折々の記

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カテゴリ:読書ノート( 132 )

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昨年11月7日がんのため満66歳で亡くなられた、
宇江佐真理さんの遺作にして最後の長編時代小説
「うめ婆行状記」を読み終える。

朝日新聞夕刊に、本年1月12日から連載が始まり、
故人の遺志により3月15日を最後に未完のまま終える。
新聞で読まれた方も多いかと思う。
人生の哀歓、夫婦の情愛、家族に絆が綴られている
宇江佐文学の最高傑作だろう。
早くも朝日新聞出版から単行本として出版された。

場面は江戸時代、主人公のうめは商家伏見屋の娘、
望まれて北町奉行の同心、霧降三太夫の妻になった。
伏見屋は大伝馬町の酢・醤油問屋である。
二男二女に恵まれ、ひたすら夫や舅姑に仕えてくらして
来たものの、うめは婚家の窮屈な暮らしに
息苦しく感じていた。
子供たちを育てあげ、舅姑や夫を彼岸へ送り、
嫡男の雄之助が妻子を得て家督を継ぐどころを見届けるまでは、
不平不満を腹におさめ、良妻賢母を演じてきた。

うめは念願の一人暮らしを始める決意をする。
うめの弟市助が瓢箪新道に空き家を見つけ、
その仕舞屋に移る。
庭に大きな梅の木があり、隣人の助けを得て、
梅干しづくりを始める。
一人暮らしのうめのまわりで、季節の移ろいと共に
様々な出来事が起こる。
盂蘭盆があり、祝言があり、弔いがあり、
親子、夫婦、隣人、喧嘩も、許されざる恋も、病も。

伏見屋の主でうめの兄、佐平の一人息子、鉄平が
五つ年上の水茶屋の女、おひでと生さぬ仲となり、
二人の間には男の子まで。
甥の鉄平のために、うめが一肌脱いで、兄夫婦を説得し、
めでたく伏見屋に落ち着く。
日常のありふれた出来事が流れてゆく。

うめは病に倒れるものの、回復する。
未完のまま、物語はここで幕を閉じる。

宇江佐さんの生前、親密に付き合ってこられた、
同じ時代小説を書かれている諸田玲子さんが、
解説としてあとがきを書かれている。
宇江左さんの遺言がちりばめられた貴重な作品と
諸田さんは絶賛されている。



by toshi-watanabe | 2016-04-12 15:22 | 読書ノート | Comments(0)
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内田康夫さんの著書「氷雪の殺人」を読み終える。
ご存知名探偵、浅見光彦シリーズの一冊。
本作品は、平成10年10月から11年7月までおよそ40回にわたり、
「週刊文春」に連載され、
その後平成15年11月、文春文庫より、
平成19年4月、角川文庫より刊行されているが、
今回手に取ったのは、本年2月に祥伝社文庫として出版されたもの。

この作品が書かれたとき、浅見探偵は日本全国くまなく訪れていたが、
北海道に関しては、旭川より北にはまだ足を運んでいなかった。
稚内港からフェリーで渡る利尻島から物語はスタート。
私自身も礼文島とともに、利尻島には何度も訪れており、
利尻山(利尻富士)は実に美しい山である。
主人公は美しい利尻山と利尻昆布、そしてこの美味しい昆布を食べて
成長するウニを楽しみに利尻島への取材に出かける。
利尻や礼文で食べるバフンウニは最高の味である。

利尻山は標高1,721メートル、すそ野を長く引いた美しい山だが、
八合目からは急峻、岩盤厳しい山である。
本格的な登山装備が必要である。

浅見探偵が利尻島に出かけるのには、ある目的を携えていた。
光彦の兄、陽一郎は父親代わりでもあるが、刑事局長の要職にある。
その兄が政府高官から光彦名指しで、調査を依頼された。
利尻山の六合目で、東京のエリート会社員が不慮の死を遂げたが、
環境証拠が見当たらず、事故死か自殺と推察され、
結局地元警察では自殺として処理されていた。
警察には内密で、この不慮の死について調べることになる。
現地に渡った光彦は、調べを進めるうちに殺人であることを確信する
ものの、容疑者の姿が全くつかめぬまま時間は過ぎる。

