カテゴリ:読書ノート( 148 )

愛読している葉室さんの作品が映画化される。
直木賞を受賞した「蜩の記」である。
役所広司、岡田准一、堀北真希、原田美枝子と
おなじみの顔ぶれが主演。
今年10月4日、東宝系映画館で一般公開される。
予告編が公開されている。
下記のウェブサイトをご覧ください。

 → 映画 蜩の記 公式サイト


下記は以前別のところで書いた読書ノートです。

葉室麟さんの直木賞受賞作「蜩(ひぐらし)の記」を読み終える。
読み手をぐいぐい引き込む、大変すばらしい作品だと思う。
葉室さんは5回、直木賞候補にノミネートされ、
この作品で、ついに直木賞を受賞された。

時は江戸時代、舞台は豊後(ぶんご)の国、羽根(うね)藩と
背景は設定され、物語は進展する。
無論、歴史上実在はしておらず、
現在なら大分県辺りである。
藩主三浦家に仕える、藩士戸田秋谷(しゅうこく)が主人公。

秋谷は羽根藩の江戸藩邸にて用人を務めていた折に、
先代藩主の側室と不義密通し、
それを見咎められて小姓を切り捨てた、
というかどで切腹を申付けられる。
(事実と反していることが後で判明するのだが)

しかし、秋谷は学問に秀で、その頃、三浦家の
家譜の編纂に取り組んでおり、
家譜編纂の中断を恐れた藩主が特別の命を出し、
切腹を10年後に執行することになる。

かって秋谷自ら郡奉行を務めていた山間の村、向山村に、
幽閉され、妻子とともに質素な生活をしながら、
家譜の編纂に取り組む。
周りは百姓が住み、長久寺という寺があるのみ。

そして7年の歳月が流れた頃(残り3年)、
城内で刃傷沙汰を起し羽根藩の奥祐筆、
檀野庄三郎が家老の特別な計らいで助命され、
その代わりに秋谷の家譜編纂の補佐をするとともに、
秋谷の監視役を命じられる。

物語はここから始まる。

庄三郎は秋谷の家族とともに生活し、
家譜編纂の手伝いをするうちに、
次第に秋谷にひかれてゆく。

やがて10年が過ぎ、三浦家代々の家譜の編纂が完成する。
庄三郎は秋谷の娘、薫とめでたく祝言を挙げる。
息子の郁太郎も元服の儀を執り行う。

子供たちの行く末を見届け、
秋谷は切腹のため、長久寺へ向かうところで
物語は終わる。


蜩の記とは、秋谷が家譜編纂を命ぜられて以降、
編纂の傍ら、毎日のことを書き留めた日記である。

「蜩とは?」と、庄三郎の問いに対して、
秋谷は、
「夏がくるとこのあたりはよく蜩が鳴きます。
 とくに秋の気配が近づくと夏が終わるのを
 哀しむかのような鳴き声に聞こえます。
 それがしも来る日一日を懸命に生きる身の上でござれば
 日暮しの意味合いを籠めて名づけました。」

命を区切られた男の凄絶の覚悟、武士の清廉が
見事に描かれた、感動の物語である。  
by toshi-watanabe | 2014-07-20 10:07 | 読書ノート | Comments(0)

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山本兼一の「赤絵そうめん」を読み終える。

本年2月に他界された山本さんの作品を纏めて
この5月に単行本として文芸春秋から出版された
「利休の茶杓」の読後感を書いたばかり。

既に紹介した通りだが、「オール読物」に連載された
「とびきり屋見立て帖」のシリーズ作品である。
幕末の京都を舞台に、道具屋「とびきり屋」の若夫婦を
巡る波乱万丈の筋書きからなっている。
「利休の茶杓」実はこのシリーズの4冊目であり、
その前に3冊がすでに単行本として出ている。

