折々の記

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山本兼一の「おれは清麿」を読み終える。
山本作品の感動の一冊である。
月刊「小説NON」に「破邪の剣」と題して平成22年3月号から
平成23年9月号まで連載され、平成24年3月に単行本として刊行、
そしてこの4月、祥伝社文庫として出版される。
文庫本の帯には「天才刀工、波乱の生涯」と記載されている。
巻末には葉室麟さんの解説が付記されており、
「清麿は山本さん自身であり、鍛刀は人生そのもの」と書かれている。

江戸時代末期に活躍した名刀工の物語。
刀鍛冶の名前は、山浦環(やまうらたまき)、のちに源清麿(みなもときよまろ)。
文化10年(1813)、信州小諸藩、赤岩の郷士、山浦昌友の次男として誕生。
実兄の真雄は信州上田藩のお抱え鍛冶であった河村寿隆に鍛刀の基礎を学び、
優れた刀鍛冶となる。
清磨は、この兄に鍛刀のイロハを学び、才能が花開くことになる。
若くして近郷大石村の郷士、長岡家に婿入りし、一男を授かったものの、
普段の生活に飽き足らず、鍛刀への情熱も絶え難く、
妻子を残して江戸へ旅立つ。

時に弱冠20歳、鋭敏な感性を持つ、若き刀鍛冶に才能を見出したのが、
幕臣、窪田清音(くぼたすがね)。
清音は清磨が鍛刀に打ち込める作業場の環境を整え、
親身になって資金の援助をする。
清音の計らいで、古名刀に対峙する機会を与えられ、
また武器講で刀の注文を得、資金が集められ、
清磨は鍛刀の鍛錬を重ね、自らが理想とする刀の姿を追い求める。
刀の初銘は正行、のちに源清磨となるが、
この「清」は窪田清音の「清」をとったものと言われている。

清磨は2年程、萩藩にて鍛刀に打ち込むが、
あとは甲斐甲斐しく面倒を見てくれる女性とともに江戸で過ごす。
故郷の妻子の元にはついに戻らず。
嘉永7年(1815)、42歳の若さで江戸四谷の自宅で自らの命を絶つ。
絶頂期でもあり、その自害は謎とされているが、
本書では、体の大きかった清磨は大の酒好きで、
酒の飲みすぎが原因で肝臓がんになり、
最後は血を吐いて意識がなくなるところで、物語を終えている。

山本兼一は刀工には早くから関心を抱き、
平成19年に「いっしん虎徹」、平成21年に「狂い咲き正宗」を書いている。
刀工の小説を書くにあたっては、数多の資料を調べたり、
刀の専門家に話を聞いたりしている。
現代の名刀匠と称される河内國平さんからは、鍛刀を実地で基礎を学んでいる。
その間の事情を山本さんは、「仕事は心を叩け、刀匠・河内國平鍛錬の言葉」
という著書を書かれている。

源清磨については、吉川英治の「山浦清磨」と、
主人公ではないものの重要人物とし清磨が登場する
隆慶一郎の「鬼麿斬人剣」がすでにある。
山本兼一さんがこれらの著書を読んで、
「違う、これは清磨ではない」と思われたのではと、
葉室さんは推察している。

一昨年の平成25年、「生誕200年記念 清磨展」が
佐野美術館にて開催され、清磨の数々の銘刀が出展された。
この清磨展の準備も兼ねて、山本さんは山口県長門市の
村田清風記念館に出かけて、膨大な資料の調査に当たっている。



by toshi-watanabe | 2015-04-26 13:37 | 読書ノート | Comments(4)
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安部龍太郎の最新作「維新の肖像」を読む。
小さく英語で “Portrait of The Meiji Restoration” ともある。
月刊「潮」に2013年6月号から本年2月号まで掲載され、
今月ハードカバーで出版された。

父と子の二人の主人公により物語は同時進行する。

幕末、宗形幸八郎昌武(後の朝河正澄)は
二本松藩の江戸屋敷に藩士として仕える。
小野派一刀流の使い手でもある。
薩長の維新政府の意向に従い、
江戸の屋敷を引き揚げ、藩主丹羽長国は二本松藩の国元へ。
昌武も10数年ぶりにお国入りし、
やがて戊辰戦争に巻き込まれて行く。

