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続けて浅見光彦シリーズ「鬼首殺人事件」を読む

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内田康夫さんの著書「鬼首殺人事件」を読み終える。

今回は新装版として最近出版された光文社文庫で読むが、

〈浅見光彦×歴史ロマン〉の一冊。

「鬼首(おにこうべ)」とは少々恐ろしい言葉だが地名である。

宮城県大崎市鳴子町にあるのが鬼首、温泉地として知られるが、

本著に登場するのは、鳴子町ではなく、鬼首峠を越えた

秋田県湯沢市雄勝町である。

物語は、その雄勝町で開催される「小町まつり」の場面から始まる。

この祭りは200年以上続いているのではと言われる伝統的なイベント。

初めは、旧小野村で行われていた、小さな祭りだったのが、

昭和30年の町村合併で雄勝町(おがちまち)が成立して統合され、

間もなく、この町の最大級のイベントとして定着。

雄勝町はその後、秋田県湯沢市に統合された。

秋田県雄勝町の小野地区が小野小町生誕の地として知られる。

小野小町ゆかりの地は全国至る所にあるが、ここが最も有力視されている。

芍薬の花香る頃の6月の第2日曜日、祝詞奉仕に始まり、

巫女舞で神前を清め、小町の魂を慰める謡曲が歌われる。

さらに町内から選ばれた7人の小町娘が登場し、

小野小町が詠った和歌を朗詠し、小町堂に奉納する。

毎年、地元から未婚の秋田美人が7人選ばれる。

さて7人の小町の和歌朗詠が終わり、無事退場のシーンに。

その時、観衆の人垣の中から、老人が1人、ヨロヨロと歩き出た。

老人は、7人の小町の真ん中に、頭から突っ込むように倒れ込み、

悲鳴が起きる中、1人の小町娘の着物の裾をつかんだ格好で、倒れ伏した。

事件の発端である。

その後、老人の死因は毒服用によるものと判明。

偶々その場にいたのが、ご存知わが名探偵、浅見光彦である。

光彦は雑誌「旅と歴史」の依頼で、「小町まつり」の取材に来ていた。

警察では自殺として処理するのだが、光彦は直感的に殺人事件と推察する。

犯人の実像がなかなかつかめぬ状況が続く。

ところが、予想もしない大企業や大物政治家の名前が出てきて、

この事件の裏には大きな魔物が垣間見える。

東京の警察庁上部からの指示で、地元の捜査本部は解散する始末。

更には戦後史の闇が事件の背景にあるのか、謎が深まるばかり、

殺人事件の本筋がなかなか見えてこない。

次第に重苦しい推理小説となってくる。

事件現場となった秋田県雄勝町から秋ノ宮温泉郷を通って、

鬼首(おにこうべ)峠を越えると、上記にも書いた通り

宮城県の鳴子町に出る、国道108号線である。

この著書が書き下しで出版されたのが19934月、

当時は車で通るには難所の旧道だったのだが、1996年にバイパスが完成し、

「仙秋サンライン」として、今では秋の紅葉が名高い。

秋ノ宮温泉郷から少し離れたところにある一軒宿の

「稲住温泉」がこの小説にも登場する。

小説の中でも書かれているのだが、戦時中、武者小路実篤が

疎開した宿として知られている。

話が飛ぶが、宮城県石巻市にも雄勝町(おがつちょう)と同名だが、

読み方の異なる町がある。

東日本大震災では巨大津波により大きな被害を受けている。

この町は「雄勝石」が有名であるが、

「雄勝硯」はよく知られ、また天然スレートとして、

東京駅丸の内駅舎の屋根に使われているのもつとに知られる。

浅見光彦シリーズ、一気に読んでしまう一冊である。

因みに、終戦後父親の仕事の関係で、内田康夫さんは、

疎開先の長野の戸隠村から東京にすぐには戻らず、秋田に転居され、

この雄勝町(当時は秋ノ宮村)にて中学の3年間を

過ごされたそうである。




by toshi-watanabe | 2017-05-06 14:23 | 読書ノート | Comments(0)