折々の記

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日々見たこと、 感じたこと、気づいたことをメモする

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カテゴリ:旅行( 132 )

上州赤城高原へ出かける

桐生の知り合いのお宅に出かける用事ができ、
ついでに近くの温泉で一泊することに。
わたらせ渓谷鉄道沿いも考えたのだが、乗り継ぎがうまく行かない。
赤城山の南麓、赤城高原の一軒宿、「山屋蒼月」に決める。

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5月19日(金)午前中に家を出る。
浅草の仲見世をぶらぶら歩き、昼食を済ませる。
人形焼きを買い求める。
テレビで報じられている通り、外国人観光客が目に付く。
丁度「三社祭」の時期のようだ。

午後1時ちょっと前の東武特急「りょうもう号」に乗車、赤城へ向かう。
午後3時、赤城の駅前に、宿の車が迎えに来てくれる。

落ち着いた雰囲気の宿、部屋ごとに意匠の異なる造りとなっている。
予約した部屋は、居間と寝室がいずれも広い和室で独立している。
その間に洗面所トイレが設けられ、庭に面したところにヒノキ風呂。
温泉風呂で、四六時中入る事が出来る。
もちろん大浴場、露天風呂もある。

広い敷地を有しており、庭を散策する。
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オオデマリの花。
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杜若(かきつばた)。
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ニッコウキスゲかキスゲの一種だろう。
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これから花開く芍薬(しゃくやく)の蕾。
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ジャーマンアイリス。
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空木(うつぎ)の花。
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蝮草(まむしぐさ)。
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都忘れ。
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破れ傘。
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山の幸と川の幸を主な素材に料理が供される。

夕食のメニュー。
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そして朝食のメニュー。
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すっかり温泉を楽しみ、山の珍味を賞味し、
のんびり過ごした宿だった。
朝は10時過ぎに、宿の車で赤城駅まで送っていただく。
赤城からはローカルの電車で西桐生へ向かう。





by toshi-watanabe | 2017-05-22 09:50 | 旅行 | Comments(2)
毎日「船内新聞」が発行される。
前夜に各キャビンに配布されるので、当日のスケジュールなどが
一目でわかる。
寄港地の特徴をうまく捉えて漫画風に描かれたものが、
その都度新聞に掲載されていた。

乗船客で、漫画家を目指す若い女性が描かれたものだというのを後で知る。
19の寄港地の絵を紹介したい。

シンガポール
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インド コーチン
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ギリシャ サントリーニ島
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ギリシャ ピレウス(アテネ)
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イタリア チビタベッキア(ローマ・ヴァチカン)
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イタリア リヴォルノ(フィレンツェ・ピサ)
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フランス マルセーユ
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スペイン バルセロナ
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ポルトガル リスボン
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フランス ル・アーブル
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イギリス ティルベリー(ロンドン)

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ベルギー ゼーブルージュ(ブルージュ)
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オランダ アムステルダム
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アメリカ ニューヨーク
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キューバ ハバナ
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ジャマイカ モンテゴベイ
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グアテマラ プエルトケツァル
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メキシコ マンサニージョ
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ハワイイ ホノルル
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予定通り、11月18日夜ハワイイのホノルルを出港し、
太平洋を西へ一路日本へ向かう。
可成り波の荒い日々が続き、時にはデッキに出ることもできない。
以前にも書いたが、22日は時差調整の関係で1時間だけで終わり。
26日夜は、船長主催のフェアウェルパーティが開催される。
乗船客ごとに船長との最後の記念撮影も。
ディナーパーティでは、食堂でいつもサービスしてくれているメンバーのほかに、
キッチンで働いている、普段顔を合わせる機会のないスタッフも全員
揃って笑顔を振りまきながら登場、一緒に歌を歌ってくれる。
食事のあとは、カクテルパーティにダンスパーティ。

