葉室 麟著「乾山晩愁」を読む

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またまた葉室麟さんの著書である。
最近文庫本として再版された
「乾山晩愁(けんざんばんしゅう)」を読み終える。
表題となっている「乾山晩愁」を含め、
五編の作品集である。
いずれの作品も戦国時代から江戸時代に活躍した
名高い絵師が登場する。

2005年に出された「乾山晩愁」は、
新人物往来社の第29回歴史文学賞を受賞したデビュー作品。
50代半ばでの作家生活のスタート。

この文庫本の初版は5年前に出版されているが、
その際に著者はあとがきを書かれている。
「尾形乾山を主人公にした小説を書きたいと思った。
 兄、尾形光琳のはなやかな存在感に比べれば、
 弟の乾山は、はるかにかすんだ印象がある。
 そこに魅かれた。
 光り輝くものだけが、この世に存在するわけではない。
 光があれば、必ず、影がある。
 影だけではない。 光のまわりに、
 やわらかな色彩で温かみとふくらみのある存在があって、
 光を支えているのではないだろうか。
 そう思ったとき、考えたのが乾山だ、
 と言ったら少しわかってもらえるかもしれない。」

陶工、尾形深省(しんせい)、号を乾山という。
5歳年上の兄、光琳が59歳で亡くなる。
線香をあげに突然、江戸から若い女が男の子を伴い
京の尾形光琳邸にやってくる。
光琳の未亡人、妙はその二人に面会するよう義弟の乾山を呼び出す。
光琳と乾山の対照的な姿が描かれている。

他の四作品は、「永徳翔天」、「等伯慕影」、「幸信花匂」、「一蝶幻景」。

「永徳翔天」
狩野派の天才絵師とうたわれた狩野源四郎・永徳、
曽祖父が正信、祖父が元信、父が松栄と恵まれた血筋で、
狩野派の一団を率いる。
信長、秀吉の信頼も厚く、御用絵師として活躍。
安土の天守閣の障壁画制作を一手に。
見事な障壁画が完成したのだが、
本能寺の変のわずか10日後に、天守閣は炎上、
残念なことに、その障壁画は残っておらず。

「等伯慕影」
朝倉義景の命により、能登七尾の七人衆が
鷹を献上すべく甲斐の武田信玄の元へ。
その一行に長谷川又四郎・信春、のちの等伯も加わる。
彼の役目は信玄の肖像を描くこと。
この肖像画がのちに高野山に寄進され、
世に名高い高野山成慶院にある「信玄公寿像」である。
信玄より多額の碁石金を褒美にいただいた
信春(等伯)は途中の山中でとんでもないことに。
因みに長谷川等伯の話は、安倍龍太郎さんの
「等伯」(直木賞受賞)が詳しく、読みごたえがある。

「雪信花匂」
江戸時代に活躍した狩野派の重鎮、狩野探幽は
永徳の次男の息子。
探幽の高弟の中でも四天王と言われた守景と
国(探幽の妹の娘)との間に生まれた娘が雪。
子供の頃から絵の才能を発揮し、父親の指導を受ける。
17歳の時、探幽の直弟子に、20歳を迎えると、
探幽の本名、守信の一字を拝領(一字拝領という)し、
清原雪信を名乗り、女絵師として知られるように。
その後、守清と所帯を持ち、娘の春と親子三人で
江戸を後に京へ向かう。
探幽が餞別と短冊を旅立ちのはなむけに与える。
短冊には、
「秋野には今こそ行かめもののふの
男女(おとこおみな)の 花匂見に」
万葉集にある、大伴家持の歌で、
花匂とは光に美しく映えるさまで、旅立ちを祝福したもの。

「一蝶幻景」
絵師の多賀朝湖、のちの英一蝶。
五代将軍綱吉の時代、江戸城大奥での争いに
巻き込まれた朝湖、
流人として三宅島に島流し、
11年に及ぶ苦難の島生活から江戸に帰還、
すでに58歳となっている。
名前を英一蝶に変え、新たな絵師としての生活に。
芭蕉庵での其角との絡みなども登場。

葉室麟さんの作家としての出発点が
多少はわかったような気がする。
Commented by banban0501 at 2014-09-18 11:32
様々な歴史小説がありますが
この方のご本は 読者を引き込む魅力に
あふれているようですね

toshiさんの解説が 本当にわかりやすくて
浜村淳の映画解説のようです

半沢直樹 寝る前読書なので
ようやく 不正融資の章にはいったところです

トミさん登場楽しみです
Commented by toshi-watanabe at 2014-09-19 08:38
banbanさん、
おはようございます。
いつもコメントいただき有難うございます。
私の読書ノート、多少はお役に立っているようで嬉しいです。
葉室麟ファンにすっかりなってしまいました。
半沢直樹も面白いですね。
by toshi-watanabe | 2014-09-17 10:25 | 読書ノート | Comments(2)