折々の記

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カテゴリ:読書ノート( 132 )

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葉室麟さんの作品「孤篷(こほう)のひと」を読み終える。
丁度留守中の昨年9月に出版されている。
この作品の主人公は、大名、茶人、作庭、建築、
そして書家として名を遺した小堀遠州である。

孤篷庵(こほうあん)は、京都市北区紫野にある臨済宗の寺院、
臨済宗大徳寺派大本山大徳寺の塔頭である。
他の塔頭群とは離れた、大徳寺境域の西端に位置する。
庵号の「孤篷」は「一艘の苫舟」の意で、
小堀政一(遠州)が師事した春屋宗園から授かった号である、
遠州の遺骸は孤篷庵に葬られた。
因みに遠州出身地の近江長浜にも「近江孤篷庵」がある。

読み終えた感想を先に書けば、非常にすぐれた作品だと思うし、
とにかく面白く、途中で止められず先を読みたくなるほどだ。

有縁の人々との巡り合いを通じて、遠州の人柄が見事に描かれている。
書籍の帯に、「さわやかであたたかな遠州の心が胸を打つ、歴史小説」
と書かれているが、まさにその通りだろう。

遠州は天正7年(1579)、近江国坂田郡小堀村に生まれた。
父は小堀新介正次で秀長の家臣、母は磯野丹波守貞正の娘。
名は政一、幼名を作介という。
秀長が大名として大和郡山に移封されたのに伴い、
小堀一家も郡山に移り住むことに。
政一は小姓として秀長に仕える。

慶長2年、政一19歳の折、藤堂高虎に気に入られ、
高虎の養女、栄(13歳)と夫婦となる。
後に政一は作事奉行を務め、建築と造園に才能を発揮する。
また父親の手ほどきを受けて茶の湯を学んでいたが、
古田織部の指導を受けて、めきめきと茶道の腕を上げる。
織部亡き後、大名茶の総帥として、多くの大名茶人を指導する。

慶長13年、従五位下遠江守に叙せられ、遠州と呼ばれることになる。

第1章の「白炭」では、政一が初めて利休と顔を合わせる場面が
登場するが、二人が会うことはその後二度となかった。
それは政一が豊臣秀長に仕えていた時のことで、
秀長が茶の湯の接待をすることになり、茶の湯を指導するために、
利休が秀長の屋敷にやって来たのだが、その場に控えていたのが
小姓の政一。
利休は政一のことがふと気になり、政一に言葉をかける。
石田三成のこと、山上宗二のこと、黒茶碗のことなどに
話は及び、のちに政一は織部を通して、利休の孫弟子になるのだが、
茶の湯の根本的な考えにおいて、利休とは異なるものを
すでにその場で政一は感じ取る。

第2章の「肩衝」では、三成と禅僧の沢庵が登場する。
茶道具名器の「万代屋肩衝」を三成が手放す下りは面白い。
三成の遺骸を三玄院に葬ったのは沢庵だという。

第3章「投頭巾」、続いて「此世」、「雨雲」、「夢」、「泪」、
「埋火」、「桜ちるの文」、第10章の「忘筌」で締めくくる。

利休が切腹を命じられ堺に向かう時、古田織部と細川三斎(忠興)の
二人だけが見送った。
いずれも利休七哲と言われた利休の高弟である。
因みに利休七哲の他の5人とは、
蒲生氏郷、高山右近、芝山宗綱、瀬田掃部と牧村利貞。
利休は茶杓を削って、見送ってくれた二人に渡した。
三斎に渡したのが「ゆがみ」、織部に渡したのが「泪」という
銘で、第7章の主題となっている。
古田織部が自刃した後、古田屋敷を接収したのが遠州の義父、
藤堂高虎だが、「泪」銘の茶杓が見つからず、
遠州にその茶杓を見つけてくれるように依頼する。
実は自刃する前に織部は娘の琴にその茶杓を手渡していた。
琴は織部の娘であるということで、
京都所司代の牢屋敷に閉じ込められている。
琴が病で倒れたのを機に、遠州は「泪」の茶杓を手に入れる。
高虎は琴の面倒を見、琴は病からすっかり快復する。
琴は高虎の屋敷を出る前に、遠州の茶の点前を見たいという。
遠州は茶を点てた高麗茶碗を琴の膝前に置く。
琴は茶碗を落ち着いた所作で手にして、茶を喫すると、
茶碗を膝前にゆっくりと戻してから、おもむろに口を開く。