その3冊目が「赤絵そうめん」、3年前に出版されている。
因みに、つい最近6月に文春文庫として、文庫版も出ている。
読む順序が逆になったのも致し方なし。

秀吉の戦国時代、武将から商人となり、
数代にわたり、商いで莫大な財産を手に入れ、
両替商でもある大商人なった銅屋(あかがねや)が登場する。
茶人でもある当主の吉左衛門が
数寄者がのどから手の出るほど欲しい
万歴赤絵の鉢を手放したいという所から話は始まる。
銅屋の蔵の話は「利休の茶杓」に続く。

「赤絵そうめん」、「しょんべん吉左衛門」、「からこ夢幻」、
「笑う髑髏(しゃれこうべ)」、「うつろ花」、「虹の橋」と
6編の作品で構成されており、
いずれも「オール読物」に2010年から2011年にかけて
連載された作品である。

最後の「虹の橋」に特に感銘を受ける。
作者の眼力が実に素晴らしく、卓抜していると思う。
主人公の真之介とゆずの若夫婦の意気はぴったり合い、
ゆずの目利きは真之介のそれを凌ぐように
描かれているのが面白い。
このシーズの1作目と2作目も今度読むつもりである。
文庫本が出ている。
by toshi-watanabe | 2014-07-20 09:47 | 読書ノート | Comments(0)

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葉室麟さんの最新作を読む。
「天の光」で、昨年「読楽」に掲載されたものに
加筆訂正されて今回単行本として発刊。
私の好きな仏師の物語である。

主人公の柊清三郎は、
福岡藩の普請方五十二石、柊尚五郎の三男に生まれ、
部屋住みの身では行く末が覚束ないと、
仏師の道を志した。
博多の慶派の仏師、高坂浄雲に17歳で入門。

やがて6年の修業を経て、23歳となった清三郎、
仏像を彫っていても、木に仏性を見いだせないのは
自分に力がないからか、それとも仏像の素材となる木に
仏性を宿す歳月が足りなかったのか、と思いをめぐらす。

師浄雲のひとり娘おゆきと祝言を交わす。
師に見込まれたものだが、兄弟子たちからは詰られる。
祝言を前に、兄弟子の玄達は浄雲の門人三人を伴い出奔。
浄雲の工房はすっかり火が消えたように。

その後1年経って、清三郎は己の彫る仏像に満足できず、
師匠の止めるのも聞かず京仏師の元へ。
新妻のおゆきには3年の約束で京の都へ向かう。

ところが、その間に悲劇が起きる
浄雲の工房に盗賊が入り、
浄雲は殺害され、おゆきは乱暴を受ける。
3年後、博多に帰った清三郎はこの惨劇を初めて知る。
おゆきは行方知れず。

その後物語は展開し、
島流しとなるおゆきをおって清三郎は姫島へ密航。

仏像を彫るということは、何という難行苦行なのだろうか。
何かをつかんだ、と思えば、
まだ、その先がある。
どこまでいっても到達するということがないのかもしれない。
そう思えば、仏像を彫るということは、
ひたすら空虚なものに向かって鑿を振るうだけなのかもしれない。
清三郎は漁師小屋で横たえながらそんなことを考える。
そして、自分がおゆきの「天の光」になろうと。
by toshi-watanabe | 2014-07-10 10:39 | 読書ノート | Comments(0)

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「私は歴史の敗者を描きたい。
 彼らの存在に意味はなかったのか、と。」
こう葉室麟さんは書かれているが、この著書は随筆集である。
28編の随想文で構成されている。
文春文庫の一冊。

司馬遼太郎の「龍馬がゆく」以来、
坂本龍馬は幕末薩長連合の中心人物と位置づけられ、
幕末の志士として人気を独り占めしている。
福岡藩の月形洗蔵(葉室さんの著書に登場する)こそ
薩長連合の口火を切った志士だと、葉室さんは語る。
新国劇の舞台で上演され、映画化もされた
「月形半平太」は月形洗蔵と土佐藩の武市半平太から
名前をとったのだろう。
陸上競技にたとえれば、洗蔵が第一走者としてスタートし、
中岡慎太郎がバトンを受けて走り、
龍馬が最後走者としてゴールのテープを切った。