27日からは荷物の整理梱包が始まる。
28日には、横浜下船者の荷物確認、午後からは荷物の運び出しが
開始するはずだったが、あまりに揺れがひどく、真夜中に延期される。
29日早朝には荷物の運び出し終了。
スーツケース3個と段ボール箱4個を宅急便で手配。
朝7時、横浜港大桟橋埠頭に着岸する。
8時半、上階キャビンの乗客から下船開始。
我々6階のキャビンも9時ちょっと過ぎには下船可能となる。

105日間(正確には104日間)の長い船旅も無事終了。
たくさんの思い出を抱いて帰宅する。








     

by toshi-watanabe | 2017-02-16 10:29 | 旅行 | Comments(8)
メキシコのマンサニージョを出港して、
翌日の11月9日太平洋の素晴らしい夕陽を眼にする。
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11月10日、客船の管制室ともいえる操舵室を見学する。
すべて自動化されており、数名が見守っているだけ、
1日24時間、3交代制とのこと。
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ABCそれぞれを意味する旗が保管されている。

その後1週間太平洋上を西に向かって航行する。
周りには島影一つ見えない。
遠方にクジラが潮を吹いている姿を見たり。

11月17日早朝、ハワイイのホノルル港が見えてくる。
ビルの向こうにはダイアモンドヘッドの姿も。
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今回のクルージングでは、「ハワイ」ではなく、「ハワイイ」。
正式には「ハワイイ」というのが正しいようだ。
7時ごろ着岸し、7時半ごろから船内で入国対面審査が開始。
6グループに分けて、3時間半ほどの予定になっていたが、
ニューヨーク港とは異なり、すんなりと審査は進み、
半分ほどの時間で完了する。

当初昼のツァー参加を予定していたが、すでにキャンセルし、
自由行動に変更した。
港のすぐ近くのバス停で、ローカルのバスに乗り、
ハワイ最大級のショッピングモール
「アラモアナ・ショッピングセンター」の前で下車する。
土産物の買い残しがあり、メイシーズ百貨店などに寄る。
とにかく広いので大変である。
ハワイアン・キルトの店にも寄る。

昼食は、広いフードコートで、久しぶりに日本のラーメンを食べる。

モールの中を歩くだけで時間が過ぎ、
ワイキキまで行くのは諦め、船に戻る。

夜は「サンセット・ディナークルーズ」に参加する。
夕方4時半には港を出発、目的地へ向かう。
クルーズ船は別の港から出ている。
「マジェスティック号」に乗船、湾内クルーズに出発。
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ダイヤモンドヘッド、そしてワイキキの景色が見える。
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船上から望む夕陽。
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すっかり暗くなり、
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停泊中のピースボートの「オーシャンドリーム号」も望める。

フルコースの後、特別にロブスターが追加サービス。
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船内では生バンドの演奏とダンスが演じられる。


翌日の11月18日は、ハワイイ最大の博物館訪問と
ハワイイ文化体験という、ツァーに参加する。
「ビショップ美術館」正式には「バーニス・P・ビショップ美術館」は
ポリネシア人がハワイイ諸島を発見してから
19世紀のハワイイ王朝繁栄までの文化史に関わる資料を展示している。
本館の「ハワイアンホール」から見学する。
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実物大サイズのクジラの模型は如何にも迫力がある。

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庭はきれいに整備され、いろいろな土地の植物がみられる。
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ビショップ博物館を後に、ハワイイ文化体験に。
文化体験とは、農家を訪れ、その活動に触れるというもの。
ホノルルの町を離れ、山麓地帯へ向かう。
訪れたのは「マカハ農園」、農園を運営しているジジさんが出迎えてくれる。
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木造の平屋が食堂になっていて、ランチをご馳走になる。
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食材はすべて農園で収穫した野菜、穀物で、
食堂に併設されたキッチンで料理されたもの。
ハワイイ料理を美味しくいただく。
小学生たちがやってきて交流する。

隣接する小学校の子供たちを放課後に農園に招き、
農作業を指導している。
学年ごとに畑を割り当てられ、子供たちは自分たちの手で
野菜を育てている。
子供たちの教育の一環として自然に触れさせている。
素晴らしい活動だと思う。