「わたくしの父は常日頃ひとを喜ばせようと茶を点てていた気がします。
 ひとが喜ぶ姿を見て自らも嬉しくなる。
 それが父の茶ではなかったかと思います。
 小堀様はいかようなお心で茶を点てておられましょうか。」
遠州は少し考えてから、
「さほど、確たる思いがあるわけではございませんが、
 強いて申せば、相手に生きてほしいとの思いは
 込めているように思います。」
「生きてほしい、とはどのようなことでしょうか。」
琴は問い詰めるように聞く。
「さて、ひとがこの世にて何をなすべきかと問われれば、
 まず、生きることだとお答えいたします。
 茶を点てた相手に、生きておのれのなすべきことを
 全うしてもらいたいと願い、それがかなうのであれば、
 わたしも生きてあることを喜ぶことができる。
 さような思いでおります。」
遠州は考えながら答えた。
琴はそんな遠州をじっと見つめる。
このあとも二人の会話が続くが、この小説の一つの
クライマックスだと思う。

お薦めの一冊である。


by toshi-watanabe | 2017-01-16 08:47 | 読書ノート | Comments(0)

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久し振りに葉室作品を読む。

「小説推理」に連載されたいた作品で、単行本としてつい最近

双葉社から刊行された時代小説、「あおなり道場始末」である。

豊後の国、坪内藩四万八千石(実在しない、架空の藩)の

城下町にある剣術の青鳴道場が舞台である。

神妙活殺流を編み出した先代。青鳴一兵の死から

間もなく1周忌を迎える。

道場を継いだのは長男、権平、まだ二十歳と若く、

武術に優れた容貌には程遠く、

いわゆる昼行燈のような性格の持ち主。

剣術道場主としては頼りなく、門人から見捨てられ、

門弟は全くいなくなってしまった。

権平には妹の千草(17歳)と弟の勘六(12歳)がいる。

母親は早くに亡くなっており、権平が親代わりの役割なのだが、

千草は武術に優れ、鬼姫と呼ばれていた。

勘六は幼いころから利発で、師の矢野観山をして

あたかも菅原道真公の再来ではと褒め称えられるほど。

「天神小僧」と陰口をされることも。

三人兄弟、道場にだれも来なくなり、

生活の糧に困り果て、道場破りを思いつく。

この城下町には、青鳴道場の他に新当流、無念流、

雲弘流、心影流、それに柳生流の五つの流派の武術道場があった。

父親が生前伝授してくれた神妙活殺流を武器に、

権平は弟妹を伴い、他の道場へ乗り込み他流試合を申し込む。

見事権平は道場破りを成功させ看板代をせしめる。

その一方で、青鳴一兵は何らかの理由で、

他の道場主に殺害されたことに間違いないと権平は確信。

そんな折、突然勘六が何者かに拉致される。

実は、十三年前、すでに亡くなった側室、お初の方が

産んだのが竹丸で、正室お与江との間で争いがあったため、

その竹丸は行方知らずとなっていた。

ところが藩主の跡継ぎとして竹丸を担ぎ上げるために、

その行方を捜す一派と、それに反対する一派との争いに巻き込まれることに。

どうやら勘六が竹丸らしいと判明し、

物語は思わぬ方向に進展する。

物語はいろいろと進展するのだが、

最終的には、権平は亡き父親の仇を取り、汚名を雪ぐ。

兄弟3人で新しい生活を求めて江戸に行く下りで

この物語は幕を閉じる。

江戸で開く道場の名前は「あおなり道場」にしようと話し合う。

いかにも葉室流の筆致で、筋書きが実に面白い。

読み手を飽きさせず一挙に読み終えさせてしまう。

楽しく読める時代小説である。



by toshi-watanabe | 2016-12-29 11:55 | 読書ノート | Comments(0)
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内田康夫さんの「日光殺人事件」を読み終える。
もちろん浅見光彦探偵シリーズの一冊です。
この作品は、1988年2月にカッパ・ノベルス(光文社)として
書き下ろし刊行され、1990年11月に光文社文庫に収録されている。
本年7月に、光文社文庫新装版として出されたものです。

徳川家康、秀忠、家光三代に仕え、重い役目を果たし、
長寿を全うしたのが天海僧正である。
「天海僧正は明智光秀だ」と言う説もあるのだが、
確とした証拠も裏付けもない。
「これを証明せよ」と難題を「旅と歴史」の編集長から
浅見光彦は強引に突きつけられる。
さらに編集長の話では、明智の末裔かもしれない一族が、
日光の辺りに住んでいるという。
競走馬の育成で有名な智秋牧場という大きな牧場があり、
「智秋」をひっくり返すと、「秋智」、アキチ→アケチ。。。。
余りにこじつけではあるが。

かくして光彦探偵は愛車ソアラを駆って日光へ向かう。
到着早々、名高い日光華厳の滝で遭遇したのが、飛び込み自殺。

明治36年5月、第一高等学校生徒、藤村操が
「巌投之感」という辞世の詩を大木の幹に書いて、
華厳の滝に身を投げた、当時18歳の若さだった。
それ以来、華厳の滝は熱海の錦ヶ浦、三原山と共に自殺の名所となった。

