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池井戸潤さんの最新作「陸王」を読み終える。
埼玉県の行田市といえば、足袋の郷として知られる。
ところが最近は、足袋の生産出荷高では、
四国の徳島県が圧倒的に多く、埼玉県は二位に甘んじている。
徳島では、足袋を伝統的特産物としている。
すくなくとも戦前は、行田が足袋の8割を生産していた。

この作品は、行田で百年余り続く足袋の老舗「こはぜ屋」の物語。
行田市の中心地からやや南、水城公園とさきたま古墳公園に
はさまれた場所に、こはぜ屋は昔ながらの本社屋を構えていた。
創業は大正2年(1913)、綿々と足袋製造を生業としてきた。
四代目を継ぐのが社長の宮沢紘一。
以前の活気あふれた業界もすっかり時代の変化に対応できず、
衰退の一途をたどるばかり。
足袋と足袋本体の底部にゴム底を取り付けた地下足袋の生産で
細々と商売をしている、こはぜ屋の宮沢社長は、
一念発起、ランニングシューズの製造を思い立つ。

ランニングシューズで重要な部分の一つが靴底のソール。
ソールの素材が非常に重要である。
軽くて、耐久性があって、ランナーの足にフィットしなければならない。
倒産したシルクールの飯山晴之社長がある特許を持っているのを
宮沢社長は知り、その技術により作られたサンプル素材を目にする。
繭(といっても不良品やシルクに加工できないような半端な繭)を
特殊加工し、成形したもので、およそ8センチ四方にカットされた
キューブ上の素材である。
天然素材である繭の特性として、強靭で軽く、防虫効果がある。
成形も簡単で、しかも環境に優しい。
まさにソールの素材にピッタリ。
ランニングシューズのソールに使う素材を「シルクレイ」と呼ぶことにする。

飯山を顧問に迎え、飯山の試作した機械設備もそのまま導入、
全く新しい素材のソールを取り付けたランニングシューズの製造に入る。
スポーツ用品の業界には全くの素人であるこはぜ屋に
大きな味方として支援するのが、シューズマイスターの村野尊彦。
シューズマイスターとは、一流のランナーと専属契約を結び、
ランナーにピッタリ合うシューズの開発に当たる。
村野は一流ブランドのスポーツ用品企業に所属していたが、
上司の営業方針と意見が合わず退社する。
こはぜ屋の相談役としてランニングシューズ開発の支援を行う。
こうして順調に新しいスタートを切ったに見えたが、
試作用で、何とか部品を交換しながら使っていた
機械の心臓部がついに故障し、修理も利かない状況に。
新たに設備するには、1億円単位の資金が必要になる。

池井戸作品に度々登場する銀行の対応の悪さが
この作品でも書かれている。
こはぜ屋のメインバンクは例の如く、
実績もなく、明確に先の見えない新規事業には
一切資金援助をしない。

こはぜ屋が作り始めたランニングシューズのブランドが
作品名となっている「陸王」である。
村野の伝手で一流ランナーの茂木裕人に陸王を紹介し、
正月の全日本実業団駅伝で使用してもらう。
結果は見事成功し、事業はこれからというときに、
肝心の製造機械の新設が成らず、宮沢社長は苦悶するばかり。

そこに救いの神が現れる。
最後はめでたしめでたしで物語は終わる。
小さな足袋メーカーが苦難の壁を乗り越えて行く
姿が生き生きと描かれ、ハラハラしながら読んでしまう。

いずれは、ドラマ化されて放映されることと思う。



by toshi-watanabe | 2016-07-16 09:40 | 読書ノート | Comments(0)

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伊東潤さんの新作「横浜1963」を読む。
横浜生まれ横浜育ちの伊東さんは、
歴史小説を執筆されている作家として売り出し中。
今年5回目の直木賞候補として、
秀吉と利休を描いた新作「天下人の茶」が挙げられている。
今月19日の選考会で受賞が期待される。

歴史小説作家の伊東さんが、社会派ミステリーに初挑戦。
見事なハードボイルド作品に仕上げられている。
1963年は東京オリンピックの前年に当たる。
横浜でも、桜木町から磯子までの根岸線の一部が開通に向けて、
建設工事真っただ中の時代である。
この区間は予定通り1964年に開通を見る。
その後根岸線は大船まで開通し、現在では京浜東北線の一部に。

米軍の横須賀基地に近く、横浜には駐留米軍兵士用の住宅が建てられ、
米軍兵士とその家族が大勢住んでいた。
米軍兵士と市民との間にはなにかとトラブルが発生し易い雰囲気の中、
1963年横浜港で若い日本人女性の水死体が発見される。
現場近くの波止場で、大型の白い外車
(後で、ポンティアック・テンペストと判明)に
米軍将校と日本人女性が同乗していたとの目撃情報。
特命を受けて犯人捜しの内密の捜索に当たるのが、
神奈川県警外事課勤務のソニー沢田。
大学も出ていないソニーが警察組織に
迎え入れられたのには理由があった。
米国人の父親と日本人の母親(売春婦)を持つハーフのソニー、
見た目は白人で通り、英語力とその外見を買われて警察官に採用された。

