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東京散策と撮影会  

2012年 05月 11日
月に一度、国立の貸しスタジオを借りて、
パソコン勉強会をやっている
仲間と今月の8日、東京散策と撮影会を行う。
今回の参加者は7名、新橋駅前、SLの前で朝10時半に集合。
汐留方面のビルの地下をつなぐ地下通路を通り抜け、
地上に出ると、目の前に最初の目的地、浜離宮の塀が見える。
中の御門入口もすぐである。

浜離宮恩賜庭園は国の特別名勝・特別史跡となっている。
敷地面積は約32万平米。

4代将軍、徳川家綱が弟の甲府藩主、松平綱重に
下賜した土地に綱重が別邸を築いたのが始まり。
別邸を相続した綱重の嫡男、家宣が6代将軍になり、
以後西丸御用屋敷と呼ばれ、将軍家のものとなった。
江戸城の出城としての役割も兼ね浜御殿とも呼ばれ、
浜御殿奉行も設置された。
享保9年(1724)の大火により建物は消失、次第に荒廃した。

その後11代将軍、家斉によって復興、
明治維新後は皇室の離宮となった。
明治政府は、浜離宮内に洋風石造建築物、延遼館を建て、
外国からの賓客のための接待館として使用したものの、
明治22年、老朽化のため取り壊した。
鷹の茶屋、燕の茶屋、中島の御茶屋、海手茶屋といった建物群も
関東大震災や第二次大戦の空襲で皆焼け落ちてしまった。

昭和20年11月3日、浜離宮は東京都に下賜された。
その後整備を行い、昭和21年4月から公開された。
回遊式築山泉水庭園は今も残っている。
東京湾から海水を引き込んだ潮入の池には、
中央に小島が設けられ、中島の御茶屋jが復元されている。

緑豊かな庭園内を散策する。
江戸時代からの古木も目立つ。
庭園の周りにはモダンな高層ビルが立ち並び、
池の水面に影を落としている。
海側にはレインボーブリッジからお台場方面が望める。



園内には水上バスの発着場がある。
浜離宮の景色を写真におさめた後、水上バスに乗船、
日の出桟橋で乗り換え、浅草の吾妻橋まで
隅田川の船旅を楽しむ。
暫くすると、東京スカイツリーの雄姿が目に入る。



吾妻橋の船着き場に到着。
隅田川の向こう側には東京スカイツリーが真正面にそびえ立つ。



昼食は、享和元年《1801)創業という、「駒形どぜう」で。
昼を少し回っていた時間、待たずに席に案内される。
この店のことはよく聞き知っていたが、入るのは初めて。
漱石が「彼岸過迄」の中でこう述べている。
 「駒形の御堂の前の綺麗な縄暖簾を下げた鰌屋は
昔しから名代なものだ」。

店員の皆さん、若い女性が多く、きびきびとしたサービス対応で、
本当に気持ちよい。
店内も落ち着いた風情で雰囲気も良い。
200年の伝統が感じられる。

柳川鍋にどじょう汁、それに田楽と香の物がつく。
男性陣はビールでのど元を潤す。



腹ごしらえもでき、隅田公園に向かう。
東京スカイツリーの撮影スポットの一つだろうか。



隅田川沿い遊歩道の柵に。



仲見世から浅草寺にお参り。
平日とは言え、相変わらず観光客でごった返している。
修学旅行生も目立つ。
海外からの観光客も戻ってきているようだ。



コーヒーショップに入り、ほっと一息、
一日の散策と撮影会も散会となる。

# by toshi-watanabe | 2012-05-11 14:45 | 一般 | Trackback | Comments(2)

5月初め、群馬倉渕へ  

2012年 05月 10日
4月30日から1週間ほど群馬倉渕に滞在。
すっかり春めき、新緑の季節。
朝晩はまだ寒く、暖房が欲しいほどだ。
今回はあいにくの空模様、雨の日が続く。
最近はイノシシ出没の話を耳にする。
あちこち穴をあけられたり、畑が荒らされている様子。

