折々の記

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初めて小前亮(こまえりょう)さんの作品を読む。
書き下ろしの著書で、最近出版されたばかりの
「月に捧ぐは清き酒」、副題として「鴻池流事始」とある。
小前さんは東大大学院時代から歴史コラムの執筆をされ、
小説の処女作を出したのが2005年とのこと。

最近は講談を聴く機会もほとんどないが、
講談では悲運の英雄として取り上げられたのが
「山中鹿之介」。
尼子十勇士の筆頭に上げられ、
尼子家再興のために、
「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と
三日月に祈った逸話はよく知られている。

山中鹿之介とか山中鹿之助と呼ばれているが、
正しくは山中鹿介らしい。
この山中鹿介幸盛が尼子再興の望みを絶たれ、
無残の死を遂げた後、残された嫡男である
山中幸元の物語がこの作品である。

幸元は幼少の頃は新六と呼ばれていた。
父親の鹿介は、「月山富田城に尼子の旗を立てたら、
この子を迎えに来よう」と、
赤子の新六に乳母をつけて、叔父の信直に預ける。
生涯鹿介は新六の前に姿を表わす仕舞いとなる。
新六は両親の顔を全く知らずに、大叔父の信直夫妻に
大事に育てられる。
特に信直は武士としての文武の基本をしっかり教え込む。

やがて新六は立派に成長し、鹿介縁の大名の家筋から
誘いを受けるものの、武士への道を断る。
幼馴染のはなと所帯を持ち、商人への道へと着実に進む。
新右衛門と名を改める。
茶道用の炭、菊炭を考えだし、
炭焼き業者に製造を依頼、これが見事成功し
商売の軌道に乗ったところで、横やりが入り、
商売を横取りされてしまう。

次に考え出したのが日本酒である。
摂津国川辺郡鴻池村(現在の兵庫県伊丹市)で醸造を始める。
従来の濁酒風の酒から、現在流通している清酒を作り上げる。

さらに酒の味を損なわずに江戸までの輸送を工夫する。
鹿介の嫡男であることを隠す意味もあり、山中でなく鴻池を名乗る。

江戸時代以降続く豪商鴻池財閥の祖となる。
新右衛門とはなの夫妻は八男二女に恵まれ、
80年の長寿を全うする。
子供たちが鴻池財閥をその後築いて行く。

若手のこれからの作家だと思うが、
筆力も優れ、読み手を夢中にさせてしまう。
素晴らしい作品である。
by toshi-watanabe | 2014-06-26 09:23 | 読書ノート | Comments(2)
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本年二月、惜しまれて黄泉の世界に旅立った
山本兼一さんの著書である。

最近文芸春秋から山本兼一の「利休の茶杓」が出版される。
2011年から2013年にかけて、「オール読物」に掲載された
六編の作品が一冊にまとめられたものである。

「とびきり屋見立て帖」と副題がついているように、
道具屋の若夫婦、真之介とゆずの物語。
真之介が独立する前に修行していた道具屋の娘がゆず。
二人とも若いながら、なかなかの目利き。
時は幕末、尊王攘夷の激動の渦の中にある京都、
この道具屋夫婦を中心に話は展開する。
新鮮組も登場する。

「よろこび百万両」
銅屋(あかがねや)の大旦那、吉左衛門に頼まれて、
銅屋別邸の蔵にある茶道具などの目録書きをする場面で
物語は始まる。
吉左衛門は茶の湯の数寄者で、その折に、
一つの品を店に並べておいてくれと真之介に手渡す。
堆黄の菓子器で、真之介にも値打ちが判じかねる。
清国から日本に逃げてきた
高僧に話を聞くと、高僧は「堆黄値百万金」と書き、
いずれ故国の子孫が買い戻しに来るまで
大切に保存してほしいと頼まれる。

「みやこ鳥」
桂小五郎が手はずを整え、三条実美公が京の都を離れることに。
その折真之介とともに見送りに出たゆずが小さな風呂敷包みを渡す。
中には短冊と香合の箱。
短冊には「春にあふ心は花の都鳥 のどけき御代のことや問はまし」
古今著聞集の中に出てくる歌である。

