カテゴリ:寺院・仏像( 78 )

先月の話だが、年に一度開催の会社のOB会があり、
4月の26日に伊豆畑毛温泉へ出かける。
宿泊したのは、「大仙家」という由緒ある宿である。
畑毛温泉は東海道線の函南駅近くにあり、
江戸時代から続く湯治場として知られる。
35度前後の源泉、ぬる湯でゆっくりつかるのがイイらしい。
温泉につかりながら読めるようにと書物も更衣室に用意されている。
夜は大宴会である。

さて翌日の27日、近くに住む従妹の家を訪れ、
久し振りに旧交を温める。
昼食を共にした後、1人で伊豆長岡方面に足を延ばし、
「願成就院」を訪れる、これで三度目になる。
何といっても、鎌倉時代の仏師、運慶の造像した仏像が5躯、
安置されており、参拝するのがメインの目的。
前回訪れた折には、重要文化財だったのが、
その後国宝に指定された。
しかも前回の時には、ご本尊の阿弥陀如来坐像と毘沙門天立像は
拝観できたものの、不動明王立像と二童子像が
丁度東京の国立博物館に出張中で拝観できなかった。
今回は5躯とも無事拝顔する事が出来た。
他に参拝客はおらず、静かなお堂の中でしばらく一人佇んでいた。

今回訪れた前後ではないかと思われるが、つい最近、
願成就院さんがウェブサイトを開設された。
素晴らしい内容で、国宝の仏像の写真も本物そのままにみられる。
ぜひとも見ていただきたい。
上記の仏像については、ウエブサイトに詳しく、
また前回訪れた時のブログにも記載している。

本堂の裏側の山の傾斜地域に安置された五百羅漢像を見学する。
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寺院の案内をそのまま転記する。

「人世はいろいろ」
皆様お一人お一人の尊い人生の様々な思い出や願い、そして生き様、
また亡くなった大切な方への報恩感謝のお気持ちなどを、
ご自身も参加して石造に刻み込む今様五百羅漢づくりに挑戦してみませんか。
地元の石工さんが指導、お手伝いをさせていただきます。
道具は用意してあります。
境内にはこれまでに完成した170体の羅漢像がお出迎えです。
一度ご参詣になりご覧になって下さい。

一体は180,000円(石材、指導料、安置、供養料などすべてを含む)。

寺院を後にする頃には、雨がぽつぽつと降り始める。
伊豆長岡駅へ急ぐ。


  




by toshi-watanabe | 2017-05-06 11:02 | 寺院・仏像 | Comments(0)


春季大祭・国宝まつりが開催されるというのは聞いていたので、
4月28日、「高幡不動尊」へ出かける。
少々遠回りかなと思ったが、渋谷に出て井の頭線に乗り、
明大前で京王線に乗り換える。
高幡不動駅を降りると参道があり、両側は店が並ぶ。
200メートルほど進むと、仁王門の前に出る。
数年前に団体で訪れたときはバスだったので、
参道から仁王門を潜るのは初めてである。
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成田、大山とともに関東三大不動に挙げられる
真言宗智山派別格本山の高幡山明王院金剛寺が正式名。
9世紀後半、貞観年間に清和天皇の勅願により
東関鎮護の霊場として不動堂を建立したのが始まりと言われる。

入母屋造りの仁王門(重要文化財)は、1959年に楼門として復元された。
仁王像と共に、元は室町時代後期の作。
「高幡山」の扁額は、洛東智積院7世運敞の筆で、江戸時代初期のものである。

境内は不動堂、奥殿、五重塔、大日堂と続く。
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丁度稚児練供養があり、可愛い稚児さんたちが並んでいる。

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そして先導するお坊さんたち。
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前回訪れた際は工事中だった、重要文化財の不動堂では護摩修行が営まれている最中。
このお堂には新丈六不動明王像(身代わり本尊)が安置されている。
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御朱印をいただき、奥殿に上がり、重要文化財の本尊、丈六不動明王像を拝観する。
不動明王坐像は寄木造り、漆塗りの2,858メートルの及ぶ巨像である。
頭部と体部は檜材、膝部は榧材で、火焔光背。
正面から拝顔すると圧倒される。
前回訪れた際には、参加者全員で般若心経を唱えた。
両脇には、脇像の矜羯羅(こんがら)童子像と制咤迦(せいたか)童子像
(いずれも重要文化財)は木造漆塗り。
ともに平安時代の作である。

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このお堂では、「宝物展」が開催され、各種の宝物が見られる。
鎌倉時代の鰐口、関東地方で最古のもの、重要文化財。
不動明王像頭部に納められていた古文書、南北朝時代、重要文化財。
平安時代の作で、金剛界大日如来像。
江戸時代の舎利塔。
日本最古と言われる歓喜天像、平安時代の作。
山岡鉄舟の書とか土方歳三直筆の手紙なども展示されている。