さて遺体の回収作業中に、別の白骨死体が発見される。
死後2年ばかり経っているとみられ、
取材旅行どころか、白骨死体が自殺か他殺かに、
光彦探偵の関心は向くことになる。

白骨死体の身元は、膨大な資産を有する智秋グループの一族の
ひとりと判明する。
2年前に行方不明となっていた智秋次郎で、
当時彼の乗用車は山形の鶴岡方面に放置されたままだった。
智秋家では、一族の中興の祖である智秋友康が病床にあり、
友康のあとを継ぐのに様々な思惑が渦巻いている。
友康の長男友忠の娘、朝子が登場する。
次郎は友康の次男で、朝子にとっては叔父にあたる。
朝子はこの小説のヒロインで、乗馬姿が絵に描いたように美しく、
ユキという名の白馬に跨って、牧場を疾駆する。

行方知れずだった次郎の白骨死体が引き上げられ、
智秋家では葬儀が営まれる。
次郎は短歌を趣味としていて、かっての短歌仲間が葬儀に参列。
葬儀からしばらくして、短歌仲間の一人が西伊豆で
死体となって発見される。
殺人事件で、日光の事件と関係あるのかどうか、
光彦探偵は西伊豆に向かう。

何と西伊豆の土肥町が登場する。
短歌仲間の山田俊治の死体が発見されたのは、
修善寺町から土肥町へ抜ける、国道136号線の
土肥峠付近の山林。
土肥町(現在は伊豆市だが、以前は田方郡土肥だった)は、
私の両親の故郷で、戦時中私自身2年ばかり疎開していた所だ。
土肥は、天正5年(1577)に金山が発見されて以来、
質、量ともに日本一の金の採掘場であった時代も。
慶長小判に土肥金山の金が使われたという。
金を採掘する過程で、掘り当てられたのが温泉で、
現在は温泉と海の幸で知られる観光地となっている。

智秋牧場に絡む殺人事件は思わぬ展開となるものの、
光彦探偵の第六感と見事な推理により糸口が見つかり、
難事件も解決へ向かう。

事件に関係なく、日光東照宮や輪王寺を
ゆっくりと巡りたいものである。
また西伊豆の土肥へも久し振りに出かけてみたい。



by toshi-watanabe | 2016-08-13 10:24 | 読書ノート | Comments(0)
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(表紙の挿画は中川学さん)



葉室麟さんの最新作「津軽双花」を読み終える。
書籍表紙の帯には、
「この戦い、女人の関ヶ原にございます」とある。
日本を東西に二分した戦い、「関ケ原の合戦」から十三年、
石田三成の娘、辰姫(たつひめ)と徳川家康の姪、満天姫(まてひめ)が
津軽家に嫁し、再びの因縁に相見えることになる。

津軽家を継いだ藩主信枚(のぶひら)の正室として迎えられたのが、
石田三成の三女、辰姫である。
三成一族はみな斬首の憂き目になったはずだが、辰姫は生き延び、
高台院(秀吉の正室、寧々、北政所)の養女となり、
津軽家に嫁いだ。
辰姫の兄の重成(三成の次男)も縁あって、津軽家に出仕、
名前もかえて杉山源吾を名乗っている。

平穏な生活が送れるはずだったのだが、
天海僧正の思惑もあり、家康の異父弟、松平康元の娘、
満天姫(まてひめ)が家康の養女となって、津軽信枚に嫁ぐことになる。
正室が二人というおかしな事態に。
満天姫はその前に、福島正則の養嗣子、正之に嫁し、
嫡男直秀を産んでいるのだが、正則に実子が生まれたため、
世の常とはいえ、正之は廃嫡の身となり、若くして命を絶つ。
満天姫は直秀を連れて実家に帰されていた。
満天姫は幼い息子の直秀を伴い、津軽家に嫁ぐことに。

津軽家に嫁ぐ前、天海は満天姫を伴い、大舘陣屋を訪れる。
このころ、辰姫は上野国大館にいた。
関ケ原の功により、大館二千石を与えられた津軽家では
ここに陣屋を置いていた。
辰姫は陣屋に居室を与えられて、日々を過ごしていた。
津軽信枚は津軽と江戸を往復する間に大館に立ち寄る。
満天姫が、江戸からはるばるやってきたのは、
輿入れの前に辰姫を追い出しておこうという天海の思惑もあった。
客人を大広間に案内する辰姫、案内される満天姫の
茶室での初対面の場面が、実に見事に生々しく描かれている。
この小説一番の読みどころ。
辰姫は一子平蔵を授かるものの、
病に倒れ、33歳の若さで命を全うする。
死の間際に、満天姫が辰姫を見舞いに訪れる。
津軽家の家督は必ず、平蔵に継がせると約束する。
満天姫には実子の直秀の他に、信枚の津軽の側室が
産んだ男子、万吉を手元に引き取り育てていた。
(満天姫の実子だという説もある。)

