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最近講談社文庫として発刊された、
葉室麟さんの著書「陽炎(かげろう)の門」を読む。

九州、豊後鶴ヶ江に六万石を有する黒島藩が作品の舞台。
黒島藩は伊予国来島水軍の中でも黒島衆と称された
黒島興正を藩祖とする。
葉室作品では、「山月庵茶会記」と「紫匂う」にも
登場する黒島藩、もちろん架空の藩である。

家禄五十石の家に生まれた桐谷主水(きりやもんど)は、
両親を若くして亡くし、天涯孤独の身だが、
苦難を重ねながら精進し、37歳の若さで
黒島藩の執政の一人に推挙された。

十年前、先の藩主黒島興嗣の時代に
藩内で激しい派閥闘争があり、その折り主水の友でライバルでもあった
芳村綱四郎が藩主興嗣を中傷する落書を書いた張本人とされ、咎めを受けた。
落書の筆跡が綱四郎のものだと証言したのが、主水だった。
この証言が決め手となり、綱四郎の切腹が決まり、
何故か綱四郎は主水に介錯の労を望んだ。
このことが主水の心深くに大きな傷跡として残り、
綱四郎への負い目をおいながら生きてきた。

綱四郎の切腹後、興嗣は卒中で倒れ、間もなくして逝去。
家督を継いだのが興嗣の世子、興世で新たな藩主となった。
派閥争いで死者を出した事態を憂慮、喧嘩両成敗として、
家老職にあった熊谷太郎左衛門と森脇監物が隠居させられた。
新たに家老職についた尾石平兵衛のもと、
藩内は平穏に保たれていたかに見えた。

色々と事情があって、主水は綱四郎の遺児である娘の由布(ゆう)を、
親子ほどの年齢差があるものの、妻として迎えた。
ところが江戸の他家で養われていた由布の弟、芳村喬之助が
突然父の敵討ちを藩に願い出て、江戸から黒島藩に向かった。

主水の身辺が急に不穏な空気に包まれることとなる。
主水は綱四郎が書いたとされる落書のことが気にかかり、
ひそかに調べ始めた。
家老の指示なのか、江戸から呼び寄せられた、
早瀬与一郎という若い武士が主水の行動を監視。
落書の終わりの部分に、綱四郎の手跡とは異なる書名
「百足」が加えられており、
百足と名乗る人物が、実は10年前の事件を引き起こした
黒幕なのではと疑問を持つようになる。

派閥争いのさらに10年前、藩を支える二つの道場がいがみ合い、
御世河原で大乱闘となる事件があった。
御世河原騒動と呼ばれ、多くの犠牲者をもたらした。

その時の恨みが10年経って、芳村綱四郎の切腹につながるという、
一種の推理小説ともいえる物語が進展する。
敵か味方かわからない与十郎と主水の絡みがすっと続く。

城の奥庭に臥龍亭(茶室)が池に面して建てられている。
臥龍亭を訪れた主水は、茶室にかけられた扁額を見てはっとする。
額には「百戦一足不去」とあり、署名は「曙山」。
曙山とは藩主黒島興世のことである。
「百足」とは誰だったのかを悟る瞬間だった。

事件が解決し、桐谷主水は四十歳にて次席家老となる。

登城する主水は潮見櫓の門を潜ると立ち止まって
「出世桜」に目を向けた。
一陣の風が吹き寄せて桜の花びらが風に舞った。
その時、主水はささやくような声を耳にした。
―――― 桐谷様 ――――
振り返ると、門の向こうの石段に若い武士が立っている。
武士が早瀬与十郎だとわかった。
「与十郎、いかがした」
思わず主水は声をかけた。
若い武士ははにかんで少し笑ったように見えた。
その時、武士の姿は立ち昇る陽炎にゆらいだ。
主水がはっと気がつけば、そこには誰もいなかった。

「陽炎の門」の幕が下りる。

by toshi-watanabe | 2016-05-19 11:22 | 読書ノート | Comments(0)

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昨年11月に不帰の人となられた宇江佐真理さんを追悼して、
祥伝社から出版された文庫本「高砂」を読む。
江戸時代、心温まる夫婦の人情物語であるが、
一つ一つの短編として読むこともできる。
「夫婦茶碗」。「ぼたん雪」、「どんつく」、「女丈夫」、
「灸花(やいとばな)」、「高砂」の6編から成っている。

江戸の下町深川蛤町で材木の仲買人を生業としていた
又兵衛は、長男の利兵衛に商売を譲って隠居をすると、
連れ合いのおいせとともに蛤町を出て、
日本橋堀留町へ移った。
長男夫婦と一緒に住み続けていたら、
親子関係が怪しくなりそうな気がしたためである。
早い話、又兵衛は様々なしがらみから離れて、
知らない町でのんびり余生を送りたかったのだ。