大日堂に上がり、柏手を打って鳴り龍に願いを込める。

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運よく年に一日だけだそうだが、五重塔に登る。
心柱のまわりを巡るようにらせん状の狭い階段を上る。
ピサの斜塔を思い出す。
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一番上のところからは周りを展望できる。
丁度藤の花が満開。
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境内の裏山があり、四季の道となっている。
道の両脇にはヤマアジサイの木が植えられており、
紫陽花の季節には見事な紫陽花の花見が出来そうだ。
一輪草、鳴子百合(ホウチャクソウ?)などが咲いている。

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土方歳三の銅像と青々とした新緑を後に、帰途に就く。
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帰りは、調布で乗り換え、橋本に出て、横浜線に乗り長津田経由。









by toshi-watanabe | 2017-04-30 11:05 | 寺院・仏像 | Comments(2)

4月18日、日本橋室町の三井記念美術館にて開催中の
特別展「奈良西大寺・叡尊と一門の名宝展」を見学に出かける。
6月11日まで、東京で開催された後、
7月29日から9月24日まで、大阪のあべのハルカス美術館にて、
そして10月20日から12月10日まで、山口の山口県立美術館にて
それぞれ開催予定。

さて18日の朝、前夜から明け方まで、可成り雨風が強かったようだが、
朝9時過ぎに家を出るころには、すっかり青空が広がる。
電車に乗ったのだが、田園都市線に事故か何かあったらしく、
途中からのろのろ運転が始まる。
いくつかの駅ではしばらく動かずの状態が続き、
半蔵門線内も同様のノロノロ運転、結局目的地に着いたのは11時過ぎ。
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パンフレットの案内をそのまま転記させていただく。

西大寺は、奈良時代の後期に、女帝孝謙上皇(後に称徳天皇)によって
発願され、平城京の東大寺に相対する位置に建立された西の大寺です。
平安時代には疲弊しますが、鎌倉時代の中頃に叡尊(興正菩薩)という
高僧が、密教と戒律を柱とする宗教活動さらには社会事業を広く
展開して、その一門は大きく発展しました。

本展覧会は、西大寺創建1,250年を記念する展覧会です。
展覧会の構成は、まず昨年国宝に指定された興生菩薩像をはじめ
優れた彫刻・絵画・工芸品・典籍など総本山西大寺の寺宝を展示します。
次にその展開として、元興寺・浄瑠璃寺・白毫寺・岩船寺・
般若寺・不退寺・法華寺など著名な一門の古刹が所蔵する
貴重な宝物が多数出品されます。
そして最後に真言律宗のひろがりが分かる地方の寺院、
三井記念美術館では東国の鎌倉極楽寺、さらに稱名寺などの
名宝を一堂に展観いたします。

出展されたものの中からいくつか紹介したい。

国宝「金銅透彫舎利容器」
鎌倉時代、金銅製、高さは37.0㎝。
外部を透かし彫りの燈籠形とした舎利容器で、内部に舎利瓶を納める。
燈籠形の頂上には水晶入りの火焔宝珠形舎利容器を置き、屋根は六花形で
雲龍と蓮華唐草紋を肉薄に鋤彫りし、火袋は6間に分かち、
最上段を透かし彫りの欄間とし、中断は透かし彫りした花菱形の高欄を付け
吹玉を連ねた瓔珞を垂らす。
下段は雲龍や牡丹・蓮華などの草花文を肉薄に透かし彫りし、
株の格狭間には獅子・牡丹を透かし彫りする。
内部の舎利瓶は、蓋付きで中に金剛界大日如来を安置する。


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国宝「興生菩薩坐像」
鎌倉時代、木造彩色、像高は91.0㎝、作者は善春。
西大寺を中興し南都律宗の振興に寄与した興生菩薩・叡尊の精神性を、
見事なまでに写し伝えた肖像である。
本像は叡尊を慕う門弟たちが合力で造立した叡尊80歳の寿像だある。
垂れさがったた眉毛に窪んだ眼孔、大きく丸い鼻に結んだ口元の迫真的な相貌表現は、
まさに叡尊の真を写したと言っても過言ではない。


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重要文化財「愛染明王坐像」
鎌倉時代、木造彩色、像高は31.8㎝、愛染堂安置。
愛染堂の厨子内に安置される秘仏愛染明王坐像である。
宝瓶に支えられた大円相内の赤色蓮華座上に坐しており、
三目六臂で瞋目、頭髪は焔髪を逆立て、
獅子冠を載せ、獅子頭に五鈷鈎を置く。
檜材寄木造、玉眼嵌入で、截金彩色をはじめ持仏・装身具ともに
造像当初のままを伝えている。