「鈴虫」
鈴虫と銘のある茶碗の話。
楽焼の祖長次郎の黒茶碗である。
二代目常慶の黒茶碗、銘・春雷ト云の箱と
入れ替わっているのが判明。

「自在の龍」
同業の桝屋喜右衛門(もともとは武家らしい)から
明珍作の自在の置物を真之介は預かる。
茶の湯家元の若宗匠が龍の置物以外を買い取る。
龍だけは店に飾り、決して売らぬよう頼まれている。
店に飾られた龍の向きが長州藩士らの
連絡の役目を果たすことに。

「ものいわずひとがくる」
楽家十一代の茶碗の話。
これも銅屋吉左衛門に頼まれ店に並べる。
茶の湯の家元の宗匠が十一代による十一個そろった
楽家茶碗を見て、
「こういうええ道具は“ものいわずひとがくる”のや。
 なんの広めもせんでも、自然に人づてに伝わって、
 人がやってくる。 道具そのもの力やな」。
真之介は「ものいわずひとがくる」は丁度十音と、
道具屋の符丁に決める。

そして最後が「利休の茶杓」
種をもらったお礼に、朝顔を咲かせた竹垣の竹を削って
利休は茶杓をつくり、古田織部に贈る。
この茶杓をめぐる物語。

各作品ごとに読んでもよいし、全体を一つの作品と
捉えてもよい。
どれも心温まる、素晴らしい作品である。
by toshi-watanabe | 2014-06-15 16:05 | 読書ノート | Comments(0)

OB会で鬼怒川温泉へ

今月3日から4日にかけて、
年に一度のOB会があり、鬼怒川温泉に出かける。
初日はゴルフ・コンペが行われるが、
私はゴルフをやらないので、直接宿へ。

会場はきぬ川ホテル三日月」。
以前は「ニュー岡部」だったが、4年ほど前経営破たんし、
売却譲渡され「三日月」となる。
東武鉄道鬼怒川駅から歩いて数分のところ。
温泉風呂がいろいろとあり、風呂を梯子する。
幸運をもたらすという、「銀風呂」と「黄金風呂」も楽しむ。

参加者は13名と前回より少ない。
芸者さんを二人来てもらい、宴会も盛り上がる。
鬼怒川温泉もバブルの時期までは300人ほどの芸者がいたのだが、
今では9人しかいないとのこと。
二次会のカラオケまで付き合ってもらう。
最近はコンパニオンの利用が多いのかもしれない。
若いし、安上がりで済む。

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さて翌朝9時ごろホテルのロビーで解散。
私は予定通り、鬼怒川の上流にある「龍王峡」へ向かう。
宇都宮在住のSさんの車で入口まで送っていただく。

ところが生憎の霧雨、傘を差さないでいると体がじっとりとしてくる。
渓谷に足を踏み入れたものの、人影が全くなし。
この天候では観光客もハイカーも見えないかも。
リュックと雨具とウオーキングシューズ、
歩く準備はしてきたので、とにかく歩き始める。

先ずは虹見橋へ。

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虹見の滝が見える。

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霧で遠くがよく見えない。

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龍王峡は2,200万年前の海底火山の爆発により生じたと言われ、
奇岩、怪石など、豪快で迫力のある渓谷が続く。
「白龍峡」、「菁龍峡」、「紫龍峡」と
下流から上流に向かって、三つの峡谷から成っている。
川治温泉まで続いており、
以前、川治温泉まで歩いたことがある。

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竪琴の滝。

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いぜんとして全く人に会わず、少々心細い。
下野(しもつけ)の白花が今まさに満開。
雨滴に濡れてさわやかである。

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やっと茶店らしき小屋があり、何となくほっとする。
むささび橋を渡り、今度は右岸の山道を通って戻る。
暫くすると、ちらほら観光客とすれ違うようになる。
霧も腫れ、空も明るくなってくる。
上り下りが結構険しい山道で、
滑り易い岩場もあり、決して歩きやすい道ではない。

