2泊3日の小旅行(その4)

長門湯本温泉は山間の静かな温泉地。
宿泊したのは、「湯元観光ホテル西京」、大規模な旅館のようだ。
部屋からは一面の緑が広がる。
くせのない温泉の湯で、大浴場の広いのがいい。
大浴場に行くのにエスカレーターがある。
エスカレーターのある温泉場は鹿児島の林田温泉もそうだった。
露天風呂も広くていい。
掛け湯などもある。

ツァーの仲間と広間に集まり会食。
どういうわけか添乗員さんは見えず。
だいぶ酒も回ってきたところで、一人が立ち上がり、
簡単に自己紹介をしようということに。
名前とどこから来たのか程度、他に言いたいことあれば追加して。
これでやっと、東京、神奈川、千葉、茨木、埼玉各地からの
参加者の集まりと判明。
本来添乗員がすべきことなのだが。
私と同じ神奈川県からは4組の夫婦。


最終日、3日目は岩国の錦帯橋へ向かう。
観光バスは錦川の河原に駐車。
名勝の錦帯橋を渡る。
数年前修理工事が終わったばかり。
山の上には小さな山城、岩国城が見える。

錦帯橋を渡ると吉香公園。
岩国も城下町、長屋門なども残っている。
花菖蒲園の花菖蒲はすでに盛りを過ぎている。
大噴水があったり、天然記念物の白蛇も観覧できる。
佐々木小次郎のツバメ返しの銅像も。

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岩国を後にし、最後の観光地、安芸の宮島に向かう。
日本三景、安芸の宮島、私にとっては何度も訪れている場所。
現役時代、海外からの客と広島に来るたびに、
宮島を案内してきた。

海上に立つ朱塗りの木造鳥居、懐かしい風景である。
20分ほどで船は島に到着。
鹿の出迎え、観光客が大勢来られている。

島のガイドが厳島神社を案内してくれる。
太い柱はヒノキに麻布を巻いて漆塗りしたものと初めて知る。

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神社の裏山へちょっと登ったところに千畳閣(豊国神社)と
五重塔が建っている。
千畳閣は入母屋造りの大経堂で、床に畳を敷くと857畳にもなることから
千畳閣と呼ばれるように。
建立を命じた豊臣秀吉の死によって、天井や入口などが未完成のまま、
現在にいたっている。
とにかく広い床の上にいると、周りは吹き抜け、高い天井、
太い柱と梁、通り抜ける風が心地よく肌に当たる。
瞑想にふけりたくなるような気分になる。

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旅程を予定通りすべて終え、広島空港へ向かう。
以前は広島市内の狭い空港だったが、今は東広島の方の新空港。
広々とした敷地にモダンな空港ビル。
ところがトラブル発生。
ゲートの待合室で搭乗を待っていると、
突然のアナウンス、整備トラブルで予定の日航機は飛ばないことに。
すぐ後に出発予定の全日空機に乗るよう、変更手続きを
してくれとの案内。
乗客は一斉にJALのカウンターへ走り出す騒ぎ。
あっという間に長蛇の列。
JALで手続きを終えると今度ANAのカウンターが長蛇の列。
幸い我々の場合は、ツァー添乗員がすべて手続きを代行。
無事手続きも終わり、満席の全日空機で1時間弱の遅れで羽田到着。
無事今回の旅行を終えることができる。
by toshi-watanabe | 2009-06-30 16:42 | 旅行 | Comments(4)

2日目の最後は萩である。
毛利36万9千石の城下町で、古い家並みが残っている。
萩も2度目、今回はまず松陰神社を訪ねる。
吉田松陰の松下村塾と、松陰が囚われの身のまま学んだ旧宅を見学。

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かって毛利藩の藩士が住んでいたあたり、
武家屋敷のある城下町へ移動する。
木戸孝允誕生地(旧宅)、高杉晋作誕生地(旧宅)など。

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萩随一の豪商だった菊屋の大邸宅の一部が一般公開されている。
グループの仲間数人と一緒に中を見学する。
主屋、本蔵、金蔵、釜場、米蔵の五棟が国の重要文化財指定を受けている。
美術品、民具、古書籍など500余点がそれぞれ部屋に常設展示。
往時の御用商人の暮らしぶりがしのばれる。
初期の電話ボックスも見られる。