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国宝「月輪牡丹蒔絵経箱」
鎌倉時代、蒔絵、縦32.7㎝、横20.3㎝、高さは14.0㎝。
「金光明最勝王経」を納める長方形の二段重ねの経箱である。
蓋には緩やかな甲盛りがあり、金の研出蒔絵の技法を用いて、
蓮華座の上に大きく月輪をあらわし、輪郭には細かい粉を密に蒔くき、
月輪の内側には荒目に粉を疎らに蒔いて、強弱を表現する。
総体黒漆塗で、側面から蓋鬘にかけて牡丹の花枝を大きく描き、
蓋裏には蝶々をあらわす。

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重要文化財「文殊菩薩騎獅座像(及び四侍者像)」
鎌倉時代、木造彩色、像高82.5㎝、本堂安置。
右手に宝剣、左手には経巻を載せた蓮華茎を持ち、
獅子の背中の蓮華座上に結跏趺坐して騎乗する文殊菩薩像である。
高く髻を結い、肉身は金泥による紛溜塗とし、
衣は盛上彩色にによって華麗ンいあらわされ、衣文のしのぎも高く、
総じて鎌倉時代後期の装飾性が見られる。
造像仏師の名は明らかでない。
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重要文化財「大黒天立像」
鎌倉時代、木造彩色、像高は82.7㎝。
頭に烏帽子を被り、袴姿で左肩に大きな袋を背負い、
右手の拳を握って腰に当てて、草鞋を履いて直立する姿に亞ラわされる。
わが国では鎌倉時代以降、厨房神・財神として祀られる場合が多い。
像内には木造大黒天の小像他の納入品が納められていた。


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重要文化財「聖徳太子立像(孝養像)」
鎌倉時代、木造彩色、玉眼、像高は119.7㎝、元興寺蔵。
父用明天皇の病気平癒を祈る16歳の聖徳太子の姿を
あらわした孝養太子像。
像内納入品中の文書に、木像を造った善春以下9人の仏師と
11人の絵仏師の名が記されている。
1268年(文永5年9の作。

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まだまだ数多くの仏像その他が出展されている。

愛染明王像について追記:
上記の愛染明王坐像は秘仏で、西大寺で参観できるのは、
1月15日~2月4日と10月25日~11月15日の期間に限定されている。
普段愛染堂で観られるのは御前立像の愛染明王坐像(江戸時代の作)である。
西大寺にはもう一体、鎌倉時代の作で、重要文化財の愛染明王坐像が
安置されていたのだが、現在は奈良国立博物館が保管している。
京都高雄の神護寺にも鎌倉時代の作で重要文化財、愛染明王坐像が
安置されていたのだが、現在は東京国立博物館が保管している。


by toshi-watanabe | 2017-04-19 15:59 | 寺院・仏像 | Comments(2)

6月29日、上野公園の東京国立博物館へ出かける。
開催中の特別展「ほほえみの御仏」を見学するためである。
ぜひとも見たいと思っていた展示会。

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昨年、日韓国交正常化50周年を迎え、その記念事業の一環として、
日韓両国の国宝、半跏思惟像が一堂に会することになった。
韓国では、5月24日から6月12日まで、ソウル市の国立中央博物館で展示された。
日本では、6月21日から7月10日まで、「ほほえみの御仏」展として、
東京国立博物館で公開されている。

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7世紀の飛鳥時代に楠の木で彫像された奈良・中宮寺の国宝・半跏思惟像。
何かを思案するように右頬にそっと指を当てるしぐさ、
右足を左足の上に乗せて半分だけ座禅を組んでいる。

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三国時代の朝鮮半島で盛んに造られた仏像の様式と技法が
日本に伝わり、独自の柔和さが加わった。
その歴史をしのばせるのが、韓国で国宝78号として
親しまれる金銅製の」半跏思惟像である。
中宮寺の像に先立つ6世紀後半の作品だが、
姿形はよく似ている。

時を経て初めて日韓両国で並ぶことになった。

入場券を買い求めるのに、10分ほど列に並んだが、大したことはない。
入場に当たっては手荷物検査を受ける。
本館を入って正面奥の部屋が展示場となっている。
明かりを暗くした広い部屋に入ると、右側に韓国の半跏思惟像、
左側に中宮寺の半跏思惟像があるだけで、他に展示物は一切なし。
(これで入場料千円とは、思った見学者がいるのかもしれない)