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再び虹見橋に出、龍王峡の入口へ。
茶店兼土産やの前を通りかかると、
店の親父がお茶を一杯飲んで行きなさいと、
熱いお茶を出してくれる。
美味しくいただいていると、
お新香だの甘く煮た黒豆まで出してくれる。
つい話し込んでしまう。
結局、黒豆の煮たのを3袋土産に買い求める。
by toshi-watanabe | 2014-06-11 16:02 | 旅行 | Comments(0)

初夏の上高地(その2)

明神から徳澤へ。
「ヤグルマソウ」、「オオバキバナスミレ」。

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明神から穂高連峰に連なる名峰の眺めは圧巻である。

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比較的平坦な山道を約6キロの行程を歩き宿に到着。
井上靖の小説「氷壁」に登場する山小屋である。
「氷壁の宿」として知られる「徳澤園」、
徳澤では唯一の宿である。
山小屋とは言え、6畳和室の個室があり、
綺麗に改装されている。

この季節、まだ薪ストーブの火が赤々と燃えている。
夜間はかなり冷え込む。
風呂は夜8時までである。
一風呂浴びて夕食。

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夜9時には消灯。

翌朝5時に起床、6時には朝食前に朝の散策に出かける。
早朝の気温、5度である。
「徳澤園」の入り口。

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ガイドさんの案内で新村橋《吊り橋)まで出かける。
さらに進むと横尾、涸沢に続く。

早朝の山の景色。

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徳澤園の前の「ヤマシャクヤク」、つぼみが大分膨らんでいる。

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キジバトが朝の散歩。

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巨木が立ち、テントも見える。

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徳澤園の裏側と清水の流れ。

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「シウリザクラ」 ?

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新村橋付近。

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1時間ばかりの朝の散策から戻ると朝食。

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愈々二日目の出発。
明神までは同じ道をたどる。

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明神橋に到着。

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この辺りの白樺がきれいだ。
若い白樺の木で枯れ木が見られるが、
猿が木の皮を齧ってしまうためと説明される。

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明神池、以前は無料で見学できたと思うが、
現在は拝観料をとられる。
穂高神社奥宮となっている。
明神岳が池面に逆さに映し出される。

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明神池見学後、梓川右岸を河童橋へ向かう。
木道の一部が昨年の大雨の被害で修復中、
迂回するところもある。
途中で大きな猿に遭遇する。
こちらを気にすることなく、
我々の横を悠然と通り過ぎる。
沼地が数多くある地帯でも。

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2日目は役8キロの行程、昼には河童橋に到着。
バスの出発まで自由時間となる。
梓川、明神岳を眺めながら
徳澤園特製の弁当をいただく。

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まだ時間があるので、河童橋から少しばかり奥の方を
散策する。

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「ヤマワサビ」、「コチャルマソウ」。

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鴨が泳いでいる。

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河童橋は、ハイカーや観光客でにぎわっている。

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翌日には「ウェストン祭り」開催の予定、
愈々北アルプスの登山シーズンが始まる。

新緑の上高地をすっかり満喫する旅だった。
by toshi-watanabe | 2014-06-10 11:15 | 旅行 | Comments(0)

初夏の上高地(その1)

5月末、新緑の上高地を訪れる。
現地のバスターミナルから河童橋へ。
白雪に覆われた明神岳などの峰々が眼前に広がる。

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河童橋を渡らず、梓川左岸をたどって上流へ向かう。
現地ガイドの山崎さんが我々20名一行を案内される。
初めに目についたのは、「オオカメノキ」の白い花。

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ついて「キジムシロ」の黄色い花。

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「エゾムラサキ」などの高山植物の花。

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「シロバナエンレイソウ」と「エンレイソウ」。

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「カタバミ」などの花に赤い実。

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今回最も期待していた二輪草が丁度満開、
どこまでも続く群生が見事である。

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林の中には古木も見られる。

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「ツバメオモト」、「クルマバツクバネソウ」など。

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梓川の対岸には化粧柳が芽吹き、
綺麗な緑色を見せている。

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「サンカヨウ」。

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「シャクナゲ」の花がひっそりと咲いている。
うっかりしていると見落としてしまう。

