

どんな次作を発表されるか、今から楽しみである。

因みに作者の福原さんは、榎本秋の筆名で、
歴史解説書や新書、評論を多数手掛けておられる。
主な著書に、「外様大名40家(負け組)の処世術」、
「身につまされる江戸のお家騒動」、「戦国軍師入門」などがある。




by toshi-watanabe | 2015-07-24 10:02 | 読書ノート | Comments(0)

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安部龍太郎の短編集「佐和山炎上」を読み終える。
2001年8月に「忠直卿御座船」として、刊行されているが、
今回改題して、角川文庫の一冊として発刊された。
九編の小品時代小説から成っている。

「峻烈」
朝倉を攻めた信長は、義弟の浅井長政の裏切りで窮地に立たされる。
裏切りの原因を調べるうちに、長政が「高貴の方」から密書を
受け取っていたことをつかむ。
内裏を巻き込んだ、さきの関白近衛前久の企てを破るには、
荒療治が必要と、信長は峻烈な意志を以って比叡山を焼き打ちにし、
僧俗男女3千人をなで斬りにしてしまう。

「玉のかんざし」
肥前名護屋城の城壁作りの普請場で働く伊奈正吉は
父親譲りの石工職人であるとともに、弩(ボウガン)の名手でもある。
対馬の領主、宗義智は朝鮮国王との交渉役を命じられたものの、
板挟みになって苦境に立たされる。
宗義智から話のあった秀吉暗殺を正吉は引き受け、釜山から名護屋へ。
その折に朝鮮人妻の玉かんざしを持ち去る。
秀吉暗殺の機会が到来、かんざしを加工して鋼の棒に、
鋭い矢尻が出来上がるのだが。

「伏見城恋歌」
関ヶ原の合戦の時、伏見城は宇喜田秀家を総大将とする
西軍に責められ、家康に留守居役を命じられた鳥居元忠は壮絶な討死に。
秀吉の正室ねねの甥で、若狭少将の異名を持つ木下勝俊は、
伏見城松の丸守護を命じられていたが、総攻撃の前に
退去したことから所領を没収される。
勝俊が退去した真相を説き明かし、その後文化人として勝俊が生きる側面を描く。

「佐和山炎上」
石田三成が持つ過ぎたるものとして、「島左近」とともにあげられる
名城「佐和山城」がテーマとなっている。
佐和山城は、関ヶ原の合戦後に東軍に攻められ、
三成の一族はことごとく戦死、又は自害するが、
生き伸びる三成の三男、八郎への忠義を貫いた八十島庄次郎の生き様が
見事に描かれている。

「忠直卿御座船」
大阪城落城の時に、秀頼が秘かに助け出され、
薩摩に落ち延びたとの伝説がある。
その伝説を踏まえての話である。
家康の次男、結城秀康の嫡男である松平忠直は、
大坂夏の陣で真田幸村を討ち取り、大阪城一番乗りを果たした。
この武勲が認められ、薩摩に落ち延びた豊臣秀頼を牽制する
鎮西将軍に任じられた(実態は遠ざけられたのだが)。
忠直が五百石積みの御座船に乗り込み、瀬戸内海を
九州へと向かう船の道中が描かれる。
嵐に巻き込まれ、忠直は正気を取り戻したかに見えるのだが。

「魅入られた男」
越前朝倉家の武士ながら、世の無常を感じで出家した僧が、
剣の腕と「平家物語」の知識を買われ、
京の豪商、若狭屋から不可解な依頼を受ける。
世にも不可思議な夜叉の話で、最後の土壇場、恐ろしい場面で終わる。

「雷電曼荼羅」
史上最強の力士、雷電為衛門が真の力士に生まれ変わる瞬間に着目。
人並み以上の肉体を持ちながら、気が小さい雷電。
力任せに角力を取り、相手に重傷を負わせてしまう。
師匠の谷風は、「張手」、「鉄砲」、「閂(かんぬき)」の三手を禁止する。
雷電を抱える出雲藩は、上覧角力での雷電と陣幕の勝負に、
高価な茶入れ、油屋肩衝(かたつき)を賭ける。
雷電は得意な三手を使うのを禁じられ、陣幕に敗れるものの、
この勝負を機に目覚める。

