内田 康夫著「日光殺人事件」を読み終える

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内田康夫さんの「日光殺人事件」を読み終える。
もちろん浅見光彦探偵シリーズの一冊です。
この作品は、1988年2月にカッパ・ノベルス(光文社)として
書き下ろし刊行され、1990年11月に光文社文庫に収録されている。
本年7月に、光文社文庫新装版として出されたものです。

徳川家康、秀忠、家光三代に仕え、重い役目を果たし、
長寿を全うしたのが天海僧正である。
「天海僧正は明智光秀だ」と言う説もあるのだが、
確とした証拠も裏付けもない。
「これを証明せよ」と難題を「旅と歴史」の編集長から
浅見光彦は強引に突きつけられる。
さらに編集長の話では、明智の末裔かもしれない一族が、
日光の辺りに住んでいるという。
競走馬の育成で有名な智秋牧場という大きな牧場があり、
「智秋」をひっくり返すと、「秋智」、アキチ→アケチ。。。。
余りにこじつけではあるが。

かくして光彦探偵は愛車ソアラを駆って日光へ向かう。
到着早々、名高い日光華厳の滝で遭遇したのが、飛び込み自殺。

明治36年5月、第一高等学校生徒、藤村操が
「巌投之感」という辞世の詩を大木の幹に書いて、
華厳の滝に身を投げた、当時18歳の若さだった。
それ以来、華厳の滝は熱海の錦ヶ浦、三原山と共に自殺の名所となった。

さて遺体の回収作業中に、別の白骨死体が発見される。
死後2年ばかり経っているとみられ、
取材旅行どころか、白骨死体が自殺か他殺かに、
光彦探偵の関心は向くことになる。

白骨死体の身元は、膨大な資産を有する智秋グループの一族の
ひとりと判明する。
2年前に行方不明となっていた智秋次郎で、
当時彼の乗用車は山形の鶴岡方面に放置されたままだった。
智秋家では、一族の中興の祖である智秋友康が病床にあり、
友康のあとを継ぐのに様々な思惑が渦巻いている。
友康の長男友忠の娘、朝子が登場する。
次郎は友康の次男で、朝子にとっては叔父にあたる。
朝子はこの小説のヒロインで、乗馬姿が絵に描いたように美しく、
ユキという名の白馬に跨って、牧場を疾駆する。

行方知れずだった次郎の白骨死体が引き上げられ、
智秋家では葬儀が営まれる。
次郎は短歌を趣味としていて、かっての短歌仲間が葬儀に参列。
葬儀からしばらくして、短歌仲間の一人が西伊豆で
死体となって発見される。
殺人事件で、日光の事件と関係あるのかどうか、
光彦探偵は西伊豆に向かう。

何と西伊豆の土肥町が登場する。
短歌仲間の山田俊治の死体が発見されたのは、
修善寺町から土肥町へ抜ける、国道136号線の
土肥峠付近の山林。
土肥町(現在は伊豆市だが、以前は田方郡土肥だった)は、
私の両親の故郷で、戦時中私自身2年ばかり疎開していた所だ。
土肥は、天正5年(1577)に金山が発見されて以来、
質、量ともに日本一の金の採掘場であった時代も。
慶長小判に土肥金山の金が使われたという。
金を採掘する過程で、掘り当てられたのが温泉で、
現在は温泉と海の幸で知られる観光地となっている。

智秋牧場に絡む殺人事件は思わぬ展開となるものの、
光彦探偵の第六感と見事な推理により糸口が見つかり、
難事件も解決へ向かう。

事件に関係なく、日光東照宮や輪王寺を
ゆっくりと巡りたいものである。
また西伊豆の土肥へも久し振りに出かけてみたい。



by toshi-watanabe | 2016-08-13 10:24 | 読書ノート | Comments(0)