殺人事件の推理小説で始まった、この作品だが、
読み進むうちに、全く異なる方向に進行して行く。
当時北朝鮮が、弾道ミサイル、テポドンを発射して、防衛庁の対応が
急を要す事態になっていた。
日本の防衛庁では、このミサイルが三陸沖に落下した事実を確認できず、
韓国からの情報で初めて知るという極めて弱体な状況。
防衛力の増強が緊急を要することとなった。
日本の北の守りということで、
利尻に防衛情報基地を設ける計画も浮上し、
殺害されたエリート社員はその調査のために
利尻山に登ったことが後で判明する。
殺人事件から段々ややっこしい話に進展。

殺害される前に、「プロメテウスの火矢は氷雪を溶かさない」
という謎の言葉を残し、一枚のCDを知人に送っている。
CDには演歌「氷雪の門」(星野哲郎作詞、市川章介作曲、
畠山みどりが歌っている)。
ところがCDには、歌とは別にデータが保存されており、
驚愕のメッセージが隠されていた。
防衛庁と業者との癒着が表面化する証拠資料となり、
防衛庁幹部による汚職事件が明るみに出る。

著者は書かれているが、
作品のテーマに至るもう一つの入口は、
稚内の丘で見学した「氷雪の門」と「九人の乙女」の
悲劇を追悼する碑であるとし、(私も見学している)
この作品を「氷雪の殺人」と命名したのは、
その時の直感によっている。
さらにこう書かれている。
稚内市内にはロシア人の姿が多かった。
湊には赤さびたロシアの貨物船が停泊し、
ラーメン屋はロシア人の客で賑わっていた。
よく晴れた日には宗谷岬からサハリンが望めるそうだ。
文字通りの一衣帯水、外国と向き合っていることを実感する。
私も全く同感である。

北朝鮮の挑発が続いている現状を考えながら、
この作品を読み終える。

作品の幕切れは、殺人事件の黒幕と思われる高官とその部下の実行犯が
乗った航空機が消息を絶ち、事件は闇の中。



by toshi-watanabe | 2016-04-01 09:54 | 読書ノート | Comments(0)
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内田康夫さんの著書「美濃路殺人事件」を読み終える。
この作品は1990年6月に刊行された作品だが、
昨年新装版として出版された徳間文庫で読む。

お馴染み素人探偵、浅見光彦が活躍する作品の一冊。
浅見光彦シリーズは、115作目の大作「遺譜」が2014年7月に
刊行されたのを最後に、その後の新作は書かれていない。
115作のほんの一部しかまだ読んでいないが、
これからも読み続けて行こうと思っている。

「美濃路殺人事件」は書名の通り、
美濃や犬山方面が舞台となっている。
浅見光彦が美濃の外れ山中にある「和紙の里」、
蕨生の部落を訪れるところから物語は始まる。
著者も実際に現地を訪れているので記述が実に詳しい。
戦前盛んだった美濃の和紙作りも著者が訪れた頃は、
衰退の一途をたどっていたそうだ。
その後は若干持ち直しているらしい。
因みに2014年11月、「和紙 日本の手漉和紙技術」が
ユネスコの無形文化遺産に登録された。
登録された三つの和紙は、岐阜県美濃市の「美濃紙」と
島根県浜田市の「石州半紙」、埼玉県小川町、東秩父村の
「細川紙」である。

美濃の「和紙の里」で取材を終えてホテルの部屋で休んでいた
浅見光彦の目に突然飛び込んできたのが、犬山の明治村で起きた殺人事件。
被害者の顔にかすかな記憶のある浅見探偵は、
例のごとく活動を開始する。
被害者が倒れていた現場に残された凶器と思われる
「クリ小刀」と小刀を包んでいた「和紙」に浅見探偵の勘が働く。
問題の和紙を何とか警察から借り受け、美濃和紙の職人、古田さんに
現物を見てもらうと、美濃の和紙ではない、風合いが異なる。
丹念に調べた結果、古田さんは宮城県白石で手漉きされたもの
だろう、それも年代物の和紙だと判断を下す。
白石の手漉き職人、遠藤さんを紹介してくれる。
美濃和紙の取材もそこそこに、浅見探偵は宮城県白石へ。
白石和紙の職人、遠藤さんを訪ねると、
間違いなく遠藤さんのところの和紙に間違いないと、
ただご本人手漉きの和紙ではなく、
すでに亡くなっている父親が
40年ほど前に手漉いたものだと判明。