日本は敗戦、そして米軍の進駐以来、米兵の無法は
当時猖獗を極めており、その被害は一般市民にまで及んでいた。
野毛や根岸では、酔った米兵の喧嘩や飲食代の踏み倒しが
日常茶飯事のように起こっており、その度に警察官が出動するものの、
逮捕できず、MP(Military police)を呼ぶだけだった。
殺害された日本人女性の身元は判明するが、
限られた状況の中で、一人黙々とソニーは捜索せざるを得ず、
仮に犯人の目星がついても、内密に基地のNIS
(Naval Investigative Service)に伝え、
当人を故国に送還してもらうしかない状況だった。

ソニーに思わぬ協力者が現れる。
横須賀基地勤務の兵曹長(Chief Petty Officer)、
ショーン坂口で、こうした事件の窓口となっている。
ショーンは日系三世、国籍は米国人、
戦時中戦後の厳しい状況で育った日系人のショーンは、
亡くなった父親から、白人には決して逆らってはいけないと、
繰り返し強く言われてきた。
それでも日本人の血が騒ぎ、上司の指示に逆らい
陰でソニーを協力するように。

第2の殺人が発生、またもや若き日本人女性が犠牲に。
犯人は同一人物と目星がつき、物的証拠探しも。
大型車ポンティアック・テンペストの持ち主が
間違いなく二つの殺人事件の犯人だと判断され、
ショーンは上司に報告するのだが、
犯人らしき人物とショーン自身が上からの命令で
ベトナムのサイゴン基地に転属される羽目に。
当時ベトナム戦争の最中、米軍が現地で戦っていた。

ところがポンティアック・テンペストが、
第3の殺人に向けて、若い日本人女性を乗せて基地から横浜の街へ。
ポンティアック・テンペストの元の持ち主を犯人だとしていたのは
大きな間違いを犯していたと、ソニーは気が付き、大型車を追跡する。
そして真犯人を追い込むのだが。

当時東京オリンピックに向けて、地球規模での衛星テレビ放送の
実験がちょうど始まり、米国からの中継が日本に
送られてくるのだが、その中継は誰も予想しなかった、
米国ケネディ大統領の暗殺事件だった。

この作品を読みながら、
最近沖縄で起きた米軍の軍属による日本人女性の殺害事件を思い出し、
沖縄ではまだ戦後をそのまま引きずっていいるのだと、
改めて考えてしまう。
米軍基地の問題、そして主人公として登場する日米ハーフのソニーと
日系三世のショーンの設定、二人が日米二つの祖国に
揺れ動くシチュエーション、大変興味深い。
読み応えのある作品である。




by toshi-watanabe | 2016-07-12 09:27 | 読書ノート | Comments(0)

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宇江佐真理さんの著書「雪まろげ」(新潮文庫)を読み終える。
「古手屋喜十 為事(しごと)覚え」の第二作である。
この期待されたシリーズ、「雪まろげ」に続く作品、第三作は、
昨年11月、作者が亡くなられたため、日の目を見ることはない。
実に残念である。

浅草田原町で古手屋「日乃出屋」を営なむ喜十と女房のおそのが
このシリーズの主人公、古手屋とは、現代でいう古着屋のこと。
江戸時代、庶民には新品の着物は高嶺の花で、
古手屋で着物を買うのが一般的。
大切な着物を売りたい人と、買いたい人を繋ぐ役目を果たしていた。
そこには悲喜こもごもの人間ドラマが起きる。

第一話の「落ち葉踏み締める」は前作の最終話「糸桜」の続きで、
何故、日之出屋の店先に赤ん坊が捨てられていたのか、
赤ん坊を捨てた、悲しい家族の事情が書かれている。
新太は勉強好きな子供で、手習所に通っていたのだが、
病に倒れた父親が一年寝ついて死ぬと、新太の下に五人も
弟や妹がいては、手習所に通うどころではなく、
母親を助けて食べて行かなければならない。
まだ14歳の新太は業平橋の袂でしじみを採り、その業平しじみを
売り歩き売上金で行徳の貝屋に行き、はまぐり、あさり、さるぼう、
あおやき等の貝類を分けてもらう。
仕入れた貝は母親が剥き身にし、深川めしを出している
「おたふく」という飯屋に持って行く。
とても一家の生計を立てるのは難しく、末っ子の捨吉
(まだ生まれて半年もたっていない)を育てるのは手に余るから、
どこかにもらってくれる人を探すように、母親のおうのは新太に言う。

