カテゴリ:読書ノート( 146 )

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最近出版された文庫本、朝井まかてさんの作品
「御松茸騒動(おまったけそうどう)」を読み終える。

徳間文庫、640円+税。

江戸時代中期、徳川幕府は八代将軍徳川吉宗の時代。

吉宗は質素倹約を旨とし、「享保の改革」を実施した。

徳川御三家の筆頭、尾張藩の藩士、榊原小四郎は

父親の清之介が定府藩士となり江戸藩邸で勤めていたので、

江戸で生まれ江戸で育った。

小四郎が家督を継いで間もなく、病の床にあった父親は亡くなる。

用人手代を務めていた小四郎は、突然「御松茸同心」を命じられる。

小四郎には、その任務がさっぱりわからない。

領内の御林に生う御松茸が不作続きで大難渋している。

御松茸は尾張藩の特産品で、大樹様や大奥、諸藩への進物、
返礼品として欠かせぬものである。

国表の御林奉行の配下に就いて、
3
年かけて御松茸の不作を何とかせよと命じられる。

時に小四郎、19歳の砌であった。

松茸について全く知識がなく、小四郎の苦労が始まる。

廃棄処分になるはずの書物を偶然手にした小四郎は、

その書物の中に松茸に関する情報を見つける。

実は、小四郎の父、清之介は先の尾張徳川家の第七代藩主、

徳川宗春の小姓を務めていたことがあり、

藩主のお供をした折などに、藩主のお言葉を書き残していたのが、

この書物だった。

そのことを後になって小四郎は知る。

宗春は将軍吉宗の質素倹約とは正反対の規制緩和策をとり、

尾張藩内は活気のある町となり、
藩主は領民から敬われていたのだが、

吉宗からは嫌がられ、宗春には幕閣を通じて隠居謹慎命令が下る。

吉宗が亡くなった後も、宗春の隠居謹慎は解かれぬまま。

今は御下屋敷(藩主の隠居屋敷)にて隠居暮らしをしている。

小四郎たちの努力により、上野御林を回復させる。

すでに10年の歳月がたっていた。

以前は村人が御林に入って手入れをしていたのが禁じられ、

御林が荒れ放題になったため、松茸が生えなくなっていた。

雑木をそのままにしておくと、
林床に陽が届かず、松茸の窠(す)を枯らしてしまい、

死んだものは、そのまま腐敗し、松茸の生えぬ土壌になる。

赤松と松茸菌は双方の利をもって生きている。

松茸菌は赤松の根から養分を取り、
赤松は松茸菌から養分を取っている。

ところが、地表に松葉や枯葉が溜まると、
松茸菌は手近なところから養分を取り、

赤松の根のことを忘れてしまう。

やがて赤松はやせ衰え、
松茸菌の窠もいずれは地表の腐れによって腐敗する。

赤松と松茸菌のかかわりが続くように手入れが肝要。

松葉や枯葉がそのまま肥料となると思いがちになるが、
それは逆で、松葉や枯葉を取り除いて
地表をクリーンにしておかなければならぬ。

一般の草木とは異なるところ。

江戸時代、松茸が藩にとって重要な財源であったとは、
大変興味深い。

また松茸が毎年十分に得られるためには、

赤松林の手入れが十分行われることが肝要とは、初めて知った。

現在実際どうなっているのかはよく知らないが。

小説の最後の場面は、年老いて蟄居中の徳川宗春が
尾張徳川藩所縁の興正寺へ参拝することになり、
その折りに寺域にある林で、

松茸狩りをしたいとの話が小四郎のところに届く。

荒れ放題の林に松茸が生えているわけもなく、
ここで小四郎は思案する。

どうしたかは、この本を読んでのお楽しみ。



話が飛ぶが、朝井まかてさんの作品「眩」(葛飾北斎の娘)の

ドラマと北斎の娘の特集番組がNHKで放映されたばかり。








by toshi-watanabe | 2017-09-26 09:13 | 読書ノート | Comments(0)