二人の姫を中心に繰り広げられる、
葉室流の感動を読者に与える一編である。

この本には、書名となっている「津軽双花」のほかに、
三つの短編作品が載っている。
いずれもすでに発表済みの作品。

「鳳凰記」は「決戦! 大阪城」、
「孤独なり」は「決戦! 関ケ原」、
「鷹、翔ける」は「決戦! 本能寺」に
それぞれ載っている。
「鳳凰記」は、茶々と秀頼が家康から上洛を求められる
経緯を中心に物語が語られている。
帝が聚楽第への行幸の折り、茶々をお目にとめられ、
鳳凰のごとき女人だと思われたそうだとの話が出てくる
「孤独なり」は、関ケ原で敗れた石田三成の物語。
西軍が負けるように仕掛けたのは三成だという、
興味深い筋書き。
「鷹、翔ける」は、明智光秀を支えて最も力を発揮した
家臣、斎藤内蔵助利三(としみつ)の話。






by toshi-watanabe | 2016-08-09 10:50 | 読書ノート | Comments(0)
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梶よう子さんの作品を初めて読む。
最近、角川書店から出版されたばかりの「葵の月」である。

第10代将軍家治の長男、徳川家基は幼くして文武に優れ、
いずれは家治の跡を継ぐと目されていた。
ところが安永8年(1779)鷹狩りに出かけた帰りに立ち寄った
品川の東海寺(この作品では海晏寺)で突然、体の不調を訴え
3日後に亡くなった。
毒殺説が語り継がれているが、享年18歳(満16歳)の若さだった。
「幻の第11代将軍」と呼ばれる。
当時江戸幕府を牛耳っていたのは、老中田沼意次。
若き家基は意次の政策に批判的であったと言われる。

家基の毒殺をテーマとして、
そのテーマをバックに進展する人たちの物語である。
書名の「葵」は徳川家の紋どころ、徳川家を象徴しているのだろう。
「月」はこの物語に登場する人々の人生を照らし出す月の意味だろう。
目次をそのまま転記すると、

 昼月。。。。。。。。。。。立原志津乃
 月日星。。。。。。。。。.水沢孝安
 最中月。。。。。。。。。 新助
 月帰り。。。。。。。。。。池原雲伯
 雨世の月。。。。。。。。高階信吾郎
 有明の月。。。。。。。。塚本平八
 葵の月。。。。。。。。。。坂木蒼馬

志津乃は立原家の一人娘、許婚の蒼馬と一緒になる日を
夢見ていたのが、家基の死後、突然出奔行方をくらます。
志津乃は医師を務める叔父の孝安の家に出かけては
医療の手伝いなどをする。
幼いころから立原家で育てられていた平八は
志津乃を姉のように慕い、いつも志津乃のお供をする。
蒼馬は元西丸書院番を務めていた。
剣術に優れ、道場で同門で好敵手だったのが信吾郎。
信吾郎の上司だったのが志津乃の父親立原惣太夫という関係で、
お互いに顔なじみである。
蒼馬と信吾郎は、それぞれある上部の人間から特命を受けて、
誰にも漏らさず隠密に家基毒殺の真相を見出すべく奔走する。
蒼馬が姿を消した後、志津乃の父と継母は信吾郎との縁談を進める。
医師の雲伯は孝安とは一緒に医学を学んだ間柄、
今では出世して奥に出入りしている。
雲伯が調合した毒で家基が殺害されたのではと疑われている。

家治、家基の血筋は絶えたものと思われていたのだが、
家基が鷹狩りの折に知り合った小間物屋の娘との間に
一子が誕生していた。
元次という男子だったが、「おもと」と呼ばれて
女童として育てられている。
ところが生まれつき眼病を患い目が見えない。
元次は何とか命拾いして、眼病治療のために長崎に向かう。

こうした事件の背景にあるのは、お家騒動の一つ。
8代将軍吉宗の孫にあたる、
御三卿一橋家第2代当主、徳川治済は嫡子の
豊千代を第11代将軍に付かせる野望を抱いている。
同じく吉宗の孫にあたる松平定信も老中意次を面白く思わない。
意次を追い落とそうとする二人の画策があったのかもしれない。

その後いろいろと物語は進展するのだが、
信吾郎は命を落とし、蒼馬はめでたく志津乃と夫婦となる。
豊千代が徳川家斉と名乗り、第11代将軍に付く。
松平定信が老中筆頭に。

人間関係をしっかり頭において読む必要があるが、
途中まで進むと、すっかり物語に没頭し、
最後まで息つく暇なく読める面白さである。




by toshi-watanabe | 2016-07-31 11:15 | 読書ノート | Comments(0)
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池井戸潤さんの最新作「陸王」を読み終える。
埼玉県の行田市といえば、足袋の郷として知られる。
ところが最近は、足袋の生産出荷高では、
四国の徳島県が圧倒的に多く、埼玉県は二位に甘んじている。
徳島では、足袋を伝統的特産物としている。
すくなくとも戦前は、行田が足袋の8割を生産していた。