幼馴染の孫右衛門の紹介で、今は堀留町の会所に住む。
会所とは町役人が本来詰めているところで、
名主の役宅を兼ねる場合も多かったが、
夫婦者が管理人として住むようになっていた。
町触を伝達したり、人別(戸籍)、道中手形など、
住民が届ける書類を作成したり、町内で訴訟が起きれば、
話し合いの場として使われ、火事の時は、
町火消連中の待機場所ともなった。

又兵衛は3度妻を娶り、母親との姑嫁問題などが原因で、
3度とも離縁、おいせとは4度目になるものの、人別の
届を出していない、現在でいう内縁関係にある。
又兵衛より五つ年下のおいせは町医者の娘で父親の死後、
相当の遺産を継いでいる。
おいせは一度嫁いだものの離縁となっている。
又兵衛は度重なる離縁の体験者であるとともに、
人別の届けを出すと、お伊勢名義となっている遺産が
又兵衛のものとなり、万一の場合には遺産はすべて又兵衛の
子供たちに移り、おいせには何も残らないのではと心配。

三番目の女房が家を出て行ったとき、
又兵衛には、二人の息子と一人の娘、
それに物忘れが多くなっ母親がいて、
苦労を重ね疲労困憊の体だった。
そこへ亭主と別れたおいせがやってくる。
実は又兵衛とおいせは従兄妹同士で幼馴染。
又兵衛の母親とも気心がよく知れている。
子供の面倒を見てほしいという話から、
又兵衛とおいせは形の上では夫婦となった。

又兵衛とおいせ、それに幼馴染の孫右衛門が
何かと世話を焼き、お節介をしながら、
次から次と登場する難題を抱える人たちの相談に乗り、
面倒を見て問題を解決して行く物語が続く。

「高砂」の最後の場面では、
秋も深まった長月の吉日に又兵衛は晴れて
おいせと夫婦になる。
堀留町の会所に大勢の人々が集まる。
二人は近くの神社でお参りをした後、
世話になった人々を招いてお祝の席を設ける。
音頭を取ったのはほかならぬ孫右衛門。
名主の長い挨拶が終わると、
病気で世話になった医者の岡田策庵が祝言の
恒例の「高砂」を謡い始める。

又兵衛と孫右衛門の仕事はこれからも続く、
と、この小説は幕を閉じる。

ほろっとさせられる、心に染み入る珠玉の人情時代小説、
お薦めの一編である。



by toshi-watanabe | 2016-05-12 10:08 | 読書ノート | Comments(0)

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朝井まかてさんの新作「眩(くらら)」を読み終える。
長編小説で、読むのに結構骨が折れるが、
すっかり物語に引き込まれ、感動の余韻を残しつつ読み終える。

本の帯にはこう書かれている。
北斎の娘にして〈江戸のレンブラント〉、
天才女絵師・葛飾応為の全身を絵に投じた生涯。
「眩々するほどの命の息吹を、あたしは描く。」
偉大すぎる父・北斎、兄弟子・溪斎英泉への叶わぬ恋、
北斎の名を利用し悪事を重ねる甥――人生にまつわる面倒ごとも、
ひとたび筆を握れば全て消え去る。
北斎の右腕として風景画から春画までをこなす一方、
自分だけの光と色を終生追い続けた女絵師・応為。
自問自答する二十代から、傑作「吉原格子先之図」に至る
六十代までを、圧倒的リアリズムで描き出す。

死ぬまで筆を握り浮世絵を描き続けた葛飾北斎は
享年90歳の長命を全うした、江戸時代末期の名だたる浮世絵師。
北斎の三女として生を受けたのが、この小説の主人公、お栄である。
お栄は幼いころから、父親のそばにいて、父親の描く姿を目にし、
自らも絵筆を握るように。
母親の小兎(こと)が心配して、お栄は22歳の時に
東神田橋本町で水油屋を営む商家の次男で、
南沢等明という画号を持つ町絵師の吉之助のところに嫁ぐ。
家事が不得手で、子もなさなかったお栄は3年後実家に戻る。

お栄は北斎工房で、北斎の弟子らに交じって、
父親の画業を熱心に手伝う。
下級武士の子だった池田善次郎は絵師を志し、
北斎工房にも顔を出すようになり、お栄とも気心が通じる。
善次郎は浮世絵師とともに狂言の戯作者としても名を成し、
溪斎英泉を名乗り、妻をめとるが、お栄との仲は続く。