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池井戸潤さんの作品「花咲舞が黙ってない」を読み終える。

現実的には、日本の銀行、特に一流銀行ではあり得ない事だが、

銀行の不祥事をテーマに、内部処理により組織を守ろうとする上層部に対して、

問題を明らかにして解決するのが銀行のためだと、正義感に溢れた

現場担当者の悩みが見事に描かれている。

この作品の前作に当たる「不祥事」は読んでいないが、

「不祥事」を原作としたテレビドラマが放映され,大いに楽しませてもらった。

そのテレビドラマの題名が、「不祥事」ではなく、「花咲舞が黙ってない」だった。

相馬と花咲舞のコンビによる痛快なドラマを面白く観たのが記憶に残る。

池井戸さんは、テレビドラマの題名をそのまま使って今回の作品を書かれたようだ。

読売新聞朝刊に20161月~10月にわたって連載されたものを、

まったく加筆せずに文庫本で出版された。

中公文庫、740円+税。

過日、読書ノートを書き込んだ「銀翼のイカロス」と同時発行である。

因みに「銀翼のイカロス」は東京第一銀行と産業中央銀行が合併し、

新たな東京中央銀行発足後の話だが、

「花咲舞が黙ってない」は合併前の東京第一銀行の話なので、

二つの小説には時代のずれがある。

「銀翼のイカロス」に登場した半沢直樹や紀本平八常務が

この作品にも出てくる。

紀本常務は、「花咲舞が黙ってない」では、まだ東京第一銀行の企画部長。

東京第一銀行の本店事務部・臨店指導グループに所属している、

花咲舞は問題点があれば、相手が誰であろうと遠慮せず積極的に発言し、
そしてすぐに行動に移す実行力もある。

上司の相馬は彼女のことを「狂咲」と揶揄するものの、

温かく見守り、サポートを惜しまない。

問題の起きている支店に出かけ、解決の目途をつけるコンビ。

だが常時解決とは行かず、役員会の判断に任せられる場合も。

七つの話から構成されている。

第五話の「神保町奇譚」は二人が神保町支店の調査を終えて、

神保町のすし屋に立ち寄り、偶々店で居合わせたご婦人からの話が

発端となり、有る事件が明らかになるのだが、

とても心温まる、ほろっとさせられる物語である。

第六話の「エリア51」から最終第七話の「小さき者の戦い」は、

この小説のクライマックス、東京第一銀行の組織を大きく揺さぶる大事件に。

もみ消しを図る上層部は、相馬を支店ならぬ出張所へ左遷させ、

臨店調査グループの実働部隊は花咲舞一人になってしまう。

行内調査委員会の席上、会長の一喝ですべて闇に消されようとしていた瞬間、

産業中央銀行から代理出席していた半沢直樹が発言を求める。

彼の手には、花咲舞が書いた報告書が。

会長と有力政治家との癒着、政治資金の流れなどが明らかにされる。

臨店指導グループが苦労してまとめた報告書がやっと日の目を見る。

「銀翼のイカロス」を読んでから、この作品に入ったのだが、

逆に「花咲舞が黙ってない」を先に読んだ方がお勧めだ。

二つの銀行が合併する前と後の繋がりが分かる。

この作品もテレビドラマ化するのは間違いないだろう。

前作に出ていた花咲舞の父親が営む居酒屋「花咲」は出てこない。

花咲舞は同じ女優さんが演じるのだろうか、

今から楽しみである。



by toshi-watanabe | 2017-09-23 08:54 | 読書ノート | Comments(0)

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葉室麟さんの最新作「草笛物語」を読み終える。

「羽根藩シリーズ」の第5弾である。

このシリーズの第1弾は、直木賞受賞の「蜩の記」で、

映画化もされ、大好評を得た。

映画の最後の場面は感動的で、今も記憶に新しい。

九州豊後の羽根藩のお家騒動がテーマとなっているが、

「蜩の記」ゆかりの人たちが登場する。

「蜩の記」の主人公は、戸田秋谷、羽根藩の要職にあったのだが、

ある事件により蟄居の身となり、村の一軒家で家族とともに過ごし、

専ら藩主三浦家の家譜編纂を日常業務としていた。

10年後、あらかじめ決められていた通り切腹して果てた。

藩から若い藩士が見張り役として戸田家に派遣されたのが、

檀野庄三郎、秋谷の仕事を手伝いながら次第に秋谷を師と仰ぐように。

やがて秋谷の娘、薫と夫婦となる。

2人の幸せな姿を目にして、秋谷は最期のときを迎えた。

さて「草笛物語」には、上記の檀野庄三郎・薫夫妻が出てくる。

2人には、桃という娘も。

また秋谷の息子、郁太郎、成人後名前を改め戸田順右衛門と

娘の美雪も登場する。

庄三郎はあることがきっかけで、藩の要職を離れ、

相原村にある薬草園の番人をしている。

順右衛門は中老に就き、藩の重要な要職に、
そして鵙殿(もずどの)と呼ばれる存在。

藩主吉房は病弱で若くして亡くなる。

江戸屋敷にいる世子の鍋千代が未成年のまま、藩主を継ぐことになり、

吉通と名をあらため、九州豊後へお国入り。

小姓役の赤座颯太(そうた)も豊後羽根藩へ向かう。

颯太は鍋千代と同い年、両親はともに亡くなり、

豊後には実家もなく、伯父の水上岳堂宅に世話になる。

岳堂は藩校、有備館で教授をしている。

颯太が騒動に巻き込まれるのを案じた岳堂は颯太を庄三郎に預ける。

この颯太を中心に物語は展開する。

戸田秋谷が切腹して10数年のときが経つのだが、

秋谷の生きざまは藩内で語り草となっており、

秋谷に尊敬の念を抱く藩士も多くいる。

秋谷が書き残した「蜩の記」に関心を抱く吉通は、

その手記を保管している庄三郎の元を訪れる。

同時に庄三郎から藩内の状況をいろいろと聞き取る。

藩主の一門である、三浦左近がまだ若い藩主の後見役となるのを目論み、

幕府からお墨付きを得るべく江戸へ向かう。

月の輪様とも呼ばれ、いずれは羽根藩を牛耳ろうという野心を抱いている。

これを察知した藩主の吉通に、颯太を含む小姓たち、

そして庄三郎や順右衛門などが騒動を防ぐべく手を打たざるを得ない。

お家騒動が始まる。

それほど複雑に絡み合った物語ではないが、

葉室さんの文章には、つい引き込まれ、途中でやめるわけに行かず、

あっと言う間に最後まで読んでしまう。

颯太が次第に成長してゆく姿は楽しく、

登場する人物の凛とした姿が、見事に描かれていると思う。

登場する女性たちも素晴らしい。
草笛は村の童たちがお互いの居場所を知らせるために吹く。

葉室ファン必読の一冊である。









by toshi-watanabe | 2017-09-17 08:34 | 読書ノート | Comments(0)