私の知らないお二人のことが登場する。
上野英信さん。
戦時中、学徒動員で入隊し、広島で被爆。
戦後、京都大学を中退し、抗夫となる。
筑豊で労働者の文化運動に取り組み、記録文化作家となる。
葉室さんは学生のころ、ユースホステルで相部屋となったのが上野さん。
その時に上野さんに言われた言葉が忘れられない。
「いいか、駅のホームなんかで掃除をしているひとがいるだろう。
 そのひとの前でホームに煙草の吸殻を捨てるような人間に
 なったら駄目だぞ」と。
その後、筑豊に上野さんを訪ね、歓待される。

時代小説作家の北重人さん。
2007年、松本清張賞授賞式の二次会で、葉室さんは北さんと初めて会う。
北さんは山形県酒田の出身、一級建築として建築業の傍ら、
小説を書き始める。
最初の作品を出したのは56歳の時。
2009年、直木賞候補になりながら、お二人とも賞を逸する。
その年に、北さんは61歳の若さで逝く。

著書「刀伊入冦(といにゅうこう)」の主人公についても取り上げている。
藤原道長の兄で中関白と呼ばれた道隆の
四男が藤原隆家である。
当時権勢の絶頂にある道長の陰に隠れて、隆家は軽視されている。
日本の歴史上、海外から攻め寄せてきた異民族を
最初に撃退した英雄である。
ところが道長とはそりが合わず、生き方もまったく異なる。
道長にまったく従わなかったためすっかり冷遇されてしまう。

「桃栗三年柿八年」というが、続けて、「柚子は九年で花が咲く」。
著書の題名になっているが、著書の中でも何度も、
この言葉が書かれている。
お好きな言葉なのだろう。
葉室さんは50歳で作家生活に入っり、
10年後の69歳にして、直木賞を受賞する。
それも5回目の候補に選ばれての受賞。
受賞作は「蜩(ひぐらし)ノ記」。
柚子の花が咲くより1年余計にかかる。
授賞式のスピーチで、上野さんとのことを語る。

随筆集のあとに、おまけというのか短編小説が載っている。
「夏芝居」という、読んだ後清々しい気分になる小作品である。
by toshi-watanabe | 2014-07-08 09:20 | 読書ノート | Comments(0)

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初めて小前亮(こまえりょう)さんの作品を読む。
書き下ろしの著書で、最近出版されたばかりの
「月に捧ぐは清き酒」、副題として「鴻池流事始」とある。
小前さんは東大大学院時代から歴史コラムの執筆をされ、
小説の処女作を出したのが2005年とのこと。

最近は講談を聴く機会もほとんどないが、
講談では悲運の英雄として取り上げられたのが
「山中鹿之介」。
尼子十勇士の筆頭に上げられ、
尼子家再興のために、
「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と
三日月に祈った逸話はよく知られている。

山中鹿之介とか山中鹿之助と呼ばれているが、
正しくは山中鹿介らしい。
この山中鹿介幸盛が尼子再興の望みを絶たれ、
無残の死を遂げた後、残された嫡男である
山中幸元の物語がこの作品である。

幸元は幼少の頃は新六と呼ばれていた。
父親の鹿介は、「月山富田城に尼子の旗を立てたら、
この子を迎えに来よう」と、
赤子の新六に乳母をつけて、叔父の信直に預ける。
生涯鹿介は新六の前に姿を表わす仕舞いとなる。
新六は両親の顔を全く知らずに、大叔父の信直夫妻に
大事に育てられる。
特に信直は武士としての文武の基本をしっかり教え込む。

やがて新六は立派に成長し、鹿介縁の大名の家筋から
誘いを受けるものの、武士への道を断る。
幼馴染のはなと所帯を持ち、商人への道へと着実に進む。
新右衛門と名を改める。
茶道用の炭、菊炭を考えだし、
炭焼き業者に製造を依頼、これが見事成功し
商売の軌道に乗ったところで、横やりが入り、
商売を横取りされてしまう。