宮城現白石で40年も前に作られた和紙が、
何故犬山の明治村で起きた殺人事件の凶器を包んでいたのか、
この事件の謎であり、小説の面白いところ。

著者は、昭和19年に開始した「学童疎開」をこの事件に絡ませている。
著者ご自身は、東京北区(当時は滝野川区)滝野川小学校
(当時は国民学校)から静岡県沼津へ学童疎開。
台東区(当時は浅草区)誠華小学校(当時は国民学校)の疎開児童だった
人々の記録をまとめた「不忘山」という文集に偶々出会った。
著者はこの文集には大いに感銘を受けた。
疎開先だった宮城県白石は、蔵王連山の不忘山の麓にある。
因みに、昭和20年3月、中学受験のために一時帰京していた
児童たちは東京大空襲で幼い命を落とし、疎開先にいた児童たちも、
在京の家族を戦災で失った悲しい事実がある。

白石に疎開していた人たちが何十年ぶりかで、
同期会を犬山で開くという設定で物語は進行。
疎開していた折に和紙の作業場を手伝い、ご褒美に
和紙をいただいたという話を盛り込んで、
事件解決の糸口にしている。

凄惨な殺人事件とは別に、
和紙という日本古来の素晴らしい技術のことが、
あらためて認識でき、興味深かった。



by toshi-watanabe | 2016-03-26 15:00 | 読書ノート | Comments(0)
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杉本章子さんの「カナリア恋唄」を読み終える。
この著書はサブタイトルにある通り、「お狂言師歌吉うきよ暦」の第4作で
お狂言師歌吉シリーズの最終編なのだが、
著者の杉本さんが昨年12月4日乳がんで逝去され、
残念ながら未完のままである。
因みに第1作が「お狂言師歌吉うきよ暦」(歌吉、お狂言師になる)、
第2作が「大奥二人道成寺」(歌吉、大奥で舞う)、
そして第3作が「精姫様一条」(歌吉、花咲く)。

主人公のお吉は六つの歳に、江戸京橋は桶町で踊りの師匠をしている
三代目水木歌仙に弟子入りした。
踊りの筋もよく、華があると師匠に褒められ、
歌吉という名取名をもらった後も、厳しく仕込まれる。
歌仙はまた、大名家の奥向きへ上がって狂言や踊りを
ご覧に入れる、お狂言師の筆頭と目されていた。
お出入りのお屋敷からお呼びがかかれば、
より抜きの弟子たちで座組をして参上する。
姉弟子の歌のぶとともに歌吉は水木一座の若手として
舞台に立つ女役者でもあった。
ある時、外桜田の毛利様上屋敷奥御殿に参上して、
加賀美山旧錦絵をご覧に入れた。
これは人気の狂言だが、その狂言で忠義の部屋方お初を
演じた歌吉は、幕の後、さるお部屋様のお呼びを受けた。
この時に頂いたのが、見事な細工の竹籠に入れられたカナリア。
当時日本国内で見られた金糸雀ではなく、異国の舶来品。
歌吉が大事に育てると、やがてカナリアは落ち着き、
声を聴かせるようになる。

お狂言師歌吉には、裏の顔があった。
あることから、お小人目付の日向新吾と岡本才次郎の手駒となり、
様々な事件にかかわってきた。
その過程で、歌吉と新伍の仲が親密となり、
互いに愛しい感情を抱くようになる。
目付首座の井手内記の命により、日向新吾と岡本才次郎は、
紀州家と大奥に纏わる事件を追っていた。
仕事の手駒として使っている歌吉を好きになっている新吾だが、
母親の死去により、嫁取りをせっつかれていた。
踏ん切りがつかぬまま、姉のすすめるお徒衆の家の
娘、由乃と祝言を挙げる。
その一方で歌吉はお狂言師の道に進もうとするものの、
新吾への思いを断ち切ることができない。

飼っているカナリアは雌鳥であることが判明し、
雄のカナリアを入手し番いにしてあげる。
著書名の「カナリア恋唄」とは歌吉自身の恋唄なのかもしれない。
新吾の妻となった由乃は芳しくない過去があり、
新吾とも、また新吾の父親ともうまく行かず、
新吾は由乃を離縁する決意をするところで、
この作品は終えている。
好き同士の新吾と歌吉が晴れて夫婦となるのかどうかは、
分からないままである。
果たして著者はどんな結末を考えていたのだろうか。