韓国国宝78号の半跏思惟像は像高83.2cm、台座高30.8cmと
小型だが、銅造に鍍金が施され、見事な光沢をかがやせている。
正面から見ると、優しげな微笑み、ちょっと横の方へ視線を移すと、
何かに思いに耽る表情が感じ取れる。
人々の救済を願いながら、瞑想する姿そのものである。
朝鮮半島では特に信仰が盛んだった弥勒菩薩として作られたとみられる。
もう一体国宝83号半跏思惟像があり、国立中央博物館に収蔵されている。

中宮寺の国宝半跏思惟像は像高126.1㎝、台座高79.6㎝と
韓国の像に比べると、かなり大きく見える。
楠の木造で、彩色が施されている。
普段は中宮寺本堂にご本尊として安置されており、
如意輪観音菩薩として知られている。
飛鳥時代の最高傑作であり、その高貴な微笑みは「アルカイックスマイル」の
典型として評価される。

日本と韓国の間の長い歴史をしのぶ意味でも、
大変貴重な機会ではないかと思う。
ぜひとも進めたい特別展である。









by toshi-watanabe | 2016-06-30 10:54 | 寺院・仏像 | Comments(2)

鶴見總持寺へ

3月20日、久しぶりに鶴見の總持寺へ出かける。
「禅の心とかたち」と題した、總持寺の至宝ーー旗揚げ展を見学。
3月19日から21日まで、3日間のみ開催されている。
普段は入れない仏殿(国登録有形文化財)が特別公開され、
その仏殿において、寺宝が見られる。
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鶴見駅を下車し、京浜東北線に沿ってしばらく行くと、
曹洞宗大本山總持寺の入口に出る。
以前は、参拝客のために京浜急行の駅が設けられていたと聞く。
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総門の三松関(国登録有形文化財)をくぐると暫く参道が続く。
さらに三門をくぐり、右の方に迂回し、
そして中雀門をくぐると、正面に仏殿が目に入る。
三門両脇には金剛力士像、昨年末他界された
元横綱北の湖関の15歳ころの姿をモデルに制作されたようだ。
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永平寺とともに曹洞宗の大本山である總持寺は
本来能登に建立されたのだが、明治31年大火に見舞われ焼失、
明治44年に横浜鶴見が丘の地に新たに建立された。
鶴見大学のエリアも含め、50万平米という広大な寺域を有す。
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境内ではドローンの飛行が禁止されている。
当たり前と言えば当たり前だが。
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有名人の墓所でも知られ、特に名高いのが石原裕次郎。
能登に再建された寺院は、別院として残っている。

仏殿に入ると、正面にかけられた「刺繍獅子吼文大法被」
(国指定重要文化財)の大きさに圧倒される。
金色の刺繍に目を奪われてしまう。
下記の写真はその一部である。
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この大法被は總持寺の禅風を伝える特別の法具で、江戸時代の作。
毎年10月15日、大祖堂で行われる總持寺貫首による問答の際に使用される。
獅子吼とは釈迦が説法する様を獅子の吼える姿にたとえたもの。

この大型法被の前には、大正時代、鎌倉仏師の名流で知られる、
三橋家の当主、三橋鎌岳作の鎌倉彫前机が展示されている。
足から天板にはケヤキ材、鏡板から幕板にはカツラ材を使用。
欄間に躍動感あふれる雌雄の獅子をあらわし、
唐草牡丹を立体的に表現している。
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「前田利家画像」(横浜市指定文化財、江戸時代の作)と
「前田利家夫人画像」(重要文化財、江戸時代の作)。
利家夫人まつ、利家の没後落飾して芳春院の画像は、
生前の寿像とされている。
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「提婆達多像画」(重要文化財、朝鮮高麗時代の作)。
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「榮山紹墐画像」(国指定重要文化財、鎌倉時代の作)。
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「十六羅漢像」(横浜市指定文化財、鎌倉時代の作、江戸時代補作)。
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ご本尊は釈迦如来像である。
鶴見總持寺自体は新たに建立された寺院なので、
各堂宇とも新しく、由緒のあるものもほとんどない。
とはいえ、修行を積まれている僧侶の方も多く、
大寺院としての威厳が感じられる。
衆寮と香積台を結ぶ百間廊下はピカピカに磨かれている。
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境内で見られた樹木の花。
千年桜、エドヒガン桜、白モクレン等々。
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3枚セットの散華をいただく。
そして御朱印も頂く。
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朝出がけ時は曇り空だったのが、すっかり青空が広がり、
歩いていると少し汗ばみ、風が心地よく感じられる。
気分も新たに總持寺を後にする。




by toshi-watanabe | 2016-03-21 11:48 | 寺院・仏像 | Comments(0)