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「ラショウモンカズラ」など。

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明神で一休みして、さらに上流へ向かう。
雑木林が続く。

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。。。。。さらに続く→(その2)へ
by toshi-watanabe | 2014-06-10 10:28 | 旅行 | Comments(0)

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早見俊さんの書き下ろし作品
「常世(とこよ)の勇者」を読み終える。
「信長の十一日間」とサブタイトルがついている。

桶狭間の合戦で、二万五千人もの今川義元の大軍を相手に
その一割程度の兵力の織田信長陣営が
見事勝利を獲得し、戦国時代に名乗りを上げた。
その翌年、永禄四年(1561)、
信長は長秀、勝家、藤吉郎など50人余りを引き連れ、京にいた。
下京の四条西洞院、法華宗の巨刹、本能寺に逗留。

父親の道三を亡き者にし、美濃を手中にした
斎藤義竜とは信長は一戦を交える気はなく、
盟約を結ぶ仲介を依頼するために、
御所に参向し、時の将軍、足利義輝に拝謁するところから、
この物語は始まる。

幕府内で力を持つ松永弾正から
仲介の労をとるのに、茶器の名物「平蜘蛛の茶釜」を所望され、
公卿の山科言継(ときつぐ)の助言を受け、
信長一行は堺へ向かう。

桶狭間の合戦で信長は自軍に勝利をもたらせてくれたと
信じている「草薙の剣」が盗難に遭い、
これを求めて熱田神宮の巫女、若菜も堺へ。

「草薙の剣」に霊力が再び戻せるよう、
一行は伊吹山の麓、剣村へ向かう。
この村は薬草の地である。
十兵衛(のちの光秀)もこの辺りから登場し、
信長を助ける。

堺でも、剣村でも弾正の一派や、義竜の一派により、
信長の命は度々狙われる。
とくに剣村では、義竜の命を受けた
竹中半兵衛率いる一団に追い詰められ、
あわやという時、若菜が身代わりとなり、
さらには義竜が急死し、事態は急変。
この物語では義竜は毒殺されている。

ここに至り、信長はついに美濃攻めを決意する。
そして「天下布武(ふぶ)」を宣言する。
この「天下布武」を信長がいつから掲げ始めたかは、
史実では明らかではない。

信長を主人公にした小説は数多あるが、
新たな境地を開いた作品だと思う。
大いに楽しめる著書である。

早見俊さんの書き下ろし作品
「常世(とこよ)の勇者」を読み終える。
「信長の十一日間」とサブタイトルがついている。

桶狭間の合戦で、二万五千人もの今川義元の大軍を相手に
その一割程度の兵力の織田信長陣営が
見事勝利を獲得し、戦国時代に名乗りを上げた。
その翌年、永禄四年(1561)、
信長は長秀、勝家、藤吉郎など50人余りを引き連れ、京にいた。
下京の四条西洞院、法華宗の巨刹、本能寺に逗留。

父親の道三を亡き者にし、美濃を手中にした
斎藤義竜とは信長は一戦を交える気はなく、
盟約を結ぶ仲介を依頼するために、
御所に参向し、時の将軍、足利義輝に拝謁するところから、
この物語は始まる。

幕府内で力を持つ松永弾正から
仲介の労をとるのに、茶器の名物「平蜘蛛の茶釜」を所望され、
公卿の山科言継(ときつぐ)の助言を受け、
信長一行は堺へ向かう。

桶狭間の合戦で信長は自軍に勝利をもたらせてくれたと
信じている「草薙の剣」が盗難に遭い、
これを求めて熱田神宮の巫女、若菜も堺へ。

「草薙の剣」に霊力が再び戻せるよう、
一行は伊吹山の麓、剣村へ向かう。
この村は薬草の地である。
十兵衛(のちの光秀)もこの辺りから登場し、
信長を助ける。

堺でも、剣村でも弾正の一派や、義竜の一派により、
信長の命は度々狙われる。
とくに剣村では、義竜の命を受けた
竹中半兵衛率いる一団に追い詰められ、
あわやという時、若菜が身代わりとなり、
さらには義竜が急死し、事態は急変。
この物語では義竜は毒殺されている。