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池井戸潤さんの「銀翼のイカロス」、文庫本が出たので、

早速買い求める。

文春文庫、760円+税。

ご存知、半沢直樹シリーズ、一気に読み切る。

文学的にすぐれているとは言えないが、読み物として実に面白い。

あくまでも小説の世界であるものの、政治家と金、

政界と金融界との癒着、銀行内の派閥抗争など、

実際にあるように見える。

出向先から復帰した半沢直樹は東京中央銀行の営業第二部次長。

上司である営業第二部長の内藤寛から呼び出され、

中野渡謙頭取の意向で、帝国航空の担当を命じられる。

業績不振に陥った大手企業は本来審査部の担当で、

長らく業績不振を続け破綻寸前の帝国航空は

当然審査部の重要担当先だったのだが、業績悪化の歯止めがかからず、

役員会で指摘され、審査部は頭取の信頼を損ない、

営業第二部、しかも半沢を指名しての担当替えとなる。

帝国航空は小説に登場する架空の航空会社だが、どこがモデルなのか、

この小説を読んでみれば推察できる。

民営化してからも、親方日の丸体質はそのまま、

経営の合理化が全く進まず、業績不振に陥ったのも当然の成り行き。

半沢チームは修正再興企画の骨子をまとめて、帝国航空の

担当者と打ち合わせの場を持ち、再建計画に織り込んで

欲しいを話を進める。

丁度同時期に、今までの与党が総選挙で敗れ、新たな政権が誕生。

何年か前まで民放の女子アナだった白井亜希子が

国土交通大臣に任命される、大抜擢だ。

全くの素人大臣だが、所属する派閥の領袖の後押しがあったお陰であり、

新しい内閣の目玉的な存在でもある。

独自のタスクフォースを立ち上げ、従来の再建計画を廃し、

新たな帝国航空の再建案を策定すると、白井大臣は記者団を前にぶち上げる。

この発言と呼応するかのように、突然金融庁のヒアリングの実施予定が

東京中央銀行にもたらされる。

ヒアリングのテーマは、帝国航空への追加融資と再建計画の実現性など、

今まで東京中央銀行が行ってきたことに関する審査。

過去のことなので、本来なら前任者の審査部の次長が対応すべきなのだが、

営業第2部次長が対応する。

金融庁査察官の中心メンバーは例の黒崎駿一である。

テレビで黒崎査察官を演じた片岡愛之助のイメージが強烈で、

黒崎イコール愛之助と、つい思い描いてしまう。

作者の池井戸さんも同様な思いで、

この部分を書かれたのではないだろうか。

再び黒崎駿一と半沢直樹の対決場面が続く。

旧産業中央銀行と旧東京第一銀行が合併して

東京中央銀行として誕生したものだが、

出身行同士の派閥争いがまだ続いているのが現状。

また旧東京第一銀行には、可成りの不良債権があり、

整理したはずだったのだが、闇に隠された部分があり、

今回のごたごたの起因となる。

「帝国航空タスクフォース」の策定の目玉は、

帝国航空と取引のある銀行の債権放棄を迫るもの。

よく調査せず、いたって安易な策である。

銀行の立場から債権放棄に頼らない帝国航空再建を願い、

半沢次長は躍起に動き回る。

行内では入社同期で仲の良い、渡真利忍(融資部企画グループ次長)や

近藤直弼(広報部次長)が良き相談相手に。

トミさんと呼ばれる検査部部長代理の富岡義則が半沢を大いに助ける。

トミさんはこのシリーズの以前の作品にも登場している。

半沢直樹が政治家を相手に戦う図である。

頭取にまで政界の大物から圧力がかかるが屈せず、

最終的には、銀行側が債権放棄を拒絶するところで終わる。

とはいえ、帝国航空の再建はまだスタートラインにもついていない。

この物語の続きは?