次に考え出したのが日本酒である。
摂津国川辺郡鴻池村(現在の兵庫県伊丹市)で醸造を始める。
従来の濁酒風の酒から、現在流通している清酒を作り上げる。

さらに酒の味を損なわずに江戸までの輸送を工夫する。
鹿介の嫡男であることを隠す意味もあり、山中でなく鴻池を名乗る。

江戸時代以降続く豪商鴻池財閥の祖となる。
新右衛門とはなの夫妻は八男二女に恵まれ、
80年の長寿を全うする。
子供たちが鴻池財閥をその後築いて行く。

若手のこれからの作家だと思うが、
筆力も優れ、読み手を夢中にさせてしまう。
素晴らしい作品である。
by toshi-watanabe | 2014-06-26 09:23 | 読書ノート | Comments(2)

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本年二月、惜しまれて黄泉の世界に旅立った
山本兼一さんの著書である。

最近文芸春秋から山本兼一の「利休の茶杓」が出版される。
2011年から2013年にかけて、「オール読物」に掲載された
六編の作品が一冊にまとめられたものである。

「とびきり屋見立て帖」と副題がついているように、
道具屋の若夫婦、真之介とゆずの物語。
真之介が独立する前に修行していた道具屋の娘がゆず。
二人とも若いながら、なかなかの目利き。
時は幕末、尊王攘夷の激動の渦の中にある京都、
この道具屋夫婦を中心に話は展開する。
新鮮組も登場する。

「よろこび百万両」
銅屋(あかがねや)の大旦那、吉左衛門に頼まれて、
銅屋別邸の蔵にある茶道具などの目録書きをする場面で
物語は始まる。
吉左衛門は茶の湯の数寄者で、その折に、
一つの品を店に並べておいてくれと真之介に手渡す。
堆黄の菓子器で、真之介にも値打ちが判じかねる。
清国から日本に逃げてきた
高僧に話を聞くと、高僧は「堆黄値百万金」と書き、
いずれ故国の子孫が買い戻しに来るまで
大切に保存してほしいと頼まれる。

「みやこ鳥」
桂小五郎が手はずを整え、三条実美公が京の都を離れることに。
その折真之介とともに見送りに出たゆずが小さな風呂敷包みを渡す。
中には短冊と香合の箱。
短冊には「春にあふ心は花の都鳥 のどけき御代のことや問はまし」
古今著聞集の中に出てくる歌である。

「鈴虫」
鈴虫と銘のある茶碗の話。
楽焼の祖長次郎の黒茶碗である。
二代目常慶の黒茶碗、銘・春雷ト云の箱と
入れ替わっているのが判明。

「自在の龍」
同業の桝屋喜右衛門(もともとは武家らしい)から
明珍作の自在の置物を真之介は預かる。
茶の湯家元の若宗匠が龍の置物以外を買い取る。
龍だけは店に飾り、決して売らぬよう頼まれている。
店に飾られた龍の向きが長州藩士らの
連絡の役目を果たすことに。

「ものいわずひとがくる」
楽家十一代の茶碗の話。
これも銅屋吉左衛門に頼まれ店に並べる。
茶の湯の家元の宗匠が十一代による十一個そろった
楽家茶碗を見て、
「こういうええ道具は“ものいわずひとがくる”のや。
 なんの広めもせんでも、自然に人づてに伝わって、
 人がやってくる。 道具そのもの力やな」。
真之介は「ものいわずひとがくる」は丁度十音と、
道具屋の符丁に決める。

そして最後が「利休の茶杓」
種をもらったお礼に、朝顔を咲かせた竹垣の竹を削って
利休は茶杓をつくり、古田織部に贈る。
この茶杓をめぐる物語。

各作品ごとに読んでもよいし、全体を一つの作品と
捉えてもよい。
どれも心温まる、素晴らしい作品である。
by toshi-watanabe | 2014-06-15 16:05 | 読書ノート | Comments(0)


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早見俊さんの書き下ろし作品
「常世(とこよ)の勇者」を読み終える。
「信長の十一日間」とサブタイトルがついている。