著書の巻末に、女優の加賀まりこさんが、
「妹に」と題して追悼文を書かれている。
1993年3月、杉本章子さんの短編「夕化粧」が
名古屋名鉄ホールで上演された時、
加賀まりこさんは「おふじ」という主人公を演じられた。
その公演の場に、杉本さんはご両親とともに来られ、
一緒に楽屋を訪れられたのが初めての出会い、ご本人は車椅子だった。
それから15年以上も過ぎた、2000年の頃に
加賀さんは文春文庫の「信太郎人情始末帖」を読み、面白くて
すっかり魅了され、感想を伝えたくて出版社に電話を入れた。
すぐに杉本さんは加賀さんに連絡を取り、それからは週に1度、
深夜の長電話が始まった。
最後の電話は、亡くなる10日前の11月24日、まだ普通に元気な声だった。
その時に、「お狂言師歌吉うきよ暦」シリーズの終わりについて、
話し合われた。 その2日後に意識不明に。
お吉と新吾の終わり方については杉本さんな迷っていた。
「二人とも死ぬということで構成作っちゃった」とも言っていた。
電話だけの交流だったが、姉のように杉本章子さんを見守ってきた
加賀まりこさんだったのではないだろうか。


by toshi-watanabe | 2016-03-16 14:07 | 読書ノート | Comments(2)
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車浮代さんの作品を初めて手にする。
読み終えたのは「えんま寄席」、
サブテーマとして、「江戸落語外伝」とある。
六代目圓楽師匠も絶賛とある通り、とにかく面白い。

前書きと言えるのか、「まくら」で書かれているものを
そのまま紹介します。

「昔から、人と人とは合縁奇縁なんぞと言うように、
 思わぬ場所で思わぬ人がつながってるもんだ。
 つながった縁は良縁だけとは限らない。
 縁が元でこじれることもごまんとある。
 何か不都合が起こった日にゃあ、己のため誰かのために、
 人は平気でしらを切り、いとも簡単に嘘をつく。
 嘘が嘘を呼び、つき重ねるうちに、もはや何が本当で何が嘘か、
 当人にはわからなくなることもあれば、善かれと思ってついた嘘が、
 よもやの厄介につながるってこともある。
 とかく浮世はままならぬ。
 嘘に始まり、嘘に終わればいいけれど、嘘つきは泥棒の始まり
 とはよく言ったもので、強請り、たかり、盗み、邪淫、火付け、
 殺生・・・・・と、人は多かれ少なかれ、罪を犯す。」

「ここは、死人の魂が集まる地獄の入口―――。
 赤鬼と青鬼が門を守り、閻魔様によって、
 人の生前の善悪が吟味され、天界行きか地獄行きかを裁かれる。
 あたいは、神武天皇の道案内をした八咫烏(やたがらす)の子孫。
 そのあたいが仕える閻魔様は、まだ着任したばかりの
 新参者だが、現世にいた頃の功績が認められて、
 大抜擢されたってぇお方だ。
 『罪を憎んで人を憎まず』を信条に、一本筋の通った裁きをなさる。」

いよいよ第壱席の始まりである。
お題は「魚屋の女房」、お馴染みの落語「芝浜」のお先ご登場する。
魚屋亭主の勝五郎はある朝魚仕入れに出かけるが時間が早い、
休んでいた浜辺で革の財布を拾う、中には大金があり、家に戻ると
近所の仲間を呼んで大酒飲み。
目を覚ますと、財布がなくなっている。
女房のお先は夢を見ていたのだろうと嘘をつく。
しぶしぶ納得した勝五郎は一念発起、酒を断ち仕事に励む。
役所に届けて置いた財布に持ち主は現れす拾い主の手に。
女房は勝五郎に詫び、事実を話すと、勝五郎も納得。
女房の勧めで久しぶりに酒を一杯となるのだが、
落語の落ちでは、「また夢になるかも知れない」と勝五郎は杯を置く。
ところが、その続きがあり、お先は閻魔様から追及される。
この辺りから普段、高座で語られる落語とは趣が異なる。
そして閻魔様の裁きを受けて、お先は亭主ともども、
吸喚地獄行きを命じられる。

第弐席のお題は「玄能と鎹(かすがい)」で、
「子別れ」(「子は鎹」とも)の亀吉が登場する。
大工の熊五郎は蟒蛇(うわばみ)の上に酒乱ときている。
夫婦喧嘩の末におかみさんは倅の亀吉を連れて家を飛び出す。
熊五郎は心を入れ替え一生懸命働き大工の頭領に。
3年後、うなぎ屋で親子3人がめでたく再開するのだが。