ここに至り、信長はついに美濃攻めを決意する。
そして「天下布武(ふぶ)」を宣言する。
この「天下布武」を信長がいつから掲げ始めたかは、
史実では明らかではない。

信長を主人公にした小説は数多あるが、
新たな境地を開いた作品だと思う。
大いに楽しめる著書である。
by toshi-watanabe | 2014-06-03 09:52 | 読書ノート | Comments(0)
5月27日から2泊3日の旅を楽しむ。
出掛けたのは那須高原で、宿泊先は「休暇村那須」である。
これで休暇村の利用は3カ所目となる。

東北新幹線の那須塩原駅前から休暇村まで
フリーシャトルバスの「リンドウ号」を利用する。
那須の温泉街からさらに山を登り、標高1,200メートルほどのところ。
茶臼山の中腹で、周りは何もなり高原にある。

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宿のチェックインまで時間があるので、
レストランで昼食をとり、
宿の裏山にある「小丸山展望台」まで登って行く。
展望を楽しむ。

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下の方には高原が広がり那須の街が望める。
上の方は那須岳、茶臼岳から朝日岳が連なり、
茶臼岳へのロープウェイが目に入る。

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まだ時間が大分あるので、宿から道を下り、
「弁天吊り橋」へ向かう。
この辺り、まさに新緑の季節である。

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夕方、温泉にゆっくりと浸かり、
品数の多いバイキング料理を味わう。

さて2日目は、朝食前に軽く付近を散策。
10時からは宿が提供の「那須平成の森散策」ツアーに参加する。
ガイドさんが案内してくれる。

那須高原は、あまり針葉樹が見当たらず、
ナラやクヌギの類の木が多く見られ、
特にミズナラの木が多いようだ。
他にはアオダモ、アオハダ、ダケカンバ、リョウブ、カラマツなどなど。
時折りハルゼミの鳴き声が。

那須岳は日本百百名山に選ばれている。
茶臼岳から、朝日岳、三本槍岳への登山が通常のコース。
朝日岳は那須連山の中でも唯一の鋭鋒で山姿が美しい。

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暫く谷川沿いに歩き、北温泉への道をたどり、
「駒止の滝展望台」へ。

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この滝の辺り、秋の紅葉の季節には、素晴らしい眺めが期待される。

平成20年まで那須御用邸用地として管理されていた広大な地域の
半分に当たる、約560ヘクタールの豊かな森が一般公開されることに。
平成23年5月22日、日光国立公園「那須平成の森」としてオープン。

4分の1が「ふれあいの森」として、
誰でも自由に散策できるが、
残りの部分は「学びの森」として、入場制限が設けられている。

森林地帯は手つかずのままになっており、
自然そのままの森が保存されている。

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トウゴクミツバツツは花のピークを過ぎている。
ゴヨウツツジ(シロヤシオ)やヤマツツジが今盛り。
サラサドウダン、アブラツツジが咲き始めたばかり。

幸い整備された森の中の山道を下って行く。
大木の幹には熊の爪痕も見られる。

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午後は茶臼岳ロープウェイで山頂へ向かう。
生憎強風のため、山頂の駅付近に一時滞在しただけ。
茶臼岳山頂付近はガレバで見るべきものは何もない。

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実はとんだ勘違いをしてしまう。
今満開の時期を迎えたゴヨウツツジを見ようと出かけたのだが、
ゴンドラ間違い。
茶臼岳山頂へ行くゴンドラではなく、
冬はスキー場となる「マウントジーンズ那須ゴンドラ」に乗らなければ
ゴヨウツツジは見られない。
バスの運転手さんに教えてもらい、やっと気が付く始末。
今回は後の祭り。

夕食後、宿ではオカリーナの演奏会が行われる。
演奏者は貝塚美智子さん。

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失敗もあったが、男4人、2泊3日のたのしい旅を終える。
by toshi-watanabe | 2014-06-02 16:41 | 旅行 | Comments(0)