因みに、モデルとなった実在の航空会社の場合には、救済するために、

メガバンクが合わせて4千億円近い債権放棄を実施している。

まだテレビ化されていないと思うのだが、

いずれはテレビドラマとなって放映されるだろう。

楽しみである。







by toshi-watanabe | 2017-09-14 08:30 | 読書ノート | Comments(2)

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天野純希(あまのすみき)さんの新作「有楽斎の戦」を読み終える。

(講談社、1600円+税)

この著者の作品を読むのは初めてだが、

2007年に小説すばる新人賞を受賞されてからすでに10年経つ。

書名の通り、織田有楽斎(織田長益源五郎)の物語である。

織田信秀の11男として生まれ、信長の弟にあたる。

信長とは13歳の年齢差がある。

またお市の方とは同年の天文16年生まれなのだが、母親が異なる。

この小説は6章から構成されている。

「本能寺の変 源五郎の道」(書き下し)

兄信長の茶頭を務める千宗易(利休)が入れる茶を

源五郎が静寂な三畳の茶室でいただくところから物語は始まる。

これがきっかけで源五郎は茶道に関心を抱く。

武芸が苦手で戦場で手柄を立てることもない

源五郎は信長の長男信忠に仕える。

本能寺において信長主宰の大規模な茶会が開かれることになり、

源五郎も末席に連なる予定で、38点にも及ぶ天下の名物が

披露されるのを楽しみにしていた。

病療養中という理由で宗易が茶会に参加しないのは残念。

その一方で博多の大商人鳥井宗室が茶会に招かれ、

天下三肩衝と称される大名物の一つ、

楢柴肩衝(ならしばかたつき)を持参する。

ところが大茶会の前夜半、世に名高い明智光秀の謀叛「本能寺の変」が

起きて、信長は燃え盛る中で自害する。

近くの二条御所に宿泊していた信長の長男信忠も自害して果てる。

信忠に仕えていた源五郎は無事二条御所を抜け出し、京から逃れる。

「本能寺の変 宗室の器」(『決戦!本能寺』に所収)

この章には、織田長益源五郎(有楽斎)は登場しない。

同時代のこととして取り上げているのだろう。

主人公は博多の大商人で茶人である鳥井宗室。

信長が手に入れなかった楢柴肩衝は、その後鳥井宗室の手元を離れ、

遂には太閤秀吉の手元に。

宗室の宗易との出会いからはじまり、

のちに自分を博多から呼んでいながら、

宗易自身は本能寺の大茶会参加を断った理由を宗室は推察する。

時代は変わり、宗室が秀吉と対面する場面が書かれている。

目の前には楢柴肩衝が。

「関ケ原の戦い 有楽斎の城」(『決戦!関ケ原』に所収)

「本能寺の変」の折は、兄と甥を置き去りにして一人で逃げ、

人からは陰口を叩かれ、源五郎自身も悪夢に悩まされる。

その後、剃髪して有楽斎と号す。

信長の次男信雄をたてて家康と手を結ぶ。

有楽斎の長男長孝は武勇に優れ、東軍のために働く。

家康から有楽斎は大阪にとどまって淀殿の後見人を引き受けさせられる。

要は豊臣家の動向を監視する見張り役である。

淀殿は有楽斎にとって姪に当たる。

「関ケ原の戦い 秀秋の戯」(『決戦!関ケ原2』に所収)

この章にも有楽斎は全く登場しない。

秀吉の甥にあたる、筑前名島三十万石の領主、

小早川権中納言秀秋の話である。

一万五千もの兵を率いる小早川秀秋は、関ケ原の戦いが始まっても動かず、

関ケ原南西の松尾山に陣取って高みの見物。

事前に家康からの誘いがあったが、はっきりした返事はしておらず。

戦いの情勢を見極めてから、どちらの軍に加勢するかを決断する。

潮時を見て、秀秋の軍勢は西軍に攻め込み、

一挙に東軍勝利の勢いをつけてしまう。

関ケ原の戦いが終わって2年後、領国経営はうまく運んでいたのだが、

秀秋が酒に溺れ、乱行を繰り返しているなどの不可解な噂が

領内に流れ始まる。

重用されていた幕臣の杉原重政が惨殺される。

豊臣家の動向を気に掛ける家康が蔭で動いたのだろう。

秀秋は若干21歳で自刃する。

「大坂の陣 忠直の檻」(『決戦!大坂の陣』に所収)

この章でも、有楽斎は出てこない。

主人公は松平忠直。

忠直の父、結城秀康は家康の次男、武勇に優れ

その器量は誰からも認められていたのだが、

秀康の母は身分が低く、家康には疎まれていた。

養子として他家をたらいまわしにされた挙句、34歳の若さで亡くなる。

父親秀康は祖父家康に飼殺されたと、松平忠直を恨みに思っている。

大坂の陣が終わり、そして家康が亡くなり秀忠の治世となるのだが、

豊臣恩顧の大名、家康側近の大名などが改易となる。

忠直がキリシタンを匿っていると密告があり、

家中の混乱が起って、江戸からの沙汰が届く。

忠直は隠居の身に、さらには追放されてしまう。

その途中で、亡父秀康の法要を営み、出家剃髪して一伯と号す。

「大坂の陣 有楽斎の戦」(書き下し)

大坂夏の陣の最中、有楽斎は大阪城内にいた。

淀殿・秀頼親子を何とか救おうと画策した

有楽斎だが、うまく行かず、二人は自刃する羽目に。

混乱の中、息子(次男)頼長の命により城内に入った間者要蔵の手引きにより、

有楽斎は無事、城外に逃れる。

建仁寺の正伝院再興の話が伝えられ、

有楽斎が喜ぶところで物語は終わっている。

正伝院(現在は正伝永源院)は事実、再興され、

同時に建てられた「茶室如庵」は国宝に指定されている。

この茶室はその後色々な経緯があったが、

現在は犬山市の「有楽苑」に保存されている。

フランク永井の「有楽町で逢いましょう」でも知られる有楽町は

有楽斎の縁で名づけられたという話があるが、

これは全くの俗説のようだ。

有楽斎がこの辺りに住んだ史実はない。

明治時代に有楽町の町名は付けられている。

織田有楽斎の幼い頃の記録は残っていない。







by toshi-watanabe | 2017-09-11 09:07 | 読書ノート | Comments(0)