続いて第参席は「土蔵の中」と題し、
「火事息子」の定吉が登場する。
伊勢屋の若旦那、藤三郎は子供の頃から火事が好き、
好きが高じて実家を勘当され、臥煙(がえん、定火消し)となる。

そして第四席は「九十九(つくも)の夜」と題し、
「明烏」の浦里が登場する。
日向屋半兵衛の跡取り息子、時次郎は堅物。
将来を心配した半兵衛は、札付きの若者に時次郎を吉原へ連れて
行くうよう頼む。
そこで時次郎が出会うのが花魁の浦里。

「下げ」でこの四話の総括をしている。
また、こんなことも書かれている。

「青鬼が地獄の門番を志願したのは、赤鬼が言うように
 人間界に絶望したからではなく、自分ば死んだ後の
 ことが心配だったからなんじゃないかと思う。
 地獄に堕とされる母親を見送り、自分に罠を仕掛けた
 作治を見送り、親方、父親、許嫁(いいなずけ)、
 可愛がっていた弟分・・・・と、
 自分にかかわる人々の死後と、あたいたち八咫烏の
 目を通して浄玻璃鏡に映し出される、
 人間界で起こっているあらゆる出来事を見続けてきた。」

著者の父上は家でよく落語のレコードをかけていたと、
「あとがき」に車さんは書かれている。
車さん、幼いころには、落語を十分理解できなかったが、高校生の頃、
落語にすっかり飲み込まれたそうだ。
2008年から、三遊亭圓窓師匠の指導を受け、
「たらちね」や「金明竹」を演じられるようになり、
さらには、親子の情愛を描いた「火事息子」が好きで、
ついに挑戦された。

落語の筋をある程度知っているだけに、
実に面白く興味深く読む事が出来た。




by toshi-watanabe | 2016-03-05 09:52 | 読書ノート | Comments(0)
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徳間時代小説文庫の最新刊として先月出された、
澤田瞳子の著書「ふたり女房」を大変興味深く読み終える。
「京都鷹ヶ峰御薬園目録」とある通り、
江戸時代後期、幕府直轄の薬草園で働く
1人の女性が薬草を通じて、巷で次から次と起こる悩みを解きほぐして行く。

実は、この作品のシリーズ第二作「師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園目録」が
昨年末に出版され、この著書をすでに読み終えている。
読む順序が逆になったが、それぞれ独立した作品として読めるので、
何ら問題はないだろう。

登場する主人公は元岡真葛というまだ21歳の女性。
母親は棚倉家の御前、従四位下左兵衛佐棚倉静昴の娘、
倫子だが、真葛が3歳の砌に他界、
父親は御門跡医師だが、さらに医学を極めたいと長崎に向けて
旅立ったまま行方知らず。
幼い真葛は、禁裏御殿医と鷹ヶ峰御薬園預を兼ねる
藤林道寿守之の家で養女として育てられる。
同じく夫婦で藤林家に養子入りした義兄の匡と
その妻(真葛の義姉)初音それに夫婦の息子
辰之助が同じ屋根の下に住む。
道寿はすでに亡く、匡が藤林家を継いでいる。

鷹ヶ峰御薬園は、江戸の小石川御薬園、長崎の十善師郷御薬園とともに
幕府直轄の薬草園である。
京の町を見下ろす、1400坪余りの薬草園を、真葛は荒子達を仕切って、
薬園の手入れから生薬の精製までを手掛けている。
同時に医療を学び、医師としての優れた能力も備えている。

6篇の物語から構成されているが、それぞれが独立した作品でもある。
「人待ちの冬」、「春愁悲仏」、「為朝さま御宿」、「ふたり女房」、
「初雪の坂」、「粥杖打ち」。

第一話「人待ちの冬」は、評判の悪い薬種屋「成田屋」を巡る騒動に
真葛がかかわることになる。
第二話「春愁悲仏」は、当代きっての本草学者、小野蘭山の愛弟子、
延島杳山が登場する。
真葛とは旧知の間柄、どうやら真葛は杳山の事が気になるらしく、
馴染みの薬種屋「亀甲屋」の若旦那定次郎としては面白くない。
そんな三人が、数少ない真葛の患者まで乗り替えた、
妖しい民間療法の真実に迫っていく。
薬効あらたかな観音像の意外な正体が明かされ、
その裏には隠された過去の事件。