昌武(正澄)の息子、朝河貫一は歴史学者として、
米国イェール大学に勤めながら、日露戦争後の日本の
動向に危惧を抱き、将来の禍機を予測していた。
上海事変、満州事変と中国への侵略を進める
日本の軍国主義を憂えていた。
現地では反日感情の高まる状況にあり、思いがけない事件に遭遇しながら、
貫一は父親の正澄が残した数多の資料を基に、
明治維新をテーマに小説を書こうとする。
「維新の肖像」である。

明治維新で失ったものがあるのではないか、それは何か、
描かれた朝河親子の生き様を通して、
我々に問いかけているのではないだろうか。

朝河貫一は実在の人物で、朝河貫一に関する
専門書も数多く出ており、安部さんも参考にされている。
貫一は明治6年(1873)、福島県二本松で生まれる。
旧二本松藩士の宗形昌武(朝河正澄)が父親である。
明治28年(1895)、大西祝、大隈重信、徳富蘇峰、勝海舟らから
渡航費用の援助を受け、米国に留学する。
ダートマス大学を卒業し、さらにイェール大学大学院を卒業。
やがてイェール大学の教授となる。

第二次世界大戦中も戦後も米国で過ごし、日本国籍のまま、
昭和23年(1948)、コネチカット州ニューヘイブンの地で永眠。
享年75歳だった。


by toshi-watanabe | 2015-04-18 09:28 | 読書ノート | Comments(5)
昨土曜日、4月11日は忙しい一日に。

朝から横浜の港へ出かける。
小雨が降り、風も強く、春とは思えぬ寒さ。
大桟橋に停泊中のピースボートの「オーシャン・ドリーム号」を見学する。
「飛鳥Ⅱ」や「にっぽん丸」のような豪華客船ではないが、
年に数度、世界一周クルージングを実施している。
総トン数は35,265トン。
全長205メートル、幅26.5メートル。
乗船客の定数は1,422人となっている。

あいにくの雨模様のため、デッキからの見晴らしもよくなく、
港の風景も霞んでいる。

見学後、県民ホールの6階にある
レストラン「英一番館」で昼食をとる。
幸い窓際の席に案内される。
窓からは港が一望できる。
天気がよければ、景色もきれいなのだが。

大桟橋に停泊中の「オーシャン・ドリーム号」。

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右手にはベイブリッジが見える。
手前の緑は山下公園の木々。
既に新緑、街路樹の銀杏も芽生え始めている。

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「英一番館(えいいちばんかん)」はフランス料理の店だが、
和食もメニューにある。
サラダバーがあり、サラダとスープのセルフサービスがあるのは有難い。
夜景も素晴らしいらしい。

さて腹ごしらえもでき、雨も上がり、
横浜公園に向かう。
丁度「スプリングフェア2015」が開催中。
4月10日から5月6日まで。
花と緑の園芸館など、仮設のブースができており、
展示会や山野草、鉢植え、つるや竹の手作りなど即売会が行われている。
満開の16万本のチューリップも見られる。
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三つ葉躑躅が1本花を咲かせている。

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噴水の前には。

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夕方は、社交ダンスのサークル活動がある。
5時半から7時までだが、6時半に途中で失礼する。

家内の姪が二人、越後湯沢から遊びに来ており、
横浜市内に住む家内の姉妹と連れ合いが集まり、歓迎の会食。
会場は霧が丘の「木曽路」。
この店、昼食では近所の仲間とよく利用しているのだが、
夜は初めてである。
10人が集まり、個室を事前予約済み。

土曜日ということもあるのか、満席である。
7人がしゃぶしゃぶのコース、3人が懐石コース。
皆さん、美味しい美味しいと大満足。
ちょっと食べ過ぎ気味。

他の9人は全くアルコール抜き、
私1人だけ、生ビールのあと、「大七」の冷をいただく。
3時間超、賑やかな集まりとなる。

何とも忙しい一日だった。


by toshi-watanabe | 2015-04-12 10:31 | 一般 | Comments(2)
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安住洋子の著書「春告げ坂」を読み終える。
この作者の作品を読むのは初めてである。
平成11年に「しずり雪」を出して時代小説作家として認められ、
この「春告げ坂」が5作目となる。
寡作の作家である。