本所界隈でしじみ売りをしていた新太は、吾妻橋を渡り浅草まで
足を延ばしたことがあり、その折りに気持ちよくしじみを買ったくれたのが
日之出屋の女房おそのだった。
それを思い出して、夜遅く浅草田原町へ新太は出かけ、
末弟の捨吉を日之出屋の軒先に置いた。
子供のいなかった喜十とおそのは捨吉を養子にし、大事に育てる。
捨吉を日之出屋の前に置き去りにしてからひと月、新太は思い切って
浅草へしじみ売りに、そしておそのに背負われた 捨吉を見て一安心。
その後、ひょんなことから捨吉の養育先を母親が知ることになり、
母親は日之出屋に行くという。
そこで悲劇が起きてしまう。

第二話は著書名となっている「雪まろげ」。
このシリーズには、日之出屋によく姿を現す、
北町奉行所隠密廻り同心の上遠野(かとの)平蔵が登場。
平蔵は何かと事件を持ち込んでくる。
効果のない偽薬を売る薬種屋を探る話である。

第三話は「紅唐桟(べにとうざん)」。
喧嘩沙汰を起こしてしょっ引かれた男が
分不相応なまでに高値な紅唐桟の紙入れを持っていた。
拾ったという男の証言が信じられず、
上遠野は紙入れの持ち主を探してほしいと喜十に頼む。

第四話は「こぎん」。
殺人の疑惑もある身元不明の男の死体が寺の本堂の下に。
死体には妙な縫い取りがある半纏のような上着が手掛かり。
喜十は、上着を店の前に置き、事情を知っている人が
現れるのを待つ。
こぎんと呼ばれる着物の縫い取りが誕生した裏側には、
東北の貧しい農家における哀しい歴史がある。

第五話は「鬼」。
左耳の傍に瘤がある母親と、重い皮膚病ゆえに
肌に負担が少ない古い浴衣がほしいという息子が、
日之出屋を訪れる。

第六話は「再びの秋」。
喜十とおそめが、再び捨吉を捨てた家族と向き合うことになる。
新太(すでにこの世にはいない)の弟で、捨吉の兄にあたる
幸太も日之出屋に引き取られ、新太の下の二人の妹たちも
無事近くの家に引き取れることになる。
家族の本質とは何か、家族の幸福とは何か、
喜十とおそめ、そして養子に入った捨吉が、
ともに家族として成長していく物語を通じて、
考えてほしいと訴えているのではないだろうか。
一気に読ませる作品である。



by toshi-watanabe | 2016-07-08 09:47 | 読書ノート | Comments(0)

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最近、文春文庫として出版された、
北原亞以子さんの著書「初しぐれ」を読む。
北原さんは、3年前の3月、心臓病の治療も甲斐なく、
75歳の生涯を閉じられた。

今回出された文庫本は、晩年に書かれた短編五編と
直木賞受賞後第一作の作品集で、
「オール読物」などで発表されて以降、
いずれも初めて単行本に収録された作品である。

因みに北原さんは、1993年に「恋忘れ草」で直木賞を受賞。
その後「慶次郎縁側日記」は高橋英樹を主演にNHKでドラマ化、
人気シリーズとして評判を得た。

書名ともなっている作品「初しぐれ」は江戸の市井が舞台、
糸物問屋三枡屋を営む長右衛門、おくら夫婦には娘が二人、
姉のおしずが婿をとり、婿の楠太郎が三枡屋の七代目を継ぐ。
所がまだ赤子の清太郎を残して、おしずが病で亡くなる。
両親から説得され、暖簾を守るために妹のおこうが楠太郎の後妻に。
二人の間に二人の子供、おゆみと正次郎が生まれるものの、
三枡屋楠太郎が37歳で亡くなる。
亭主に先立たれたおこうがこの作品の主人公である。
四十九日を済ませ十日経ち、亡姉おしずの息子、清太郎も
立派に成長している。
両親から頼まれた役目は無事につとめ終えて肩の荷が下りた、
おこうはかっての許婚者だった市之助を訪ねて行くのだが、
すでに所帯を持っている市之助はおこうのことを全く知らぬと言い切る。
雨の降りだした中を帰るおこうに清太郎が傘をさしかける。
巧みな作品に仕上げている。

「海の音」と「捨足軽」の二作は、長崎シリーズ。
長崎港にやってくる異国船に対応する長崎奉行に
絡んだ事件を題材に描いている。

「犬目の兵助」は南蛮渡来のぎやまんの手鏡である
「私」を主人公にした作品の一つである。
「老梅」は、丙午に生まれた女は夫を殺すと迷信に言われ、
二度もそういう目にあったおたかが主人公。
縁起の悪い女と言われた半生だが、
このまましぼんではたまらない。
はなやかな噂の一つや二つはたてて
『幸せだった』と笑ってあの世へ行きたい、
年老いた梅のように、もう一度花を咲かせたい。
縁側から庭に出る。
梅の老木はきれいに花を落として、
薄緑色の葉を芽吹かせていた。
よく見ると、たった一輪が花を咲かせていた。
苔の生えた幹の、それも根もとの方から、
数枚の葉をつけた小枝を従えて顔を出した花だった。