桶狭間の合戦で、二万五千人もの今川義元の大軍を相手に
その一割程度の兵力の織田信長陣営が
見事勝利を獲得し、戦国時代に名乗りを上げた。
その翌年、永禄四年(1561)、
信長は長秀、勝家、藤吉郎など50人余りを引き連れ、京にいた。
下京の四条西洞院、法華宗の巨刹、本能寺に逗留。

父親の道三を亡き者にし、美濃を手中にした
斎藤義竜とは信長は一戦を交える気はなく、
盟約を結ぶ仲介を依頼するために、
御所に参向し、時の将軍、足利義輝に拝謁するところから、
この物語は始まる。

幕府内で力を持つ松永弾正から
仲介の労をとるのに、茶器の名物「平蜘蛛の茶釜」を所望され、
公卿の山科言継(ときつぐ)の助言を受け、
信長一行は堺へ向かう。

桶狭間の合戦で信長は自軍に勝利をもたらせてくれたと
信じている「草薙の剣」が盗難に遭い、
これを求めて熱田神宮の巫女、若菜も堺へ。

「草薙の剣」に霊力が再び戻せるよう、
一行は伊吹山の麓、剣村へ向かう。
この村は薬草の地である。
十兵衛(のちの光秀)もこの辺りから登場し、
信長を助ける。

堺でも、剣村でも弾正の一派や、義竜の一派により、
信長の命は度々狙われる。
とくに剣村では、義竜の命を受けた
竹中半兵衛率いる一団に追い詰められ、
あわやという時、若菜が身代わりとなり、
さらには義竜が急死し、事態は急変。
この物語では義竜は毒殺されている。

ここに至り、信長はついに美濃攻めを決意する。
そして「天下布武(ふぶ)」を宣言する。
この「天下布武」を信長がいつから掲げ始めたかは、
史実では明らかではない。

信長を主人公にした小説は数多あるが、
新たな境地を開いた作品だと思う。
大いに楽しめる著書である。

早見俊さんの書き下ろし作品
「常世(とこよ)の勇者」を読み終える。
「信長の十一日間」とサブタイトルがついている。

桶狭間の合戦で、二万五千人もの今川義元の大軍を相手に
その一割程度の兵力の織田信長陣営が
見事勝利を獲得し、戦国時代に名乗りを上げた。
その翌年、永禄四年(1561)、
信長は長秀、勝家、藤吉郎など50人余りを引き連れ、京にいた。
下京の四条西洞院、法華宗の巨刹、本能寺に逗留。

父親の道三を亡き者にし、美濃を手中にした
斎藤義竜とは信長は一戦を交える気はなく、
盟約を結ぶ仲介を依頼するために、
御所に参向し、時の将軍、足利義輝に拝謁するところから、
この物語は始まる。

幕府内で力を持つ松永弾正から
仲介の労をとるのに、茶器の名物「平蜘蛛の茶釜」を所望され、
公卿の山科言継(ときつぐ)の助言を受け、
信長一行は堺へ向かう。

桶狭間の合戦で信長は自軍に勝利をもたらせてくれたと
信じている「草薙の剣」が盗難に遭い、
これを求めて熱田神宮の巫女、若菜も堺へ。

「草薙の剣」に霊力が再び戻せるよう、
一行は伊吹山の麓、剣村へ向かう。
この村は薬草の地である。
十兵衛(のちの光秀)もこの辺りから登場し、
信長を助ける。

堺でも、剣村でも弾正の一派や、義竜の一派により、
信長の命は度々狙われる。
とくに剣村では、義竜の命を受けた
竹中半兵衛率いる一団に追い詰められ、
あわやという時、若菜が身代わりとなり、
さらには義竜が急死し、事態は急変。
この物語では義竜は毒殺されている。

ここに至り、信長はついに美濃攻めを決意する。
そして「天下布武(ふぶ)」を宣言する。
この「天下布武」を信長がいつから掲げ始めたかは、
史実では明らかではない。

信長を主人公にした小説は数多あるが、
新たな境地を開いた作品だと思う。
大いに楽しめる著書である。
by toshi-watanabe | 2014-06-03 09:52 | 読書ノート | Comments(0)

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再び葉室麟さんの作品である。
「刀伊入寇 ー 藤原隆家の闘い」は3年ほど前に
既に出版されているが、
今回文庫本として新たに出された。