北斎は70歳を前にして、酒も飲まないのに中気で倒れる。
柚子の卒中薬で無事回復する。
ところが、その直後看病の疲労もたまったのか、
北斎の11歳年下の妻、小兎があっと言う間に亡くなる。
その後、北斎を杖を突きながらの生活だが、
信州の小布施まで出かけたり、浮世絵を描き続ける。

物語の終盤、お栄は絵師、葛飾応為(おうい)を名乗り、
「吉原格子先之図」を手掛けている。
そこへ突然、溪斎英泉(善次郎)の訃報が届く。
葛飾応為(お栄)は通夜に出かけず。
北斎は野辺の送りには顔を出すように、娘のお栄に強く言う。
親子の言い合いが続き、お栄はやっと重い腰を上げる。
場所もわからず出かけたお栄は、高札場の近くで人に尋ね、
楓川に架かる海賊橋を渡ったものの、走る事が出来なくなり、
足を投げ出し座り込んでしまう。
無様な女で何もかも間に合わないと思っていたお栄の耳元に、
おりんの澄んだ音と僧侶の読経が聞こえ、
白い着物の一行が近づいてくる。
野辺送りだ。
お栄はいつしか、嗚咽しながら笑っていた。
列を見送り、裸足のまま空を見上げると、鰯雲が流れてゆく。
読み手に感動を与える、この場面の情景は圧巻である。

その1年後、北斎を長寿を全うする。
応為は最大の傑作と言われる「吉原格子之図」を完成。
やがてどこへともなく1人旅立つ。

葛飾応為の晩年は記録に残っておらず、
ほとんど知られていない。


カバー表紙絵に使用されているのは、葛飾応為の傑作「吉原格子先之図」そのもの、
東京渋谷区神宮前にある「太田記念美術館」所蔵である。






by toshi-watanabe | 2016-04-30 15:05 | 読書ノート | Comments(2)

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葉室麟さんの最新作「辛夷(こぶし)の花」を読み終える。
すっかり葉室ファンの身、この作品も読み始めると、
すっかり葉室世界に引き込まれ、一気に読んでしまう。

九州豊前(ぶぜん)、小竹(こたけ)藩の勘定奉行三百石の澤井家の長女、
志桜里(しおり)は船曳栄之進のもとに嫁いで3年になるが、
子に恵まれず、実家に戻っていた。
空き家になっていた隣の屋敷に小暮半五郎という
武士が年明けに引っ越してきた。
背丈は六尺を超える長身で肩幅も広い、
繭が太く、目は涼しげで整った顔立ちなのだが、
覇気を感じさせず、いつも穏やかな笑みを浮かべていた。

志桜里の父親で、澤井家の当主、庄兵衛は、
藩主、小竹讃岐守頼近から能力と実績を買われて
3年前、勘定奉行に取り立てられていた。
それには事情があった。
代々小竹藩の家老を務める安納、伊関、柴垣のご三家が
公金をひそかにわが懐に入れて肥え太っていた仕組みを暴くためで、
3年がかりで調べ上げる事が出来た。
また隣家に引っ越してきた半五郎も頼近に気に入られ、
郡方から加増されて近習役五十石となり、頼近の身近に仕えるようになった。
ご三家の始末を江戸のご老中に願い出るために使者として
役割を担うのが半五郎であった。

澤井家に新しい女中が深堀村からやってくる。
すみという16歳の少女だが、
村では10年前、強訴騒ぎが起こり、郡方の村まわりがなくなり、
村人からも死者が出た。
抗って、その場で斬られた百姓の一人が、すみの父親、
そして斬ったのが半五郎だった。
そこにはある事情があったのだが。

半五郎は10年前の事件後、己の刀に浅黄紘を結んだままにしている。
人は彼を「抜かずの半五郎」と呼んでいた。
半五郎が江戸へ旅立つとき、澤井家に出立の挨拶は無かった。
ただ、半五郎の家僕の佐平が、どこで伐ったものか、
辛夷の花がついた一枝を志桜里の元へ届けてきた。
志桜里は辛夷の枝を床の間の花瓶にそっと挿した。
辛夷の枝には、和歌が書かれた短冊が添えられていた。

「時しあればこぶしの花もひらきけり
  君がにぎれる手のかかれかし」

時がいたれば、蕾のころは、ひとのにぎりこぶしのような形を
していた辛夷の花も開く、あなたの握った手も開いて欲しい、
とはかたくなになって閉じている心を開いて欲しい、
という意だろう。

大団円というか、最後の場面は読者をぐいぐい引き込み、
終わりを迎える。
「生きていくうえでの苦難は、ともに生きていくひとを知るためのもの」
この物語は訴えているようである。
たおやかで凛々しく生きるヒロイン、志桜里おいう女性が見事に描かれている。





by toshi-watanabe | 2016-04-22 10:07 | 読書ノート | Comments(0)

