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内田 康夫著「美濃路殺人事件」を読み終える

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内田康夫さんの著書「美濃路殺人事件」を読み終える。
この作品は1990年6月に刊行された作品だが、
昨年新装版として出版された徳間文庫で読む。

お馴染み素人探偵、浅見光彦が活躍する作品の一冊。
浅見光彦シリーズは、115作目の大作「遺譜」が2014年7月に
刊行されたのを最後に、その後の新作は書かれていない。
115作のほんの一部しかまだ読んでいないが、
これからも読み続けて行こうと思っている。

「美濃路殺人事件」は書名の通り、
美濃や犬山方面が舞台となっている。
浅見光彦が美濃の外れ山中にある「和紙の里」、
蕨生の部落を訪れるところから物語は始まる。
著者も実際に現地を訪れているので記述が実に詳しい。
戦前盛んだった美濃の和紙作りも著者が訪れた頃は、
衰退の一途をたどっていたそうだ。
その後は若干持ち直しているらしい。
因みに2014年11月、「和紙 日本の手漉和紙技術」が
ユネスコの無形文化遺産に登録された。
登録された三つの和紙は、岐阜県美濃市の「美濃紙」と
島根県浜田市の「石州半紙」、埼玉県小川町、東秩父村の
「細川紙」である。

美濃の「和紙の里」で取材を終えてホテルの部屋で休んでいた
浅見光彦の目に突然飛び込んできたのが、犬山の明治村で起きた殺人事件。
被害者の顔にかすかな記憶のある浅見探偵は、
例のごとく活動を開始する。
被害者が倒れていた現場に残された凶器と思われる
「クリ小刀」と小刀を包んでいた「和紙」に浅見探偵の勘が働く。
問題の和紙を何とか警察から借り受け、美濃和紙の職人、古田さんに
現物を見てもらうと、美濃の和紙ではない、風合いが異なる。
丹念に調べた結果、古田さんは宮城県白石で手漉きされたもの
だろう、それも年代物の和紙だと判断を下す。
白石の手漉き職人、遠藤さんを紹介してくれる。
美濃和紙の取材もそこそこに、浅見探偵は宮城県白石へ。
白石和紙の職人、遠藤さんを訪ねると、
間違いなく遠藤さんのところの和紙に間違いないと、
ただご本人手漉きの和紙ではなく、
すでに亡くなっている父親が
40年ほど前に手漉いたものだと判明。

宮城現白石で40年も前に作られた和紙が、
何故犬山の明治村で起きた殺人事件の凶器を包んでいたのか、
この事件の謎であり、小説の面白いところ。

著者は、昭和19年に開始した「学童疎開」をこの事件に絡ませている。
著者ご自身は、東京北区(当時は滝野川区)滝野川小学校
(当時は国民学校)から静岡県沼津へ学童疎開。
台東区(当時は浅草区)誠華小学校(当時は国民学校)の疎開児童だった
人々の記録をまとめた「不忘山」という文集に偶々出会った。
著者はこの文集には大いに感銘を受けた。
疎開先だった宮城県白石は、蔵王連山の不忘山の麓にある。
因みに、昭和20年3月、中学受験のために一時帰京していた
児童たちは東京大空襲で幼い命を落とし、疎開先にいた児童たちも、
在京の家族を戦災で失った悲しい事実がある。

白石に疎開していた人たちが何十年ぶりかで、
同期会を犬山で開くという設定で物語は進行。
疎開していた折に和紙の作業場を手伝い、ご褒美に
和紙をいただいたという話を盛り込んで、
事件解決の糸口にしている。

凄惨な殺人事件とは別に、
和紙という日本古来の素晴らしい技術のことが、
あらためて認識でき、興味深かった。



by toshi-watanabe | 2016-03-26 15:00 | 読書ノート | Comments(0)