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再び内田康夫の浅見光彦シリーズである。

大阪を舞台にした「御堂筋殺人事件」を読み終える。

最近出たばかりの徳間文庫の新装版(630円+税)だが、

19936月に徳間書店から出版されている。

書かれた時代からだいぶ経っているので、

現地の風景や状況がすっかり変わっているところもある。

御堂筋とは御存じの通り、北御堂(西本願寺津村別院)と

南御堂(東本願寺難波別院)を結ぶ、およそ4キロの

大阪中心部を貫くメインストリートである。

北の梅田と南の難波を結ぶ。

著者同様、私も大阪にはあまり縁がない。

大阪城ぐらいしか知らない。

現役時代、日本国際工作見本市に何度か出掛けているが、

新大阪から地下鉄に乗って目的地へ直行、

殆ど途中下車もしなかった。

せいぜい夜、道頓堀辺りへ飲みに出かけたくらいか。

この見本市も、現在は1年おきに東京ビッグサイトで開催、

大阪では開かれていないようだ。

事件は「御堂筋パレード」で起こる。

パレードの出発ゲートを出て間もなく、

中之島の上に差し掛かった辺りで。繊維会社のフロートである

白いペガサスに跨った同社専属モデルの梅本観華子が、

突然高さ4メートルほどのペガサスの上から道路に転落。

係員が駆け付けたところ、観華子はすでに死亡。

司法解剖の結果、遺体から毒物が検出され、他殺の疑いが濃厚に。

偶々繊維会社からの依頼で取材中の浅見光彦はその現場に居合わせていた。

管轄の曽根崎警察署には「御堂筋パレード殺人事件捜査本部」が設置される。

因みに「御堂筋パレード」は、大阪城築城400周年の1983年から

毎年10月に開催されていたが、橋下徹知事の時代、

「大阪府財政再建プロジェクト」が発足し、

パレード開催のための資金調達が難しくなり、

2007年を最後に開催は廃止される。

その後は規模を縮小して別の形でのイベントが開催されるように。

フロートのペガサスには観華子を中心にもう二人のモデルも乗っていた。

その一人が畑中有紀子で、誰もが人気のある有紀子が

中心になるものと予想していたので、

観華子が中心になったのを仲間内では不審に思っていた。

実は、この事件の前にちょっとしたことが起きていた。

有紀子と観華子は学生時代からの親友だった。

有紀子が飼い犬のアリスを連れて、散歩に出た折、

道路の向かい側に観華子がおり、観華子を目にしたアリスが

有紀子の手元を離れて道路を横断。

ところが運悪く車がやって来る。

若い男女が乗った赤いロードスターで黒いソフトトップを覆っている。

アッという間にアリスを轢いて走り去る。

有紀子にとって忘れられない惨事だった。

殺人事件が解決されぬまま、しばらくしてさらに二つの

殺人事件が起きる。

それぞれ別々の事件のように見えたが、三つの事件は

関連していることを、名探偵浅見光彦は突き止める。

繊維会社が新素材として大々的に売り出した、

「フリージアスロン」と呼ばれる生地の噴射装置は

繊維会社内で発明されたものではなく、

外部の人間の発明したものである疑いが出てくる。

盗用し特許出願したということが見えてくる。

光彦の鋭い推察と素早い行動により殺人犯が絞られて行く。

この噴射装置の特許が三つの殺人事件の起因である。

やがて殺人事件は終息を迎えて幕となる。

物語はこれで終わるのだが、

装置を発明した人間はどうなるのか、

すでに申請受理された特許はどうなるのか、

知りたいところではある。

発明した人物は妻に離縁され、1人で貧しい生活を強いられ、

しかも別れた妻は設計図面などの書類を盗み出す

手立てをした末、殺害されてしまう。

救われないまま話を終わっている。






by toshi-watanabe | 2017-09-04 09:06 | 読書ノート | Comments(0)