「斬奸刀」
土佐の出身で坂本龍馬の同志、岡田以蔵は幕末四大人切りの一人。
武市半平太の命を受けて、暗殺に手を染めたのが始まり。
道場では強くても、人を斬った経験がないので、
最初はそう簡単には人を斬れない。
「斬奸刀」と称される銘刀を手に入れ、暗殺者の道にのめり込んで行く。
龍馬とは全く異なる道に進むことに。

「難風」
ジョセフ・ヒコの著書「アメリカ彦蔵自伝」にも登場する、
英国総領事の傭人、ダンが主人公。
ヒコとダンは船乗りだったが、船が難破、漂流の末に米国の商船に救われる。
伝吉ことダンは、海外で苦労しながら働き、英語と新しい知識を
身に着けて、英国公使のオールコックの通訳として帰国。
武士を前にすると身構え、日本を捨てて英国に帰化することには
ためらいを感じてしまう。
そんなダンが、白昼、高輪の往来まっただ中で斬殺される。


従来余り日の目を見ない人物を表面に取り上げたり、
歴史上の仮説を元に筋書きを考えたり、
どの作品も、主人公が生き生きと描かれ、
大変面白いストーリーとなっている。


by toshi-watanabe | 2015-07-20 09:34 | 読書ノート | Comments(0)

暁斎展を見学する

昨7月14日、「画鬼・暁斎ーーKYOSAI
(幕末明治のスター絵師と弟子コンドル)展」を見学する。
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会場は東京丸の内「三菱一号館美術館」で、今回初めて訪れる。
英国人建築家、ジョサイア・コンドルが設計建てられた
三菱一号館は老朽化のため、昭和43年(1968)、解体されたが、
40年の時を経て同じ場所に、コンドルの設計図を基に新築、ほぼ原形を再現。
平成22年(2010)、「三菱一号館美術館」として新たなスタート。

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河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)は。江戸美術の最後を飾る名匠。
あらゆる分野の絵をこなした、幕末明治の絵師、暁斎に惚れ込み、
弟子入りした英国人建築家ジョサイア・コンドル。
二人の交流から、江戸美術の粋を後世に伝えようとする熱い思いが見えてくる。

絵師・河鍋暁斎(1831-1889)は江戸末期の天保2年(1831)、
下総國古河の武家に生まれた。 幼名は周三郎。
幼い頃より絵を得意とし、天保8年(1837)、6歳で浮世絵師の歌川国芳に入門。
9歳の頃、幕府の御用絵師を務める駿河台狩野家に移る。
20代前半には、様々な流儀の絵を模写して、自分のものにする。
20代後半、江戸琳派の絵師、鈴木其一の娘と結婚して独立。
幕末から明治にかけて、「画鬼」と称され、人気を博す。
暁斎の名声が不動のものになるのは、50歳を迎えた明治14年(1881)、
東京上野で開かれた第2回内国勧業博覧会へ出品した
水墨の花鳥図が、最高の賞を得たからだ。

「鹿鳴館」「三菱一号館」などの設計で知られる
英国人建築家ジョサイア・コンドル(1852-1920)は、政府に招かれ、
明治10年(1877)に来日、日本の近代建築に多大な功績を遺した。
コンドルは日本美術愛好家でもあり、暁斎の弟子入りして絵を学び、
師の作品を広く海外に紹介した。
今回の展示会場には、鹿鳴館の階段、手すりの一部が展示されている。
またコンドルが海外に紹介した、立派な暁斎作品集なども出展され、
暁斎の作品を調べる貴重な資料となっている。

出品作品の一部を紹介。

二曲一隻、屏風絵「大和美人図屏風」

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暁斎53~54歳の作品で、制作におよそ6カ月かけている。
日本の稲作の様子が丁寧に描かれ、また漆器や畳など、
日本独特の文化が描かれている。
ジョサイア・コンドルの旧蔵、現在は京都国立博物館に寄託されている。

二人は師匠と弟子の関係であると同時に、お互いを理解する良き友人関係でもあった。
日光などに写生旅行に度々出かけ、暁斎は手本を示して、コンドルに絵の手ほどきをし、
コンドルに「暁英」という名を与えている。
暁斎の「鯉魚遊泳図」とコンドルの「鯉之図」
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その他の作品の一部。
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約120年ぶりに、NYメトロポリタン美術館から里帰り、
展示されている作品も見られる。
上記の「うずくまる猿」も、その中の1点だある。
この展示会、前期と後期で、展示替えがある。
現在公開中の前期は、8月2日まで、後期は8月4日から9月6日まで。