春蘭のあざやかな緑は眼を休ませてくれる。



ひっそりと咲く白雪芥子の花。



ピンク色や白色の碇草。



色鮮やかな花蘇芳(はなずおう)。



照手姫(花桃)。



翁草。



白花山吹。



花韮。



蝮草。



一人静。



都忘れ。



紫蘭の蕾。



三つ葉躑躅。



深山苧環(みやまおだまき)。



小さな白い花は崑崙草。



花水木。



踊子草はこれから咲き始める。



宝鐸草(ほうちゃくそう)。



鈴蘭もこれから。



More 日本菫

# by toshi-watanabe | 2012-05-10 09:09 | 季節 | Trackback | Comments(0)

春爛漫の奈良を訪れる(その3)  

2012年 04月 15日
さて奈良旅行の3日目、最終日。
朝橿原温泉の宿を発ち、吉野山に直行。
広い駐車場もまだがらんとしており、
我々の観光バスが駐車場では2台目の大型車両。
山道を歩き始めても、人もまばら、
屋台の店も準備の最中。
土産物店も店開きしたばかり。

国宝の仁王門を通って、金峰山修験本宗総本山の
金峰山寺(きんぷせんじ)へ参拝する。



国宝の仁王門は、重層入母屋造、棟の高さは20.3メートルの
日本屈指の山門である。
檜材の寄木造、高さ5.1メートルの仁王像が安置されている。

本堂の蔵王堂も国宝に指定されている。
本尊の巨大な蔵王権現3体と多くの尊像が安置されている。
重層入母屋造、桧皮葺、高さ34メートル、四方36メートルで、
安土桃山時代に再建された大伽藍である。
木造建築としては奈良東大寺大仏殿に次ぐ大きさ。
お堂に使われている太い柱はツツジ、梨などの自然古木である。
開基は役小角(行者)。

丁度、花供懺法会(はなくせんぼうえ)の時期で、
花供会式(大名行列)の行事が行われていた。

運よく、蔵王権現が御開帳の時期に当たり、拝顔できる。




蔵王権現像は木彫像としても秘仏本尊としても、
日本最大級の像である。
3体いずれの像も怒髪天を衝く激しい怒りを表し、
荒々しく振り上げた右手と右足が見る者を圧倒する。
秘仏とされてきたため、今なお色褪せず、
火焔光の朱や青黒い肌のあざやかな彩色がそのままである。
三尊のうち中尊が釈迦如来、左脇侍が弥勒菩薩、
右脇侍が千手観音菩薩の化身とされており、
過去、現在、未来の三世を救済するために
仮の姿で現れたのだという。
檜材木造、彩色、像高は中尊が728cm、左脇侍が615cm、
そして右脇侍が593cmである。
安土桃山時代の作。



東南院、大日寺などを通り過ぎる。



勝手神社は閉鎖中。
観光客も次第に増えて来る。
立ち並ぶ土産物店もにぎやかに。
胃腸薬で名高いダラスケ丸の店も。



吉野山全山とは行かないが、一部の桜が見ごろを迎えている。



竹林院に立ち寄る。
この寺院は宿泊もできるようだ。
寺域に「群芳園」という奥庭がある。
縁起抄によれば、豊太閤吉野観桜の際に、千利休が築造したもので、
桃山中期の名園として、大和三庭園の一つと言われている。
しだれ桜の「天人之桜」が池のほとりに見られる。
まだちらほらと咲き始めたばかりである。



庭園では、ショウジョウバカマが紫色と白色の花を咲かせている。



一番頂上の西行庵まで行ければよいのだろうが、
残念ながら、今回時間が足らない。
谷川沿いの道に出てみると、
もみじの新緑が素晴らしく、ひっそりと二輪草の群生が見つかる。



吉水神社で参拝。一目千本と言われる全山桜の景色が
展望できる絶好の場所なのだが、
今年は開花が遅れ、まだうっすらとした感じで絶景を楽しむとは行かない。



ここは白鳳年間に役行者により建立されたもの。
南北朝時代、第96代、後醍醐天皇が南朝の元宮とした。
後醍醐天皇が祭神として祀られている。
義経、静御前や秀吉由縁のところでもある。
建物は本社、楠公祠、書院で構成されている。
部屋や展示品を見学する。
義経着用の「色々威腹巻」、狩野永徳の屏風絵なども見られる。