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内田康夫の著書「風の盆幻想」を読む。

この作品は20059月に単行本として幻冬舎から出版されている。

その後、20073月に、幻冬舎ノベルス版、

20098月に、幻冬舎文庫版、20136月に、

実業之日本社文庫版として刊行されており、

本年8月に、文芸春秋の文春文庫版が発行された。

670円+税。

折りしも越中八尾おわら風の盆が、91日から始まり3日間続く。

「おわらの里」富山市八尾町は、富山平野の南西部に位置し、

平野から飛騨の山脈に連なる街道筋の富山県と岐阜県との県境にある。

八尾の名称の由来は飛騨の山々から越中側へのびる八つの山の尾に

拓かれた地の意味からだと言われる。

この物語は「風の盆」の八尾で展開されるが、飛騨の高山と

神岡も登場する。

この小説が書かれたころには、越中八尾駅から高山本線に乗り、

猪谷駅で神岡鉄道神岡線に乗り換え奥飛騨温泉口で下車し、

飛騨市神岡町を訪れる場面が書かれているが、

平成18年(2006)、この神岡線は廃線となり、奥飛騨温泉口も廃駅となる。

「おわら風の盆」がいつ始まったのか、明瞭な文献が残っておらず、

はっきりしないが、江戸時代元禄のころからではと言われている。

「町流し」と「舞台踊り」に大別される。

「町流し」は、三味線や胡弓など地方の演奏する哀切に満ちた旋律に合わせて

町内の踊り手たちが、おわらの踊りを演じながら町内を練り歩く。

古来から伝承されてきたおわらの踊りが見られる。

一方、「舞台踊り」は、演舞場や特設ステージで踊られる。

全国的にはあまり知られていなかった「おわら風の盆」には

今では全国から大勢の観光客が押し寄せる。

1985年に出された高橋治の小説「風の盆恋歌」とそのドラマ化により、

一躍全国に知られるようになった。

(八尾町の観光ポスターから)

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上新町の町内会長を務める安田順蔵は由緒ある旅館

「弥寿多家(やすだや)」の主である。

「おわら伝承会」の役も引き受け、「おわら風の盆」の

準備に中心的な役割を果たしている。

(実際には「おわら保存会」というのがある)

順蔵には跡取り息子の晴人がおり、妻を迎え、

将来は順三の跡を継ぐはずだった。

ところが、八尾市街を見下ろす「城ヶ山公園」の植え込みで、

晴人が死体で発見される。

死体の近くに、缶コーヒーが見つかり、残りの液体を調べたところ、

アルカロイド系の毒物が含まれていた。

指紋は晴人本人のものしかなく、服毒自殺と警察は判断を下した。

当日、偶々宿に泊り句会を催していた会の一人が

自殺に疑問を感じ、知り合いの推理作家、軽井沢在住の内田氏に

調査を依頼してくる。

内田氏は早速、浅見光彦を呼び出し、八尾へ向かう。

この物語の始まりである。

この小説では、作家本人(内田氏)と名探偵浅見光彦の

二人がともに行動するという、面白い設定となっている。

物語にご興味のある方は、この作品を読んでいただきたい。

文庫本の帯に、

「悲恋を嘆くおわら節、女は幽霊と踊る。。。」

とあるが、

小説を読み終えると意味が分かる。



by toshi-watanabe | 2017-09-02 08:55 | 読書ノート | Comments(0)




今週外出もせず家で静養している間、
柳宗民さんの小冊子「日本の花」を読み返す。

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柳宗民さんは園芸研究家として活動されておられたが、
民芸運動の創始者・柳宗悦のご子息である。
この著書を出された後すぐに、79歳で亡くなられた。

春夏秋冬に分けて、代表的な日本の花、
日本人がよく知り、日本人が心からその美しさを
愛でている花を紹介している。

プロローグ「花を味わう悦び」と題して、序文を書かれている。
その中に、万葉集(巻八)にある、山上憶良の「秋の七草」を引用。

 萩の花 尾花 葛花 瞿麥(なでしこ)の花 女郎花(おみなえし)
 亦 藤袴(ふじばかま) 朝貌(あさがお)の花

花の名前だけで構成している珍しい和歌である。

「春の花」、「夏の花」、「秋の花」そして「冬の花」と
数々の花が取り上げられているのだが、

それぞれの花の名前の由来、原産地が示され、
現在に至る品種改良の話などがふんだんに盛り込まれており、
とても興味深い話題に溢れている。
楽しい読み物となっている。

「春の花」として挙げられているのが、
 すみれ、さくらそう、あやめ、いちはつ、かたくり、しらん、じんちょうげ、
 つばき、さくら、つつじ、ぼけ、ふじ

「夏の花」として挙げられているのが、
 あさがお、はなしょうぶ、ゆり、まつばぼたん、けいとう、はまゆう、
 さぎそう、あじさい、くちなし、さるすべり、むくげ、はまなし

「秋の花」として挙げられているのが、
 ききょう、ふじばかま、りんどう、ひがんばな、しゅうかいどう、きく、
 こすもす、もくせい、ほととぎす、さざんか、しゅうめいぎく

「冬の花」として挙げられているのが、
 ふくじゅそう、ゆきわりそう、かんあおい、にほんすいせん、かんらん、
 ろうばい、まんさく、うめ、ひいらぎ、あせび、やつで、つわぶき

山上憶良の「秋の七草」の歌に登場する朝貌の花は朝顔ではない。
この和歌が詠まれた時代には、朝顔は中国からまだ渡来していない。
同様にムクゲではという説も時代考証的にあり得ない。
秋の歌でもあり、桔梗であろうといのが通説。

