折々の記

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2017年 06月 19日 ( 1 )


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門井慶喜さんの著書「ゆけ、おりょう」(文芸春秋)を読む。

「おりょう」とは、お気づきだと思うが、

幕末の志士、坂本龍馬の妻である。

この作品は、201410月号から20162月号まで、

「オール読物」に6回にわたって掲載されたものを、

まとめて単行本として、昨年刊行された。

「おりょう、結婚」

「おりょう、下げる女」

「おりょう、離婚」

「おりょう、ハネムーン」

「おりょう、良妻賢母」

「おりょう、龍馬なしでも」

おりょうの父、楢崎將作は町医者をしつつ、

青蓮院宮の侍医もつとめていたので、

家計に恵まれた家庭で、おりょうは育った。

一通りの習いごとをし、しかも評判の美人だった。

ところが、時代は幕末、勤王派の將作は

先代が長州藩士の出でもあり、自宅を隠れ家として

提供したり、志士たちとの交わりをしていた。

それが災いして、安政の大獄に引っかかり過酷な牢生活に。

1年後に放免されたものの、すっかり健康を損ない、

やがて息を引き取る。

突然、一家は生活の糧を失い路頭に迷う。

何もできない母親や4人の弟妹を抱えて、

22歳になる長女のおりょうは一家を支えることに。

京の都、七条新地の料理屋兼旅館「扇岩」で

仲居として働くおりょうは、坂本龍馬と出会う。

おりょう24歳、龍馬30歳、二人は青蓮院塔頭、金蔵寺にて

祝言を挙げる。

夫の龍馬を呼び捨てにする、おりょうは湯水の如く、

酒を浴びるほど飲み、自分の考えをずけずけという、

当時としてはけた外れの女性。

勝海舟にも食ってかかる振る舞いには

龍馬の周囲からは離縁を迫られたり。

門井流の脚色もあるのかもしれないが、

おりょうの姿が生き生きと描かれていて面白い。

寺田屋事件で竜馬の命を救った話はよく知られている。

そして二人は船に乗り、薩摩へ向かう。

日本初のハネムーンと呼ばれている。

面倒を見てあげなければと龍馬の世話を焼いていた

おりょうだが、いつの間にか、すっかり英雄になってしまった

夫の龍馬に、自分は何をしてやれるだろうかと

思いまどうようになる。

龍馬が京に出かけ、おりょうは馬関の伊藤助太夫の

家に厄介になっていたところ、突然、龍馬の訃報が知らされる。

河原町蛸薬師下ルの醤油屋「近江屋」の二階にひそみ、

龍馬は盟友の土佐藩陸援隊隊長の中岡慎太郎と

火鉢にあたりながら、ひたすら話し合いをしていた。

そこを刺客に襲われ、中岡は重傷を負い、龍馬を命を落とす。

享年31歳の、短い生涯だった。

龍馬の死後、おりょうは、人を頼りに移り住むものの落ち着けず、

やがて横須賀にやって来る。

露天商の西村松兵衛と再婚し、おつるを名乗る。

松兵衛とは一緒に27年暮らした後、おつるは一人で

暮らすようになり、3年余り後の明治39年、生涯を終える。

貧しくさびしい晩年だった、享年66歳。

横須賀市の浄土宗・信楽寺(しんぎょうじ)に立派な墓が建てられている。

「贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓」

と、恰も維新の元勲が眠っているごとき

堂々たる隷書体で刻まれている。






by toshi-watanabe | 2017-06-19 08:19 | 読書ノート | Comments(0)