今井 絵美子著「群青のとき」を読む

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最近、角川文庫の新刊として出版されたばかりの、

今井絵美子さんの著書「群青(ぐんじょう)のとき」を読む。

江戸幕末の時代に登場した、若き老中、阿部正弘が

主人公である。

幼名を剛蔵、また主計(かずえ)と呼ばれた

阿部正弘は文政2年(1819年)、備前福山藩の

5代藩主、阿部正精の五男として生まれた。

生母は側室の高野具美子(くみこ)である。

後に母は剃髪して、持名院を名乗る。

6代藩主を継いだ兄の正寧が病弱だったため、

天保7年(1836年)、正弘はわずか18歳で

福山十万石の第7代藩主に就く。

翌年初めて福山藩にお国入りする。

正弘がお国入りしたのはこの時だけだと言われている。

その後、奏者番、寺社奉行を経て、25歳で老中に就任、

その2年後には老中首座まで上り詰める。

現在でいえば総理大臣の職だろう。

多忙な業務に追われる中、心の安らぎを与えてくれるのが

実母の持名院で、物語では時折登場する。

さて、主計(正弘)が10歳の折、堀切菖蒲まで初の遠乗り、

雨が降り出し、雨宿りにと祠に行くと、瀕死の重傷を負った男を

手助けしている、主計と同じ年頃の少年に出会う。

闇丸という名の少年も手傷を負っており、屋敷に連れ帰り、

主計(正弘)は傷の手当てをさせて面倒を見る。

後に中山進之助と名乗るものの、闇丸として、正弘を陰から支える。

この闇丸は、唯一この物語に登場する架空の人物だが、

正弘という人物を浮き彫りにする間接的に重要な役割を果たす。

この小説に関しては、絶賛の言葉が寄せられている。

「まさに、今日に反映する困難に対峙した救国の英雄を

描ききった!」(森村誠一)

「血が沸いた!」(崔洋一)

「著者の腕は、間違いなく円熟の域に達しつつある。」(菊池仁)

「本格的な幕末小説として文学史に残る力作である。」(縄田一男)

時代小説評論の分野では確たる地位を占める縄田一男さんは、

あとがきに「解説」を書かれているが、その中で、

この作品を書かれる作者の動機の一端を紹介されている。

「これ(「群青のとき」)は長年温めてきた福山藩主阿部正弘の

生涯を描いた作品で、時代小説を書き始めた頃から、福山に生まれ

育ったわたしがこれを書かないでどうしようと思っていたのである。

 世間には阿部正弘がいかに欧米列強と対等に渡り合おうとしたか

あまり知られておらず、小説や映画、ドラマに描かれたとしても、

いつも脇役的な存在でしか描かれてこなかった。

 だが事実はそうではないのである。

 ペリーが来航した際、仮に阿部正弘が筆頭老中でなかったとすれば、

日本は欧米と対峙した末、属国になっていたかもしれないし、

もしかすると、現在のわが国の形がまた少し違っていたかもしれないのである。

 が、いかに言っても小説を書くには、阿部正弘は地味である。

 眉目秀麗、怜悧で実直な男というだけでは小説的な面白味に欠け、

読者は英雄的な破天荒な人物を好むものである。

 そこで私は架空の人物闇丸なる草の者を登場させ、

正弘の影武者的な役割を果たさせることにしたのである。」

物語のピークは、嘉永7年(1854年)、ペリーが再来、

日米和親条約を締結するに至る背景である。

これで250年間続いた鎖国政策に別れを告げた。

国政を担当する立場から、極論や暴論を繰り返す攘夷派を

抑えるために、本心を隠して、意図的に協調路線を選択した。

世に名高い、徳富蘇峰の「近世日本国民史」には、

阿部正弘を、優柔不断、八方美人と評したりしている。

本著の中でも、

「正弘は、ぶらかしの伊勢、と陰口を叩かれていることを知っていた。

何事にも慎重になるがゆえ、白を白、黒を黒とはっきり言いきれないのである。

正弘は白にも桃色がかった白があろう、黒にも灰色がかった黒があろう、

といった具合に、あらゆる色を一旦我がうちに取り込んだ後、

熟高の末、再び吐き出す。

そこらあたりが、直情怪行型の斉昭とも、

また、生真面目一本であった水野忠邦とも違うところだった。」とある。

阿部正弘は「伊勢守」を賜っており、伊勢と世間では揶揄されていた。

斉昭とは、攘夷派のボスともいえる、
常陸水戸藩の第九代藩主徳川斉昭のことであり、
徳川第15代将軍、慶喜の実父である。

この物語には登場しないが、

正弘は徳川13代将軍家定の御台所に篤姫を推挙している。

彼は12代将軍家慶と次の家定から信頼されていた。

阿部正弘は安政4年(1857年)惜しまれつつ命を全うする。

享年39歳という若さ、今でいう肝臓がんが死因。

夜明け前の日本で難局に立ち向かい革新を行った男の熱き生涯だった。





by toshi-watanabe | 2017-05-26 08:38 | 読書ノート | Comments(0)