駐車場に戻る頃には、歩くのもままならないほど大混雑。
予定時間までにはとしばし焦ってしまうほど。


吉野を後にし、最終目的地の大野寺へ向かう。
宇陀市室生大野にあり、室生寺への道の途中に位置する。
宇陀川の対岸にある弥勒磨崖仏で知られ、
また花の寺でもある。



大野寺にも樹齢300年のしだれ桜、そして春の花がすでに咲き乱れている。



山茱萸(さんしゅゆ)、土佐水木(とさみずき)、
連翹(れんぎょう)、花蘇芳(はなずおう)、木瓜(ぼけ)など、
モミジの一種が朱色の新芽も色鮮やかに。

好天にも恵まれ、忙しいスケジュールを予定通りこなし、
大いに古都の春を楽しむことができた。

# by toshi-watanabe | 2012-04-15 15:39 | 旅行 | Trackback | Comments(0)

春爛漫の奈良を訪れる(その2)  

2012年 04月 15日
さて2日目の昼前、立派な建物の立ち並ぶ天理の街並みを通り抜け、
石上神宮(いそのかみじんぐう)に到着する。



参道を行くと、神のお使いか木の枝に鶏が数羽、
地上には数羽の鳥骨鶏が動きまわっている。



脇の鏡池には「ワタカ」という天然記念物の魚が泳いでいる。
小型の鯉といった姿である。

正面の拝殿で参拝する。
本殿は奥にあり表からは見えない。
石上神宮は、伊勢神宮とともに日本最古設立の神宮とされ、
この拝殿は国宝に指定されている。



拝殿の近くに、古びた今にも朽ち果てそうな建物がある。
摂社出雲建雄神社拝殿であり、国宝となっている。
廃寺となった天理市の内山永久寺から移築したもの。



神宮にはもう一点国宝がある。
七支刀で、レプリカが展示されている。

次いで、高野山真言宗、釜ノ口山長岳寺へ。
昼の弁当を広げ、食後はいよいよ山の辺の道を歩く。



平安時代創建以来残っている、唯一の楼門は重要文化財。
日本最古の鐘楼門である。
上層に梵鐘を吊った遺構がある。
そのほか、旧地蔵院、旧地蔵院持仏堂、五智堂等が重要文化財。



山の辺の道は、田畑や雑木林の中を進む。
時折り満開の桜。



行燈山古墳、崇神天皇陵は、天皇陵としては最も古いといわれる。
全長約242メートルの前方後円墳である。



山の辺の道の道しるべ。



渋谷向山古墳、景行天皇陵。
3段に構築された前方後円墳である。
全長約300メートル、周囲約1キロに濠をめぐらせた堂々たる古墳。



山の辺の道沿いには数多くの歌碑が置かれている。



「未通女等(みとめら)が 袖布留《振》山(そでふるやま)の瑞垣(みづがき)の
 久しき時ゆ 思《憶》ひき吾は」 (「万葉集」巻4-501 柿本人麻呂)

「玉かぎる 夕さり来れば 狩人の弓月が嶽に 霞たなびく」
 (「万葉集」巻10-1816 詠み人知らず)

桜、そして歌碑がつづく。





「うま酒三輪の山青丹よし奈良の山の山のまに い隠るまで道のくまいさかるまでに
 つばらにも見つつ行かむをしばしばも 見さけむ山を心なく雲の隠さふべしや」
 (巻1-17 額田王、筆者は中河興一)

「ぬばたまの夜さり来れば巻向(まきむく)の 川音高しもあらしかも疾き」
 (巻7-1101 柿本人麻呂、 筆者は武者小路実篤)

「神山の山邊真蘇木綿(やまべまそゆふ)みじか木綿 
 かくのみ故に長くと思ひき」 (巻2-157 高市皇子、 筆者は入江泰吉)

檜原神社に立ち寄る。
三輪山中にある磐座をご神体としているので本殿はない。
明神鳥居三つを一つにした、三ッ鳥居が見られる。



この「山邊道」の道標は、小林秀雄が書いたもの。
最近、元マラソン選手だった某女史がこの地を訪れ、
丁度野鳥の声が聞こえたそうだが、
この道標を見て、「小鳥の道」と読んでいたよと、
ボランティアガイドさんが教えてくれた。



