折々の記

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火坂雅志の著書「気骨稜々なり - 島井宗室」を読む。
急性膵炎のため58歳で亡くなられた火坂さん、
ついひと月前に三回忌を迎えたばかりである。

日経新聞夕刊に2013年から14年にかけて連載された

長編作品「天下 家康伝」が遺作となり、

これから大いに期待されていただけに早い旅立ちを惜しまれた。

本作品は、201310月にハードカバーで出版されているが、

最近、小学館文庫として出された改訂最新刊を手にする。

博多の三傑と称される、豪商で茶人の鳥井宗室の話である。

鳥井徳太夫、のちの宗室の父、茂久は博多練酒(乳酸発酵

させた香りのいい白酒)の造り酒屋を営んでいたものの、

根っからの放蕩者で、妓楼などに通い詰めるなど、

散財を繰り返し、店も傾き人手に渡り、

借金取りに追われ、いずこかへ行方をくらました。

母は苦労の末に、病で世を去った。

残された徳太夫の前には、借財の山だけが重くのしかかった。

17歳の時、徳太夫は店と家財を売り払い、ほとんど夜逃げ同然、

船に乗り込んで朝鮮に渡った。

釜山の港町で目を付けたのが茶道具。

この頃、日本では武家や豪商の間で茶の湯が大流行し、

人々は金に糸目をつけず、茶壺、茶入、水指、茶碗などの

茶道具を買い求めていた。

茶道具の目利きの腕を上げ、次第に販路を広げ、

博多に大店を持つまでになる。

堺にも出かけ、津田宗及、千宗易、今井宗久らとも知り合う。

特に、宗及の叔父にあたる津田道叱には目をかけられる。

北九州東部で勢威を誇り、九州一の富裕を誇る

大友義鎮(宗麟)の元を道叱と共に訪れ、

大井戸茶碗を持ち込む。

一目見て気に入った義鎮は、五千貫文でもそなたの言い値で

買い上げて遣わすというのだが、折角ですがお売りできませぬと、

徳太夫は言う。

二人の間で丁々発止と交わされる会話の場面は

絶秒に描かれており実に面白い。

最後には、

「金を積まれて、より高い方に品を流すとあっては、

商客の誇りが許しませぬ。 代金は無用、

大友さまに献上させていただきます」

と、小面憎いほど落ち着いた態度で、徳太夫は言った。

これですっかり大友宗麟に気に入られた徳太夫は、藩の御用商人となる。

徳太夫は唐舟を手に入れ、永寿丸と名付けて、

朝鮮や明ばかりでなく、琉球から安南その他南方まで商圏を広げる。

博多は地の利も得て一段と栄えるのだが、毛利氏、島津氏など、

領土を狙う戦国時代、五度にわたって、兵士が火をつけて、

繰り返し博多の町は焦土と化してしまう。

店を任せていた妻の美音(対馬の商人梅岩の娘)も、

店ともども焼死する。

徳太夫は悲嘆を乗り越え、そして博多の町も活気を取り戻す。

世に名高い楢柴肩衝の話も出てくる。

天下の三大名物肩衝の一つで、残る二つは初花肩衝と新田肩衝。

楢柴肩衝を手に入れた徳太夫は町を救うために、

秋月種美に無償で献上する。

後に秀吉が手に入れるところとなる。

(さらには家康の手になるが、江戸の大火により焼失)

著者が茶道具についてかなり調べられているのがよくわかる。

徳太夫49歳の時に三成の勧めで、二度目の妻を迎える。

博多の年行司(町衆の代表)の一人、神谷宗湛の養女で

名をお鶴という。

徳太夫は若い頃の宗湛(貞清)の面倒をよく見たものだが、

自分自身も年行司となり、ともに博多を代表する豪商となった。

武家にならぬかとの誘いを断り、

やがて京の大徳寺大仙院にて、津田道叱の紹介を得、

古渓宗陳の導きで、徳太夫は剃髪し出家する。

道叱の一字をもらい、宗叱に、そして宗室となる。

物語を最後に盛り上げるのが、秀吉との対面。

唐入りを目指す秀吉は、十八万人もの大軍を朝鮮国へ派遣すべく、

朝鮮の内情を知るために徳太夫を京の聚楽帝に呼び出す。

上段には秀吉、中段には家康、利家、景勝、秀家、輝元と、

豊臣家に連なる大名たちが居並ぶ。

下段の鳥井宗室は朝鮮の地理や内情を説明するが、

朝鮮経由で明国入りを目指す秀吉の意図に強く反論する。

居並ぶ武将たちは口を出さず黙ったまま、

秀吉はついに激昂、あわや刀に手をかけるという場面、

この物語も最高潮となる。

実子のいなかった宗室は養子を迎え、名を信吉という。

鳥井家十七か条の遺訓を残す。

元和元年(1615)824日、鳥井宗室は77歳の生涯を閉じた。


著者の三回忌に当たり、ご冥福を祈るばかりである。

合掌



# by toshi-watanabe | 2017-03-22 09:13 | 読書ノート | Comments(0)

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葉室麟さんの最新作「風のかたみ」を読み終える。
たくましく生きる武家の女たちの姿が描かれる。

