オルセー美術館展を見学

6月17日の午後、国立新美術館で開催中の「オルセー美術館展2010」を見学。
国立新美術館は地下鉄「乃木坂」駅に直結しており、交通の便は良い。
パリのオルセー美術館では印象派などの展示室が改装中で、海外出展が可能となり、
今回日本において115点に及ぶ傑作絵画にお目にかかれる。
「ポスト印象派」と位置付けて、10のセクションに分けて展示している。

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パンフレットから作品を抜粋。
第1章は1886年以降の最後の印象派の作品。

ドガの「階段を上がる踊子」(1886-90年)
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モネの「ロンドン国会議事堂・霧の中に射す陽光」(1904年)
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第2章はスーラと新印象主義の作品。

スーラの「ポール=アン=ベッサンの外港・満潮」(1888年)
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第3章はセザンヌとセザンヌ主義の作品。

セザンヌの「台所のテーブル『篭のある静物』」(1888-90年)
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セザンヌの「サント=ヴィクトワール山」(1890年頃)
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第4章はトゥルーズ=ロートレック。

ロートレックの「女道化師シャ=ユ=カオ」(1895年)
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第5章はゴッホとゴーギャン。

ゴッホの「自画像(一部)」(1887年)
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ゴッホの「星降る夜」(1888年)
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ゴッホの「アルルのゴッホの寝室」(1889年)
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ゴーギャンの「『黄色いキリスト』のある自画像」(1890-91年)
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第6章はポン=タヴェン派。

第7章はナビ派の作品。

ドニの「木々の中の行列『緑の木立』」(1893年)
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ボナールの「格子柄のブラウス『20歳のクロード=テラス夫人』」(1892年)
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第8章は内面への眼差し。

第9章はアンリ・ルソー。

ルソーの「戦争」(1894年頃)
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第10章は装飾の勝利。

特注の室内装飾画で、
ヴュイヤールの「公園・戯れる少女たち」「公園・質問」
「公園・子守、会話、赤い日傘」
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かって現役時代、パリ出張の折に、ルーブル、オルセー、オランジュリーの
3美術館を一日かけて巡り歩いたことがある。
オルセー美術館はパリ万博の時に建造された駅舎だったところを
改装して美術館にしたもの。
数多くの印象派の傑作に圧倒される。
訪れた時、オルセー美術館で丁度昼になり、
館内のレストラン(ル・レストラン)で昼食をとる。
広いというより長方形に伸びたレストランは、
とにかく広々としており、天井も高い。
天井には素晴らしいフレスコ画が見られ、シャンデリアが下がっている。
窓からは外の明かりが入り、室内は明るい。
豪華な気分で食事をした記憶がある。
by toshi-watanabe | 2010-06-18 15:03 | 一般 | Comments(4)

伊豆へ出かける

今月13日から14日にかけて伊豆に出かける。
本年2度目の伊豆へのドライブ旅行。
前回と同じ姪の旦那が運転してくれる。
宿泊先は伊東市郊外の城ヶ崎の保養地。
緑の多い閑静なところで、別荘や保養施設が多い。

城ヶ崎海岸に立ち寄り、散策。
海岸に架かる吊り橋と吊り橋から岸壁を望む。

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続いて訪れたのが、河津町にある「かわづ花菖蒲園」。
道路際の看板が目に入り、立ち寄ることに。

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ここは花菖蒲を生産している花卉園で一部を開放している。
今年は5月1日から6月15日が開園期間。
園でいただいた案内チラシによると、
河津町の花菖蒲は、昭和6年に千葉の阿部一右衛門という人が、
峰温泉で温泉を利用して、早出しの栽培を手掛けたのが始まり。
現在では花菖蒲の全国4大生産地(京都、愛知、茨城、静岡)の
一つに数えられている。
河津桜が町の木、花菖蒲が町の花にそれぞれ制定され、
親しまれているとある。

花の時期も終わりのようで、花もまばらな感じ。

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今回の旅で一番楽しみにしていたのが、
下田にある「あじさい公園」。
かって戦国大名、北条氏が下田の小高い丘の上に
山城を築いた。
秀吉の大軍に攻められ落城。
今は城址のみ残っている。
この小高い丘(山)一面に今では紫陽花が植えられている。
下田公園として一般に公開されている。

10万坪の敷地には15万株、300万輪の西洋紫陽花、額紫陽花、
山紫陽花が埋め尽くしている。
その景色には圧倒される。

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下田港と町並みを眼下に。

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薮茗荷、蛍袋、泰山木の花。

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by toshi-watanabe | 2010-06-16 10:45 | 旅行 | Comments(4)