三輪山奥之院、玄賓庵、そして歌碑。





「蘆原のしけしき小屋にすがだゝみ いやさや敷きてわが二人寝lし」
 (古事記 神武天皇、 筆者は北原壽逸)

「狭井河よ雲立ちわたり畝火山 木の葉騒ぎぬ風吹かむとす」
 (古事記 伊須気余理比売、 筆者は月山貞一)

大神神社手前の展望台から大和平野を望む。
大和三山、耳成山、畝傍山、そして天の香具山。
大神神社の大鳥居も見える。
この大鳥居、国内2番目の高さだという。



山の辺の道散策も大神神社が終着点。
「おおみわじんじゃ」と読む。
ウォーキングの出発は天理市だったが、ここは桜井市。
三輪明神、三輪神社ともいう。



丁度春の例祭、「大神祭(おおみわさい)」が行われている。
行列に使われた神輿などが拝殿前に置かれている。

この境内にも歌碑が見られる。



「やまとはくにのまほろばたたなづく 青がき山ごもれる大和しうるわし」
 (古事記 倭建命、 筆者は黛敏郎で、五線譜に書いている)



大神神社を後に、2日目の旅程を終える。
宿は橿原温泉、温泉大浴場で一日の疲れをとる。

# by toshi-watanabe | 2012-04-15 10:59 | 旅行 | Trackback | Comments(0)

春爛漫の奈良を訪れる(その1)  

2012年 04月 14日
4月8日から2泊3日の旅程で古都、奈良を訪れる。
時まさに春爛漫、好天にも恵まれる。

名古屋駅前からバスで奈良へ向かう。
最初の訪問先は、奈良県の大宇陀である。
大宇陀にある本郷の滝桜を見学する。
又兵衛桜とも呼ばれている。



大阪の役で西方の武将として活躍した後藤基次(又兵衛)が、
豊臣家再興を夢見て暮らしていたのが大宇陀の地、
後藤家の屋敷跡に立っているのが、このしだれ桜。
誰いうとなく又兵衛桜と呼ばれるように。
樹齢300年の枝垂れ桜、根元の幹まわりは3メートルばかり。
地元でしか知られていなかった又兵衛桜は、
2000年に放映された大河ドラマ「葵徳川三代」の
オープニング場面の画像として映し出され、全国に知れ渡る。

今年初め、87歳で他界された日本画家の小泉淳作さんが、
最晩年5年がかりで完成させたのが、奈良東大寺本坊の襖絵。
40面の襖絵のうち12面は桜をモチーフに描かれているが、
3種類の桜で構成されている。
「東大寺本坊の桜」、「吉野の桜」、そして又兵衛桜をもとに
描かれた枝垂れ桜である。

今年の冬は異常気象で例年よりも長く寒い時期が続き、
桜の開花がどこも遅れ気味。
この又兵衛桜も例外ではなく、例年なら満開の時期を
迎えているはずなのに、残念ながらまだ蕾のまま。
見事な枝垂れ桜は見られず、ただ満開時を想像するのみ。

次いで長谷寺を訪れる。
前回は一昨年、牡丹の季節に訪れている。
真言宗豊山派の総本山として、
また西国三十三所第八札所として信仰を集めている。



ご本尊は十一面観音立像。
十一面観音としては、珍しく錫杖を持ち、長谷寺式十一面観音像の
特色となっている。



国指定の重要文化財、木造漆箔、像高は1018㎝と最大級の仏像。
室町時代、天文7年(1538)の作。
像内部は複雑で、前後左右に貫を通すなど堅固に組まれている。
国宝本堂は徳川三代将軍家光公の寄進により建立されたもの。
入母屋造の正堂と礼堂からなる双堂(ならびどう)形式で、
前面に懸造りの舞台がついている。
ここからの眺めは天下一品。
五重塔も望める。



花の寺として知られ、桜のほかに山茱萸(さんしゅゆ)の花が咲いている。
福寿草の花もまだ見られる。



初日はここまでで、奈良市内へ向かう。
市内のホテルに入る前に、割烹「東吉」で懐石風大和料理の夕食をとる。


二日目の朝は、宿からすぐ近くの奈良公園へ。
氷室神社を訪れ満開の桜見物。
ここは初めてである。



白木蓮も満開。



このあと2時間ばかりフリータイム。
各自好きなところを回る。
東大寺の南大門で記念撮影。
鹿せんべいが売られ、台湾、中国、東南アジアからの観光客が
鹿を相手に大騒ぎ。