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引き続き、内田康夫さんの著書「鄙の記憶」を読み終える。
この作品は、読売新聞社の依頼により、
1997年8月から1998年3月まで「週刊読売」に連載後、
一部加筆修正して単行本として、同年4月に読売新聞社から出版された。
その後、2000年11月幻冬舎ノベルスとして刊行され、
2002年4月に幻冬舎文庫、2006年10月に角川文庫に収録された。
本年3月、新潮文庫から新たに出版されたものを今回読む。

作品は2部に分かれている。
第1部は、静岡県大井川鉄道の寸又峡(すまたきょう)、
第2部は、秋田県雄物川の大曲(おおまがり)が舞台となっている。
それぞれで起きる殺人事件が何の関連もないように見えて、
実は繋がりがあり、名探偵、浅見光彦が事件解決の糸口を見つける。

最初にプロローグの部分があるが、
連載時にはなく、単行本として刊行される際に追加されたもの。
日本一ともいわれる大曲の花火大会の夜、
高齢の横居ナミは誘われたものの花火会場の河原には出かけず、
独り屋敷の縁側で、木の間越しに打ち上げ花火の競演を眺めていたところ、
突然二人連れの男たちが屋敷に入り込み、金庫に向かうが
ナミに気付き、襲い掛かり殺害する。

供島武龍という主人公が登場する。
この主人公の設定が面白い。
供島は滋賀県長浜の郊外にある浄土真宗の末寺の長男として生まれ、
僧侶を継ぐ立場にあったのだが、父親が嫌いで、勘当当然に家を飛び出し、
新聞記者になった。
所が父親がなくなり、母親から泣きつかれ、時々法事のために帰郷している。
今は静岡県島田市の通信部に籍を置き、女房の春恵とともに業務をこなす。
島田市役所記者クラブの仲間でテレビ局のカメラマン久保一義は
寸又峡へ写真を撮りに出かけるが飛龍橋の下で死体で発見される。
地元警察署では、事故死か自殺の線で捜査を開始するものの、
供島には久保は殺害されたものと推察する。
事件直前に、久保は供島の家に電話を入れるが、供島は留守で春恵が電話を取る。
その時に久保が言ったのが「面白い人に会った」。
この言葉が後までひっかかり、結局事件解決のキーワードとなる。

供島が個人的に久保の事件を調べていると、大間ダムに死体が浮きあがる。
ホテルの宿泊者名簿から、死体の主は川口元正という男。

そこへ浅見光彦探偵が登場する。
実は殺害された久保の未亡人、香奈美は光彦と高校の同窓、
文芸部で光彦の2年後輩だった縁で、
久保の死亡に疑問を抱く香奈美が光彦に調査を依頼したもの。
二つの事件は同一人物による殺害事件とみて、
警察署には邪魔扱いされながら、
供島と光彦は共同作戦で調べて行く。
久保と川口の間には接点が見つからないものの、
何らかのつながりがある予感を光彦は抱く。
川口というのは偽名で、実は大曲で起きた殺人事件の
実行犯と判明し、捜査は秋田県の大曲の警察署に移る。

光彦は問題を残したまま東京に戻り、
物語は第2部に移る。
久保は時々供島の家に遊びに来ることがあり、
供島は酔って機嫌のいい時には、大曲時代の
写真を久保に見せたことがある。
供島は大曲の通信部に勤務したことがあり、
久保が残したメッセージ「面白い人」が見つかるのではと、
大曲へ単身でかける。
ところが供島は大曲で殺害され、いよいよ事件は闇の中。
そして光彦探偵も大曲へ向かう。
真犯人を突き止めるまでの、
冴えた推理と事件の展開、いかにも光彦シリースの一冊である。




by toshi-watanabe | 2016-04-17 10:29 | 読書ノート | Comments(0)

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昨年11月7日がんのため満66歳で亡くなられた、
宇江佐真理さんの遺作にして最後の長編時代小説
「うめ婆行状記」を読み終える。

朝日新聞夕刊に、本年1月12日から連載が始まり、
故人の遺志により3月15日を最後に未完のまま終える。
新聞で読まれた方も多いかと思う。
人生の哀歓、夫婦の情愛、家族に絆が綴られている
宇江佐文学の最高傑作だろう。
早くも朝日新聞出版から単行本として出版された。

