折々の記

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「恨み」と「怨み」

「怨恨」という言葉がありますが、どちらも「うらみ」。
「恨み」と「怨み」、どう違うのだろうとウェブサイトを見てみました。
実際は大きな違いはなく、ニュアンスの違い程度ではと思うのですが、
いくつか違いが指摘されていましたので参考までに列挙しますと、

「恨み」は晴らす事が出来ないが、「怨み」は晴らす事が出来る。
「恨み」は行為や選択が対象に対して、「怨み」は人や物が対象。
「恨み」は過去の物事に対して、「怨み」は現在の物事に対して、
等々ですが、果たしてどうでしょうか。

過日の外相会談で決着がついた韓国の慰安婦問題。
取り敢えずの筋道がつけられたということではないでしょうか。
慰安婦の支援団体からは納得できないという声が上がっていますね。
韓国政府は努力するという文言、努力目標で決定ではない。
韓国は「恨(はん)の文化」と、よく言われます。
日本人が考える以上に、韓国人の恨みは根深いようです。
因みに日本は、「和の文化」とか「恥の文化」と言われたりしています。

話が飛びますが、
瀬戸内寂聴さんはご自身の体験を次のように語られています。

中国では、「怨みに報いるに徳を以て(もって)せよ」
という教えがあります。
私は終戦を北京で迎えたとき、
たぶん日本人は皆殺しにされるだろうと脅(おび)えていました。
ところが、こわごわ門を開けたとき、
前の路地の壁一杯に貼られた赤い短冊(たんざく)の墨痕鮮やかに
「怨みに報いるに徳を以てせよ」と書かれたいました。
そのときのショックは七十年経っても
まだありありと記憶に残っています。

現在の中国ではどうでしょうか。
共産党政権でコントロールされている大国、
中国人本来の徳など、過去の遺物化されているのかもしれません。




by toshi-watanabe | 2015-12-30 11:11 | 一般 | Comments(0)