余談だが、春画のコーナーもある。
未成年者にはオフリミット、カーテンで遮っている。






by toshi-watanabe | 2015-07-15 15:39 | 一般 | Comments(4)

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再び葉室麟さんの著書である。
今回読み終えたのは「おもかげ橋」。
この作品は2年前の1月に、既に刊行されているが、
今回、幻冬舎の時代小説文庫として、
装いも新たに発行された。

九州肥前の蓮乗寺藩で繰り広げられる騒動が発端で、
藩追放も同然の致仕となった幼馴染の二人の男が。
江戸に出て、既に十六年が経つ。

一人は剣の腕前は一流だが、その厳しすぎる指導のため、
道場には閑古鳥が鳴いている、まだ独身の草波弥市。
月に二度ほど、神田駿河台の笠井兵庫助守昌という
三千石の旗本屋敷で稽古をつけ、糊口をしのいでいる。

もう一人は武士の身分を捨てて、日本橋の丹波屋という
老舗の飛脚問屋に婿入りしている小池喜平次である。
既に家督を継ぎ、丹波屋の主人として、
見事経営を立て直し、問屋仲間でも重んじられている。

国許の勘定奉行の娘、萩乃がある使命を帯びて
突然江戸にやってくる。
弥市と喜平次にとっては萩乃は初恋の女性なのだが、
二人は頼まれて、萩乃の用心棒をすることになる。

藩のため、藩主の殿様のためではなく、
二人の男は萩乃のために、命を懸けて悪に立ち向かう。
武士は命懸けで、人を信じるものと、
儘ならぬ人生を哀歓豊かに描いている。

物語の終わりは、萩乃が主人と離縁し、江戸を出立し国許へ向かう場面。

弥市は日が昇ってから家を出て高田村へ向かった。
明け方までどうしたものかと考えてためらっていたため、
出るのが遅くなった。
俤(おもかげ)の橋のあたりに近づいたころ、
すでに昼ちかくになっていた。
「これは、いかぬ。 萩乃殿はもはや出立したかもしれぬ」
焦る気持ちはあったが、間に合わなければ、
それはそれでいたしかたがないと思った。
俤の橋にさしかかった時、
橋の上に町人髷の男がひとり佇んでいるのが目に入った。
後ろ姿を見ただけで、喜平次だとわかった。

「苦しかろう、せつなかろうな。 しかし、たんと苦しむがいい。
 それが小池喜平次の恋なのだ」
胸の中でつぶやいて弥市は空を見上げた。
大きな白い雲がぽっかりと浮かんで西へとゆっくり流れている。
あの雲は国許までたどり着くかもしれない、と弥市は思った。
俤の橋では、遠くを眺め遣る喜平次が心の奥で行きつ戻りつ、
思案に暮れて佇んでいる。

巻末には、文芸評論家の縄田一男さんが解説を書かれている。



by toshi-watanabe | 2015-07-11 09:13 | 読書ノート | Comments(2)

初夏、群馬の山里へ


6月28日から7月2日にかけて、群馬倉渕へ出かける。
ほぼ二カ月ぶりになる。
圏央道の一部開通により、東名、中央道、関越がつながって、およそ1年、
車の流れが多少変わったのか、都内の環八、以前ほど渋滞しなくなる。
高速料金の節約にもなるので、環八経由で関越に入る。

長年楽しんできた藤の花だが、竹製の藤棚がついに倒れる寸前。
ほぼ一日がかりで、枝を切り、竹を支えていた太い針金をはずし、
竹をバラバラにして片づける。
最後に藤の木を根元で切断、ぽっかりと空間ができる。

すぐ隣には、枝を大きく広げているハゼノキ。
秋には真っ赤な紅葉を見せてくれているが、あまり大きくならないうちにと
枝を剪定する。
ところが、ハゼノキの樹液がついてしまったらしく、
右腕がかぶれてしまう。
横浜に帰宅後、なかなか治まらないので、皮膚科に出かける。
最初は虫刺されだと思っていたのだ、樹液によるかぶれと診断される。
ハゼノキは漆の一種、一度かぶれると、アレルギー物質が体内に残存、
かぶれやすくなり、かぶれも段々ひどくなるとのこと、
今後はハゼノキに触れない。