場面は江戸時代、主人公のうめは商家伏見屋の娘、
望まれて北町奉行の同心、霧降三太夫の妻になった。
伏見屋は大伝馬町の酢・醤油問屋である。
二男二女に恵まれ、ひたすら夫や舅姑に仕えてくらして
来たものの、うめは婚家の窮屈な暮らしに
息苦しく感じていた。
子供たちを育てあげ、舅姑や夫を彼岸へ送り、
嫡男の雄之助が妻子を得て家督を継ぐどころを見届けるまでは、
不平不満を腹におさめ、良妻賢母を演じてきた。

うめは念願の一人暮らしを始める決意をする。
うめの弟市助が瓢箪新道に空き家を見つけ、
その仕舞屋に移る。
庭に大きな梅の木があり、隣人の助けを得て、
梅干しづくりを始める。
一人暮らしのうめのまわりで、季節の移ろいと共に
様々な出来事が起こる。
盂蘭盆があり、祝言があり、弔いがあり、
親子、夫婦、隣人、喧嘩も、許されざる恋も、病も。

伏見屋の主でうめの兄、佐平の一人息子、鉄平が
五つ年上の水茶屋の女、おひでと生さぬ仲となり、
二人の間には男の子まで。
甥の鉄平のために、うめが一肌脱いで、兄夫婦を説得し、
めでたく伏見屋に落ち着く。
日常のありふれた出来事が流れてゆく。

うめは病に倒れるものの、回復する。
未完のまま、物語はここで幕を閉じる。

宇江佐さんの生前、親密に付き合ってこられた、
同じ時代小説を書かれている諸田玲子さんが、
解説としてあとがきを書かれている。
宇江左さんの遺言がちりばめられた貴重な作品と
諸田さんは絶賛されている。



by toshi-watanabe | 2016-04-12 15:22 | 読書ノート | Comments(0)

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内田康夫さんの著書「氷雪の殺人」を読み終える。
ご存知名探偵、浅見光彦シリーズの一冊。
本作品は、平成10年10月から11年7月までおよそ40回にわたり、
「週刊文春」に連載され、
その後平成15年11月、文春文庫より、
平成19年4月、角川文庫より刊行されているが、
今回手に取ったのは、本年2月に祥伝社文庫として出版されたもの。

この作品が書かれたとき、浅見探偵は日本全国くまなく訪れていたが、
北海道に関しては、旭川より北にはまだ足を運んでいなかった。
稚内港からフェリーで渡る利尻島から物語はスタート。
私自身も礼文島とともに、利尻島には何度も訪れており、
利尻山(利尻富士)は実に美しい山である。
主人公は美しい利尻山と利尻昆布、そしてこの美味しい昆布を食べて
成長するウニを楽しみに利尻島への取材に出かける。
利尻や礼文で食べるバフンウニは最高の味である。

利尻山は標高1,721メートル、すそ野を長く引いた美しい山だが、
八合目からは急峻、岩盤厳しい山である。
本格的な登山装備が必要である。

浅見探偵が利尻島に出かけるのには、ある目的を携えていた。
光彦の兄、陽一郎は父親代わりでもあるが、刑事局長の要職にある。
その兄が政府高官から光彦名指しで、調査を依頼された。
利尻山の六合目で、東京のエリート会社員が不慮の死を遂げたが、
環境証拠が見当たらず、事故死か自殺と推察され、
結局地元警察では自殺として処理されていた。
警察には内密で、この不慮の死について調べることになる。
現地に渡った光彦は、調べを進めるうちに殺人であることを確信する
ものの、容疑者の姿が全くつかめぬまま時間は過ぎる。

殺人事件の推理小説で始まった、この作品だが、
読み進むうちに、全く異なる方向に進行して行く。
当時北朝鮮が、弾道ミサイル、テポドンを発射して、防衛庁の対応が
急を要す事態になっていた。
日本の防衛庁では、このミサイルが三陸沖に落下した事実を確認できず、
韓国からの情報で初めて知るという極めて弱体な状況。
防衛力の増強が緊急を要することとなった。
日本の北の守りということで、
利尻に防衛情報基地を設ける計画も浮上し、
殺害されたエリート社員はその調査のために
利尻山に登ったことが後で判明する。
殺人事件から段々ややっこしい話に進展。

殺害される前に、「プロメテウスの火矢は氷雪を溶かさない」
という謎の言葉を残し、一枚のCDを知人に送っている。
CDには演歌「氷雪の門」(星野哲郎作詞、市川章介作曲、
畠山みどりが歌っている)。
ところがCDには、歌とは別にデータが保存されており、
驚愕のメッセージが隠されていた。
防衛庁と業者との癒着が表面化する証拠資料となり、
防衛庁幹部による汚職事件が明るみに出る。

