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火坂 雅志著「左近」(上・下巻)を読み終える

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本書カバーの装画に使用されたのは(上記図参照)、
円山応挙の筆になる「雲竜図屏風」で、京都国立博物館より提供されたもの。


火坂雅志さんの遺作「左近」(上・下巻)」を読み終える。
関ケ原の合戦では、西軍石田三成隊が本陣を笹尾山に構え、
指揮したのが石田家家老の島左近である。
この島左近清興が、この小説の主人公。

NHKの大河ドラマ「天地人」の原作者である、
火坂雅志は今年2月26日、急性膵炎のため
58歳という若さで黄泉の世界へ旅立った。
惜しまれる作家である。
月刊誌「文蔵」に、平成19年10月号から連載され、
平成26年12月号を最後に、未完のまま、この小説は終わる。
連載されていた時の題名は「鬼神の如く」だったが、
今回、単行本の出版に当たり、「左近」と改題された。
因みに、葉室麟さんの著書「鬼神の如く」が出版されたばかり。

火坂さんの作品を読むのは、「天下・家康伝」以来である。
物語は永禄2年(1559)松永弾正の大和攻めから始まる。
左近はまだ20歳の青年である。
後妻おさいに精気を抜かれた左近の父、豊前守の策謀で
今井宗久のもとへ売られた左近は、流転の果てに
旧主筒井順慶と再会するが、落日の筒井家、打つ手もなく、
ようやく、左近はのちに妻となる茶々の父である
医師北斎法印の伝手で明智光秀の知遇を得る。
織田信長への道筋がつき、筒井順慶は大和守護に帰り咲く。

信長の求めに応じて、重い腰を上げた家康が
一行を伴い安土に到着するところで、上巻は終わる。
接待役を務めるのが光秀である。

下巻は、本能寺の変で物語が始まる。
信長から秀吉の天下に移り、左近の仕える順慶は亡くなり、筒井家は
愚蒙な養子定次が当主を引き継ぐ。
筒井家に見切りをつけた左近は、乞われて秀吉の弟、
大和大納言秀長に一万五千石で召し抱えられるものの、
秀長は病弱のため若くして亡くなり、左近は再び自由放浪の身に。

やがて三顧の礼に応えて、左近は石田三成に仕えることに。
石田家で二万石の家老職に。
勇猛果敢、鬼の左近とも称され、天下に名高い島左近が、
石田治部少輔三成の家臣になったという噂は、
たちまち世間に広がり、この意外な組み合わせに、人々は驚き、
「治部少輔(三成)に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」
という俗謡が、京の巷で流行った。

文禄、慶長と二度の朝鮮出兵に三成は苦慮すぐが、
その間左近は三成を支える。
やがて秀吉が享年62歳で息を引き取る。
秀吉の死を境に、家康と三成の間に駆け引きが始まり、
俄かに怪しい雲行きになるところで、物語は終わりとなっている。

その後に起こる天下分け目の関ヶ原の合戦で
島左近がとった行動、役割など、
火坂さんがどう描こうとしていたのか、大変興味のあるところ。
実に残念である。

巻末に文芸評論家、縄田一男による詳細な解説が載っている。
縄田さんは、解説の中で、
「作者の急逝により未完に終わった長編だが、
 充分、読者に応え得るものとなっている。」
まさにその通りだと思う。

未完の長編ではあるが、内容の充実した、素晴らしい作品である。
島左近の一途な生き方が生々しく書かれており、
また多くの敵を作り、どちらかと言えば嫌われ者の存在だった
石田三成の本心、生きざまには納得させられる。





by toshi-watanabe | 2015-10-10 11:36 | 読書ノート | Comments(0)