サブタイトルに「小石川診療記」とある通り、
江戸時代の「小石川養生所」にまつわる物語。
八代将軍、徳川吉宗が江戸奉行の大岡忠相に命じて
享保の改革の一環として設立されたのが小石川養生所。
町医者の小川笙船が目安箱に貧民救済の訴えを投書したのが、
将軍の目に止まったといわれている。
享保7年12月、小石川御薬園内に小石川養生所が設立され、
肝煎りに笙船が任じられる。
幕末まで140年間、貧民診療施設として続く。
この笙船を主人公に描いたのが、
山本周五郎の「赤ひげ診療譚」。

ところで「春告げ坂」の主人公は、小石川養生所に勤める
若き医師、高橋淳之祐で、所内で診察、治療に当たりながら、
浅草向柳原にある医学館に通って、最新の医学を学ぶ。
高崎で生まれた淳之祐は、2歳の時に父親、結木誠太郎が
上士の身代わりになって切腹。
その後、母親は早世し、姉は若くして後妻に嫁ぐ。
淳之祐は身寄りもなく、故郷を離れて江戸に出、
町医者の高橋宋庵の養子となる。

養生所へは長い長い坂道を登らねばならない。
身寄りがなく、弱い立場に置かれた人間が集まるこの場所で、
淳之祐は日々奮闘する。
看護中間(看護士、介護士のような職)の伊佐次や鉄平、
病人食や洗濯などを担う下働きの女性たちも登場。

たとえ治る見込みがなくとも、罪人であろうとも、
その命は尊いと、淳之介は面倒を見る。
死人を出すと、担当医師の評価が下がるのだが、それも厭わない淳之祐。

当初の目論見とは異なり惨憺たる状況にあった
小石川養生所を、淳之介は見事に活きかえらせる。
評論家の縄田一男氏も称賛する通り、
命の尊厳さを描き切る傑作だろう。


by toshi-watanabe | 2015-04-11 15:28 | 読書ノート | Comments(4)

第1部の続きである。
国営越後丘陵公園(長岡駅から車で30分前後)の
センターに展示されていた鉢植えの雪割草。
色もとりどり、八重の花もある。

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屋内にちょっとした人工の岩山を造り、
一面に雪割草を植栽しており、見事な眺めである。

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最後の目的地、「雪国植物園」を訪れる。
自然の山地は雑木林となっており、
雪割草ばかりであなく、四季折々の草花が見られる。
此処も地元の有志の皆さんが、手入れをし保護活動をしている。
ボランティアガイドが1時間半ほどかけて案内してくれる。
雨の降る中、山道を上り下りする。
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雪割草は完全に花を閉じ、下を向いたまま。

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雪割草とオーレン。
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ショウジョウバカマ。
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イワウチワ。
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ナニワズ。
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オーレン。
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春蘭。
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水芭蕉。
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キクザキイチゲ。
すっかり花を閉じ、下を向いたままである。
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オオバキスミレ(?)。
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キバナノアマナ(?)。
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ホクリクネコノメソウ。
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カタクリも花を閉じたまま。
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ザゼンソウ。
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コシノコバイモ。
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クロモジ。
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マルバマンサク。
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キブシ。
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生憎天候には恵まれなかったものの、
長い冬から目覚め、新たな芽を出し、色鮮やかな花を咲かせる
草花や木々の花を観賞することができた。
活力を十分頂いたかのようだ。

テレビでも報じられていた、長岡駅を塒にし、
地元の人たちに大迷惑をかけている烏たちは
時間の関係もあるのか、目にしなかった。

帰途東京駅構内、中央コンコースにある駅弁やで、
夜食にと駅弁を買い求める。
全国から170種類もの各地名産の駅弁が、
普段山積みされている。
夕刻7時過ぎともなると、売り切れてしまうのか、
駅弁の棚がほとんど空っぽ状態。
やっと見つけたのが、幕の内弁当「たかたのゆめ」。
帰宅後、ビールを飲みながら頂く。
予想以上に美味しく、中身も上質、
牡蠣の照り焼き、鶏の照り焼き、いくらの醤油漬け、
銀鮭の塩焼き、ホタテの含め煮などなど、
丁寧に調理してあり。味も上等。

東日本大震災で被害を被った陸前高田で造られ、
昨年末から販売されている。
「たかたのゆめ」は新たに開発され生産されている米。
現地の皆さんの復興への努力を
思い描きながら美味しい弁当をいただく。