世田谷山観音寺

6月7日、強い日差しの中、世田谷山観音寺を訪れる。
東京世田谷区下馬にあり、地元では世田谷観音として
知られる、単立の仏教寺院である。
どの宗派の信徒でも受け入れる。
その点では長野の善光寺に似ている。
田園都市線の三軒茶屋と東横線の祐天寺のちょうど中間、
閑静な住宅地に位置する。

「神奈川の仏像を学ぶ会」(最近は神奈川県内
というより南関東から山梨、伊豆方面までをカバー)の
メンバー20名ほどで現地参拝見学会。
講師のEさんもご一緒。

境内入口では、ご住職の太田兼照師が出迎えられる。
観音寺の3代目住職を務められ、
境内も庭園もきれいに手が行き届き、
立派に寺院を維持されているのがうかがえる。
丁寧に説明をされ、院内を案内していただく。

正面入口の横に立つ寺院の門標。
吉田茂が揮毫したもの。

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すぐ左手に「さざれ石」が無造作に置かれている。
そして一対の狛犬が出迎えてくれる。
鉄製南蛮渡来の狛犬像は、清国四代康煕皇帝に
辛未年(1691年)に進献されたものと説明書きがある。

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仁王門には仁王像(金剛力士像)が立っている。
この像は平安時代後期(12世紀)の造作とされ、
重要文化財の指定を受けてもよい金剛力士像。
元々は新潟新津の寺に祀られていたようだ。

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仁王門を潜ると正面に本堂(観音堂)があり、
その裏側には階段を下りると裏門に出る。
境内を取り囲むように新緑の木々があり、
落ち着いた雰囲気を与える。
三鈷の松という珍しい松の木が1本、
そして桜の古木も多く見受けられる。

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観音堂に入り、ご本尊の聖観世音菩薩像に参拝。
脇侍には日光菩薩、月光菩薩、布袋尊、
マリア観音が安置されている。
本尊はかって、伊勢長島の名刹興昭寺(すでに廃寺)の秘仏
であったが、浅草寺にて開眼法要を営み、
現在は観音寺の本尊として祀られている。
天正年間(16世紀)に造立されたとある。
刀印を結んだ姿である。
日光・月光菩薩像は南北朝時代(14世紀)の作とされ、
本来は薬師如来像の脇侍である。
マリア観音像は隠れキリシタンが信仰していたもの。

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観音堂を出ると、すぐ右手に特攻観音堂、
世界平和の礎(吉田茂揮毫)、神州不滅特別攻撃隊の碑、
鐘楼などがある。
堂内には特攻平和観音尊像が祀られ、その胎内には
特攻作戦で若い命を犠牲にした2,615人の英霊の名が
奉蔵されている。
この梵鐘は数少ない貴重なもので、
豪徳寺の梵鐘よりも古く、
世田谷で最も古いものと言われている。

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阿弥陀堂に入り参拝。
ご本尊の阿弥陀如来像はまだ新しい。
両側には観世音菩薩、地蔵菩薩の脇侍像。
左甚五郎の作とされる鬼念仏、スポーツの神様とされる
韋駄天神、東方朔も安置されている。
さらに最も注目されるのが8躰の羅漢坐像。
この寺院には9躰祀られているはずだが。
以前訪れた目黒羅漢寺に安置されていた五百羅漢坐像
の一部である。
羅漢寺では撮影禁止だったが、
観音寺では許可いただいた。

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阿弥陀堂の堂宇は京都二条城から移築されたもの。
三層からなる建物は金閣寺を模したと言われる。
阿弥陀堂の向かい側に、六角堂がある。
堂内には、鎌倉時代の大仏師運慶の孫に当たる
康円の手による「不動明王ならびに八大童子像」が安置されている。
元は奈良内山永久寺(すでに廃寺)にあった秘仏で、
国の重要文化財に指定されている。
残念ながら28日にのみ御開帳で、
今回は拝顔はできず。

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境内の一部に旧小田原藩(大久保家)の代官屋敷の一部、
門と母屋が移築されている。
屋根は本来の茅葺が瓦葺に改造されている。
住職のご厚意で、この母屋の内部も見学。

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今度は個人的に六角堂参拝に
訪れようと思う。
帰りは仲間のKさんと三軒茶屋まで歩く。
途中で道を尋ねると、
地元の気さくな感じのおかみさん、
丁度行くところだからと駅の入口まで
町の話などしながら一緒に行ってくれる。
有難いことである。
by toshi-watanabe | 2010-06-09 11:15 | 寺院・仏像 | Comments(4)