著者は書かれているが、
作品のテーマに至るもう一つの入口は、
稚内の丘で見学した「氷雪の門」と「九人の乙女」の
悲劇を追悼する碑であるとし、(私も見学している)
この作品を「氷雪の殺人」と命名したのは、
その時の直感によっている。
さらにこう書かれている。
稚内市内にはロシア人の姿が多かった。
湊には赤さびたロシアの貨物船が停泊し、
ラーメン屋はロシア人の客で賑わっていた。
よく晴れた日には宗谷岬からサハリンが望めるそうだ。
文字通りの一衣帯水、外国と向き合っていることを実感する。
私も全く同感である。

北朝鮮の挑発が続いている現状を考えながら、
この作品を読み終える。

作品の幕切れは、殺人事件の黒幕と思われる高官とその部下の実行犯が
乗った航空機が消息を絶ち、事件は闇の中。



by toshi-watanabe | 2016-04-01 09:54 | 読書ノート | Comments(0)

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内田康夫さんの著書「美濃路殺人事件」を読み終える。
この作品は1990年6月に刊行された作品だが、
昨年新装版として出版された徳間文庫で読む。

お馴染み素人探偵、浅見光彦が活躍する作品の一冊。
浅見光彦シリーズは、115作目の大作「遺譜」が2014年7月に
刊行されたのを最後に、その後の新作は書かれていない。
115作のほんの一部しかまだ読んでいないが、
これからも読み続けて行こうと思っている。

「美濃路殺人事件」は書名の通り、
美濃や犬山方面が舞台となっている。
浅見光彦が美濃の外れ山中にある「和紙の里」、
蕨生の部落を訪れるところから物語は始まる。
著者も実際に現地を訪れているので記述が実に詳しい。
戦前盛んだった美濃の和紙作りも著者が訪れた頃は、
衰退の一途をたどっていたそうだ。
その後は若干持ち直しているらしい。
因みに2014年11月、「和紙 日本の手漉和紙技術」が
ユネスコの無形文化遺産に登録された。
登録された三つの和紙は、岐阜県美濃市の「美濃紙」と
島根県浜田市の「石州半紙」、埼玉県小川町、東秩父村の
「細川紙」である。

美濃の「和紙の里」で取材を終えてホテルの部屋で休んでいた
浅見光彦の目に突然飛び込んできたのが、犬山の明治村で起きた殺人事件。
被害者の顔にかすかな記憶のある浅見探偵は、
例のごとく活動を開始する。
被害者が倒れていた現場に残された凶器と思われる
「クリ小刀」と小刀を包んでいた「和紙」に浅見探偵の勘が働く。
問題の和紙を何とか警察から借り受け、美濃和紙の職人、古田さんに
現物を見てもらうと、美濃の和紙ではない、風合いが異なる。
丹念に調べた結果、古田さんは宮城県白石で手漉きされたもの
だろう、それも年代物の和紙だと判断を下す。
白石の手漉き職人、遠藤さんを紹介してくれる。
美濃和紙の取材もそこそこに、浅見探偵は宮城県白石へ。
白石和紙の職人、遠藤さんを訪ねると、
間違いなく遠藤さんのところの和紙に間違いないと、
ただご本人手漉きの和紙ではなく、
すでに亡くなっている父親が
40年ほど前に手漉いたものだと判明。

宮城現白石で40年も前に作られた和紙が、
何故犬山の明治村で起きた殺人事件の凶器を包んでいたのか、
この事件の謎であり、小説の面白いところ。

著者は、昭和19年に開始した「学童疎開」をこの事件に絡ませている。
著者ご自身は、東京北区(当時は滝野川区)滝野川小学校
(当時は国民学校)から静岡県沼津へ学童疎開。
台東区(当時は浅草区)誠華小学校(当時は国民学校)の疎開児童だった
人々の記録をまとめた「不忘山」という文集に偶々出会った。
著者はこの文集には大いに感銘を受けた。
疎開先だった宮城県白石は、蔵王連山の不忘山の麓にある。
因みに、昭和20年3月、中学受験のために一時帰京していた
児童たちは東京大空襲で幼い命を落とし、疎開先にいた児童たちも、
在京の家族を戦災で失った悲しい事実がある。

白石に疎開していた人たちが何十年ぶりかで、
同期会を犬山で開くという設定で物語は進行。
疎開していた折に和紙の作業場を手伝い、ご褒美に
和紙をいただいたという話を盛り込んで、
事件解決の糸口にしている。

凄惨な殺人事件とは別に、
和紙という日本古来の素晴らしい技術のことが、
あらためて認識でき、興味深かった。



by toshi-watanabe | 2016-03-26 15:00 | 読書ノート | Comments(0)