因みに、この農園は非営利事業として運営されているとのこと。

食事のあとは、小学生たちと畑を見て回り、交流を図る。
近くにお住まいの女性が来られ、フラダンスを演じてくれる。

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通常のツァーとは異なる、大変有益なツァーを楽しみ、
夕方港へ戻る。

夜7時ごろホノルルを出港する。
これから10日ばかり洋上生活が続き、横浜港へ。
21日の夜24時になると、時間を23時に戻し、
再び24時になったら、日付は23日になる。
西回りを続け、1時間ずつ時間調整を繰り返してきたのが、
ここで一挙に1日失うことに。










by toshi-watanabe | 2017-02-15 09:43 | 旅行 | Comments(4)
11月8日の朝9時にメキシコのマンサニージョ港に着岸する。
メキシコの太平洋側港といえばアカプルコだが、
今回のクルージングではマンサニージョに寄港。
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10時前に港を出発、観光バスに乗り、「ペニャ・ブランカ」へ。
テキーラの原料となる、リュウゼツランのプランテーション畑を見学する。
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大きく成長したリュウゼツランのアガベを根元から引き抜き、
原料となる部分だけを取り出す手作業を実演。
見学後は、野外の仮設食堂の席に着き、昼食。
ラム酒を3種類試飲させてくれる。
ストレートではかなり強い。
1本買い求める。
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「100% DE AGAVE」と明記されている。
ブルーアガベというリュウゼツラン100%のプレミアム・テキーラ、
通常のテキーラより高級のテキーラということらしい。

ステージでは、民族舞踊が始まる。
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プランテーションを後に、街中に戻る。
ビーチが窓外に見える。
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サーフィン、スキューバダイビング、フィッシングなどなど、
海のスポーツを楽しむ人たちの天国。

通りで見かけたおばさん。
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アカプルコ同様、ここもリゾート地で、
海辺から丘の上にかけて眺めの良い所に、
リゾートホテルやマンションなど白い建物がいっぱい。

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映画のロケにも使われたとのガイドさんの説明あり。

そのあと、イグアナを育成している「イグアナ園」に立ち寄る。
個人が趣味で始めたものの、どんどんイグアナが増えてしまい、
どうしようもなくなってしまったらしい。
あまり気分のいいものではない。
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次いで、ショッピングセンターに立ち寄る。
未だ出来立てか真新しい大型のショッピングセンターである。
日用品でほしかった品があるので、スーパーに入る。
米国に近いせいか、棚に並ぶ品は豊富、一部日本製も見える。
レジに行き、米ドルで支払ったら、当然とはいえメキシコペソでお釣り、
そのお釣りも結構な金額になるので、
もう一度店に入り、お菓子やつまみなどを買い求める。

ツァーの最後は、海辺の中央広場へ。
シティホールも広場に面している。
広場には、大きなカジキの彫刻が立っている。
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マンサニージョは、バショウカジキの首都と言われている。
毎年、釣りの国際大会がこの地で開催され、
カジキのシンボルとして、この彫刻が建てられている。
ブルーの色も鮮やかである。

夕方には帰船する。
夜8時過ぎに港を出発、太平洋を西に向かう。
クルージング最後の寄港地、ハワイのホノルルを目指す。













by toshi-watanabe | 2017-02-14 10:04 | 旅行 | Comments(2)
11月4日の晩は、マヤ系住民が多く住む
パナハッチェルの湖畔の宿、ポルタ・ホテル・デル・ラゴに宿泊。
宿の部屋から湖水方面を望む。
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中央の山はトリマン山である。
ホテルのロビーには手作りのたペストリー、
そしてレストランへ向かう通路には手作りの人形さんたち。
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朝8時には、観光バスに乗り、宿を出発、
古都のアンティグア・グアテマラへ向かう。
再び3時間半の長旅である。

