折々の記

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葉室麟著「柚子は九年で」を読む

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「私は歴史の敗者を描きたい。
 彼らの存在に意味はなかったのか、と。」
こう葉室麟さんは書かれているが、この著書は随筆集である。
28編の随想文で構成されている。
文春文庫の一冊。

司馬遼太郎の「龍馬がゆく」以来、
坂本龍馬は幕末薩長連合の中心人物と位置づけられ、
幕末の志士として人気を独り占めしている。
福岡藩の月形洗蔵(葉室さんの著書に登場する)こそ
薩長連合の口火を切った志士だと、葉室さんは語る。
新国劇の舞台で上演され、映画化もされた
「月形半平太」は月形洗蔵と土佐藩の武市半平太から
名前をとったのだろう。
陸上競技にたとえれば、洗蔵が第一走者としてスタートし、
中岡慎太郎がバトンを受けて走り、
龍馬が最後走者としてゴールのテープを切った。

私の知らないお二人のことが登場する。
上野英信さん。
戦時中、学徒動員で入隊し、広島で被爆。
戦後、京都大学を中退し、抗夫となる。
筑豊で労働者の文化運動に取り組み、記録文化作家となる。
葉室さんは学生のころ、ユースホステルで相部屋となったのが上野さん。
その時に上野さんに言われた言葉が忘れられない。
「いいか、駅のホームなんかで掃除をしているひとがいるだろう。
 そのひとの前でホームに煙草の吸殻を捨てるような人間に
 なったら駄目だぞ」と。
その後、筑豊に上野さんを訪ね、歓待される。

時代小説作家の北重人さん。
2007年、松本清張賞授賞式の二次会で、葉室さんは北さんと初めて会う。
北さんは山形県酒田の出身、一級建築として建築業の傍ら、
小説を書き始める。
最初の作品を出したのは56歳の時。
2009年、直木賞候補になりながら、お二人とも賞を逸する。
その年に、北さんは61歳の若さで逝く。

著書「刀伊入冦(といにゅうこう)」の主人公についても取り上げている。
藤原道長の兄で中関白と呼ばれた道隆の
四男が藤原隆家である。
当時権勢の絶頂にある道長の陰に隠れて、隆家は軽視されている。
日本の歴史上、海外から攻め寄せてきた異民族を
最初に撃退した英雄である。
ところが道長とはそりが合わず、生き方もまったく異なる。
道長にまったく従わなかったためすっかり冷遇されてしまう。

「桃栗三年柿八年」というが、続けて、「柚子は九年で花が咲く」。
著書の題名になっているが、著書の中でも何度も、
この言葉が書かれている。
お好きな言葉なのだろう。
葉室さんは50歳で作家生活に入っり、
10年後の69歳にして、直木賞を受賞する。
それも5回目の候補に選ばれての受賞。
受賞作は「蜩(ひぐらし)ノ記」。
柚子の花が咲くより1年余計にかかる。
授賞式のスピーチで、上野さんとのことを語る。

随筆集のあとに、おまけというのか短編小説が載っている。
「夏芝居」という、読んだ後清々しい気分になる小作品である。
by toshi-watanabe | 2014-07-08 09:20 | 読書ノート | Comments(0)