この作品は、行田で百年余り続く足袋の老舗「こはぜ屋」の物語。
行田市の中心地からやや南、水城公園とさきたま古墳公園に
はさまれた場所に、こはぜ屋は昔ながらの本社屋を構えていた。
創業は大正2年(1913)、綿々と足袋製造を生業としてきた。
四代目を継ぐのが社長の宮沢紘一。
以前の活気あふれた業界もすっかり時代の変化に対応できず、
衰退の一途をたどるばかり。
足袋と足袋本体の底部にゴム底を取り付けた地下足袋の生産で
細々と商売をしている、こはぜ屋の宮沢社長は、
一念発起、ランニングシューズの製造を思い立つ。

ランニングシューズで重要な部分の一つが靴底のソール。
ソールの素材が非常に重要である。
軽くて、耐久性があって、ランナーの足にフィットしなければならない。
倒産したシルクールの飯山晴之社長がある特許を持っているのを
宮沢社長は知り、その技術により作られたサンプル素材を目にする。
繭(といっても不良品やシルクに加工できないような半端な繭)を
特殊加工し、成形したもので、およそ8センチ四方にカットされた
キューブ上の素材である。
天然素材である繭の特性として、強靭で軽く、防虫効果がある。
成形も簡単で、しかも環境に優しい。
まさにソールの素材にピッタリ。
ランニングシューズのソールに使う素材を「シルクレイ」と呼ぶことにする。

飯山を顧問に迎え、飯山の試作した機械設備もそのまま導入、
全く新しい素材のソールを取り付けたランニングシューズの製造に入る。
スポーツ用品の業界には全くの素人であるこはぜ屋に
大きな味方として支援するのが、シューズマイスターの村野尊彦。
シューズマイスターとは、一流のランナーと専属契約を結び、
ランナーにピッタリ合うシューズの開発に当たる。
村野は一流ブランドのスポーツ用品企業に所属していたが、
上司の営業方針と意見が合わず退社する。
こはぜ屋の相談役としてランニングシューズ開発の支援を行う。
こうして順調に新しいスタートを切ったに見えたが、
試作用で、何とか部品を交換しながら使っていた
機械の心臓部がついに故障し、修理も利かない状況に。
新たに設備するには、1億円単位の資金が必要になる。

池井戸作品に度々登場する銀行の対応の悪さが
この作品でも書かれている。
こはぜ屋のメインバンクは例の如く、
実績もなく、明確に先の見えない新規事業には
一切資金援助をしない。

こはぜ屋が作り始めたランニングシューズのブランドが
作品名となっている「陸王」である。
村野の伝手で一流ランナーの茂木裕人に陸王を紹介し、
正月の全日本実業団駅伝で使用してもらう。
結果は見事成功し、事業はこれからというときに、
肝心の製造機械の新設が成らず、宮沢社長は苦悶するばかり。

そこに救いの神が現れる。
最後はめでたしめでたしで物語は終わる。
小さな足袋メーカーが苦難の壁を乗り越えて行く
姿が生き生きと描かれ、ハラハラしながら読んでしまう。

いずれは、ドラマ化されて放映されることと思う。



by toshi-watanabe | 2016-07-16 09:40 | 読書ノート | Comments(0)
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伊東潤さんの新作「横浜1963」を読む。
横浜生まれ横浜育ちの伊東さんは、
歴史小説を執筆されている作家として売り出し中。
今年5回目の直木賞候補として、
秀吉と利休を描いた新作「天下人の茶」が挙げられている。
今月19日の選考会で受賞が期待される。

歴史小説作家の伊東さんが、社会派ミステリーに初挑戦。
見事なハードボイルド作品に仕上げられている。
1963年は東京オリンピックの前年に当たる。
横浜でも、桜木町から磯子までの根岸線の一部が開通に向けて、
建設工事真っただ中の時代である。
この区間は予定通り1964年に開通を見る。
その後根岸線は大船まで開通し、現在では京浜東北線の一部に。

米軍の横須賀基地に近く、横浜には駐留米軍兵士用の住宅が建てられ、
米軍兵士とその家族が大勢住んでいた。
米軍兵士と市民との間にはなにかとトラブルが発生し易い雰囲気の中、
1963年横浜港で若い日本人女性の水死体が発見される。
現場近くの波止場で、大型の白い外車
(後で、ポンティアック・テンペストと判明)に
米軍将校と日本人女性が同乗していたとの目撃情報。
特命を受けて犯人捜しの内密の捜索に当たるのが、
神奈川県警外事課勤務のソニー沢田。
大学も出ていないソニーが警察組織に
迎え入れられたのには理由があった。
米国人の父親と日本人の母親(売春婦)を持つハーフのソニー、
見た目は白人で通り、英語力とその外見を買われて警察官に採用された。