途中の見晴らしの良い展望台があり、
ドライバーさんがバスを止めてくれる。
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峠を越えて、グアテマラ高地のアンティグアの町に入る。
かってはグアテマラの首都であったが、
18世紀に2度の大地震に見舞われ、ほとんどの建物が崩壊、
すっかり廃墟と化した。
ヌエバ・グアテマラ(新しい都)が開かれ、現在のグアテマラ・シティに。
その後建物は再建されたが、一部は廃墟のままのところも。
植民地時代に建てらた教会の遺構が見受けられる。
スペインのムデハル様式の影響を受けたバロック建築。
世界文化遺産に登録されている。

4時間ばかりかけて、市街地を散策する。

まずはサン・フランシスコ教会を訪れる。
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アンティグア市街地の観光案内地図。
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教会の前では、手作り民芸品の市が出ている。

カプチナス修道院を訪れる。
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宇治平等院の雲中供養菩薩像を思い出させる吊るされた像。

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中庭で遊ぶ子供たち。
ご家族の方の了解を得て撮影する。
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中庭に咲く色とりどりの花。
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修道院を出て、ランチの場所へ。
市内のモダンなホテルの中庭に設えられたレストランで食事。
海外からの観光客が宿泊するホテルのようだ。

食後中庭を散策していると、花が咲き乱れる中に、
きれいな鳥を見かける。
多分国鳥のケツァールらしい。
通貨の単位になっているし、コインの図柄として描かれている。
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サン・ホセ大聖堂(カテドラル)。
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広場に出て、自由行動の時間となる。
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広場に面したメルセー教会。
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通りをぶらぶら散策する。
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公衆トイレが見つからない。
ガイドさんもどこにいるのかわからず、集合時間までは待てない。
致し方なく、珈琲ショップに飛び込み、トイレを借りる。
しかも間の悪いもので、現地通貨の持ち合わせなく、
(買い物は、米ドルで済ませていた)
米ドル紙幣で支払おうと思ったら、細かいお金は
1ドル札が1枚しか手持ち無し、
困った顔をしていたら、店員が1ドルでいいよという。
本当に助かった。

夕方5時半、港に帰着。
夜9時にはプエルトケツァル港を出発、次の寄港地、
メキシコのマンサニージョに向かう。









by toshi-watanabe | 2017-02-12 10:08 | 旅行 | Comments(2)
11月3日は洋上、折から虹が見える。
チョット薄くて見えにくいが2重の虹である。
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同日の夕方、何度目かの素晴らしい夕陽が見える。
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11月4日早朝7時、グアテマラのプエルトケツァル港に着岸する。
プエルトはスペイン語で港の意、ケツァルはグアテマラの国鳥である。
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富士山によく似た姿のパカヤ山が眼前に。
標高2,552メートルの活火山である。
登山コースもある。
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8時半には観光バスに乗り、1泊2日のツァーに参加する。
次第に高度を増して行くが、道路の両側はサトウキビ、コーヒー、
そしてバナナの畑が続く。
3時間半の長旅、途中でトイレ休憩。
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かなり登ったところに町があり、レストランに入る。
小高い丘の上なので、下には真っ青な湖が見渡せる。
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土地の音楽を生演奏で聞かせてくれる。
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マヤ文明が栄えたグアテマラ、
現在も国民の過半数はマヤ系のインディヘナ(インディオ)である。
教育程度も低く、産業もなく、農作業などで細々と生計を立て、
殆どの人たちは貧しい暮らしをしている。