寒川神社へ初詣

穏やかな日和りの三が日は、一杯やりながら駅伝のテレビ観戦。
元日は全日本実業団、そして二日と三日は関東大学の箱根駅伝を楽しむ。
ということで、ほとんど家で過ごす。
昨四日、やっと重い腰をあげて初詣に出かける。
ここ数年、明治神宮にお参りしていたのだが、
今年は、初めて寒川神社へ出かける。

寒川神社の歴史は古く、奈良時代に創建されたとある。
相模国の一之宮に位置付けられた、由緒ある神社。
一度お参りしたいと考えていたのだが、やっと実現した。

直線距離にしたら、大したことはないのに、
電車を4本乗り継いで行かねばならず、乗り換えが大変である。
朝10時に東急田園都市線の藤が丘から電車に乗る。
中央林間で小田急江ノ島線の乗り換え、
大和で相鉄線に乗り換え、さらに海老名でJR相模線に乗り換える。
この相模線は単線、駅によってはホームが一か所、
上下線が交互に停車するといった具合。
乗降する客はボタンを押さないと、ドアが開かない。

廃線寸前まで追い込まれた路線で、普段はほとんど利用客がないのだろうが、
初詣の時期は参拝客で満員状況。
それでも何とか11時15分過ぎぐらいには、目的地の宮山駅に到着。
臨時の改札が設けられ、寒川神社まで長い行列。
車も駐車場を求めて長蛇の列。

鳥居を潜り、参道を進むと神門が現れる。
門の上には晴れやかなねぶたが飾られている。
「迎春干支ねぶた」は本場青森のねぶた師が製作したものです。

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本殿(拝殿)の前には、大勢の参拝客で満たされている。
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健康と平穏無事を祈り、お参りを済ませる。
お守り札などを買い求めて、帰宅の途につく。
結構気温も上昇し、厚着をしていると電車の中も暑いくらいで、
扇子を使っているご婦人も見かける。

帰りは茅ケ崎に出て、湘南新宿ラインで藤沢へ、
小田急江ノ島線に乗り換え中央林間に出る。
すでに午後1時、「大戸屋」で昼食をとる。
ここでも人が多く、しばらく待たされる。
てきぱきと席に案内したり、明るい雰囲気で客に対応する
店の女性たちの姿は清々しい。

家に着いたのは3時近く、初詣も楽ではない。






by toshi-watanabe | 2016-01-05 09:42 | 寺院・仏像 | Comments(4)