司馬遼太郎は、
「長州人の持つ品のいい軽快な美意識を存分に感じた。
向日性の高い庭園を含めて屋敷の構造を抽象化してゆくとき、
そのまま長州藩というものの藩財政を感じとれるのではあるまいかと
いうことも思った。
さらに、今感ずることは、偶々代々の菊屋家の努力で遺されてきた
この造形世界こそ、長州という地域性をはるかに離れて、
日本人の様々な分野の意識史を感得するうえで
かけがえのない遺産ではないかという事である。」
と書いている。

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有名な萩焼の窯元を見学する。
登り窯と、かけらが貼られた壁。

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萩を後にし、2日目の宿泊地、長門湯本温泉へ向かう。
by toshi-watanabe | 2009-06-30 14:20 | 旅行 | Comments(2)

初日の姫路と神戸のツァーを終え、
神戸港に向かう。
神戸の六甲アイランドと北九州の新門司を結ぶ瀬戸内海航路の旅。
阪九フェリーの大型客船、「つくし」に出港の1時間前5時20分に乗船。
「つくし」は13,353トン、全長が195m、全幅が26.4mある。
7階まであり、乗客はタラップから5階部分に。
収容乗客数は667名に、トラック229台、乗用車138台が収容できる。

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我々は6階のオーシャンビュー1等船室に。
7階に特等船室があり、今回のツァーでは1組だけ特等船室利用。
バスの中で抽選を行ったが、残念ながら外れ。
偶々当たったカップルが室内を案内してくれ、特等船室を見学。
部屋の広さもほぼ倍あり、風呂トイレつき、冷蔵庫もありと、
1等船室とはずいぶん差がある。
それでも1等船室すべて海側で、それなりの広さが確保されており、
2等船室に較べたらよい方なのだろう。
6階と5階には、2等船室と団体用の船室が配列されている。
我々の船室には洗面の設備はあるものの、
トイレやシャワーは共同使用となっている。
ただ7階に展望大浴場があり、海を見ながら大風呂に入れる。

乗船後、1日の汗をシャワーで洗い流すと、
出港の時間になり、我々ツァーの夕食時間の呼び出し。
個室のレストランで夕食となる。
最初の1杯の生ビールが実に美味しい。
一日の疲れが吹き飛んでしまう。
肝腎の食事だが、期待したほどの料理ではなく、
スープも冷めていたりで、不満が残る。

未だ空は明るく、神戸の夜景を観るには時間的に少々早すぎる。
しばらく休んでいると、明石海峡の上にかかる大橋が見えてくる。
展望大浴場に行き、ゆっくり湯につかり、疲れをとる。
さて床に就いたものの、エンジンの小刻みな振動が
気になり始め、眠りのリズムとどうも合わない。
内海で大きな波の揺れはないのだが、
ベッドを通じて感じるこの振動のため、
どうにも熟睡と行かず。
朝も早々と起きだす。

朝6時30分には新門司港に入る。
6時40分に下船が始まるが、我々ツァーのメンバーのみ残り、
レストランに向かい、朝食となる。
朝食後7時20分に下船する。

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2日目は門司から関門橋を渡り、秋吉台へ向かう。
山口県美祢市に広がる秋吉台は2度目の訪問。
54K㎡と日本最大の広さのカルスト台地。
昨年3月美祢市に合併される。
一時合併後の市名として秋吉台市が上がり、合併問題が挫折。

今回は秋芳洞には行かず、秋吉台の展望台から一帯を望む。
朝早いせいか、他には全く観光客が見えず、
土産物屋も店開きしたばかり。

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秋吉台から県庁所在地、山口市へ向かう。
曹洞宗の瑠璃光寺にある国宝の五重塔を見学する。
残念ながら、この季節、塔の中には入れない。
均整のとれた、実に美しい五重塔である。
本来は大内氏の菩提寺、香積寺の境内に建てられた五重塔。
江戸時代初期、香積寺は萩に移設されたが、
地元の領民の願いを受け入れ、五重塔は残された。
その後、瑠璃光寺が移転してきて、瑠璃光寺の塔と呼ばれるように。
屋根は桧皮葺、軒の出が深く、軒反りの曲線が美しい。
二層のみ勾欄がある。
層が上に行くほど屋根の反りが大きくなっているのも
見た目のバランスをよくしている。
塔の竣工は嘉吉2年(1442年)とされている。