日本は敗戦、そして米軍の進駐以来、米兵の無法は
当時猖獗を極めており、その被害は一般市民にまで及んでいた。
野毛や根岸では、酔った米兵の喧嘩や飲食代の踏み倒しが
日常茶飯事のように起こっており、その度に警察官が出動するものの、
逮捕できず、MP(Military police)を呼ぶだけだった。
殺害された日本人女性の身元は判明するが、
限られた状況の中で、一人黙々とソニーは捜索せざるを得ず、
仮に犯人の目星がついても、内密に基地のNIS
(Naval Investigative Service)に伝え、
当人を故国に送還してもらうしかない状況だった。

ソニーに思わぬ協力者が現れる。
横須賀基地勤務の兵曹長(Chief Petty Officer)、
ショーン坂口で、こうした事件の窓口となっている。
ショーンは日系三世、国籍は米国人、
戦時中戦後の厳しい状況で育った日系人のショーンは、
亡くなった父親から、白人には決して逆らってはいけないと、
繰り返し強く言われてきた。
それでも日本人の血が騒ぎ、上司の指示に逆らい
陰でソニーを協力するように。

第2の殺人が発生、またもや若き日本人女性が犠牲に。
犯人は同一人物と目星がつき、物的証拠探しも。
大型車ポンティアック・テンペストの持ち主が
間違いなく二つの殺人事件の犯人だと判断され、
ショーンは上司に報告するのだが、
犯人らしき人物とショーン自身が上からの命令で
ベトナムのサイゴン基地に転属される羽目に。
当時ベトナム戦争の最中、米軍が現地で戦っていた。

ところがポンティアック・テンペストが、
第3の殺人に向けて、若い日本人女性を乗せて基地から横浜の街へ。
ポンティアック・テンペストの元の持ち主を犯人だとしていたのは
大きな間違いを犯していたと、ソニーは気が付き、大型車を追跡する。
そして真犯人を追い込むのだが。

当時東京オリンピックに向けて、地球規模での衛星テレビ放送の
実験がちょうど始まり、米国からの中継が日本に
送られてくるのだが、その中継は誰も予想しなかった、
米国ケネディ大統領の暗殺事件だった。

この作品を読みながら、
最近沖縄で起きた米軍の軍属による日本人女性の殺害事件を思い出し、
沖縄ではまだ戦後をそのまま引きずっていいるのだと、
改めて考えてしまう。
米軍基地の問題、そして主人公として登場する日米ハーフのソニーと
日系三世のショーンの設定、二人が日米二つの祖国に
揺れ動くシチュエーション、大変興味深い。
読み応えのある作品である。




by toshi-watanabe | 2016-07-12 09:27 | 読書ノート | Comments(0)
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宇江佐真理さんの著書「雪まろげ」(新潮文庫)を読み終える。
「古手屋喜十 為事(しごと)覚え」の第二作である。
この期待されたシリーズ、「雪まろげ」に続く作品、第三作は、
昨年11月、作者が亡くなられたため、日の目を見ることはない。
実に残念である。

浅草田原町で古手屋「日乃出屋」を営なむ喜十と女房のおそのが
このシリーズの主人公、古手屋とは、現代でいう古着屋のこと。
江戸時代、庶民には新品の着物は高嶺の花で、
古手屋で着物を買うのが一般的。
大切な着物を売りたい人と、買いたい人を繋ぐ役目を果たしていた。
そこには悲喜こもごもの人間ドラマが起きる。

第一話の「落ち葉踏み締める」は前作の最終話「糸桜」の続きで、
何故、日之出屋の店先に赤ん坊が捨てられていたのか、
赤ん坊を捨てた、悲しい家族の事情が書かれている。
新太は勉強好きな子供で、手習所に通っていたのだが、
病に倒れた父親が一年寝ついて死ぬと、新太の下に五人も
弟や妹がいては、手習所に通うどころではなく、
母親を助けて食べて行かなければならない。
まだ14歳の新太は業平橋の袂でしじみを採り、その業平しじみを
売り歩き売上金で行徳の貝屋に行き、はまぐり、あさり、さるぼう、
あおやき等の貝類を分けてもらう。
仕入れた貝は母親が剥き身にし、深川めしを出している
「おたふく」という飯屋に持って行く。
とても一家の生計を立てるのは難しく、末っ子の捨吉
(まだ生まれて半年もたっていない)を育てるのは手に余るから、
どこかにもらってくれる人を探すように、母親のおうのは新太に言う。