34日は、桜が満開になる季節のような陽気でした。

思い立って上野公園へ出かける。

さすがにまだ桜の花は咲いていない。

東京国立博物館では「みちのくの仏像」特別展が開催中。

114日に始まり、45日まで開かれている。

東北6県を代表する仏像が集結、

26点ほどの仏像が出展されている。

平泉中尊寺の仏像群は含まれていない。






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東北地方にも多くの魅力的な仏像が祀られているが、

中尊寺を別にして、なかなか訪れる機会がない。

東北で仏像が本格的につくられるようになったのは

平安時代に入ってから。

この地では仏教が土地の神を取り入れながら広がった。

土地の神は、豊穣をもたらす一方、

時に容赦のない現実を突きつける存在、

厳しい自然環境の中で暮らす人々は、

仏像に土地の神の姿を重ね、生活の安寧を祈り、

仏像を大切に守ってきた。

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宮城・双林寺の薬師如来立像。

像高は119.4センチ、平安時代、9世紀の木像。

重要文化財。

ケヤキ材から彫り出されている。






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福島会津・勝常寺の薬師如来坐像および両脇侍立像。

薬師如来の像高は141.8センチ、

日光菩薩の像高は169.4センチ、

月光菩薩の像高は173.9センチ、平安時代、9世紀の作。

薬師三尊ともに、平成8年に指定された、

彫刻分野では東北初の国宝。

東京では、平成12年の「日本国宝展」以来の公開。

薬師如来像の前に立つと、その全身に

あふれるような力を感じる。

太づくりの体からは圧倒的なボリューム感、

落ち着きのある堂々とした風格を誇っている。

脇侍の日光・月光菩薩立像は、

優美に腰をひねって立つ姿。

いずれも、ケヤキの一木造りである。







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岩手・黒石寺(こくせきじ)の薬師如来坐像。

重要文化財に指定されている。

像高は126.0センチ、平安時代、貞観4年(862)の作。

大変厳しく、威厳のある表情と姿。

カツラ材の一木造り。

制作年が明確で、日本の彫刻史上大変重要な作品。

同時に展示されている両脇侍像は時代が新しく、

12世紀の作とされている。


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岩手・成島毘沙門堂の伝吉祥天立像。

像高は176.0センチ、平安時代、9世紀の作。

大変美しい像で、瞑想しているような眼からは

静けさが伝わってくる。

ケヤキの一木造りだが、木目が非常にきれいだ。

自然の美がそのまま表れている。

頭上には2頭の像が彫られている。





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岩手・毛越寺の訶梨帝母(かりていも)坐像。

像高は34.0センチ、平安時代、12世紀の作。

訶梨帝母は、一般には鬼子母神と呼ばれる。

この仏は女性で、左手に子供を抱き、

子供の顔は丸く、小さな右手を握っている。




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山形寒河江・本山慈恩寺の十二神将立像。

重要文化財であり、今回は四躯の像が出展されている。

丑神の像高が88.7センチ、

寅神の像高が88.5センチ、

卯神が91.8センチ、酉神が93.4センチ、

鎌倉時代、13世紀の作品である。

薬師堂内に、本尊の薬師如来とともに祀られる。



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宮城・給分浜観音堂の十一面観音菩薩立像。

重要文化財。

像高は2895センチと、本展示会で最も高い像。

鎌倉時代、14世紀の作。

鎌倉時代後期の仏像の特徴がよく表れている。

卵形の顔に、やや大きい目、鼻、口が表わされ、

髪筋や飾りは細かく彫られている。

3メートル近い巨像だが、一本のカヤで造られている。

4年前の東日本大震災の折、牡蠣の養殖で知られる給分浜にも

大津波が押し寄せたが、

観音堂は高台にあり、この像は難を逃れた。



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円空仏が3躯、出展されている。

青森・西福寺の地蔵菩薩立像。

像高は145.0センチ、総高は175.0センチ、

江戸時代、17世紀の作。

奥行は15センチしかなく、背面は彫刻されず、平らなまま。

横から覗くとそれとわかる。

西福寺には、ほぼ同じ大きさの十一面観音菩薩立像も祀られている。

板に浮彫りのように彫ったとみられ、細かなところも彫刻。


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青森・常楽寺の釈迦如来立像。

像高は125.9センチ、総高は145.9センチ、

江戸時代、17世紀の作。

円空作品としては、例のないほど写実的と言われる像。



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秋田・龍泉寺の十一面観音菩薩立像。

像高は161.0センチ、総高は191.5センチ、

江戸時代、17世紀の作。

厚さ15センチ程に加工されたスギの板に彫刻。

木の性質を残そうとする意図がうかがえる。

細い目や笑ったような口は、生涯を通じて

彫られた円空仏に共通した特徴である。


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東日本大震災から早や4年、仏像を通して東北の魅力に触れ、
復興の一助になればと、この特別展が開催される。
本展による収益の一部は、被災した東北の文化財の
復興に充てられる。

なお仏像の写真は、目録からスキャンさせていただいた。


by toshi-watanabe | 2015-03-05 15:44 | 寺院・仏像 | Comments(2)

2月27日、横浜の「そごう美術館」にて開催中の
「円空・木喰展」を見学する。
円空と木喰の木彫像が同時に見られるのは首都圏では初めて。
7年ぐらい前だろうか、木喰生誕290周年記念の
特別展を見学しているが、どこであったかは失念。
今回の展示会、2月7日に始まり、3月22日まで。

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円空(えんくう)(1632-1695)と
木喰(もくじき)(1718-1810)、それぞれの木彫像を
全国各地から集め、約250点の神像、仏像を出展、
その他に、円空の描いた富士図とか
木喰の國々御宿帳、版木、歌集「心願」なども見られる。

円空は美濃国(岐阜県)に生まれ、32歳の時に造像を始めた。
以来30年余りの間に尾張、飛騨、美濃を中心に
関東、東北、北海道まで足を運び、
鑿(のみ)や鉈(なた)の跡が荒々しく残る、
力強い像を数多く遺した。
仏像の体躯のとらえ方などは和様の伝統に
基本的には従っている一面があるものの、
機知に富んだ斬新な感覚を発揮している。
生涯で12万体を彫るという誓願を立て、
現在も5400体余りの像が確認されている。
現存する木彫像は愛知と岐阜の2県に圧倒的に多い。
新たに発見された木像、初公開の像も出展されている。

出展作の一部で、不動明王(岐阜県関市 個人蔵)
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普賢菩薩(岐阜県岐阜市 円空美術館蔵)
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宇賀神(愛知県岡崎市 個人蔵)
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観音三十三応現身のうち『木端仏』(愛知県名古屋市 荒子観音寺蔵)
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護法神(三重県志摩市少林寺蔵)
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円空の入滅から23年後、甲斐國(山梨県)に生まれた木喰は、
22歳で出家し、56歳の時に諸国行脚の旅に出た。
北海道から九州まで広く巡り、61歳になって神仏像を彫り始めた。
80歳で1000体、90歳で2000体の造像を発願し、
柔らかく丸みを帯びた像を各地に遺した。
木喰は几帳面な性格だったと見えて、
像の裏側に製作年月日がきちんと墨書されている。
記録も残している。
720体が現存している。
因みに木喰の仏像を見出し評価したのは、
近代民芸運動を提唱した思想家、柳宗悦である。