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大内弘世の銅像。
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鴬張りの石段。
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ヤマモモの木と地面のたくさん落ちているヤマモモの実。
百日紅の木の幹から出ている松の枝。
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枕流亭は移築されたもの。
幕末、薩長同盟が結ばれる会談の場となった建物。
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池の蓮。
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More そして津和野へ
by toshi-watanabe | 2009-06-30 12:02 | 旅行 | Comments(2)

6月23日から2泊3日の小旅行を楽しむ。
ご夫婦限定で、いずれかが6月誕生日記念といううたい文句で
「姫路城・安芸の宮島・萩・津和野 贅沢な記念旅行
ロマンチック瀬戸内海クルーズ 3日間」という
ツァーの募集があり、これはよい機会と申し込んだもの。

関東一円から9組のご夫婦、18名が参加。
添乗員のYさんが3日間アテンドしてくれる。
朝早く羽田空港ロビーに集合。
JALのフライトで約1時間、大阪伊丹空港につく。
観光バスに乗り込み、中国自動車道、山陽自動車道を経由して、
最初の観光目的地、姫路に向かう。

姫路城の前で、昼食をとる。
店からは真正面に白鷺城の天守閣が望める。
いよいよ姫路城見学。

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案内図にしたがって、各自のペースで城内を見学する。

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関ヶ原の合戦で家康率いる東軍が勝利をおさめ、
家康の女婿、池田輝政公(52万石)が姫路に入封。
慶長6年(1601年)から8年の歳月を費やして
大きな規模に城域を広げ、姫山に5層7階の天守を築いた。
池田氏3代のあと入封した本多忠政(15万石)は、
長男忠刻とその妻、千姫のために
西の丸を整備して、元和4年(1618年)、
今日見られる姫路城の全容が整えられた。
その後、城主は松平氏、榊原氏、酒井氏と変わり、明治維新を迎えた。
その間一度も戦いの場とならずにすみ、
江戸時代の建造物が無傷のまま残っている、
他に例を見ない城である。
しかも太平洋戦争中、空襲の憂き目にあった姫路の町の中で、
この姫路城だけが奇跡的に戦火に逢わなかった。

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敷地は内濠以内で約7万坪(23ヘクタール)、
外濠までで約70万坪の広さ。
平成5年12月、奈良の法隆寺とともに、
日本で初めて世界文化遺産に指定された。
文化財として、大天守と三つの小天守、
これらを結ぶ渡櫓の八棟が国宝に指定。
化粧櫓など櫓27棟、門15棟、土塀など、
74棟が重要文化財に指定されている。
同時に中濠以内は特別史跡に指定されている。
天守閣の高さは46m(石垣14.5m、建物31.5m)、
重量は約5,700トンとか。

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屋根の鬼瓦や軒丸瓦には、築城した城主や修理をした
城主の家紋を彫った瓦が使われている。
大天守の鯱は高さが1.9m、重さが375kg。
大天守の上までたどり着くには、
狭くてきつい階段を登らねばならない。
各階では展示品、説明板があり、順番に見ながら上がるのだが、
小学生の団体がにぎやかに登ってくる。
引率の先生は見当たらず、皆勝手に大騒ぎ。
張ってある綱をくぐりぬけたり、走り回っているのが目に付いたので、
思わず注意する。
聞いてみると小学3年生。
天守閣からは、姫路の町が一望できる。

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城内の一隅に「お菊井戸」が残っている。
「播州皿屋敷」に登場するお菊が身を投げたとされる井戸。
関東では江戸の「番町皿屋敷」のお菊として知られている。
どちらも物語は同じで、この話はほかにも日本全国に
あるらしい。

階段を上り下りしたため、すっかり膝ががくがく、
腿が筋肉痛を起こし、その後特に段を降りるときが難儀に。
普段の運動不足が出てしまう。

More 姫路城を後に、神戸北野の異人館街へ
by toshi-watanabe | 2009-06-27 10:55 | 旅行 | Comments(6)

知り合いの庭に咲く草花

先日、家内が旧知の友人、千葉のKさんのお宅を訪問。
Kさんは山野草や花木を丹精込めて育てられている。
庭にいろいろな季節の草花が咲き乱れ、
写真を撮ってきてくれる。