「アーベル・ライデル」は、平成5年(1993)
7月15日、「恋忘れ草」で第109回直木賞を受賞し、
忙しい最中ほぼひと月で書き上げた
直木賞受賞第一作だそうだ。
昭和5年(1930)の東京下町が舞台で、
26歳上の椅子職人芳次郎に嫁したふみが主人公。
ふみは17歳で後妻になった。
先妻の息子洋一郎とは5歳しか違わず、
道ならぬ恋ごごろを抱いている。
女の狂おしい心の揺れをテーマに据えて、
戦前の職人一家を描いている。

「イッヒ リーベ ディッヒ(私は君を愛す)
アーベル ライデル(だが残念ながら)
ドゥー リープスト ニヒト ミッヒ(君は僕を愛していない)」

巻末に、インタビュー「入院中も江戸の街を歩いていた」
が掲載されている。




by toshi-watanabe | 2016-07-04 09:53 | 読書ノート | Comments(2)

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内田康夫さんの著書「しまなみ幻想」を読む。
最近、実業之日本社文庫として出版されたが、
すでに2002年11月、単行本が光文社から発行されている。
書名にある通り、本州四国を結ぶ3本目の連絡高速道路、
通称「しまなみ海道」で起きる事件がテーマ。
正式には「西瀬戸自動車道」で、広島県の尾道と
愛媛県の今治をそれぞれ起点とし、
向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島などを巡り
海峡部に10本の橋梁(尾道大橋を含めて11本とも)を渡る。

この作品が書かれたときには、「しまなみ海道」が開通していたものの、
島嶼部自動車専用道路の一部が未整備、
その後、2006年に全面開通となった。
「しまなみ海道」は自動車専用道路のほかに、
歩行者、自転車のための専用道路も併設されている。
歩行者の通行料金は無料、また自転車も現在期限限定で無料。
数年前に、四国巡りのツァーの折に、この海道を通り、
瀬戸内の素晴らしい眺めに感嘆したものである。

因島はかって村上水軍(海賊)の拠点だったところ。
この作品でも、その末裔に当たるのか、村上姓の人物が登場。
生口島には、「西の日光」と言われる重要文化財の宝庫の、
「耕三寺」がある。
大三島は「神の島」と呼ばれ、この作品にも登場する
「大山祇(おおやまづみ)神社」が鎮座している。
伯方島は、「伯方の塩」で名高い。

この作品のテーマは、人が亡くなる事件の発生に対して、
警察が十分に調べもせずに事故あるいは自殺として
処分している現実に視点を当てたもの。
しまなみ海道の橋から女性が墜落死する事件が発生。
捜査本部が設けられたものの、自殺として処理される。
ところが、墜落死した女性が橋の上を歩いている姿を見たという
目撃者が2年後に橋から飛び込んだのか、遺体が海上で見つかる。
不審な点が次から次と表面化してくるのだが。

今治で手広く造船会社を営む村上家に嫁いだ美和が最初の犠牲者。
美和の娘、村上咲枝は今15歳の中学生、ピアノが得意で、
週末東京の駒込までピアノの指導を受けに出かけている。
ピアノの指導に当たる、島崎香代子は村上美和と
音大時代の親友、プロの演奏家として名を成すものの、
事故に遭遇しプロをあきらめピアノを教えている。
美和の依頼を受けて、香代子は咲江の指導を引き受けた。

浅見光彦シリーズで時折登場する、
東京北区上中里にある「平塚亭」に香代子が散歩がてら
咲枝を連れてやってくると、偶然光彦と顔を合わせる。
香代子は光彦と光彦の母親雪江とすでに顔なじみ。
特に雪江は香代子の若いころから知っている。
そこで話を交わしているうちに、咲枝は母親の美和が
2年前に不慮の死を遂げているのを口にする。
自殺として処理されていることに疑問を感じており、
母親が自殺するはずはないと、光彦に話す。
光彦探偵は村上美和の死に関心を抱き、
事件当時の地方紙を調べ、いよいよ現地へ出かける。

村上咲枝が誘拐され、危うい場面もあるが、
殺人事件の犯人を突き止め、見事事件を解決する。

作者がしまなみ海道を舞台にした作品を書いた背景には、
当時の愛媛県知事のお墨付きがあった。
しまなみ海道が全通した(実際はまだ一部は一般道を
通過していたのだが)のを機会に、
一種の村おこし的な効果を狙えるミステリーを
書いてくれないかーーーという知事の発言があったようだ。

因みに、愛媛県から東京までピアノを習いに通うなど、
現実離れした発想だと思うが、「浅見光彦倶楽部」の会員に
モデルぴったりの埼玉在住の女性がいたとか。
その女性は子供の頃、愛媛県新居浜から東京に通っていた。



by toshi-watanabe | 2016-06-28 14:50 | 読書ノート | Comments(0)