この湖は世界で最も美しい湖ともいわれる
アティトラン湖、湖のまわりには、
インディヘナのコミュニティが散らばっている。

レストランにはプールがあり、そして南国の花が咲き乱れている。
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ランチを済ませて、湖畔からボートに乗り、対岸へ向かう。
アティトラン湖は126平方キロとかなりの広さがある。
周りは自然の風景に囲まれている。
結構波が荒くボートも揺れる。
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インディヘナのコミュニティのある、比較的大きな町に接岸する。
パナハッチェルという地域。
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民芸品を並べた店の並ぶ中を歩き、
町の守護神ともいえる教会を訪れる。
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民芸品店を覗いたりしながら、桟橋へ戻る。
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桟橋から再びボートにより、宿のある別の桟橋まで。
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湖の向こう側に聳え立つ山はトリマン山、
標高は3,158メートル。
因みに、北部メキシコとの国境付近には、4千メートル超の高山も。
トリマン山の他に、アティトラン山とサン・ペドロ山が湖を囲んでいる。
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桟橋を降りたところで、野生のポインセチアを見つける。
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しばらく歩き、宿に到着。
部屋からはアティトラン湖、そして山の姿が望め、
絶好の景色展望ができる。
久し振りに湯船につかり、疲れを癒す。
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明朝は世界文化遺産に登録されている
古都のアンティグア・グアテマラを訪れる。






by toshi-watanabe | 2017-02-11 11:03 | 旅行 | Comments(2)
11月1日早朝、船はクリストバルを出港し、
いよいよパナマ運河に入る。
パナマ運河の全長は81.6キロ。
10年の歳月をかけて、1914年に開通した。
米国管理下にあったが、
1999年12月31日正午を以て、パナマに完全返却された。
年間14,500隻、一日平均40隻が運河を航行している。
従来からのパナマックスは双方向各1ルート、
我々はこのルートを通る。
順番待ちの客船や貨物船などが列をなして順番待ち、
我々の船は比較的前の方に位置している。
昨年夏、第3のルートがオープン、10万トン級の大型客船や
大型タンカーなどは、ニューパナマックスと呼ばれる、
この新しいルートを通る。

最初の閘門、ガトゥン閘門にやってくる。
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手前の水門が開く。
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船は第1閘門の中へ入ると、
手前の水門は閉じられ、水が入ってきて、船を押し上げる。
前方の水面と同じ高さになると、前方の水門が開く。
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船は第1閘門を抜け、タグボートが牽引する。
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第2閘門に来る。
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閘門内は狭く、船は自力では前に進めず、
専用の電気機関車を用いて牽引する。
両側の機関車からそれぞれワイヤーを連結し、
水路の中央になるよう保ちながら、船を牽引する。
船の前方甲板と両サイドの機関車にワイヤーをつなげる作業は、
見ていて大変興味深い。
牽引する機関車の動きも面白い。
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この電気機関車は日本の川崎重工製の車両である。
因みに駆動用ギアケースは三菱重工製、
インバーター・モーター及びウインドグラスは東洋電機製造。
機関車の進むところは最大50%の急勾配(約27度)あり、
その勾配を走るために、運河の両側に
ラック式の線路が敷設されている。

降っていた雨が上がり、
晴れ間に大きな虹が現れる。
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ガトゥン閘門、最後の閘門。
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3段階の閘門を抜けて、ガトゥン湖に出る。
川をせき止めてダム湖として誕生したのがガトゥン湖、
425キロ平米の広大な面積を有する人造湖である。
このガトゥン湖は海抜26メートルあるので、
閘門方式をとって船を押し上げている。

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小高い山だったところが島となっている。

センテニアル橋が見えてくる。
自動車専用橋で、北米大陸と南米大陸を結ぶ
「パン・アメリカン・ハイウェイ」の一部である。
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ペドロ・ミゲル閘門、そしてミラ・フローレス閘門を通過し、
太平洋への運河出口へ向かう。
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奥の方に見える高速道路はパナマ運河をまたぐアメリカ橋へ続く。
パナマ・シティの街並みも見え始める。
ほぼ1日かけてのパナマ運河航行も終わる。

余談だが、中国がパナマ運河をしのぐ規模の「ニカラグア運河」
の工事に着手している。
ニカラグア湖を利用し、パナマ運河の3倍超となる
278キロに及ぶ長さの運河である。