出展作の一部から、十二神将(新潟県柏崎市 西光寺蔵)
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地蔵菩薩と観音菩薩(山梨県韮崎市 個人蔵)
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子安観音菩薩(山口県防府市 極楽寺蔵)

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子安観音菩薩《立木仏》(愛媛県四国中央市 光明寺蔵)

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聖徳太子(静岡県藤枝市 光泰寺蔵)
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不動明王(静岡県焼津市 大日堂、焼津市民俗資料館寄託)
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薬師如来(静岡県藤枝市 梅林院蔵)
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自身像と地蔵菩薩(東京都目黒区 日本民芸館蔵)
現存する木喰の自身像は十五体あり。
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薬師如来(愛知県津島市 成信坊蔵)
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薬師如来(京都府京都市 個人蔵)
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三十三所観音菩薩のうち、三面馬頭観音菩薩、如意輪観音菩薩、
千手観音菩薩、(新潟県長岡市 寶生寺蔵)
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如意輪観音菩薩(新潟県南魚沼市 大月観音堂蔵)
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白衣観音菩薩(新潟県長岡市 個人蔵)
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自身像(兵庫県川辺郡猪名川町 東光寺蔵)
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上記の写真は、パンフレットおよび参考書よりスキャンして使用しました。
二人の活躍した時代はずれているが、
二人がともに木像を彫ったことのある寺があると聞く。




by toshi-watanabe | 2015-03-01 10:52 | 寺院・仏像 | Comments(0)

前回からの続き。
京都方面への旅、二日目の朝は早起き。
6時20分から朝食、7時10分に宿を出発。
8時ごろ、宇治の平等院に到着する。
一般見学者が入る前に、新装なった平等院を
見学するためである。

終戦後の昭和大修理から56年ばかり経過し、
平成大修理が行われてきた鳳凰堂、
尾部の建物の部分を除いて、修理作業が完了し、
この4月から一般公開されている。
入口の南門にはまだ誰もいない。

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ガイドさんの案内で、阿字池を一回りする。
藤原氏の栄華を今に伝えている鳳凰堂と庭園。
本来は阿弥陀堂だったのが、屋根の上に燦然と輝く
鳳凰により鳳凰堂と呼ばれるように。

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早朝朝日山から鳳凰堂の上に昇る
太陽を見たいという思いで、
かって白洲正子さんは度々この地を訪れたと書かれている。
鳳凰堂の見学は少人数のグループで。
池の手前からご本尊の阿弥陀如来坐像。

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阿弥陀如来は大仏師、定朝の作として貴重な存在で国宝。
寄木造の見事な仏像さんである。
壁面に見られる52体の雲中供養菩薩像はレプリカ。
国宝の本物は別棟の鳳翔館に展示されている。

枝垂れ桜と雌松が彩りを添えている。
珍しい形の救世船乗り観音像。
「銘の神護寺」、「音の三井寺」とともに「姿の平等院」と
称された、古来天下の三名鍾の一つ。

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鳳翔館を見学する。
鳳凰と梵鐘のオリジナルもここで見ることができる。
雲中供養菩薩像から。

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平等院を後に、円成寺に向かう。
奈良の柳生街道にある円成寺は真言宗御室派の寺院。

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ご住職の案内で本堂を見学する。
ご本尊は阿弥陀如来坐像。
本堂の脇には春日堂、白山堂があり、
現存最古の例として、国宝に指定されている。

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多宝塔には、大日如来坐像。
鎌倉時代の大仏師、運慶の初期の作として知られ、国宝。
正面はガラス張りのため、拝顔できないが、
横の方からはよく見える。

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境内には桜や花木が見られる。

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この後なら市内に戻り、食事をいただく。
午後は当尾へ向かう。
真言律宗の寺院、岩船寺へ。
この辺りは京都府木津川市なのだが、
奈良に近く、文化的にも南都の影響を受けてきた。

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ご住職の案内で本堂を見学する。
ご本尊は立派な体躯の阿弥陀如来坐像。
頭、体の根幹部分は一木材で作られている。
普賢菩薩像を納めた厨子の背面に描かれている
曼荼羅は美しく素晴らしい。

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三重塔の扉には装飾が施され、
組物、尾垂木上で隅木を支える隅鬼が見られる。

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境内には十三輪塔も見られる。

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岩船寺から、いよいよ当尾石仏群を見ながらの山歩きが始まる。
当初の予報だと曇りから雨だったが、
何とか曇り空のまま、暑くも寒くもなく
丁度よいハイキング日和で幸い。