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杉本章子さんの「カナリア恋唄」を読み終える。
この著書はサブタイトルにある通り、「お狂言師歌吉うきよ暦」の第4作で
お狂言師歌吉シリーズの最終編なのだが、
著者の杉本さんが昨年12月4日乳がんで逝去され、
残念ながら未完のままである。
因みに第1作が「お狂言師歌吉うきよ暦」(歌吉、お狂言師になる)、
第2作が「大奥二人道成寺」(歌吉、大奥で舞う)、
そして第3作が「精姫様一条」(歌吉、花咲く)。

主人公のお吉は六つの歳に、江戸京橋は桶町で踊りの師匠をしている
三代目水木歌仙に弟子入りした。
踊りの筋もよく、華があると師匠に褒められ、
歌吉という名取名をもらった後も、厳しく仕込まれる。
歌仙はまた、大名家の奥向きへ上がって狂言や踊りを
ご覧に入れる、お狂言師の筆頭と目されていた。
お出入りのお屋敷からお呼びがかかれば、
より抜きの弟子たちで座組をして参上する。
姉弟子の歌のぶとともに歌吉は水木一座の若手として
舞台に立つ女役者でもあった。
ある時、外桜田の毛利様上屋敷奥御殿に参上して、
加賀美山旧錦絵をご覧に入れた。
これは人気の狂言だが、その狂言で忠義の部屋方お初を
演じた歌吉は、幕の後、さるお部屋様のお呼びを受けた。
この時に頂いたのが、見事な細工の竹籠に入れられたカナリア。
当時日本国内で見られた金糸雀ではなく、異国の舶来品。
歌吉が大事に育てると、やがてカナリアは落ち着き、
声を聴かせるようになる。

お狂言師歌吉には、裏の顔があった。
あることから、お小人目付の日向新吾と岡本才次郎の手駒となり、
様々な事件にかかわってきた。
その過程で、歌吉と新伍の仲が親密となり、
互いに愛しい感情を抱くようになる。
目付首座の井手内記の命により、日向新吾と岡本才次郎は、
紀州家と大奥に纏わる事件を追っていた。
仕事の手駒として使っている歌吉を好きになっている新吾だが、
母親の死去により、嫁取りをせっつかれていた。
踏ん切りがつかぬまま、姉のすすめるお徒衆の家の
娘、由乃と祝言を挙げる。
その一方で歌吉はお狂言師の道に進もうとするものの、
新吾への思いを断ち切ることができない。

飼っているカナリアは雌鳥であることが判明し、
雄のカナリアを入手し番いにしてあげる。
著書名の「カナリア恋唄」とは歌吉自身の恋唄なのかもしれない。
新吾の妻となった由乃は芳しくない過去があり、
新吾とも、また新吾の父親ともうまく行かず、
新吾は由乃を離縁する決意をするところで、
この作品は終えている。
好き同士の新吾と歌吉が晴れて夫婦となるのかどうかは、
分からないままである。
果たして著者はどんな結末を考えていたのだろうか。

著書の巻末に、女優の加賀まりこさんが、
「妹に」と題して追悼文を書かれている。
1993年3月、杉本章子さんの短編「夕化粧」が
名古屋名鉄ホールで上演された時、
加賀まりこさんは「おふじ」という主人公を演じられた。
その公演の場に、杉本さんはご両親とともに来られ、
一緒に楽屋を訪れられたのが初めての出会い、ご本人は車椅子だった。
それから15年以上も過ぎた、2000年の頃に
加賀さんは文春文庫の「信太郎人情始末帖」を読み、面白くて
すっかり魅了され、感想を伝えたくて出版社に電話を入れた。
すぐに杉本さんは加賀さんに連絡を取り、それからは週に1度、
深夜の長電話が始まった。
最後の電話は、亡くなる10日前の11月24日、まだ普通に元気な声だった。
その時に、「お狂言師歌吉うきよ暦」シリーズの終わりについて、
話し合われた。 その2日後に意識不明に。
お吉と新吾の終わり方については杉本さんな迷っていた。
「二人とも死ぬということで構成作っちゃった」とも言っていた。
電話だけの交流だったが、姉のように杉本章子さんを見守ってきた
加賀まりこさんだったのではないだろうか。


by toshi-watanabe | 2016-03-16 14:07 | 読書ノート | Comments(2)

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車浮代さんの作品を初めて手にする。
読み終えたのは「えんま寄席」、
サブテーマとして、「江戸落語外伝」とある。
六代目圓楽師匠も絶賛とある通り、とにかく面白い。