雑草も伸び放題。
幸い晴れ間が続き、草刈りにも精を出す。
幾らか綺麗になったのではないだろうか。

咲いている草花などをまとめてみた。

蛍袋(ホタルブクロ)と白花山蛍袋(シロバナヤマホタルブクロ)。

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五色ドクダミと八重ドクダミ。
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山苧環(ヤマオダマキ)。
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山紫陽花(ヤマアジサイ)。
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紫陽花
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河原撫子(カワラナデシコ)。
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ストケシア。
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フランネルソウ。
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下野(シモツケ)。
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紫苑(シオン)。
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羽衣草(ハゴロモソウ)。
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山吹草(ヤマブキソウ)。
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昼咲月見草。

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捩花’ネジバナ)。
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紫露草。
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丘虎の尾。
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藪萱草(ヤブカンゾウ)。
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紫式部。
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コスモス一輪だけ早咲き。
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ユキノシタ。
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姫沙羅(ヒメシャラ)一輪。
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山茱萸(サンシュユ)と蝋梅(ロウバイ)の実。
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滞在最後の日は朝から雨が降るものの、午後3時ごろには雨も上がり、
晴れ間も広がる。
そして夕方、日が沈む前のひととき、素晴らしい夕焼けが見られる。
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無事帰宅の途に就く。




by toshi-watanabe | 2015-07-08 10:56 | 草花 | Comments(4)

カナダ旅行(ビクトリア)


6月12日は、日帰りツァーでビクトリアへ出かける。
今回のグループ7人一緒である。
往復に時間がかかるので、ホテルを朝早く出発。
フェリーターミナルに着くと、乗船待ちの車列に並ぶ。
乗船までしばらく時間がかかりそう、休憩所へ行く。
簡単な食事処と土産物の店が並んでいる。
色鮮やかなアイスクリームが何種類も並ぶ。
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愈々乗船、フェリーに乗り込む車の多さに驚かされる。
波は穏やかで、ほとんど揺れを感じない。
上甲板に出ると風が冷たく、ウインドーブレーカーなしではいられない。
片道約1時間半とのこと。
海の南東側の陸地は米国ワシントン州、フェリーは米加国境地帯を進む。
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ビクトリアの港に到着すると、待望の目的地、ブッチャート・ガーデンに向かう。

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1904年、セメント王として知られるロバート・ブッチャートの
夫人、ジェニー・ブッチャートが採石場跡地を美しい庭園に変えようと
試みをスタート、その後苦難を乗り越えて、見事な庭園に。
現在の敷地は22ヘクタール(約6万7千坪)の広さを有し、
サンクン(窪地)ガーデン、ローズ・ガーデン、イタリアン・ガーデン、
日本庭園、地中海庭園の五つのエリアで構成されている。

余りゆっくりしてもおられず、コースを決めて、園内を見学する。
一日かけても足りないくらいの見どころ満載。

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花のパンフレットも頂いたのだが、写真とマッチさせるには、
少々手間がかかりそうで、今回はギブアップ。
ヒマラヤ産のブルー・ポピーも見られる。
花々を堪能したブッチャート・ガーデンをあとに、昼食の場へ。
小さなマリーナに面した、「カヌー・ブリューパブ・マリーナ&レストラン」、
Canoe Brewpub Marina & Restaurant。
1894年に建造されたレンガ造りの発電所を、
そのまま利用して改装したパブレストランである。

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地ビール醸造所でもあり、地ビールをいただきながら、
サンドイッチをほおばる。

昼食後はビクトリアの中心地、ダウンタウンへ。
ビクトリアはBC(ブリティッシュ・コロンビア)州の州都であり、
州議事堂や博物館、それに名門のフェアモント・エンプレス・ホテルが立ち並ぶ。
直ぐ前はインナー・ハーバーと呼ばれ、穏やかな海沿いに遊歩道が続く。
歴史的な背景から、英国の影響が色濃く残る街並みである。
エリザベス女王の銅像は世界各地にあるが、英国以外の諸外国の中では、
一番美しいのがビクトリアの像だと自慢の種。
ビクトリアはガーデン・シティとも呼ばれる。