山門としては日本一大きい南大門、圧倒される大きさである。
左右にそびえたつ金剛力士像(国宝)は見事である。
檜材木造、彩色、像高は阿形像が836㎝、吽形像が842cm。
鎌倉時代の作で、運慶、快慶をはじめ慶派の仏師により造立。
通常、向かって右側に口を開いた阿形像、左側に口を結んだ吽形像が
安置されるが、南大門の金剛力士像は
左右が逆に安置されている。
珍しい配置である。

昨年オープンしたばかりの東大寺ミュージアムを訪れる。
法華堂(三月堂)が現在修復作業中で、
ご本尊の不空検索観音菩薩坐像が、
東大寺ミュージアムのメインホールに安置されている。
朝一番でミュージアムに入ると、
丁度僧侶が朝のお勤め、読経をされているのに巡りあう。
しばらく静かに目を閉じ、読経に耳を傾ける。



不空検索観音菩薩坐像の頭上から、宝冠が取り外され、
現在宝冠が別途展示公開されている。
以前暗い法華堂の中で拝顔した時とは異なり、
ゆったりとした広い空間で、宝冠なしの菩薩像、
印象が全く異なる。

国宝で、奈良時代、8世紀の作。
像高は362㎝、材質は脱活乾漆造。
目が三つ、腕が8本の3目8臂。
本来異様となるはずだが、この仏像は自然な顔立ちで、
それが不思議な魅力を備えている。
宝冠は千数百個の玉で飾られている。

東大寺ミュージアムを出て、
奈良公園内を散策する。
興福寺の五重塔。
京都東寺の五重塔に次いで2番目に高い五重塔である。




奈良公園を後に天理へ向かう。

# by toshi-watanabe | 2012-04-14 15:11 | 旅行 | Trackback | Comments(2)

特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」を見学  

2012年 04月 12日
4月の初め、上野公園、東京国立博物館の平成館で開催中の
特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」を見学する。
折りから桜も咲きほころび、春爛漫の好天に恵まれ、
平日とは言え大勢の花見客でにぎわっている。

博物館にも大勢来られているが、
入場待ちの列もなく、そのまま展示会場へ。



「まぼろしの国宝、ニッポンに帰る」とサブタイトルが付けられている通り、
仏像、仏画、絵巻、中世水墨画、近世絵画など約90点、
えりすぐりの作品が出展されている。
ボストン美術館は「東洋美術の殿堂」と言われ、
100年以上にわたり日本美術の収集にあたってきた。
アーネスト・フェノロサ、岡倉天心などが尽力、
既に10万店点を超える日本の美術品を保存している。

東京国立博物館140周年の特別展でもある。
この特別展は6月10日まで開催された後、
名古屋ボストン美術館にて、本年6月23日から9月17日までと、9月29日から12月9日まで、
九州国立博物館にて、来年1月1日から3月17日まで、
そして大阪市立美術館にて、来年4月2日から6月16日まで開催される。

展示会場は、プロローグに始まり、
第1章、「仏のかたち、神のすがた」、
第2章、「海を渡った二大絵巻」、
第3章、「静寂と輝き -- 中世水墨画と初期狩野派」、
第4章、「華ひらく近世絵画」、
第5章、「奇才、曽我蕭白」、
そして第6章、「アメリカ人を魅了した日本のわざーー刀剣と染織」。

第1勝には4点の仏像と17点の仏画が展示されている。
ひときわ輝いているのが、
慶派の大仏師、快慶作の弥勒菩薩立像。



像内に納められている経典の奥書により、鎌倉時代、
文治5年(1189)に造立されたものと判明。
豊かな表現で素晴らしい仏像である。
檜材、割矧造り、玉眼、像高は106.4cm。

菩薩立像。



檜材、一木造、彩色、像高は176.5cm。
平安時代、8世紀末~9世紀初めの作。

地蔵菩薩坐像。



鎌倉時代、元享2年(1322)、円慶の作と言われる。
檜材、寄木造り、彩色、玉眼、像高は82.6cm。

第2章では、「吉備大臣入唐絵巻」と「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」の
素晴らしい絵巻が出展されている。
このコーナーが最も込み合い、じっくりと観られない状況。