アスチルベ。

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河原撫子、ピンクと白。

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紅の色も濃い蛍袋。

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アカンサス、カンパニュラ・ラティフォリア(giant bell flower)と姫林檎。

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オオバジャノヒゲ・黒竜、孔雀羊歯と小型のギボシ。

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サフラン。

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ストケシア。

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下野。

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More さらにご近所の紫陽花
by toshi-watanabe | 2009-06-18 10:04 | 草花 | Comments(4)

青梅天寧寺を訪れる

去る6月15日、「神奈川の仏像を学ぶ会」の仲間、20名ほどで
東青梅根ヶ布(ねかぶ)にある、高峰山天寧寺を訪ねる。
曹洞宗の寺院で、総本山は越前の永平寺。
ご本尊は釈迦如来。
文亀年間(1501~1504)、三田政定による創建と伝えられ、
開山は甲斐広厳院二世の一華文英と言われる。

横浜線で八王子に出る。
駅の立ち食いそばで簡単に腹ごしらえをし、
店を出てくると、仲間の一人とバッタリ。
立川に戻らず、八高線(川越行き)で拝島に出ることに。
東京郊外を通っているこのJRの路線、
駅に到着すると、下車する人がドアの横にあるボタンを押してドアを開ける。
この仕掛け、以前山形のローカル線でも経験した。

天寧寺へは東青梅駅から歩いて20分ぐらいの距離。
ほとんどは歩き、一部の人はタクシー相乗りで。
結局帰りは全員歩いて駅に戻る。
通りに面して、総門(惣門)がある。

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総門をくぐると、しばらく参道が続く。
草も刈り取られ、古木に囲まれた参道は森閑としている。
やがて山門に到着。
現在の山門は宝永10年(1760年)の造立。
入母屋造り、二階建ての楼門である。
初層に屋根のない門を楼門と言い、初層と上層に屋根のあるのを二重門。

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金剛力士像を祀り、仁王門と呼ぶこともある。
禅宗寺院では、四天王像を祀ることが多く、
現在四天王像を祀っているのは永平寺だけ。
他の寺院では四天王像のうち二天王像だけを祀る場合が普通である。
ここ天寧寺では当初は四天王像が祀られて
いたのか、空いたスペースがある。
現在は二天王立像、左に増長天像(像高229センチ)、
右に多聞天像(像高226センチ)が祀られている。
いずれもヒノキ材寄木造り、彩色、玉眼。
江戸時代、天保6~7年(1835年から1836年)の造立。
残念ながら周りを太い線の網で囲まれ、十分観察できない。
写真もうまく撮れない。

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この楼上に鎌倉時代の作とされる、釈迦如来坐像が安置されており、
今回見学の主要目的である仏像である。
鎌倉の仏師、法橋弘円が修理した銘が残っている。
像高は50.1センチ。それほど大きな仏像ではない。
ヒノキ材割矧ぎ造り、漆箔、玉眼。
鎌倉、南北時代(14世紀)の造立。
光背と台座がある。

楼門左側の急な階段を上る。
楼上は頑丈に造られているとみえて、人が歩いても全く振動もなし。
ただ部屋の中は灯りがなく、真っ暗やみ。
三方のドアを開けて、薄明かり、どうにか目が慣れてくる。

中央に釈迦如来座像が安置され、両側に十六羅漢像。
そして釈迦如来の手前に、天女立像が安置されている。
達磨大師座像と大権修利菩薩倚像も見られる。

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暗い中での写真撮影、感を便りに狙いを定めてシャッターを切る。
旨く撮れずに苦労する。
京都では何箇所か山門の楼上にのぼり参観したことがあるが、
一番印象に残っているのは東福寺山門の楼上。
安置されている素晴らしい仏像群に圧倒された。

さて山門から本堂(法堂)に向かう間には中雀門がある。
宮中の朱雀門と関連があるのかもしれない。
ご住職の配慮をいただき本堂もお参りさせていただく。

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それにしても、東京近辺で、回廊も含め七堂伽藍が見事に残されている
というのは素晴らしいことだと思う。
寺院を庇護した土地の豪族のおかげもあったのだろう。
寺院の背後には墓地が広がっている。

東司に入る際も仏像さんにお参りしてから。

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by toshi-watanabe | 2009-06-17 09:33 | 寺院・仏像 | Comments(2)