お勧めの幕の内弁当、
因みにお値段は1,200円也。



by toshi-watanabe | 2015-04-06 09:34 | 旅行 | Comments(0)
3月31日から4月1日にかけて、新潟長岡方面に出かける。
初日は上越新幹線に乗り長岡へ。
上毛高原駅を過ぎると、長い長い大清水トンネル。
川端康成の「雪国」に書かれている通り、
トンネルを抜けると、そこは越後湯沢、一面雪景色である。
そのあと浦佐辺りまでは、冬の景色が続く。
長岡に入ると、近辺には全く雪が残っていない。
宿の車で、長岡駅前から30分ほど山奥へ。
市街地を抜けて山道に入ると、次第に高く積まれた雪が目に入る。
山々は雪に覆われている。

宿は蓬平(よもぎひら)温泉の宿「和泉屋」である。
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蓬平は二度目、前回は別の旅館に泊まっている。
チェックインまでまだだいぶ時間があるのだが、
直ぐ部屋に案内される。
宿の付近を散策してみるが、木々には緑がなく、
草花も見当たらず、かろうじてカタクリの花を見つける。
ゆっくりと温泉に浸かる。
風の湯、月の湯、星の湯と大浴場があり、
それぞれに露天ぶろ、それにサウナや岩盤浴も楽しめる。

山菜を多く取り入れた品数の多い食事を堪能。
新潟の銘酒、「吉乃川」の冷も美味しい。
「笑顔」をサービスポイントにしている
宿の人たちの対応もすこぶる良い。

宿の部屋からの眺め、雪山。

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愈々2日目、「越後雪割草街道」を巡る日。
ところが朝から厚い雲が空を覆い、
宿を発つ頃には、雨が降り始める。
午前中は大した降りでなかったが、午後に入ると本降りに。

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午前中は柏崎まで行き、最初の目的地
「大崎雪割草の里」を訪れる。
此処は雪割草(実際はオオミスミソウ)の自生地の一部、
地元の有志の皆さんが、雪割草の保存を手掛けている。
日本海に面し、晴天ならば佐渡島が望める。
栽培作業所兼展示即売所となっているコーナーを見学する。

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種を蒔いてから、芽が出るのに1年、花が咲くのに3年かかるとか。
鉢植えの雪割草を販売している。
雪割草を見るために山道に入る。
此処は積雪がほとんどなく、越後でも雪割草が一番早く咲くので、
すでに花の時期も終わりに近づいている。
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ショウジョウバカマ。
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スミレ。
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オーレン。

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コシノカンアオイ。
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イカリソウ。
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春蘭。
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キクザキイチゲ。
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長岡に戻り、昼食後、二カ所目の目的地「国定越後丘陵公園」へ。
日本全国には国定公園(国土交通省管轄)が17カ所ほどある。
この越後丘陵公園は日本海側では指定された第1号。
広大な敷地の中、山地に雪割草を植栽し育てている。
残念ながら、雨足も強く、山道は滑り易く、登るのは中止。
センターの中での押し花づくり体験と鉢植えや地植えの
雪割草を見学しながら説明を受ける。
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押し花づくりで完成した作品。

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鉢植えの雪割草。

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あとは第2部に続く。。。。。。。



by toshi-watanabe | 2015-04-05 15:56 | 旅行 | Comments(0)

お花見


1週間前の3月30日、花見に出かける。
好天に恵まれ、まさに春爛漫、桜の花も満開に。
たまプラーザ駅から歩いて10分ほどのところ、
國學院大學たまプラーザ・キャンパスがある。
校舎とグランドの間に見事な桜並木。

我々のような高齢者、幼子を連れた若い家族、
保育園児のグループなど、
桜並木を散策したり、飛び回ったり。
既にベンチに腰を下ろして、弁当を開いている方も。

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朝の練習を終えて寮に帰りすがりの選手たち、
すれ違うたびに挨拶をしてくれる。
此方も気持ちよくなり、声をかける。
普段の指導がよいと見える。

学生食堂だろうと思われるが、
桜並木に面し、テラスも設けられカフェラウンジ「万葉の小径」があり、
丁度空腹でもあり、立ち寄る。
この時期限定の「花見弁当」を注文する。
結構なボリュームがあるものの、美味しくいただく。
お花見をしながらのランチである。
因みにお値段は、750円也。




by toshi-watanabe | 2015-04-05 11:38 | 季節 | Comments(0)