アヤメと花菖蒲の違いもいろいろと説明されている。
春になるとアヤメが咲き始め咲き終わると、
杜若(かきつばた)が咲き、そして梅雨の季節になると、
花菖蒲が咲き始める。
アヤメは水はけのよい向陽地を好み、
杜若や花菖蒲は水気を好む。
「潮来のアヤメ」とよく言われるが、本来は「潮来の花菖蒲」
というべきもので、アヤメではなく、花菖蒲である。
よく混同するのだが、菖蒲湯の菖蒲と花菖蒲は別の種類である。

イチハツはアヤメ類の一種、大風除けのおまじないとして、
古くから藁屋根の上に植えられてきた。
アヤメ類の中でも最初に咲き、「一八」と書かれることも。

カタクリの球根から採れる澱粉は片栗粉として食用になるが、
現在市販されている片栗粉はジャガイモの澱粉が原料。
タネが芽を出してから花がつくまで5年以上の長い年月を要する。

春の到来を告げる、香りのよいのがジンチョウゲで、
秋の到来を告げる、香りのよいのがモクセイで、香りの常緑花木の両横綱。
沈丁花とは名香の沈香と丁字の香りにたとえて日本でつけられた漢字名。
中国では、瑞香あるいは睡香という。
中国から渡来した花はもともとは薬用として日本に入ってきた。
黄華色のモクセイが金木犀、純白色花のモクセイが銀木犀。
静岡県三島市の三嶋大社境内にあるモクセイは
「その香り、一里四方に匂う」と言われ、
天然記念物に指定されている大木、古木。
おそらく日本渡来当時の樹ではないかとみられる。

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2016年12月7日撮影したもの

江戸時代に観賞用として品種改良が幅広く行われたのが朝顔と菊。
菊では、東北の奥州菊、江戸の江戸菊、美濃の美濃菊、
伊勢松阪の伊勢菊、京都の嵯峨菊、九州の肥後菊などが生まれる。

アジサイは日本古来の花である。
古くは集真藍(アズサイ)だったのが、現代では紫陽花(アジサイ)。
紫陽花という漢字当てられているのも本来おかしい。
平安貴族に愛誦された白楽天の漢詩の中に出てくる紫陽花という花を
時の歌人、源順(みなもとのしたごう)がアジサイと思い込んだのが始まり。

世間一般では、「ハマナシ」とは言わず「ハマナス」という。
浜梨(ハマナシ)が正しい。
東北地方では、「シ」の発音が「ス」となる。
北海道も同様。
森繁久彌の歌で知られる「知床旅情」の中で、
「ハマナス」と歌われ、すっかりこの呼び名で定着してしまった。

彼岸花は曼殊沙華とも「ハミズハナミズ」とも言われる。
「葉見ず、花見ず」で、
葉が出る前にいきなり花茎を伸ばして花を咲かせ、
花がなくなると葉が出てくる。
球根には有毒物質が含まれるが、同時に含まれる澱粉は自体は無害、
昔は有毒部を除き食用に持ち歩いていた。

サザンカを「山茶花」と書くのは間違いで、「茶山花」が正しい。
中国では、茶梅と呼び、山茶とはツバキのことである。

こういう具合に色々と面白い話が出てくる。

柳宗民さんは、「雑草ノオト」という小冊子も2冊出されており、
この著書も大変面白い。

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以上ご紹介まで。




by toshi-watanabe | 2017-08-26 11:39 | 読書ノート | Comments(2)

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久し振りに山本一力さんの著書「紅けむり」を読む。

この作品は20144月、単行本として出版されている。

今回大幅に加筆修正のうえ、文庫本として出された。

双葉文庫、778円+税。

江戸時代末期、時は寛政の頃、肥前の国、有田皿山では、

外国向けの有田焼(伊万里焼)の一手販売先だった

東インド会社が閉鎖するということで、

厳しい状況にさらされていた。

そんな矢先、江戸日本橋駿河町の伊万里屋五郎兵衛から、

仕入れ商談に伺いたいと、

飛脚便が伊万里湊の焼物大店、東島屋伊兵衛の元に届く。

伊万里屋は肥前有田の磁器、伊万里焼の大問屋、

初代五郎兵衛が伊万里から江戸に出て店開きをしたもの。

オランダ東インド会社が買い付けていた焼物は、

特級品と普及品の二種類だが、数は圧倒的に普及品が多かった。

所が伊万里屋などでは、伊万里焼の評判を保つために、

出来のよくない皿や鉢は、出荷せずに壊していた。

膨大な数の普及品が、売り先を失くしてしまう。

そこに目を付けた悪知恵の働く闇の連中がいる。

幕府は皿山に隠密を差し向けて、探索に当たらせる。

特に鍋島藩が裏で画策しているのではという疑いもあるためだ。

色々と事件が起きるのだが、
結局陰謀をたくらんだ一味は壊滅する。

また鍋島藩の公儀への謀叛兆候もなしと判断される。

ところが禁制品の黒色火薬の密輸実態が明らかになってくる。
海運で江戸に運ばれた黒色火薬の大捕物で
この物語は幕を閉じる。


可成りの長編時代小説で、読み終えるのに時間が掛かった。



by toshi-watanabe | 2017-08-21 09:04 | 読書ノート | Comments(0)