本所界隈でしじみ売りをしていた新太は、吾妻橋を渡り浅草まで
足を延ばしたことがあり、その折りに気持ちよくしじみを買ったくれたのが
日之出屋の女房おそのだった。
それを思い出して、夜遅く浅草田原町へ新太は出かけ、
末弟の捨吉を日之出屋の軒先に置いた。
子供のいなかった喜十とおそのは捨吉を養子にし、大事に育てる。
捨吉を日之出屋の前に置き去りにしてからひと月、新太は思い切って
浅草へしじみ売りに、そしておそのに背負われた 捨吉を見て一安心。
その後、ひょんなことから捨吉の養育先を母親が知ることになり、
母親は日之出屋に行くという。
そこで悲劇が起きてしまう。

第二話は著書名となっている「雪まろげ」。
このシリーズには、日之出屋によく姿を現す、
北町奉行所隠密廻り同心の上遠野(かとの)平蔵が登場。
平蔵は何かと事件を持ち込んでくる。
効果のない偽薬を売る薬種屋を探る話である。

第三話は「紅唐桟(べにとうざん)」。
喧嘩沙汰を起こしてしょっ引かれた男が
分不相応なまでに高値な紅唐桟の紙入れを持っていた。
拾ったという男の証言が信じられず、
上遠野は紙入れの持ち主を探してほしいと喜十に頼む。

第四話は「こぎん」。
殺人の疑惑もある身元不明の男の死体が寺の本堂の下に。
死体には妙な縫い取りがある半纏のような上着が手掛かり。
喜十は、上着を店の前に置き、事情を知っている人が
現れるのを待つ。
こぎんと呼ばれる着物の縫い取りが誕生した裏側には、
東北の貧しい農家における哀しい歴史がある。

第五話は「鬼」。
左耳の傍に瘤がある母親と、重い皮膚病ゆえに
肌に負担が少ない古い浴衣がほしいという息子が、
日之出屋を訪れる。

第六話は「再びの秋」。
喜十とおそめが、再び捨吉を捨てた家族と向き合うことになる。
新太(すでにこの世にはいない)の弟で、捨吉の兄にあたる
幸太も日之出屋に引き取られ、新太の下の二人の妹たちも
無事近くの家に引き取れることになる。
家族の本質とは何か、家族の幸福とは何か、
喜十とおそめ、そして養子に入った捨吉が、
ともに家族として成長していく物語を通じて、
考えてほしいと訴えているのではないだろうか。
一気に読ませる作品である。



by toshi-watanabe | 2016-07-08 09:47 | 読書ノート | Comments(0)
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最近、文春文庫として出版された、
北原亞以子さんの著書「初しぐれ」を読む。
北原さんは、3年前の3月、心臓病の治療も甲斐なく、
75歳の生涯を閉じられた。

今回出された文庫本は、晩年に書かれた短編五編と
直木賞受賞後第一作の作品集で、
「オール読物」などで発表されて以降、
いずれも初めて単行本に収録された作品である。

因みに北原さんは、1993年に「恋忘れ草」で直木賞を受賞。
その後「慶次郎縁側日記」は高橋英樹を主演にNHKでドラマ化、
人気シリーズとして評判を得た。

書名ともなっている作品「初しぐれ」は江戸の市井が舞台、
糸物問屋三枡屋を営む長右衛門、おくら夫婦には娘が二人、
姉のおしずが婿をとり、婿の楠太郎が三枡屋の七代目を継ぐ。
所がまだ赤子の清太郎を残して、おしずが病で亡くなる。
両親から説得され、暖簾を守るために妹のおこうが楠太郎の後妻に。
二人の間に二人の子供、おゆみと正次郎が生まれるものの、
三枡屋楠太郎が37歳で亡くなる。
亭主に先立たれたおこうがこの作品の主人公である。
四十九日を済ませ十日経ち、亡姉おしずの息子、清太郎も
立派に成長している。
両親から頼まれた役目は無事につとめ終えて肩の荷が下りた、
おこうはかっての許婚者だった市之助を訪ねて行くのだが、
すでに所帯を持っている市之助はおこうのことを全く知らぬと言い切る。
雨の降りだした中を帰るおこうに清太郎が傘をさしかける。
巧みな作品に仕上げている。

「海の音」と「捨足軽」の二作は、長崎シリーズ。
長崎港にやってくる異国船に対応する長崎奉行に
絡んだ事件を題材に描いている。

「犬目の兵助」は南蛮渡来のぎやまんの手鏡である
「私」を主人公にした作品の一つである。
「老梅」は、丙午に生まれた女は夫を殺すと迷信に言われ、
二度もそういう目にあったおたかが主人公。
縁起の悪い女と言われた半生だが、
このまましぼんではたまらない。
はなやかな噂の一つや二つはたてて
『幸せだった』と笑ってあの世へ行きたい、
年老いた梅のように、もう一度花を咲かせたい。
縁側から庭に出る。
梅の老木はきれいに花を落として、
薄緑色の葉を芽吹かせていた。
よく見ると、たった一輪が花を咲かせていた。
苔の生えた幹の、それも根もとの方から、
数枚の葉をつけた小枝を従えて顔を出した花だった。