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朝井まかてさんの最新作「残り者」を読み終える。
因みに著書カバーの挿画は瀬知エリカさん。
時は慶応4年(1868)の4月10日、
天璋院はいよいよ江戸城西丸の大奥を立ち退き、
御三卿の一家である一橋邸に引き移る。
その二日前の8日、大総督府から徳川家へ
「江戸城明け渡し」の沙汰があったばかり。

天璋院とは、島津家の養女、さらに近衛家の養女となり、
徳川13代将軍、家定三度目の御台所として江戸城に迎えられた篤姫、
家定亡き後、天璋院となる。
14代将軍、家茂の御台所、和宮は家茂亡き後、静寛院宮となり、
すでに前日、西丸を出て御三家の一家、田安邸に移っている。
当時西丸には天璋院、静寛院宮のほかに、家定公の御生母、
本寿院、家茂公の御生母、実成院も暮らしていた。
しかも各々が数十人から百数十人の奥女中を召し抱え、
奥女中らはまたそれぞれ部屋方という下女を雇っていた。

大広間に集められた百七十人ほどの奥女中を前に姿を現したのが
天璋院で一同をお目通りする。
天璋院と高位の奥女中が第一陣として、
中級の御目見得である、この物語の主人公りつなどの奥女中は
第二陣として退去し、一橋邸に向かうことになっている。
天璋院は「ゆるゆると、急げ」と一同に伝えると、
瞬きもせずにもう一度広間を見まわして、御上段の間から下りた。
天璋院が召した上掛は、呉服之間に奉公するりつが縫い上げたもの。
銀糸や色糸で葵と七宝文様を配した黒綸子地で、
りつの手は綸子特有の粘りけと膨らみをはっきりと覚えている。

この小説は5人の女性が江戸城を引き上げる最後の一日を、
朝井さん流のきめ細かなタッチで描かれている。
りつの生家、阿藤家は直参旗本である。
とはいっても提灯や煙草盆作りで家計をやっと支えるような家庭。
りつは15歳になった折、伯母の口利きで本丸大奥、
御台所様付きの女中奉公に上がった。
呉服の間はりつの役職の名であり、働く場の名でもある。
西丸大奥の北西に呉服の間は二部屋が並んでいて、
一部屋はりつら天璋院付きが七人、もう一部屋には
静寛院宮付きの五人が詰めていた。
呉服の間の静寛院宮付きの一人が、
この物語に登場し、りつのライバルでもある、もみぢである。
ほかに登場するのは、御中臈のふきと、御三之間のちか、
御膳所のお蛸。三人の女性たちである。
天璋院が可愛がっていた、猫のサト姫が逃げ出し、
サト姫の面倒を見ていたお蛸が一生懸命に探し、
りつとちかが手伝い、退去に手間取っているうちに、
ふきともみぢに出会い、5人の女性はとうとう
その日のうちに退去できず、西丸内で夜明かししてしまう。

翌朝江戸城を退去する終盤の場面は圧巻で、
素晴らしい筆致で描かれている。

エピローグという形で、
新しい明治時代、5人の女性が久し振りに
顔を合わせる場面が描かれている。




by toshi-watanabe | 2016-06-18 09:08 | 読書ノート | Comments(0)

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つい最近、新装版文庫として講談社から出版された、
内田康夫さんの「死者の木霊(こだま)」を読む。
実は、この作品は内田さんの第一作、デビュー作品である。
書かれたのは昭和55年(1980)、
当時無名だった内田さん、この作品は自費出版された。
翌年、朝日新聞の読書欄で作品が紹介され、知られるようになる。
商業ベースで講談社文庫として世に出たのは、昭和58年(1983)だった。

木曽山脈を水源地として、長野県飯田市の南縁に沿って流れる松川、
かっては「あばれ松川」の異名を持つ河川だったが、
治水のためにダムが建設された。
その松川ダムで七つの部分に切り分けられた、バラバラ死体が
発見されたのが事件の発端。
地元の飯田署に捜査本部が置かれ、
捜査主任に選ばれたのが、竹村岩男巡査部長。
この作品のあと、竹村警部シリーズの作品が書かれ、
“信濃のコロンボ”と呼ばれ、のちには浅見光彦とも巡り合う。
当然、この作品には浅見探偵はまだ登場しない。

遺体の身元は判明し、遺体を運んだとされる人物も割り出される。
遺体を切り分けた現場も確認できたのだが、
殺人犯と目される人物(遺体の甥)とその妻は行方不明。
数日後に、その夫婦が戸隠キャンプ場近くの川に架かる橋に
首つり自殺をしているのが発見される。
これで一件落着とされて、捜査本部は解散。

