葉室 麟著「散り椿」を読む

d0037233_09490457.jpg
葉室麟さんの著書「散り椿」を読み終える。
2012年3月に単行本として刊行された、
この著書が昨年末、角川文庫として出される。
先に映画化された「蜩の記」に劣らぬ
大きな感動を与えてくれる作品である。

「序」の出だしの部分は、
主人公の瓜生新兵衛が死期間近の妻、篠とともに、
仮の住まいの地蔵院の庭を眺めている場面で始まる。
季節は冬、枯木ばかりの庭を見ながらの会話、
「春になれば椿の花が楽しみでございます」。
「散り椿か」。

京都には「竹の庭」と知られる西京区の地蔵院と、
「椿庭」と知られる北区の地蔵院があるが、
ここに登場するのは「椿庭」の地蔵院。
因みに創建したのは行基、のちに秀吉によりこの地へ移された。
境内には秀吉が寄進した『五色八重散椿』がある。
朝鮮出兵の折に清正が持ち帰ったものと伝えられている。
普通、椿は花びらごとにポトリと落ちることから、
首が落ちる様を思わせるとして武家に嫌われる。
散り椿は花びらが一片一片散っていく。
白から紅まで様々の色合いの花が咲き、愛好者が多い。

篠は、新兵衛に自分の死後、故郷へ帰るように頼み、
或る頼みごとを託す。
そして半年後、新兵衛は扇野藩6万5千石へ向かう。
かって藩内の一刀流道場で四天王と呼ばれた
勘定方の瓜生新兵衛は、上役の不正を訴え、藩を追われた。
妻の篠とともに浪人生活を続ける。

18年ぶりに故郷に帰ってきた新兵衛を中心に物語は進展する。

著書の巻末に解説が載せられている。
「『散り椿』の意味するもの」と題して
書いておられるのは中江有里さん。
どういう女性か全く知らず、ネットで調べてみると、
41歳、女優、歌手、脚本家、そして小説も手掛けている。
そして目についたのが読書家、
とにかく膨大な量の本を読まれているらしい。
中江さんの書かれている解説が実に的確で、
私の感じたことを代弁してくれているようで驚嘆。

一部を紹介したい。

本書の登場人物は、誠実であろうとする。
しかし今も昔も誠実がゆえに、
生きづらさを抱え込む人が多い。
誠実でありたい、と思っても世の中を渡るには、
その誠実さが邪魔になることもある。

新兵衛と甥の藤吾という擬似親子のあいだに生まれる絆、
新兵衛と篠の夫婦愛、藤吾と美鈴(藤吾の妻となる)の初々しい恋、
一刀流平山道場の四天王と呼ばれた仲間との友情など、
互いが互いを思う気持ちが複雑に絡み合い、
政争も含めた人間模様を描いていく。

人が人を想うとき、ただ素直に気持ちを伝えられたらどれほど楽だろう。
誠実であろうとしてもそうはなれないのと同じく、
人を想う気持ちを伝えようとしても、なかなかうまくゆかない。
自分の気持ちを誰かに伝えることによって、
相手の運命を変えてしまうことがあるからだ。

勝手な想像だが、本書の真の主人公は篠ではないだろうか。

「散り椿」から反射される光は、
人が生きていくことの尊さと厳しさを照らし出す。

その後、中江有里さんはNHKBSの「週刊ブックレビュー」に
出られていたと知る。



by toshi-watanabe | 2015-02-08 09:49 | 読書ノート | Comments(0)