二部構成になっており、
第一部は「龍虎闘乱篇、第二部は「風雲波濤篇」である。
主人公は中関白家の出である公卿の藤原隆家だが、
第一部では、隆家の叔父にあたる藤原道長が
頂点を極めるまでが書かれている。
隆家の姉で中宮の定子(ていし)に仕える女房清少納言も登場。

第65代天皇を退いた花山院(かざんいん)に仕える
闇の集団と隆家はかかわりを持つこととなり、
「刀伊」の事を知る。
「刀伊(とい)」とは、高麗の言葉にて北狄(ほくてき)、
すなわち北の蛮族。
関わりを持った闇の集団の人たちは高麗の北に住む女真族。

第二部では道長の娘で中宮の彰子(しょうし)に仕える
女房紫式部も登場する。
やがて隆家が太宰権師の任を受け九州大宰府へ赴任する。
寛仁三年(1019)、「刀伊の入寇」ご起こる
女真族の一派が50余艘もの大船団で
壱岐・対馬を襲い、さらに筑前に侵攻する。
かって日本にいた刀伊や隆家と刀伊の女性瑠璃との間に生まれ、
今や立派に成長した烏雅もこの一団に。

水軍松浦党の支援も受けrて、
結果としては隆家軍が敵を追いやるが、
大きな被害も蒙る。

縄田一男氏の解説を借りると、
「日本国、危急存亡の秋、真の英雄が立ち向かう!」
時は平安中期、京で心に荒ぶるものを抱いていた
貴公子・藤原隆家は、陰陽師・阿倍晴明から
「あなた様が勝たねば、この国は滅びます」
と告げられる。
叔父・藤原道長との熾烈な政争を経て、
九州大宰府へ赴いた隆家を待っていたのは、
大陸の異民族「刀伊」の襲来だった。
by toshi-watanabe | 2014-05-22 09:51 | 読書ノート | Comments(2)

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葉室麟さんの最新作品「紫匂う」を読み終える。

主人公の澪(みお)は、
黒島藩六万石の勘定方七十五石の三浦佳右衛門の
三女として生まれ、
十八歳の春、郡方五十石の萩蔵太に嫁いで十二年になる。
嫁して三年後に長女、由喜を、
さらに二年ののちに嫡男、小一郎を生した。

ところが澪が十七歳の折りに
だだ一度だけ契りを交わした隣家の幼馴染で、
家の事情で江戸藩邸の側用人となっていた
葛西笙平が突然江戸を離れ、澪の前に姿を現す。

黒島藩を揺るがす政争の嵐の中、
かっての想い人との再会が澪の心を揺らす。
心極流の達人ながら、
凡庸な勤めに留まる蔵太は、
二人の仲を知りながら、手を差し伸べる。

「ひとの生き様はせつないものだな」
という蔵太の淡々とした言葉を聞いて、
澪は思わず口にする。
「わたくしにも迷いがあったように思います。
どうすればひとは迷わずに生きられるのでしょうか」。

蔵太はぽつりと、
「さようなことはわたしにもわからぬ。
ただ、迷ったら、おのれの心に問うてみることだと私は思っている」。

「おのれの心に問うてみる。。。。。。。」
小声で繰りかえし、澪は思いをめぐらす。
「知恵を働かせようとすれば、迷いは深まるばかりだ。
しかし、おのれにとってもっとも大切だと思うものを
心は寸分違わず知っている、とわたしは信じておる」。
蔵太の答えが澪の胸にしみ、
わからぬこと、迷ったことは、わが心に問えばいい。
その通りだ、と澪は思った。

「紫草が花をつけているようだな」
蔵太に不意に告げられて、澪は庭に目を落とした。
庭の隅に小さな白い花が咲いている。
屋敷の門のそばにも、この白い花を見せたくて
蔵太が紫草の種をまいたのだが、澪は知らずに雑草と勘違いして
抜いていたことも。