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二階建て観光バス、そして大道芸も。
ビクトリアでしばらく滞在するのもいいかもしれない。
再び、BCフェリーに乗船して、バンクーバーに戻る。

カナダ旅行シリーズはこれで終わり。







by toshi-watanabe | 2015-07-06 09:28 | 旅行 | Comments(6)


6月11日、スタンレー・パークの続きである。

入り江には、カナディアン・グースや水鳥。
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ハンカチの木、シャクナゲの花など。
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高木の上の方の枝に、アオサギが巣をつくり子育て中。
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町中に戻り、ギリシャ料理の店で昼食。

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バンクーバーの通りなどでよく見かける白い花の街路樹。
花の名前を教えていただいたのだが、失念してしまう。
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午後は、ご婦人たちのお供で、土産物ショッピング。

夕方、日の沈む前にイングリッシュ・ベイ・ビーチへ出かける。
サンセットの名所である。
未だ海水浴を楽しんでいる子供たちもいる。
原住民が建てたものだろうか、大きな石を組んだ造形物がある。
夕日が沈むのをあきずに眺める。
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ハマナスの花を見ながら宿に戻る。
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6月12日は、ビクトリアへの日帰りツァー(別途まとめる予定)。
6月13日、バンクーバーが最後となる日、
この日も終日、Fさんご夫妻のお世話になる。
ホテルの近くで見つけた土産物店のショーウインドー。

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Fさんご夫妻も関係している地元のコミュニティの方たちが年に一度、
開催されている広場でのお祭りに呼ばれて出かける。
フリーマーケットあり、各種催しあり、子供のための遊戯もいろいろ準備され、
馬車も出ている。
広場の横にある、由緒ありそうな邸宅は解放して、自由に見学できる。
本当に地元の人たちによる、地元の人たちのためのイベントで、
観光客は見当たらない。
皆さん、心底からエンジョイされている。
素晴らしい景色と、感動する。

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夕方、浜辺を散策した後、Fさん宅にお邪魔する。
部屋からはバンクーバーの湾内が見渡せる、素晴らしいお宅である。
カナダ旅行、最後の晩さん会となる。
Fさんご夫妻にこの紙面を借りて、改めてお礼申し上げます。

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by toshi-watanabe | 2015-07-05 16:06 | 旅行 | Comments(4)



6月10日バンフを出発、カルガリー空港から正午過ぎのフライトでバンクーバーへ。
バンフ(カルガリー)とバンクーバーでは時差が1時間。
1時間半の飛行時間だが、あっという間にバンクーバーに到着する。
現地の旅行業者の車に乗り、バンクーバー市内をさっと3時間ほど見物する。
海辺近くにあるグランビルアイランドに立ち寄る。
セメント工場だろうか、綺麗に装飾している。
面白いベンチも目に入る。
マーケットを覗くと、美味しそうなフルーツが売られている。
すこしばかり買い求める。
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チャイナタウン、ガスタウンなどを車窓から眺める。
ガス灯や花で飾られた街灯など。
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バンクーバーのシンボル、カナダプレイス、
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スタンレー・パークへ向かう。
トーテムポール・パーク付近だけを見学する。
(翌日、じっくりとパーク内を回る予定)
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パークから対岸のビル群を眺めたり、トーテム・ポールを見物し、
そのままバンクーバーの宿へ向かう。
エコノミークラスのホテルを選んでいたのだが、
なかなかモダンで立派なホテルなのに驚かされる。
42階建てで最上階には回転レストラン。
我々の部屋は31階にある。
最近よく使われているカードキーなのだが、
部屋に入るときだけでなく、エレベーターではこのカードキーがないと、
目的の階のボタンが押せない仕組みになっている。
セキュリティのためであろう。

わが部屋からの展望も素晴らしい。
夜景も最高である。
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翌朝、朝日で目が覚める。
再び部屋からの町の眺め。
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6月11日は終日、バンクーバー見物である。
前日夕方、ホテルのロビーに来ていただいた、
バンクーバー在住のFさんご夫妻が、朝迎えに来られる。
ご夫妻の案内で、先ずはスタンレー・パークまで歩いて行く。
町の中心、ロブソン通りに面したホテルは実に立地条件がいい。

