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葉室 麟著「蒼天見ゆ」を読む

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葉室麟さんの最新作「蒼天見ゆ」を読み終える。
「小説 野性時代」の2014年3月号から
2015年2月号にかけて連載された作品が、
今回単行本として発刊された。

幕末、日本中が開国と攘夷に揺れ動く時世、
九州筑前の秋月藩は5万石の小藩乍ら藩の行く末が案じられていた。
藩士の臼井亘理(うすいわたり)は幼いころから文武に優れ、
藩槍術指南吉村武太夫に師事して、以心流槍術を体得、
26歳の若さで藩校稽古館の助教を務める。
亘理は、秋月藩の生き残りを図り西洋式兵術を導入したものの、
反対派からは「西洋亘理」と陰口をたたかれる。
さらに執政心得首座公用人兼軍事総裁となった亘理は、
京に上り、新政府要人と面談し、秋月藩への信頼を取り付ける。
時は慶応4年で、その前年には将軍徳川慶喜が太政を奉還、
同年には江戸城無血開城と時代は大きく変りつつあった。

だが国元では、時局の変化に機敏に対応する亘理に対して
「変節漢」であると反発が増すばかり。
京、大阪より帰国した亘理の歓迎会が開かれた夜、
自宅で就寝中に突然襲撃され、亘理は妻の清とともに
凶刃にあえない最期を遂げる。
反臼井亘理派の筆頭とされる家老吉田悟助が
黒幕とみられる、血気盛んな若い藩士たちにより
結成された干城隊による暴挙だったが、
藩の措置は干城隊に一切お咎めなし、
臼井家には徹底して冷酷なものだった。

この時、亘理の長男六郎が10歳、長女のつゆが4歳。

時は移り、明治5年、臼井六郎は14歳になる。
父親の亘理を殺害したとされる、山本克己は国を離れ、
東京に向かう。
名前を一瀬直久と代え、伝手を頼って新政府の司法省に職を得る。

明治9年、18歳の六郎は東京へ。
すでに「仇討禁止令」が交付されていたのだが、
六郎は一瀬直行を探し求め、仇討の機会をうかがう。
剣の修業をしたいと、叔父上野四郎兵衛の紹介で、
四谷仲町にある山岡鉄舟の剣術道場、春風館に入門。
その後鉄舟が陰ひなた六郎を支援してくれる。

物語は進み、紆余曲折があって、
臼井六郎は見事父親の仇討を果たす。
自首し、上級裁判所で禁獄終身刑の判決が下り、
小菅の東京集治監に収監される。
明治24年、大日本帝国憲法の発布に伴い
恩赦で六郎は釈放される、時に33歳。

その後九州に戻り、妻をめとり静かな生活を送り、
大正6年、鳥栖にて59歳の生涯を閉じる。

臼井亘理が死ぬ前に子供たちに語ったのが、
「青空を見よ。 いかなる苦難があろうとも、
いずれ、頭上に蒼天が広がる。そのことを忘れるな。」
六郎は故郷に帰るまで、この言葉が頭から離れない。
作品名はこの言葉からきているのだろう。
この作品も葉室流の、素晴らしい筋書きとなっている。


この事件については、吉村昭が「敵討」を書いており、
この原作をもとに「遺恨あり 明治13年 最後の仇討」として
テレビ化もされている。
またドイツ留学から帰国してすぐ、
森鴎外は信州の旅に出、旅の途中で出会った
裁判所判事を務める木村某から臼井六郎の話を聞き、
紀行文「みちの記」の中で取り上げている。

秋月の黒田家歴代の菩提寺となっている
古心寺の墓地に、両親の墓とともに臼井六郎の墓がある。


Commented by banban0501 at 2015-06-06 18:47
いつも興味ある本の紹介ありがとうございます

おれは清麿 娘ととも読み終えました

山本さんの本 なかなか面白いですね
葉室さんにも いちどトライしてみたくなっています

ブログにちょっとリンクをはらせてもらい
記事にしていますので
またごらんください
Commented by 高兄 at 2015-06-06 19:01 x
toshiさん、こんにちは

現在、葉室さんの「陽炎の門」を

読んでいます^^
Commented by toshi-watanabe at 2015-06-07 11:01
banbanさん、
早々とコメントを有難うございます。
ブログを拝見しました。
感想文、楽しく読ませていただきました。
葉室麟さんの作品も面白いですよ。
お薦めです。

Commented by toshi-watanabe at 2015-06-07 11:09
高兄さん、
「陽炎の門」読まれているのですね。
感想をお聞かせください。
by toshi-watanabe | 2015-06-06 08:39 | 読書ノート | Comments(4)