プラザ合意とプラザホテル

つい先日、プラザ合意から丁度20年を迎えたと報道された。
私自身米国出向から帰国した翌年のことで、この先進5カ国の
財務担当者による合意により、急激な円高が進み、日本の輸出企業
にとっては大変厳しい時期を迎えた。
これがきっかけで、多くの製造業が海外への進出を始めた。

この会議が開催されたニューヨークのプラザホテルは
セントラルパークのすぐ南側で、東側は五番街と、大変立地条件もよく
観光スポットの一つであった。
勿論ニューヨーク屈指の高級ホテル。

ところが今年の5月に閉鎖され、商業とコンドミニマムの複合施設に
改装される。
一部宿泊施設も残るようだが。

現地に駐在していた頃、週末などによくマンハッタンに出掛け、
プラザホテルの辺りも時折り通り、お茶を飲みに立寄ったこともある。

ニュージャージーの事務所に勤めていたナンシーという女性の父親は
チェコからの移住者で、このプラザホテルのドアマンをしていた。
ホテルからの収入はわずかで、ほとんどが顔なじみの常連客から
いただくチップが主な収入源との話を聞いたことがある。
ドアマンの権利を入手するのは大変らしい。
by toshi-watanabe | 2005-09-27 09:33 | 米国 | Comments(0)