ところが竹村巡査部長は疑念が晴れず、
上司の指示を無視して、勝手に動き始める。
ある会社の社長の秘書を務める女性から情報を得ようとする。
その女性の結婚式場に乗り込み、花嫁の着替え室に入り、
話しを聞きたいと竹村は強引に詰め寄ると、
花嫁は挙式のあとにしてほしいと伝える。
式の始まる前に、花嫁衣裳のまま女性は飛び降り自殺。

週刊誌にも取り上げられ、
竹村巡査部長は、停職1カ月、減給百分の十、十二カ月という
処分を受けてしまう。
処分にもめげず、自費を使って事件の現場を飛びまわる竹村。
鉄壁の隠蔽工作を見事崩し、事件を解明、
真犯人の逮捕に至る。

小説の舞台は、飯田、東京、青森、戸隠、鳥羽、軽井沢、
松阪と転移させながら、季節感に合わせた風物描写にも
筆が行き届いて、殺人事件の陰惨な空気を和らげている。

竹村刑事部長には2階級特進の話も。

内田作品のまさに原点といえる作品である。



by toshi-watanabe | 2016-06-09 13:30 | 読書ノート | Comments(0)

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葉室麟さんの最新作「秋霜」を読み終える。
豊後羽根藩(ぶんごうねはん)の第4弾である。
羽根藩が著者の作品にはじめて登場したのが、
直木賞受賞作で映画化され好評を得た「蜩(ひぐらし)の記」だ。

読み始めてすぐ気が付いた。
「秋霜」は昨年3月に出版された、葉室作品「春雷」の続編。
「春雷」は羽根藩シリーズの第3作で、
主人公は鬼隼人とも呼ばれた多聞隼人。

多聞隼人はすでに亡く、
事情があって多聞隼人から離縁された楓が、おりうとともに、
身寄りのない子供たちの面倒を見乍ら羽根藩領内の欅屋敷に住んで、
平穏な生活を送っている。
欅屋敷には前作にも登場した千々岩臥雲という
学者が学問を教えている。
大酒のみで、屋敷では全く役立たず。
同じく前作に登場した修験者の玄鬼坊も時折屋敷に顔を出す。

そんな折、一見武士風、32,3歳の若者が欅屋敷に
紹介状を持って訪れる。
草薙小平太という、ある使命を帯びている。
屋敷の主ともいえる楓はまだ36歳、美しい婦人である。
小平太は屋敷で下男のような仕事を快く受け負い、
力仕事は何でもこなす。
楓をはじめ、子供達とも気心が通うようになる。
同時に楓のためには何でもしようという思いに至る。

江戸幕府から巡見使が羽根藩に向かう。
多聞隼人が直訴した結果、先の藩主三浦兼清は隠居し、
新しい藩主、新しい家老となっているものの(前作で書かれている)、
幕府の疑念が晴れない、ある事情があった。
それを恐れた前藩主は巡見使が藩入りをする前に
関係者を口止めする必要があり、
家老の兵衛を使って色々と手を打つことに。
その一つとして、小平太も欅屋敷に送り込まれたのである。

事態は急を告げ、結局臥雲が犠牲者となるものの、
楓や子供たちが無事羽根藩を逃れて行くところまで、
葉室流の見事な筆致により、
読者は物語に引き込まれてしまう。

原文の一部をそのまま紹介したい。

羽根藩存続のために、已む無く藩主兼清を斬った
家老職の兵衛に向かってお付きの佐十郎は
真剣な表情で言う。

「旦那様は、まことに厳しきお覚悟をされておられます。
 されど、羽根藩のため、これからもなさねばならぬことが
 おありだと存じます。
 大殿を殺めたのはそれがしということにしてはいただけませぬか。」

苦笑して兵衛は答える。

「わしがさような誤魔化しが嫌いであることは知っておろう。
 秋霜のごとく、ひとに苛烈にあたるからには、
 おのれにも厳しくあらねばなるまい。
 遅れれば未練が増す。
 介錯を頼むぞ。」

by toshi-watanabe | 2016-06-02 11:03 | 読書ノート | Comments(0)

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幸田真音の最新作「この日のために(上・下巻)」を読み終える。
激動の昭和の時代、「この日」のために闘い、
駆け抜けた二人の男たちの生涯を描いた作品。
田畑政治と池田勇人の二人である。

静岡県出身の田畑政治は、学生時代から水泳の指導に当たり、
新聞記者になってからも水泳指導者としての活動を続ける。
水泳連盟会長に就き、オリンピックへ選手を派遣することに尽力。
さらにIOCへの加盟から日本へオリンピックを招致する活動にも
力を入れる。 JOCの会長にもなる。

東京オリンピック開催の招致運動が実り、
紀元2600年に当たる昭和15年(1940)の
東京開催が決まって喜んだのも束の間、
太平洋戦争に突入して、開催を辞退する羽目となる。
戦後、まだ復興の最中にあった日本だが、
東京オリンピック開催が決まり、昭和39年(1964)
アジアで初めてのオリンピックが開催の運びとなる。