「吉備大臣入唐絵巻」は平安時代、12世紀後半の作。

「平治物語絵巻」は鎌倉時代、13世紀後半の作。
この絵巻は十五巻近い大作であったといわれるが、
現存するのは三巻のみである。
ボストン美術館保有で今回展示された「三条殿夜討巻」のほかに、
二巻が日本国内にある。
この二巻も、今回の特別展に合わせて一般公開される。
「六波羅行幸巻」(国宝)は4月17日から5月27日まで、
東京国立博物館の本館2室にて展示される。
「信西巻」は4月j14日から5月20日まで、
静嘉堂文庫美術館にて展示される。

第3章では、狩野元信などの水墨画が出展されている。

祥啓筆の「山水図」。
室町時代、15世紀末~16世紀初めの作。



狩野元信筆の「白衣観音図」。
室町時代、16世紀前半の作。



伝狩野元信筆の「韃靼人狩猟図」。
室町時代、16世紀前半の作。
日本初公開、静嘉堂文庫蔵の「韃靼人打毬図屏風」とともに、
もとは大徳寺興臨院の襖絵であったのではと言われている。



第4章では、長谷川等伯、尾形光琳、伊藤若冲、狩野探幽などの作品が見られる。

等伯の「龍虎図屏風」。
江戸時代、慶長11年(1606)、晩年の作品。



光琳の「松島図屏風」。
江戸時代、18世紀前半の作品。



若冲の「十六羅漢図」、16幅のうち4幅。
江戸時代、18世紀後半の作。



第5章は今回の特別展で、最もインパクトの大きかった
曽我蕭白の作品、11点が出展されている。
スケールの大きさに圧倒される。

「雲龍図」は宝暦13年(1763)、蕭白34歳の作品。
1911年、ボストン美術館に収められた時、
すでに襖から剥がされた状態にあった。
最近修繕作業が終わり、パネルに張り付けた形で、
今回初めて公開される。
元々、寺院の襖絵と考えられる。
左側と右側が展示されている。
中央部分は喪失したとみられる。
その一部。



同じく蕭白の「虎渓図屏風」。
江戸時代、18世紀後半の作品。



いずれも素晴らしい、貴重な作品ばかりである。

平成館での見学を済ませた後、
法隆寺宝物館に立ち寄る。
節電のせいか、館内は暗く、手探りで館内を見学する。
数多くの菩薩像が展示されている。

宝物館の正面には、しだれ柳が芽を吹いており、
緑が目を休ませてくれる。



開放されている本館の裏側、庭園も散策する。
桜の花もほぼ満開。
大根の花に似た花が咲いている。
移築された九条館と茶室の「転合庵」も見られる。



# by toshi-watanabe | 2012-04-12 16:41 | 一般 | Trackback | Comments(4)

「墨舟会展」のお知らせ  

2012年 04月 04日
今年も「墨舟会展」の季節となりました。
山下公園の散策がてら、お出かけ下さい。

     「第18回墨舟会展」

  会期:  4月23日(月) ~ 29日(日)
        9:00 ~ 18:00
        初日は、12:30 ~ 18:00
        最終日は、 9:00 ~ 15:30

  会場:  神奈川県民ホール、 第一展示室
        横浜駅東口、または桜木町駅よりバス、
          神奈川自治会館前下車、徒歩2分
        みなとみらい線、日本大通り下車、徒歩6分

水墨画の作品、約70点が展示されます。
掛け軸も数点出品されます。
私は8号の額2点を出展いたします。

# by toshi-watanabe | 2012-04-04 15:20 | 一般 | Trackback | Comments(2)

倉敷雛まつり  

2012年 04月 01日
今日から4月、東京のソメイヨシノも昨日開花宣言、
いよいよ春爛漫の季節ですね。

旧聞になりますが、
先月岡山方面に旅をし、倉敷美観地区を
散策した折、「倉敷雛まつり」に巡りあいました。

旧家で保存されているお雛様の数々を
大変興味深く拝見しました。
どれも素晴らしいお雛様です。















# by toshi-watanabe | 2012-04-01 09:36 | 季節 | Trackback | Comments(2)