この後は太平洋を北上し、
グアテマラのプエルトケツァル港を目指す。









by toshi-watanabe | 2017-02-10 14:19 | 旅行 | Comments(4)
10月31日正午、パナマのクリストバル港、ホーム・ポートに着岸。
カリブ海(大西洋)側のパナマ運河の出入口にあたる。
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早めにランチを済ませておく。
午後1時前、バスに乗り、コロンの駅へ向かう。
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コロンの町中を通る。
この町は中米でも治安の悪いことで知られる。
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パナマ地峡鉄道のコロン駅から乗車し、パナマ・シティまでの列車の旅。
全長77キロの鉄道、世界最短の大陸横断鉄道である。
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カリブ海(大西洋)と太平洋を結ぶ鉄道して
開業したのが1855年のこと。
今から160年ほど前になる安政7年(年の途中で万延元年に)(1860)、
日米修好通商条約の批准書交換のため、
時の徳川幕府は「万延元年遣米使節団」を米国に派遣した。
(以前書いたことのある、小栗上野介忠順が目付として参加)
その一行がサンフランシスコからワシントンへ向かうのに、
サンフランシスコから太平洋をパナマまで船で航行し、
パナマからカリブ海(大西洋側)のコロンまで、この列車を利用した。
コロンからは別の船に乗り、大西洋をワシントンに向かって航行した、
そんな歴史がある。

パナマ運河が1914年に開通して以降は、列車の利用も減り、
現在は一日に一往復運行されている。
我々は逆方向、パナマ・シティに向かう、およそ1時間ちょっとの列車の旅。
温かい飲み物と菓子の詰め合わせが配られる。

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車内と窓からの眺め。
パナマ運河と並行し走るので、時折運河の湖や航行する船も見られる。

乗車した列車

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コロンとは別世界のようなパナマ・シティ。
縦横に完備された舗装道路を車は走り、高層ビルが林立している。
近代都市のごとき光景に驚かされる。
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バスを降りて、保存されている旧市街地を散策する。
サン・ホセ教会。
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旧市街地、通りに面した建物はきれいに保存されている。
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朽ちた教会、そのままに。

階段で遊ぶ可愛らしい子供たち。
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レセップスの胸像と記念塔が建てられている。
スエズ運河を完成させたフランス人の実業家、レセップスは
パナマに運河を通そうと計画スタートしたものの、
黄熱病に悩まされ、難工事や疑獄事件に巻き込まれ、
挫折したまま不帰の人となった。

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クラフト・マーケット(現地人の手工芸品などの販売店が並ぶ)
に立ち寄る。
家内の気に入った生地があるので、同じグループのご婦人たちと
一緒になってネゴし、可成りの値引きで買い求める。
店を出たところ、格好いい男の子を発見。
父親の了解を得て写真を撮らせてもらう。
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旧市街地を再び歩き、バスに乗る。
すでに夕闇迫る。
帰りは高速道路を走り、クリストバル港へ戻る。
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オーバーランド・ツァーというのがある。
クリストバルからは5泊6日の大型ツァーあり、
一つは「クスコ・マチュピチュ」、
もう一つは「ガラパゴス諸島」。
それぞれ参加される方たちは、ここから出発、
次の寄港地、グアテマラ・シティで合流する。
残念ながら今回は見送り。
それにパナマ運河を通るのも今回の目的の一つ。
いよいよ翌日は一日かけて、パナマ運河を航行する。













by toshi-watanabe | 2017-02-09 11:51 | 旅行 | Comments(2)
10月29日午前10時、ジャマイカのモンテゴベイ港に接岸する。
ジャマイカはカリブ海に浮かぶ3番目に大きな島。
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ジャマイカというと首都はキングストンだが、
治安が非常に悪く、客船はキングストンを避け、モンテゴベイに。
キングストンが島の南東部なのに対し、
モンテゴベイは北西部に位置している。
モンテゴベイの下町も決して治安がいいとは言えないようだ。
個人の自由行動はできるだけグループで動き、
危険地域は避けるように注意がある。