ところが、オリンピック開催に先頭を切って尽力してきた
田畑政治の姿は東京オリンピックの開会式には見えず。
その数年前にインドネシアのジャカルタで開催された
第4回アジア競技大会において、インドネシア政府が
開会日直前にイスラエルと台湾の参加を拒否し、国際的な問題に。
日本選手団はすでに現地到着済みで参加すべきかどうか苦慮したものの、
選手を参加させ、日本選手団は画期的な成果を上げたのだが、
帰国後、その責任問題が起こり、そのあおりで団長を務めていた
田畑政治はオリンピック組織委員会から引責辞任させられる。

広島県出身の池田勇人は必ずしも順調な人生のスタートではなかった。
一高から東大のエリートコースを目指していたが、
一高の受験に二度失敗し、熊本の五高に回される。
さらに東大に入れず、京都帝大に入る。
京大卒業と同時に、運よく大蔵省に入省したものの、
エリートコースから外れ、地方の税務署勤務。
直子を妻に迎え、宇都宮税務署長時代に、
不治の病と言われた難病「落葉状天疱瘡」に罹り休職となる。
休職期間の2年を過ぎても回復せず、大蔵省を退職。
看護疲れもあって妻の直子が病に倒れ亡くなる。
その後遠縁の女性、満枝が看病に当たり、
奇跡的に病が癒えて、日立製作所への就職も決まる。
大蔵省の元の上司や仲間から、大蔵省に戻るようにとの
要請があり、池田勇人に運が向いてきたのか、
大蔵省復帰が叶う。
これからは大蔵官僚としての実力を発揮、次官までのぼり詰める。

子供の頃から、役人になっても、政治家には絶対なるなと、
母親からは強く言われてきたのだが、
突如政治家への道に入ることを決意する。
地元広島から出馬し、初挑戦で見事当選、
しかも第三次吉田内閣の組閣に当たり、
吉田総理大臣は池田勇人を大蔵大臣の席に就任させる。
一年生議員の大抜擢で、周りからはいろいろと苦情が出る。
吉田茂は池田勇人と佐藤栄作を高く評価していた。
二人は吉田学校の優等生と呼ばれている。

池田蔵相は、社会党の木村禧八郎議員から、
高騰する生産者米価に対する所見を聞かれ、
所見を丁寧に述べた後、
「所得に応じて、所得の少ない人は麦を多く食う、
 所得の多い人は米を食うというような、
 経済の原則に副ったほうへ持って行きたいというのが
 私の念願であります」と締めくくった。
翌朝の新聞紙上には「貧乏人は麦を食え」と
大きな見出しが掲げられ、世間では大騒ぎに、
麦大臣と語り継がれることになる。
因みに池田さんのご自宅では麦飯をかなり長い期間
食べておられたと書かれている。
「私はウソを申しません」というのも池田蔵相が
よく口にした言葉として知られる。

そして池田勇人は総理大臣(58~ 60代)の座に。
池田総理と言えば、「所得倍増計画」。
日本の戦後の高度経済成長の進展には大いに貢献したのは間違いない。
池田勇人の真骨頂が見事に描かれている。
東京オリンピック開催の決定も一つの契機となっている。

池田勇人は大蔵省に復帰したときに、満枝を妻に迎えている。
そして三女に恵まれる。
長女には、先立たれた前妻の名前、直子とつける。

昭和39年の東京オリンピック開催が決まった当時、
東京は戦後まだ復興が始まったばかり、
とてもオリンピックを開催できる環境にはなかった。
東海道新幹線、首都高速道路など、何とかオリンピック開催時に
間に合うよう完成させたのはつとに知られている。
新幹線には膨大な資金が必要だったが、救いとなったのが、
世銀からの融資。

選手村も大きな課題だった。
東京の郊外に何か所か予定したものの、いずれも小規模で、
競技会場への道路事情もよくない。
当時駐留米軍の将校や家族などが住んでいたのが「ワシントンハイツ」。
広大な敷地で、私自身も何度か訪れたことがある。
学生時代、アメリカカルチャーセンターの紹介で、
「ワシントンハイツ」に住む米軍将校のお宅にお邪魔し、
英会話の勉強相手をお願いしていた。
ちゃんとしたカリキュラムは無く、適当に世間話というか、
米国の話とか趣味の話などをしたのを記憶している。
芝生で囲まれたモダンな一戸建て住宅、広く明るいリビング、
何もかも日本とは別世界、羨ましい思いをさせられた。

米国と交渉して、この広大な敷地が使えるようになる。
当然、米軍の家族が住める施設を東京郊外に設けねばならず、
莫大な引っ越し費用を米国から要求される。
要求を受け入れざるを得ない。
敷地の半分は選手村として使用、しかも米軍の使っていた
住宅をそのまま活用できたのは幸い。
劇場や当時日本では珍しかったスーパーマーケットもそのまま利用できた。
敷地の残りの半分には、現在も残る代々木の国立競技場を建設。
NHKが日比谷から移転(現在のNHKホール)、オリンピック史上初めてとなる
国際テレビ中継の基地となった。