5月2日、鎌倉長谷寺を後にして
すぐ近くの光則寺へ足を延ばす。
大勢の参拝客(観光客)でごった返していた
長谷寺に比べ、訪れる人もまばら、
いたって静かな境内である。
受付の人もおらず、自主的に100円納めるように。

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門前で時計草が目に入る。

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境内の山アジサイは咲き始めたところ。
唐種小賀玉の花も見られる。

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オオモミジの種子と定家カズラ、岩石蘭。

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アジサイを紫陽花と書いているが、
我々の先祖が適当に、この漢字を当てはめ、
そのまま使用されているらしい。
アジサイは日本にもともとあった植物の一つ。
江戸時代末期、シーボルトたちが
欧州に持ち帰り、欧州で盛んに品種改良される。
その後大正時代に日本に輸入され、
これを西洋アジサイと呼ぶ。
現在街中や公園で植えられ、花屋で売られている
アジサイが西洋アジサイ。
本来日本のものはガクアジサイと呼ばれ、
日本各地の山地で見られるアジサイを
山アジサイと呼んでいる。

アジサイは植えられている土の酸度によって、
色が変化する。
酸性が強いとより青色に、
酸性が弱くアルカリに近づく赤色に。
但し白色種は酸度に関係なし。

光則寺のあと収玄寺に寄るが山野草は見られず。
江ノ電の長谷駅から藤沢に出、帰途に就く。
すでに夕刻5時半を回る。
by toshi-watanabe | 2010-06-04 08:38 | 草花 | Comments(2)

山アジサイの鎌倉へ

山アジサイが咲き始めたと知り、
昨2日、鎌倉へ出かける。
乗り換えがあるので、鎌倉に着くまでに2時間近くかかる。

鎌倉駅を降り、広い若宮大路を通って鶴岡八幡宮へ向かう。
11時半を過ぎているので、八幡宮手前の
「峰本 本店」に入り、蕎麦で昼食をすます。
腹ごしらえもでき、八幡宮へ。
お宮参りはせず、大銀杏の後だけ見ると、
最初の目的地、鎌倉宮へ向かう。
大塔宮護良親王を祭神としており、大塔宮ともいう。

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本殿の裏側は「神苑・山アジサイ散歩道」を銘打って、
山アジサイが植えられている。
山の斜面だが、やっと花がちらほら咲き始めたところ。
途中には土牢の跡も見える。

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境内では鉢植えの山アジサイを展示即売。
一鉢買い求める。

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少々期待外れの鎌倉宮を後に、瑞泉寺へ向かう。
途中、今は亡き平山郁夫邸の前を通る。

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坂道を登り瑞泉寺に到着。
入口の受け付けで、鳩山首相と小沢幹事長の辞任を聞かされる。

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瑞泉寺は臨済宗円覚寺派の寺院である。
開山は夢想国師、広い庭園が広がる。
仏殿背後の庭園は国の名勝に指定されている。
色鮮やかな露草と庭石菖(にわぜきしょう)が目に入る。

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この庭園の山アジサイもまだこれからである。

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鎌倉駅まで歩いて戻る。
江ノ電に乗り、長谷駅で下車。
車の多い通りを歩いて、長谷寺へ。
大仏さんは見ているのだが、長谷観音は初めて。
過日訪れた奈良の長谷観音さんと見比べてみたい。

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鎌倉長谷寺は、正式には海光山慈照院長谷寺と号す。
ご本尊は十一面観世音菩薩像である。
当山の伝える縁起によれば、養老5年(721年)、
大和(奈良県)長谷寺の開山、徳道上人の本願に基づき、
楠の巨大な霊木から2体の観音像を彫像。
そのうちの1体が大和長谷寺のご本尊となり、
残りの1体は衆生済度の誓願が込められ、
海中へ奉じられた。
その後、この尊像が相模国の長井浦(横須賀市)に流れ着き、
鎌倉長谷寺のご本尊として祀られている。
像高3丈3寸(9.18m)に及ぶ最大級の木彫仏像だが、
大和長谷寺の観音像の迫力には及ばない。

境内にある「海光庵」では飲み物や軽食を供している。
お汁粉を注文するが、これがインスタントもので、
とても味わえる代物ではない。
窓辺からの眺めは抜群で、
由比ヶ浜を始め鎌倉のパノラマが楽しめる。

オモダカの花と、赤とんぼ。
黄花聖柳梅、下野(しもつけ)、岩煙草、
トリアシショウマ、更紗空木、蛍袋など。

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裏山には一面の山アジサイと西洋アジサイ。
だいぶ花も咲き始めていて、見ごろを迎えている。

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境内のお地蔵さん。

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by toshi-watanabe | 2010-06-03 16:24 | 草花 | Comments(2)