「アーベル・ライデル」は、平成5年(1993)
7月15日、「恋忘れ草」で第109回直木賞を受賞し、
忙しい最中ほぼひと月で書き上げた
直木賞受賞第一作だそうだ。
昭和5年(1930)の東京下町が舞台で、
26歳上の椅子職人芳次郎に嫁したふみが主人公。
ふみは17歳で後妻になった。
先妻の息子洋一郎とは5歳しか違わず、
道ならぬ恋ごごろを抱いている。
女の狂おしい心の揺れをテーマに据えて、
戦前の職人一家を描いている。

「イッヒ リーベ ディッヒ(私は君を愛す)
アーベル ライデル(だが残念ながら)
ドゥー リープスト ニヒト ミッヒ(君は僕を愛していない)」

巻末に、インタビュー「入院中も江戸の街を歩いていた」
が掲載されている。




by toshi-watanabe | 2016-07-04 09:53 | 読書ノート | Comments(2)
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内田康夫さんの著書「しまなみ幻想」を読む。
最近、実業之日本社文庫として出版されたが、
すでに2002年11月、単行本が光文社から発行されている。
書名にある通り、本州四国を結ぶ3本目の連絡高速道路、
通称「しまなみ海道」で起きる事件がテーマ。
正式には「西瀬戸自動車道」で、広島県の尾道と
愛媛県の今治をそれぞれ起点とし、
向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島などを巡り
海峡部に10本の橋梁(尾道大橋を含めて11本とも)を渡る。

この作品が書かれたときには、「しまなみ海道」が開通していたものの、
島嶼部自動車専用道路の一部が未整備、
その後、2006年に全面開通となった。
「しまなみ海道」は自動車専用道路のほかに、
歩行者、自転車のための専用道路も併設されている。
歩行者の通行料金は無料、また自転車も現在期限限定で無料。
数年前に、四国巡りのツァーの折に、この海道を通り、
瀬戸内の素晴らしい眺めに感嘆したものである。

因島はかって村上水軍(海賊)の拠点だったところ。
この作品でも、その末裔に当たるのか、村上姓の人物が登場。
生口島には、「西の日光」と言われる重要文化財の宝庫の、
「耕三寺」がある。
大三島は「神の島」と呼ばれ、この作品にも登場する
「大山祇(おおやまづみ)神社」が鎮座している。
伯方島は、「伯方の塩」で名高い。

この作品のテーマは、人が亡くなる事件の発生に対して、
警察が十分に調べもせずに事故あるいは自殺として
処分している現実に視点を当てたもの。
しまなみ海道の橋から女性が墜落死する事件が発生。
捜査本部が設けられたものの、自殺として処理される。
ところが、墜落死した女性が橋の上を歩いている姿を見たという
目撃者が2年後に橋から飛び込んだのか、遺体が海上で見つかる。
不審な点が次から次と表面化してくるのだが。

今治で手広く造船会社を営む村上家に嫁いだ美和が最初の犠牲者。
美和の娘、村上咲枝は今15歳の中学生、ピアノが得意で、
週末東京の駒込までピアノの指導を受けに出かけている。
ピアノの指導に当たる、島崎香代子は村上美和と
音大時代の親友、プロの演奏家として名を成すものの、
事故に遭遇しプロをあきらめピアノを教えている。
美和の依頼を受けて、香代子は咲江の指導を引き受けた。

浅見光彦シリーズで時折登場する、
東京北区上中里にある「平塚亭」に香代子が散歩がてら
咲枝を連れてやってくると、偶然光彦と顔を合わせる。
香代子は光彦と光彦の母親雪江とすでに顔なじみ。
特に雪江は香代子の若いころから知っている。
そこで話を交わしているうちに、咲枝は母親の美和が
2年前に不慮の死を遂げているのを口にする。
自殺として処理されていることに疑問を感じており、
母親が自殺するはずはないと、光彦に話す。
光彦探偵は村上美和の死に関心を抱き、
事件当時の地方紙を調べ、いよいよ現地へ出かける。

村上咲枝が誘拐され、危うい場面もあるが、
殺人事件の犯人を突き止め、見事事件を解決する。

作者がしまなみ海道を舞台にした作品を書いた背景には、
当時の愛媛県知事のお墨付きがあった。
しまなみ海道が全通した(実際はまだ一部は一般道を
通過していたのだが)のを機会に、
一種の村おこし的な効果を狙えるミステリーを
書いてくれないかーーーという知事の発言があったようだ。

因みに、愛媛県から東京までピアノを習いに通うなど、
現実離れした発想だと思うが、「浅見光彦倶楽部」の会員に
モデルぴったりの埼玉在住の女性がいたとか。
その女性は子供の頃、愛媛県新居浜から東京に通っていた。



by toshi-watanabe | 2016-06-28 14:50 | 読書ノート | Comments(0)