佐藤 厳太郎著「会津執権の栄誉」を読み終える

d0037233_08443128.jpg


佐藤厳太郎さんの著書「会津執権の栄誉」を読み終える。

著者は、「夢幻の扉」で「オール読物新人賞」を受賞して以来、

注目されている新進の作家である。

文芸評論家の評価も高く、直木賞の呼び声も出ている。

東北会津の名家、芦名氏の滅亡までを熱く、克明に描いている。

芦名氏は、会津守護だが、鎌倉幕府の御家人、三浦氏の後裔。

四百年近くの長きにわたり、会津を領有してきた名跡だ。

その芦名家に、凶兆が現れた。

十八代当主盛隆が、家臣に襲われ惨殺されてしまう。

その後を継いで生後一ヵ月で当主となった一子、

亀王丸隆氏も、わずか三歳で疱瘡を病んで没した。

相次ぐ当主の死により、芦名家嫡流の男児が絶える。

残された遺児に、十七代当主盛興の娘の岩姫がいた。

岩姫の婚姻相手として婿養子を他家から迎え、

当主に据えることになった。

ここから家中の軋轢が生まれる。

この小説の発端でもある。

常陸の佐竹義重の次男義広か、伊達政宗の弟小次郎かで、

家臣団が対立したのだが、佐竹義広を当主に迎えることに決まる。

ただ問題なのは、義広がまだ幼さの残る十二歳の少年だった。

一門の家臣が集まって評定の上決めたことだが、

その決定を下した芦名家家臣筆頭の金上遠江守盛備の家臣団と、

伊達小次郎を強く推した猪苗代(弾正)盛国との間では、

しこりが残る。

盛国は芦名氏の血族で、芦名家重臣であるとともに猪苗代氏の当主。

その一方では、義広の入嗣に伴い、佐竹から来た家臣団とも

衝突が生じて、家臣同士の殺傷沙汰にまで発展する始末。

やがて伊達政宗が会津に侵攻、猪苗代盛国が寝返り、

佐竹からの支援も思うように行かず、

最後の砦となった家臣筆頭の金上盛備も戦いに敗れ、

遂に芦名氏は終焉を迎える。

「湖の武将」

「報復の仕来り」

「芦名の陣立て」

「退路の果ての橋」

「会津執権の栄誉」

5章で構成されているが、

これらは20138月号から201611月号まで、

「オール読物」に掲載された。

この5章に、書き下しの「政宗の代償」が加えられ、

今回「会津執権の栄誉」として出版された。

(文芸春秋 ¥1,450+税)

「政宗の代償」は、芦名氏が滅び、

伊達政宗が会津を己の領地にしてからの話である。

北条氏の立てこもる小田原城攻めで全国各地の諸大名が

秀吉のもとに馳せ参じ、その数22万の兵力が集結している。

様子を見るかのごとく、腰を一向に上げない政宗に

秀吉はいらいらしている。

家康が間に入り政宗を説得する。

政宗は片倉小十郎を伴い小田原へ向かう。

芦名氏を攻め、会津を己の領地としたことは、

関白殿下の惣無事の儀に背く事であり、

政宗は 覚悟を決めて、短刀を隠し持ち、白装束で秀吉の前に出る。

謁見は無事済み、秀吉は遅参した政宗を許す。

占領した会津、安積、岩瀬は取り上げられ、

会津黒川城から退去することになる。

それ以外の本領は安堵され、伊達家の所領は七十万石ほどのまま。

途中からは一気に読んでしまう。

大変面白い小説、お薦めの一冊である。






by toshi-watanabe | 2017-07-04 08:45 | 読書ノート | Comments(0)