バラード入り江に突き出た半島先端部の全体を占める
スタンレー・パークは400ヘクタール、日比谷公園の約25倍という
広大な公園である。
インディアンの所有地だが、政府が永久的に借り入れている。
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色々な草花が咲いている。
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可愛らしいお子さんたちがママさんとのんびり過ごしている。
のどかな風景である。
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バラ園を含め、いろいろな花が見られる。
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さらに続く。。。。。。。 → その2 






by toshi-watanabe | 2015-07-05 15:26 | 旅行 | Comments(0)


6月9日早朝、バンフの宿を出発する。
若者一人も同じ宿から同乗、さらに途中で若いカップルが加わり、
カナディアンロッキーの日帰りツァーは我々を含め10名となる。
バンフの町を出ると、道路の両側には広大な放牧場が続き、
牛や馬がのんびりと過ごしている。
カルガリーの町を横目に通り過ぎると、いよいよカナディアンロッキーへ向う。

国道1号線を西に向かって進む。
人家は全く見えなくなり、針葉樹林と岩山ばかりのハイウェイ。

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約60キロ走り、ジャンクションからローカルの道を5キロ進むと、
突然夢の世界かと思わせる、素晴らしい湖が出現する。
カナディアンロッキーの宝石とも称えられる「レイク・ルイーズ(ルイーズ湖)」である。

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湖の向こう側にはビクトリア山がそびえ、ビクトリア氷河から溶けた水が流れ込み、
明るいエメラルドグリーンの湖水はいくら見ていても飽きない。
レイクに面して建つのは名門ホテルの「シャトー・レイク・ルイーズ」。
15年前に旅行した時には、このホテルに泊まり、朝早く湖水に沿って半周、
氷河の近くまで歩いている。

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ルイーズ湖の景色を堪能して、ふたたび車に。
ジャンクションからは、ロッキー山脈の峰々を通り抜けるアイスフィールド・パークウェイに。
通行料金無料というのがいい。
日本の高速道路と異なるのは、トンネルも陸橋もないこと。
まっすぐ伸びる高速道路にさえぎるものはない。
アイスフィールド・パークウェイはジャスパーまで通じているが、今回の旅は途中まで。
所々に面白い形のブリッジが道路上に架かっている。
ドライバー兼ガイドさんの話では、野生動物の通路とのこと。
途中で、エルクと思われる鹿が数匹路上に現れる。
冬の時期、路上の融雪の為に岩塩がまかれる。
その塩分を舐めに動物たちが路上にやって来るらしい。
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暫く行くと、ボウ湖のほとりに出る。

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ボウ湖は、クロウフット、ボウ、ワプタという三つの氷河から流れ出る湖水で、
バンフの町を流れるボウ川の源流である。
クロウフット山が湖水の対面にそびえ立つ。
コルト・ヘッドとかエレファント・ヘッドと面白い名の花も見られる。

次いで立ち寄ったのが、ペイト湖。
山の中腹にある展望台から湖水を望む。
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ハイウェイ沿い唯一の休憩所による。

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今回ツァー最大の目的地である「アサバスカ氷河」へ向う。
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以前訪れた時にはなかった、新しい施設「グレイシャー・スカイウオーク」を体験する。
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断崖絶壁に設けられた歩道である。
下がガラス貼り、高所恐怖症の人は歩けないかも、
スリル満点、オブザベーション・デッキの真下は280メートルの谷底。

いよいよシャトルバスと雪上車を乗り継いで氷河の上に。

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アサバスカ氷河は、北極を除いて、北半球で最大の規模を誇る
コロンビア大氷原の末端部に過ぎない。
この大氷原から流れ出る水は、北極海、大西洋、太平洋の
三大洋に注いでいるとの説明を受ける。
用意したペットボトルに溶けたばかりの氷河の水を詰め込む。
流れる氷河の水はブルーの色をしている。

予定の目的訪問を終え、バンフへの帰途に就く。
途中で、のんびりとハイウェイ脇に現れた熊さんに遭遇したり。
夕刻には宿に到着する。

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宿で一休みした後、紹介していただいた、
宿のすぐ近くにあるステーキハウスに出かける。
当地では評判のアルバータ牛のビーフステーキ、美味しくいただく。
ワインもぴったり合い、皆さんすっかり平らげてしまう。

翌朝はバンクーバーへ向かう。


by toshi-watanabe | 2015-07-04 09:42 | 旅行 | Comments(2)