11時頃には港から観光バスに乗り、モンテゴベイの町中に出かける。
下町の通りに面した家並みと丘の上の高級住宅地との
大きな落差を垣間見る。
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モンテゴベイ近辺は素晴らしいビーチに恵まれており、
広大な敷地とホテル、ゴルフ場を有するリゾート地帯となっている。
ビーチを楽しむリゾートの一つに出かけ、
ランチを済ませた後はビーチで遊ぶ。
久し振りに水着に着替えて海に入る。
岩場には雲丹が見える。
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南国の花も色鮮やかに。
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プール。

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ゴルフ場やホテルのホールとの連絡に使われているカート。
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ビーチでのんびり過ごしてから、「ローズ・ホール・グレイトハウス」へ向かう。
18世紀末、英国人の農園主が開拓し、広大なプランテーションを築いた。
一時は数百人もの奴隷を使っていた。
その名残で、邸宅は一般公開されている。
小高い丘の上に建てられ、邸宅の前からは海が望める。
ミステリアスな物語が言い伝えられており、
専任のガイドさんが、邸内を案内しながら説明してくれる。

19世紀、女主のアニー・ハンマーは夫を殺害し、
更に愛人であった奴隷を数人殺害した。
その為、アニーは「ローズ・ホールの白い悪魔」と呼ばれるように。
今でも館の2階では、時折り彼女の幽霊が現れるという。
2階にあるアニーの部屋には、年代物の家具や内装が見られる。
気味の悪い話を聞いて邸内を巡った後、
地下室に行くと、そこはバーになっていて、
ラム酒のカクテルが出される。
カクテルを飲みながら、ギター片手に歌う男性に耳を傾ける。
「バナナ・ボート」などを歌ってくれる。
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港に戻る前に、野外のクラフト・マーケットによる。

ジャマイカといえば、レゲエ、そしてレゲエ・ミュージッシャンの
ボブ・マーリー、36歳の若さで亡くなっている。
夜、野外ラゲエライブ体験があったが参加せず。

船は夜9時過ぎにモンテゴベイを出港し、
次の寄港地、パナマのクリストバルへ向かう。











by toshi-watanabe | 2017-02-07 10:28 | 旅行 | Comments(2)
10月27日、キューバ・ハバナの2日目。
朝8時には出発する。
ターミナルを出ると、そのまま旧市街地を歩く。
公衆トイレはないので、出かける前に済ませておく。
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直ぐ最初の広場に出る。
どっしりした古い建物、銅像も見える。
南国の花も咲いている。
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木製のタイルを使った建物とのこと。

横丁に入ると、コンクリの壁に描かれた見事な絵が目に付く。
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奥にパティオ。
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屋外のカフェテリア。
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シモン・ボリバルの銅像がある。
ボリバルは現在のベネズエラの首都、カラカス出身。
"El Libertador"(解放者)とも呼ばれ、
南米5か国をスペインから独立へと導いた英雄である。
因みに南米ボリビアの国名は彼の名前からとっている。
コロンビアのボゴタやベネズエラのカラカスで彼の銅像を見ている。
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大きな広場に出る。
銅像の横に座ったり、立ったりしてツーショット。
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歴史的な建造物が広場の周りを囲む。
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メイン通りを通ると、
ノーベル文学賞を受賞している、アーネスト・ヘミングウエイが
常宿としていた、「アンボス・ムンドス・ホテル」の前に。
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ヘミングウエイの住んでいた屋敷は現在、博物館となっている。

広場では、小学生がゲームをしたり、運動したり、賑やか。
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2,3質問すると、子供達笑顔で答えてくれる。

日本からの寄付により開設された施設もあるようだ。
旧市街地を散策して、昼前には船に戻る。
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正午には、ハバナ港を出発、次の寄港地、ジャマイカのモンテゴベイに向かう。













by toshi-watanabe | 2017-02-06 10:23 | 旅行 | Comments(8)