蔵太のまいた紫草の花を見たいと願い、
思いをこめれば願いはかなうはずと、澪は涙ぐんだ。

紫草(ムラサキ)は古来から知られ、
万葉集にも歌われている。
薬草として、そして染料として使われる。
助六で名高い江戸紫も紫草を原料として染め上げられたもの。

葉室さんらしい、きめ細かな作品に仕上げられている傑作である。
by toshi-watanabe | 2014-05-17 09:22 | 読書ノート | Comments(2)

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以前日経新聞に連載された「等伯」以来、
安部龍太郎さんのファンである。
その安部龍太郎さんの著書「葉隠物語」を読み終える。
この作品は3年前に刊行されているが、
今回、日経文芸文庫として発行された。

「武士道と云ふは、死ぬことと見つけたり」で知られるが、
葉隠については詳しくは知らない。
この著書により、葉隠のことが多少は分かるのではと読み始める。

「序章」は、理不尽な理由で浪人を命じられた
佐賀鍋島藩の祐筆、田代陣基(つらもと)は、
切腹を決意するが、先々代藩主の仕えた曲者、
山本常朝の住む庵を訪ねるところから始まる。
武士として世に恥じぬ生き方はと問われた陣基は、
常朝の話を聞くうちに次第に強い衝撃を受け、
目が覚める思いを抱き、常朝に弟子入りする。

第1話は「沖田畷(なわて)」、
葉隠の原文、
「我は殿の一人被官なり、御懇ろにあらうも、
御情なくあらうも、御存じなさるまいも、それには會て構はず、
常住御恩の忝なき事を骨髄に徹し、涙を流して
大切に存じ奉るまでなり。」が掲げられ、
物語が始まる。
天正十二年(1584)、鍋島藩の藩祖となる
鍋島直茂は肥前一帯を治めていた龍造寺孝信の配下で、
築後柳川城を預かる身分だった。
北進を目論む島津軍との沖田畷での合戦の事が書かれている。
この戦で龍造寺孝信は討死、
佐賀三十五万石を立ち上げるための苦闘が始まる。

時代は移り、直茂が隠居し、直茂の世子勝茂の時代に、
竜造寺家の本家が途絶え、
鍋島家げ名実ともに佐賀藩の藩主となる。
更に時代が流れ、勝茂のあとを継ぐのが光茂。
光茂が藩主として江戸へ参勤するにあたり、
小姓見習いの一人として選ばれたのが、
数え年九歳の山本松亀(のちの常朝)である。
この鍋島光茂に五十年あまり曲者として仕えたのが、
この物語の主人公、山本常朝である。

この物語は第二十三話まで続く。
そして終章には「葉隠誕生」として、
「葉隠」の巻頭言(原文)が記されている。
「この始終十一巻は追って火中すべし。
世上の批判、諸士の邪正、推量、風俗等にて、
只自分の後学に覚え居られ候を、噺のままに書き付け
候へば、他見の末にては遺恨悪事にもなるべく候間、
堅く火中仕るべき由、返すがえす御申し候なり。」

老い先短くなった常朝は、
自分の思いや体験談を口述し、
弟子の陣基が筆記して行く。
出だしは、
「武士道というは死ぬことと見付けたり。
生か死かという場に立たされたなら、
迷わず死ぬ方につくと決めておくべきである。
別に難しいことではない。
覚悟を決めて進めばよいだけの話である。」

第一巻は、武道の心得、
第二巻は奉公人の心得、
第三巻は鍋島直茂の頃の逸話集、
第四巻は初代勝茂、
第五巻は二代光茂の頃の覚書、
第九巻までは鍋島家の家臣たちの逸話、
第十巻は世上の噂や諸家の由緒など。
十一巻をすべて完成し、
名前をどうするか色々と考えた末、「葉隠」とする。

全十一巻を藩主宗茂に届ける。
宗茂はこれを二日間で読破し大変喜ばれる。
ところが陣基は写本を一部作成しており、
常朝に話し了解を得る。
この写本が残ったおかげで、
現在でも、この葉隠を読むことができる。
by toshi-watanabe | 2014-05-09 14:57 | 読書ノート | Comments(2)