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葉室麟さんの最新作「嵯峨野花譜」を読む。

江戸後期の京都、

四季折々の美しい花に彩られた少年僧の成長物語。

丁寧に書かれた、感動の作品である。

華道流派、未生流の二代目当主不濁斎広甫が

真言宗大覚寺派大本山の大覚寺の花務職に任じられた翌年、

40歳の頃、この物語は始まる。

直ぐ近くには嵯峨野の大沢池があり、

池畔には、活花に活ける草花や花木が見られる。

大覚寺はかって嵯峨御所とも呼ばれ、

嵯峨天皇の皇太子時代の山荘だった。

その後、離宮となっていた嵯峨院を皇女である

淳和天皇皇后正子が寺院とした門跡寺院だ。

広甫(こうほ)の元には、20歳を過ぎたばかりの3人の門人、

立甫、祐甫、楼甫の他に、まだ10代半ばの幼さの残る

少年僧、胤舜(いんしゅん)、さらに30代後半の寺男源助。

胤舜がこの物語の主人公で、もともとは武士であった源助が

何かと胤舜の手助けをする。

年若くして活花の名手と評判の高い胤舜をめぐって

10章の物語が展開する。

1. 忘れ花

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   白磁の壺に、松の枝と二輪の白椿を活ける。

   胤舜は別れ別れになっていた母親の萩尾を目の前にして。

2. 利休の椿

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   常滑の大壺を広間に置いて蝋梅を活ける。

   日を改め、床の間の竹の花入れに淡紅色の椿をさりげなく。

3・ 花くらべ

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   公家の橋本家姉妹との花くらべ。

   活ける花は枝垂れ桜と山桜。

   姉の伊与子は大奥として第11代将軍家斎から

   第12代将軍家慶の治世まで務め、

   姉小路局として君臨する。

   妹の理子は水戸家の奥女中として活動、花野井と名乗る。

4. 闇の花

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   闇の中で竹筒の花入れに手探りで山梔(くちなし)の花を活ける。

   客人は目が見えない。

5. 花筐(はながたみ)

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   青銅王子形水瓶に桔梗を活ける。

   万葉集では、桔梗のことを朝顔の花という。

   ところが客人は活花を台無しにしてしまう。

   日を改めて、萩の花を活けるも、これも台無しに。

   また翌日、雁金草を活ける。

   桔梗同様に、雁金草にも別の呼び名があるのではと

   胤舜が聞くと、雁金草は帆掛船のような花の形をしているので。

   そこまで聞いて、胤舜は曾祖母の房野と確信する。

   母、萩尾の祖母に当たる。

6. 西行桜

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   胤舜は師の広甫から西行法師の桜を活けよ、と難題を与えられる。

   白磁の壺に桜の一枝だけを活ける。

   桜は未だ花弁を開いていない、蕾のまま。

7. 祇王の舞

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   江戸城西の丸、水野忠邦の家臣、椎葉左近と名乗る武士が、

七人の伴を連れて、大覚寺を訪れる。

祇王寺で床の間の青磁の壺に青紅葉の一枝を活ける。

左近と名乗った武士は偽名で、実は水野忠邦本人。

胤舜にとっては実の父親で、妻の萩尾の様子を見に来たもの。

忠邦は肥前唐津六万石の藩主だったが、出世街道に乗り、

身内のものを犠牲にしてまでも、西の丸老中に上り詰めた。

天保の改革でよく知られている。

萩尾は水野家に奥女中として仕えていた時に、

忠邦の手がつき、生まれたのが胤舜だった。

8. 朝顔草紙

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   竹筒に、まだ瑞々しく咲いている青い朝顔を活ける。

   十字の枝に朝顔の蔓が巻き付けられ、ちょうど十字の結び目

   あたりに朝顔の花が来ている。

9. 芙蓉の夕

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   大覚寺の庭先で摘んだ酔芙蓉の花を仏壇の供花として活ける。

10.花のいのち

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   大覚寺に引き取られた胤舜の母、萩尾は重篤な容態が続き、

   いよいよ最期の時を迎える。

   仙洞御所にて、光格上皇主催の立花会が催される。

   未生流を代表して胤舜が参加する。

   青竹の筒に白萩を活けた活花が上皇の目に留まる。

   傍らに置かれた短冊には「泰山府君」とある。

   胤舜の活花が第一番に選ばれ、宴席が開かれるが、

   「そなたの思いを母は知らねばならぬ時が近づいているようじゃ」と、

   帝の言葉を聞いて、胤舜は、はっとして大覚寺へ急ぐ。

萩尾の死後2カ月たって、水野忠邦が墓参りに
   大徳寺を訪れる。
   胤俊は母からの遺言があるからと、奥の部屋に忠邦を案内。
   鉄瓶に柘植の枝を入れ、それに絡めるようにして、
   白菊が活けられている。
   萩尾への手向けの花かと、忠邦がつぶやくと、
   胤舜は、影向の花でもございますと、応じる。

この作品は、2015年から2017年にかけて、

「オール読物」に掲載されたもので、今回単行本として、

文芸春秋から出版された。

1,700+税。

お薦めの葉室作品の一冊である。






by toshi-watanabe | 2017-08-03 08:54 | 読書ノート | Comments(0)