内田康夫さんの浅見光彦シリーズの一冊
「平城山を超えた女」に出てくる場面を思い出す。

わらい仏、からすの壺二尊、やぶの中三尊など。

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1時間ばかり森林浴をエンジョイし、
最後の目的地、浄瑠璃寺に到着。

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宝池を挟んで、西の阿弥陀如来、東に薬師如来。
浄瑠璃寺は岩船寺と同じ真言律宗の寺院。
九体阿弥陀堂の前で、ご住職の説明を聞き、
阿弥陀堂に上がる。
九体阿弥陀如来坐像、すべて国宝、
何度目かの拝顔となる。
秘仏の吉祥天も公開中(年に3回)。

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三重塔のご本尊、薬師如来は非公開で拝観できず。

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近江から、奈良、京都の旅、
天候にも恵まれ、滞りなく予定を終える。
一番のハイライトは、矢張り平等院の鳳凰堂。
くすんだ丹色で装飾された建物が見事に阿字池とマッチし、
正に浄土の世界を再現している。

当尾の石仏めぐりはもう少し時間が欲しいところ。
by toshi-watanabe | 2014-04-16 11:30 | 寺院・仏像 | Comments(2)

京都方面へ一泊二日の旅

4月12日から一泊二日のツァーに参加して、
春爛漫の近江から京都への旅を楽しむ。
新横浜から列車に乗り込み、10時45分、米原に到着。
観光バスに乗り、まず訪れたのが長浜の安藤家。
琵琶湖畔でも、伊吹山に近い長浜付近は春の訪れが遅いようで、
ソメイヨシノが丁度満開、目を楽しませてくれる。

駐車場で降り立つと、琵琶湖観光に使われている
水陸両用車が止まっている。

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長浜の町中は古い建物がまだ残っている。

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北国街道に面して安藤家の屋敷が立っている。
以前訪れたことのある新潟の渡辺家や酒田の本間家のような
広大で豪壮な屋敷とは異なり、
通りに面した、こじんまりとした屋敷である。

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安藤家は賤ヶ岳の合戦では秀吉に協力、
長濱発展のために尽力。
呉服問屋として事業を展開、豪商となる。
北大路魯山人が30歳のころ、長濱に逗留し、
安藤家の離れを「小蘭亭」と名付けた。
魯山人の篆刻や装飾が残されており、
今回、この離れが見学できる。
だいぶ痛みがひどく、地元の人たちにより修復管理されている。

次いで琵琶湖の反対側、三井寺(園城寺)へ向かう。
三井寺は50年ぶりぐらいである。
仁王門を潜り抜けると、正面には金堂。

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左手に近江八景の「三井の晩鐘」と知られる鐘楼がある。
宇治の平等院、高尾の神護寺とともに、
日本の三銘鍾に数えられ、荘厳な音色で知られる。

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天智、天武、持統の三天皇が産湯に用いられた
という泉が湧く閼伽井屋。

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「弁慶の引摺り鐘」として知らる霊鍾堂。

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高麗版一切経を納める回転式の一切経蔵。

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三重塔と観音堂・

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境内ではまだ桜がみられる。

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バスの中で昼食の弁当を済ませ、バスは一路京都市内へ。
臨済宗大本山妙心寺の山内には46もの塔頭があるが、
今回訪れたのは退蔵院。
花の寺として知られる。
山門(薬医門)を通ると、鮮やかな紅枝垂れが目の前に。

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「陰陽の庭」と呼ばれる枯山水庭園があり、
その奥に「余香苑」と呼ばれる庭が広がるが、
この奥の庭は昭和和40年に完成、昭和の名庭である。
方丈(本堂)に上がり、「元信の庭」を楽しむ。

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室町期の絵師、狩野元信が作庭した枯山水庭園。
白砂と石組みで禅の庭が見事に表現されている。
方丈には日本最古の水墨画とされる国宝の
如拙筆の「瓢鮎図(ひょうねんず)」のレプリカと
狩野了庵の描いた杉戸絵などのレプリカがある。

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庭の椿。

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初日最後の訪問先は京都駅近くの東寺。
真言宗総本山で、正式には教王護国寺である。
僧侶のご案内で、金堂、講堂、五重塔と巡る。
金堂には薬師如来三像と十二神将立像。
講堂には立体曼荼羅と呼ばれる21体の仏像群。
外から拝顔した薬師如来。

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五重塔の中も見学する。
東寺でも桜の花がまだ見られる。

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夕刻六時、夕闇が迫り、ライトアップされる。

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。。。。。。。二日目に続く
by toshi-watanabe | 2014-04-15 14:40 | 寺院・仏像 | Comments(0)