第三話「為朝さま御宿」は、三條西家の子供の
疱瘡を切っ掛けに藤林家の先代の主も関係した
意外な事実が暴かれる。
第四話「ふたり女房」は、二人の女房を持つ男の騒動を
通じて、傍からは計り知れない夫婦の綾が描かれ、
己のしっかりした意思を持ち、行動力のある、
二人の女性が見事に生き生きと描かれている。

第五話「初雪の坂」は、御薬園の薬の盗難を発端に、
藤林家の名誉を傷つけかねない事件が起きる。
ある少年の厳しい人生には胸を痛めてしまう。
第六話「粥杖打ち」は、宮内で行われる「粥杖打ち」
から始まった、一人の女性の妊娠騒ぎが綴られる。
小正月十五日、宮城では望粥とも呼ばれる小豆粥を食する。
粥杖とはこの粥を炊いた際の杓子で、これで子のいない女性の
尻を打てば、男児を産むと言い習わされていた。
老齢の貴族が孫ほど年の離れた女房を追い回したり、
好意を抱く若公卿を上蘢が狙ったりという騒動が起きるのが恒例。
初めて匡のお供をして参内した真葛も粥杖打ちに合う。

延島杳山が真葛を、小野蘭山が行う薬物採取の旅に誘う。
真葛は江戸行きの希みを義兄の匡に話すものの、
匡の同意は得られず、それでも真葛の決意は固い。

こうして江戸に出てからの話になるのだが、
このシリーズの第二作「師走の扶持」となる。



by toshi-watanabe | 2016-03-01 09:30 | 読書ノート | Comments(0)
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葉室麟さんの最新作「神剣」を読み終える。
サブタイトルに「人斬り彦斎(げんさい)」とある通り、
幕末、人斬り彦斎と呼ばれた熊本藩の志士、河上彦斎の
苛烈な人生と志が描かれている。

安政7年(1860)3月3日、水戸、薩摩藩を脱藩した
浪士18人が江戸城桜田門外で時の大老井伊直弼の
登城行列に襲い掛かり、直弼の首級をあげた。
その中の元水戸藩士の4人が、細川越中守江戸藩邸に駆け込む。
門番の足軽たちは足すくむばかり、
そこへ現れて声をかけたのが、五尺足らずの小柄な茶坊主、
色白で顔立ちは女人ではないかと思うほどの美貌の持ち主。
外見に似ず、血に染まった浪士たちにてきぱきと対応する。
この茶坊主が、この物語の主人公、河上彦斎である。

肥後の国、熊本藩五十四万石、御花畑表御掃除坊主の彦斎は、
熊本藩の兵学師範、宮部鼎蔵に師事し、
そして鼎蔵が若き日の吉田寅次郎(松陰)と話し合う場に
同席した時に耳にした話が彦斎の頭から離れない。

幕末、尊王派、攘夷派が力をつけ、徳川幕府の屋台骨が
緩んでくる。
脱藩した彦斎は尊王攘夷を信奉し、京や長州で活動を始める。
師と仰ぐ鼎蔵が京で新選組の刃に倒れ、
彦斎は神のお告げだと、人斬りの道に入り込んで行く。
因みに幕末の四大人斬りと言われる人たちがいる。
河上彦斎はこの中の一人で、残りの三人は薩摩の田中新兵衛、
土佐の岡田以蔵、そして薩摩の中村半次郎。

長州の桂小五郎、久坂玄瑞、高杉晋作、大村益次郎などとの交流もあるのだが、
彦斎は筋金入りの尊王攘夷信者、他人の言葉を聞く耳を持たない。

勝海舟の義弟に当たる佐久間象山が彦斎らにより暗殺される。
象山を高く評価していた海舟を落胆させる。
益々「人斬り彦斎」として名を挙げ、人々に恐れられる。
一時は、長州の晋作、益次郎らとともに行動したりするのだが、
結局、人斬りの本質は変わらず。

明治維新後、彦斎は新政府から危険分子とみなされ、
獄に入れられ、明治4年、38歳の若さで処刑される。
波乱に満ちた人生を終える。

この作者らしい一作で、一気に読み終えてしまう。


by toshi-watanabe | 2016-02-21 09:41 | 読書ノート | Comments(0)
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知人のお薦めもあり、宇江佐真理さんの著書を初めて手にする。
宇江佐さんの作品は、度々直木賞の候補になりながら受賞叶わず、
癌に侵され、約20年間の作家生活に別れを告げ、
惜しまれつつ、昨年11月に他界された。 享年66歳。
追悼版として出されている一冊が、集英社文庫の「糸車」である。
読むうちに物語に引き込まれて行く。