前書きと言えるのか、「まくら」で書かれているものを
そのまま紹介します。

「昔から、人と人とは合縁奇縁なんぞと言うように、
 思わぬ場所で思わぬ人がつながってるもんだ。
 つながった縁は良縁だけとは限らない。
 縁が元でこじれることもごまんとある。
 何か不都合が起こった日にゃあ、己のため誰かのために、
 人は平気でしらを切り、いとも簡単に嘘をつく。
 嘘が嘘を呼び、つき重ねるうちに、もはや何が本当で何が嘘か、
 当人にはわからなくなることもあれば、善かれと思ってついた嘘が、
 よもやの厄介につながるってこともある。
 とかく浮世はままならぬ。
 嘘に始まり、嘘に終わればいいけれど、嘘つきは泥棒の始まり
 とはよく言ったもので、強請り、たかり、盗み、邪淫、火付け、
 殺生・・・・・と、人は多かれ少なかれ、罪を犯す。」

「ここは、死人の魂が集まる地獄の入口―――。
 赤鬼と青鬼が門を守り、閻魔様によって、
 人の生前の善悪が吟味され、天界行きか地獄行きかを裁かれる。
 あたいは、神武天皇の道案内をした八咫烏(やたがらす)の子孫。
 そのあたいが仕える閻魔様は、まだ着任したばかりの
 新参者だが、現世にいた頃の功績が認められて、
 大抜擢されたってぇお方だ。
 『罪を憎んで人を憎まず』を信条に、一本筋の通った裁きをなさる。」

いよいよ第壱席の始まりである。
お題は「魚屋の女房」、お馴染みの落語「芝浜」のお先ご登場する。
魚屋亭主の勝五郎はある朝魚仕入れに出かけるが時間が早い、
休んでいた浜辺で革の財布を拾う、中には大金があり、家に戻ると
近所の仲間を呼んで大酒飲み。
目を覚ますと、財布がなくなっている。
女房のお先は夢を見ていたのだろうと嘘をつく。
しぶしぶ納得した勝五郎は一念発起、酒を断ち仕事に励む。
役所に届けて置いた財布に持ち主は現れす拾い主の手に。
女房は勝五郎に詫び、事実を話すと、勝五郎も納得。
女房の勧めで久しぶりに酒を一杯となるのだが、
落語の落ちでは、「また夢になるかも知れない」と勝五郎は杯を置く。
ところが、その続きがあり、お先は閻魔様から追及される。
この辺りから普段、高座で語られる落語とは趣が異なる。
そして閻魔様の裁きを受けて、お先は亭主ともども、
吸喚地獄行きを命じられる。

第弐席のお題は「玄能と鎹(かすがい)」で、
「子別れ」(「子は鎹」とも)の亀吉が登場する。
大工の熊五郎は蟒蛇(うわばみ)の上に酒乱ときている。
夫婦喧嘩の末におかみさんは倅の亀吉を連れて家を飛び出す。
熊五郎は心を入れ替え一生懸命働き大工の頭領に。
3年後、うなぎ屋で親子3人がめでたく再開するのだが。

続いて第参席は「土蔵の中」と題し、
「火事息子」の定吉が登場する。
伊勢屋の若旦那、藤三郎は子供の頃から火事が好き、
好きが高じて実家を勘当され、臥煙(がえん、定火消し)となる。

そして第四席は「九十九(つくも)の夜」と題し、
「明烏」の浦里が登場する。
日向屋半兵衛の跡取り息子、時次郎は堅物。
将来を心配した半兵衛は、札付きの若者に時次郎を吉原へ連れて
行くうよう頼む。
そこで時次郎が出会うのが花魁の浦里。

「下げ」でこの四話の総括をしている。
また、こんなことも書かれている。

「青鬼が地獄の門番を志願したのは、赤鬼が言うように
 人間界に絶望したからではなく、自分ば死んだ後の
 ことが心配だったからなんじゃないかと思う。
 地獄に堕とされる母親を見送り、自分に罠を仕掛けた
 作治を見送り、親方、父親、許嫁(いいなずけ)、
 可愛がっていた弟分・・・・と、
 自分にかかわる人々の死後と、あたいたち八咫烏の
 目を通して浄玻璃鏡に映し出される、
 人間界で起こっているあらゆる出来事を見続けてきた。」

著者の父上は家でよく落語のレコードをかけていたと、
「あとがき」に車さんは書かれている。
車さん、幼いころには、落語を十分理解できなかったが、高校生の頃、
落語にすっかり飲み込まれたそうだ。
2008年から、三遊亭圓窓師匠の指導を受け、
「たらちね」や「金明竹」を演じられるようになり、
さらには、親子の情愛を描いた「火事息子」が好きで、
ついに挑戦された。

落語の筋をある程度知っているだけに、
実に面白く興味深く読む事が出来た。




by toshi-watanabe | 2016-03-05 09:52 | 読書ノート | Comments(0)