昭和史を知る上でも、大変面白い読み物である。



by toshi-watanabe | 2016-05-30 11:30 | 読書ノート | Comments(0)

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最近角川文庫の一冊として出版された、
内田康夫さんの著書「長野殺人事件」を読み終える。
この作品は、2010年に書かれたもので、
浅見光彦シリーズの百二番目の事件となる。

宇都宮直子は品川区役所の税務課に勤めている。
ある時、住民税を滞納している住民の岡根寛憲の自宅を訪問する。
滞納している住民税は納付すると確約を得る。
さらに、奇妙な頼みごとを言われる。
暫く預かってほしいと、書類の入った角封筒を渡される。
それも直子が信州の人間だからお願いしたいと。
岡根の言を借りれば、
「信州の人間は妙に理屈っぽいくせに、
 どこか抜けたところがあるんだよな。
 用心深くて慎重なようで、少したちの悪いやつにかかると
 コロッと騙される。
 それでいてプライドが高いから、騙されたことを隠したがる。
 人がいいっていうのか、諦めが早いっていうか、
 まったくいい人たちだよ」
書類は長野県にゆかりのあるもので、誰にも見せないで
しばらく預かっていてほしいと再三頼まれ、直子はしぶしぶ引き受ける。

ところが南信濃を流れる遠山川で男性の死体が発見される。
遺体はなんと岡部寛憲と報じられ、直子は吃驚する。
事件現場は「遠山郷」と呼ばれる山奥の山村、直子の実家にも近い。
さらに渡部公一と名乗るヤクザ風の男が、
岡根から書類を預かっているはずだと、直子に接近してくる。
直子は預かった書類をどうしたものか一人で悩んでいたが、
夫の正享が心配して声をかけると、ようやく意を決して、
預かった書類のことを正享に打ち明ける。
角封筒の中身を見てみると、「長野冬季オリンピック」と表紙に書かれている。
数年前に開催された長野冬季オリンピック開催に絡む使途不明金の
内容が明らかにされる書類だった。

警察には届けないようにとの岡根との約束もあった。
宇都宮正享は大学時代の同期生、浅見光彦に相談することに。
他の友人の難事件の時も、浅見光彦が見事解決の道筋をつけている。
いよいよ名探偵、浅見光彦の登場である。

長野県警の竹村岩男警部が殺人事件の担当主任として任を受ける。
通称ガンさんの岩村警部と言えば、
内田康夫さんの作品ではたびたび登場し、
「信濃のコロンボ」とも言われる腕利きの警部、
光彦探偵とも何度か顔を合わせている間柄である。

その後、渡部公一も南信濃で殺害され、第三の殺害と続く。
悪の本態、殺人の犯人像がようとしてつかめない状況が続く。

時を同じくして、長野県知事選挙が行われようとしていた。
現職の秋吉知事が登場するまでは、代々、ほとんど官製と
言っていいような知事が続き、副知事も中央官庁から送り込まれた
高級官僚で保守党の全面的なバックアップを受けていた。
秋吉知事は、長野県出身でもなく、東京在住の作家で
評論家だったのが、にわかに長野県知事選挙に名乗りを上げ、
見事当選をはたしている。
だが脱ダム宣言などで議会の猛反発を受け、県議会とはうまく行っていない。
不信任決議案可決されたものの、対抗馬がおらず、
秋吉知事が再選されている。
一風変わった言行でも名を成し、テレビなどマスコミに
登場する機会も多く、コメンテーターとしても活躍していた。
秋吉知事は再選を目指して、立候補を決意した折に、
上記の殺人事件が起きた。
殺人事件が知事の選挙と関連があるような様相に。

こう読んでくると、実在した知事さんのことを思い出す。
実際、著者の内田さんも書かれている。
この作品を書くために取材を始めた頃、長野県では
知事選を巡って泥仕合のような大騒動が起こっていました。
まず一回目の戦況で大方の予想を裏切って当選した
新知事・田中康夫の初登庁の際、挨拶で知事から
名刺を渡された幹部職員が、知事の名刺を折り曲げるという
この目を疑うような椿事がありました。
その後、「失職」やら再当選やらを経て、三度目の知事選に突入する。
そういう、長野県の特異性とでもいうべき世相を背景にして書かれています。

秋吉知事が知事選挙に初めて立候補する際に、参謀として
裏方で活動したのが殺害された岡根寛憲だった。
岡部はオリンピック関連使途不明金関連の書類を
密かに入手していたのだろう。
それが己の命を縮めることになろうとは露知らず。
さて、真犯人は?


by toshi-watanabe | 2016-05-24 09:45 | 読書ノート | Comments(0)