蝦夷地松前藩で家老を務めていた市次郎が
参勤交代の藩主のお供をして江戸へ上って2年後、
まだ10代前半の嫡子、勇馬を江戸へ呼び寄せた。
勇馬が江戸の藩邸に到着して安心したのも束の間、
藩邸内で不穏な動きがあり、市次郎は藩内の不平分子の
手によって命を落とす羽目となった。
早飛脚の知らせに、妻のお絹は動転、
さらに追い打ちをかけるように、息子の勇馬が行方知れず。

市次郎が亡くなって3年後、
お絹は単身、勇馬を探し求めて江戸にやってくるところから、
この小説は始まる。
深川常盤町の今でいう長屋に当たる、宇右衛門店(うえもんだな)で、
1人暮らしを始めたお絹は、生活の糧にと、
店から小間物を仕入れ、小間物の行商を始める。
馴染みのお得意先も増え、
日々、お得意先を回りながら、勇馬の行方を探し求める。

この小説に登場する人たちはいずれも、
多少お節介なところもあるものの、思いやりがあり、親切である。
下町の人情味に溢れている。

お絹は、やがて息子の勇馬と巡り合えるのだが、
そのあたり、興味のある方は本書を読んでいただきたい。
そして、作品名の「糸車」も最後の場面に出てくる。
素晴らしい作品で、お薦めの一冊である。



by toshi-watanabe | 2016-02-09 10:12 | 読書ノート | Comments(2)
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内田康夫さんの著書「戸隠伝説殺人事件」を読み終える。
この作品は1983年7月、角川ノベルスとして刊行され、
1985年9月角川文庫、1992年8月徳間文庫に収録された。
その後、1996年7月に角川春樹事務所から、
単行本が新たに刊行されている。
そして昨年12月、講談社文庫として新装出版された。

著者の内田康夫さんは、1945年、終戦の年の4月13日夜、
東京のご自宅が空襲で被災、家財道具一切含めて丸焼きに。
ご家族とともに信州へ疎開される。
疎開先として1年半ほど住んでいたのが、戸隠村宝光社というところ。
この作品の舞台として登場する。

この作品は、内田さんが作家生活に入って間もないころに
書かれたもので、内田さんにとって忘れられない一冊だと、
ご本人が言われている。
お馴染み名探偵の浅見光彦はまだ登場しない。
“信濃のコロンボ”と称される竹村岩男警部が活躍する。
どの作品でも、最初にプロローグが初めにあり、
これから起こる事件を示唆する場面が書かれているが、
この作品では、可成りのページ数を割いている。
終戦の直前、戸隠村宝光社で起きた痛ましい事件が書かれてる。
大火があったのは事実らしいが、話はもちろんフィクション。

戸隠神社は一度訪れたことがある。
ごつごつした岩山が続き、奥社までの長い参道を思い出す。

さて戦後39年経って、戸隠で殺人事件が起きる。
この物語の始まりである。
信州戸隠には、紅葉伝説が古くから伝えられている。
平惟茂が鬼女の紅葉を討伐する物語で、
これは能の「紅葉狩」としても知られている。
因みに水芭蕉などでも知られる鬼無里(きなさ)では
毎年「鬼女紅葉まつり」が開催されている。

この紅葉伝説ゆかりの土地で殺人事件が次から次に起こり、
竹村警部が事件の解決に向かって奔走する。
39年前の事件が絡みながら、物語は展開する。
推理を楽しみながら、興味深く読める一冊である。

因みに、名探偵浅見光彦シリーズはすでに終了しているが、
「浅見光彦記念館」が本年4月に、軽井沢にオープンする予定。
いずれ名探偵再登場するのだろうか。




by toshi-watanabe | 2016-02-06 09:33 | 読書ノート | Comments(0)

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数年前の春、小彼岸桜を楽しみに信州の高遠城址公園を訪れたことがある。
残念ながら天下の名桜は未だ蕾のまま、満開どころではなかった。
ただ一本だけ、大きな白いビニールシートをかぶせて、
無理矢理に桜の花を咲かせていたのが今も目に浮かぶ。
その折、南ゲート近くにある「絵島囲い屋敷」が復元されており見学する。
江戸時代、世間を騒がせた「絵島生島事件」の主謀とされた
大奥御年寄りの絵島が28年間幽閉された牢屋敷である。