小田原城址公園

6月7日、小学校の同期会が熱海であり、
その途中、小田原で下車して小田原城址公園に立ち寄る。
「花菖蒲祭り」が開催中。
2年前のちょうど今頃訪れているが、
その時は雨に降られ、傘をさしての見学だった。

先ず腹ごしらえと、駅前の蕎麦屋に入る。
「そば処 寿庵」という店で今回初めて。
古民家風の造りの店である。
せいろ蕎麦も美味しく頂く。

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城址公園までは歩いて10分ほど。
入園するとすぐに立派な白亜の天守閣が目に入る。

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同時に開催中の「ミニ盆栽展」をのぞいた後、
常盤木門をくぐりぬけて菖蒲園に向かう。

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花菖蒲は満開を迎えている。
日曜日の上、好天に恵まれ初夏の温かさ。
大勢の家族連れやグループが訪れている。

花菖蒲。

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菖蒲園の横の斜面にはびっしりと紫陽花が植えられ、
紫陽花の色とりどりの花も満開。

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by toshi-watanabe | 2009-06-11 09:10 | 季節 | Comments(2)

初夏の山里(群馬)

初夏の草花の続きである。

ゼラニューム、つつじ、カラー。

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ジャーマンアイリスももう終わり。

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うつぼ草、スイカズラ、桜草、ジャガイモの花。

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蝋梅の実、モミジガサ、蛇苺、野薔薇、紫鷺苔。

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芍薬、石楠花、山帽子、木天蓼。

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エゴノキの花、二色空木、その他。

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すでに花の時期を過ぎた藤棚、
近くの方が留守の間に満開の藤をカメラに収めておいてくれた。

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More そして榛名湖
by toshi-watanabe | 2009-06-10 11:46 | 季節 | Comments(2)

初夏の草花

5月末から6月初めにかけて、群馬へ出かける。
時折り近くを散策。
野の草花はあまり目につかない。
当地の山菜、もみじがさもすっかり大きく成長、
すでに虫が大分食っている。

二人静、中には花の軸が4本のもある。

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八重の花の蕺と斑入りの葉の蕺。

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深山金鳳花と紫蘭、白花紫蘭。

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紫露草、白花露草、雪の下、苧環、西洋苧環。

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万年草、蟒草(うわばみそう)、蝮草(まむしそう)。

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More さらに草花
by toshi-watanabe | 2009-06-08 15:19 | 草花 | Comments(2)

初夏の榛名神社

5月末、家内の姉夫婦、知り合いのSさんと我々夫婦、
5人で榛名神社を訪れる。
肌寒い日で、時間も午後3時近く、ほとんど人を見掛けない。
いつも車を止める土産物店の駐車場もガラガラ。
戻ってきたときには店は閉まっていた。

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赤城山、妙義山とともに上毛三山のひとつ、榛名山の神を祀るために
榛名神社が造立された。
明治の神仏分離により、榛名神社となっているが、
旧山門や三重塔などが残っている。

隋神門(旧仁王門)(神仏分離前には力士像が安置されていたようだ)を
通り抜けると、鬱蒼とした古木の森の中を山上に向かって
700メートルほどの参道が続く。
参道の途中には7福神の像が建っている。

毘沙門天
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寿老人
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弁財天
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布袋
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福禄寿
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恵比須
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大黒天
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時には急な階段もあるが、
谷川の清流を眺めたり、緑濃い山を見上げ、
奇岩や細い滝も望めるながら歩くと、
疲れも感じられない。

江戸時代の豪商の一人、塩原太助が生まれ故郷の新治村
(現在、みなかみ町)を19歳の時に後にし、
江戸へ向かう途中、榛名神社に寄り、しばらく宿坊で逗留した。
のちに開運の報恩として、石玉垣と常夜灯を寄進した。

途中の様子。

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長い参道を登り切ると本殿前にたどりつく。
正面に本社、向かって左方向に弊殿、拝殿と続く。
これらは国指定重要文化財となっている。
さらに左側には改装されたばかりの神楽殿。
本社の裏側には切り立った岩山がある。
御姿岩と呼ばれ、一番上の大きな岩は今にも
落ちてきそうな様相(この写真は上部に)。

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榛名神社の裏側には山道が続き、
榛名湖まで行くことができる。
by toshi-watanabe | 2009-06-06 10:04 | 寺院・仏像 | Comments(2)