藤原緋佐子さんの著書「花鳥(はなどり)」は7代将軍徳川家宣の
側室、「月光院」の生涯を描いた物語。
月光院の片腕となって大奥で絶大な力を発揮したのが絵島で、
その絵島が高遠藩囲い屋敷でひっそりと過ごしている場面から
この作品は始まる。
行脚僧眞圓(若い時の名前は塚田四郎次で、月光院の子供の時の知り合い)が
突然絵島のところに訪れ、絵島が彫った木彫りの仏像を預かる。
終盤の場面で、この仏像は月光院に手渡される。

元禄7年(1694)春のこと、幼子の「輝(てる)」は、
飼っていた花鳥(この作品では鶯を指す)を両親に見付けられ、
泣く泣く捨てに隅田川沿いにやってくる。
5代将軍徳川綱吉の発した「生類憐みの令」の咎めを恐れたためである。
輝は浅草にある真宗高田派の寺、「唯念寺」の塔頭「林昌院」の
住職、玄哲の娘で、玄哲は元加賀藩の藩士で、佐藤治郎左衛門といい、
槍の指南役だったところ、ある事情により槍指南のお役を辞し、
唯念寺の和尚を頼って寺に入り剃髪、名を玄哲と改める。
花鳥を捨てきれずに悩んでいる輝の姿を見て、
二人連れの立派な姿の武士が話しかける。
事情を知った武士は小鳥を預かり、己の邸宅の庭で育てると約束。
殿と呼ばれた武士は、当時甲府宰相綱豊、のちに第6代将軍家宣公。
仕えていた武士は、後々側用人として権勢をふるう間部詮房(まなべあきふさ)。
この運命的な出会いは、無論作者の仕組んだフィクションだろう。

天性に恵まれた輝は、四代将軍家綱公の乳母矢島局の
嫡男、矢島治太夫の養女となり、
綱豊公の桜田門御殿に出仕、やがて綱豊公のご寵愛を受けて
側室となられ、名をお喜世と改める。
綱豊公の屋敷内で、お喜世は鶯の鳴き声を聞きはっとする。
幼いころのことを思い出す。
そこへ着流し姿の綱豊が現れ、「聞こえたか」と、優しげに声をかける。
お喜世は頭を垂れたまま、「殘鶯(ざんおう)でございましょうか」と答える。
かって唯念寺の和尚から教えられた漢詩の中に、
「花に別れてぞ何ぞ供を用ゐん、酒を勧むるには残鶯あり」
とあったのを思い出す。

町民が「生類憐みの令」に苦しめられ、赤穂浪士への同情も増してきたころ、
綱吉公が病で亡くなる。
側用人、柳沢吉保も失脚し、綱豊が第六代将軍家宣公の世となる。
側室のお喜世は左京の方と呼ばれるようになる。
綱豊の正室、煕子(ひろこ)は御台所として大奥へ。
煕子の子供たちは生まれて間もなく夭折する。
他の側室の子供も幼くして夭折。
やがて家宣公が病に倒れ、左京の方の息子、
鍋松はまだ4歳ながら父の跡を継ぎ、第七代将軍家継となる。
お喜世の時代から右腕として、大奥で力を発揮していた
絵島は、家宣墓参り代参の帰り、歌舞伎役者、生島新五郎を
宴会に招いて、その結果大奥の門限に遅れたとして、罠に嵌められる。
世にいう「絵島生島事件」の首謀者として死罪となるところを、
高遠藩お預かりとなり、「囲い屋敷」に閉じ込められてしまう。
この事件についてはドラマ化され、映画やテレビで放映されている。
その家継も、わずか7歳10ヵ月で病で急死。

第八代将軍には、紀州徳川家から入府した吉宗がつく。
御台所は剃髪して天英院に、左京の方は月光院となる。
吉宗公は月光院を支援し、厚くもてなす。
吹上御殿で悠々自適の後半生を過ごす。
将軍家宣に仕え幼き将軍家継の母として生きた
月光院は宝暦2年(1752)9月19日、御年68歳で逝去、
芝増上寺に葬られる。

藤原緋佐子さんの作品を読むのは、「百年桜(人情江戸彩時記)」以来。
本書も、藤原さんらしい、素晴らしい筆致で読者を引き込んでしまう。
因みに月光院が登場する小説としては、杉本苑子さんの「元禄歳時記」や
諸田玲子さんの「四十八人目の忠臣」がすでにある。



by toshi-watanabe | 2016-01-25 09:09 | 読書ノート | Comments(2)