著者は「風」とつく小説を今までに数冊書かれている。

「風渡る」、「風の王国(風の軍師)」、「春風伝」、

「風花帖」、そして「風かおる」。

九州豊後の安見藩城下町で医者をしている桑山昌軒の

一人娘、伊都子(いとこ)は医学を学び、

父の元で医者見習いをしている。

大阪に出て、緒方洪庵の適塾に学びたいと、

願いを藩に出したが受け入れられずにいた。

ある日、伊都子が藩の目付役、椎野吉左衛門に呼び出される。

ある屋敷に赴き、住み込みで屋敷の女人を診てもらいたいとの

依頼で、屋敷には7人の女人が住んでいる。

役目を果たせば、適塾行きが認められるだろうとの話に、

23歳の伊都子は喜んで白鷺屋敷と呼ばれる屋敷へ赴く。

ひと月ほど前に、藩主の御一門衆の中でも最も力のある佐野了禅が

突然、上意討ちにあい、襲ってきた藩兵と屋敷内で死闘の末、

奥座敷で自刃した。

長男の小一郎は屋敷に火を放ち、次男の千右衛門とともに

燃え落ちようとする火の中に駆け込み、命を落とした。

了禅は、上意討ちを覚悟していたかのごとく、

数日前に了禅の妻、きぬ、小一郎の妻、芳江と孫娘の結、

千右衛門の妻、初、それに3人の女中、春、その、ゆり、

の女家族を夏の間使う塚原の屋敷「白鷺屋敷」に移していた。

高齢のきぬと、自刃しようとしたのか喉に傷の残る初の

手当てを特にするよう伊都子は吉左衛門から依頼される。

さらに、女人の中で身ごもっている者が居るかも知れぬので、

探ってもらいたいとも言われる。

高齢ながらリーダーシップを発揮するきぬ。

長男の嫁、芳江と次男の嫁、初との諍い、

子供ながらしっかりした結に3人の女中、

それぞれが思惑を持ち、白鷺屋敷の日々が続く。

ある晩、烏天狗の面をかぶった曲者が初の部屋に忍び入り、

何者かにより殺害される。

実は小一郎が屋敷消失の際、ある目的のために生き延びていた。

曲者を退治したのは小一郎。

伊都子の幼馴染で、適塾に通う戸川清吾が

吉左衛門の命により突然、白鷺屋敷にとどまるようになる。

清吾は、ある吉左衛門の密命を帯びて、毒薬を持参するのだが、

いつの間にか誰かに盗まれてしまい。

その毒薬でおのれが命を絶ってしまう。

家老の辻将監の命により、吉左衛門が二人の家士を伴い、

夜中皆が寝静まる頃を見計らって白鷺屋敷へ。

夜討ちをかける手筈だったが、きぬが一人起きており、

吉左衛門にお茶を進めるが、お茶の中には毒薬が。

毒味をしたきぬも自ら命を絶つ。

二人の家士も倒れる始末で、家老の将監が自ら屋敷を訪れ、

残った女人たちの処分を言い渡す。

処分前夜、白鷺屋敷に火をつけて、みな屋敷を去る。

小一郎は屋敷の焼け跡で自刃して果てる。

初は伊都子あてに手紙を残して自害する。

終わりの部分をそのまま紹介したい。

読み終えた伊都子は静かに初の手紙を畳んだ。

初はどれほど正直に手紙を書いたのだろうか。

真実の思いを手紙に託したのと同時に

語れないことも多々あったのではないだろうか。

小一郎の妻になりたいと悲痛に願った初も、

男の心を弄び、毒を盛ることもためらわなかった

初も同時にいたような気がする。

そう思うと、伊都子はせつない、苦しい思いに襲われた。

誰しもが自分の思い通りに、ありのままには生きられない。

ただ、もがき続けるだけなのだ。

伊都子は立ち上がると、中庭に面した障子を開けた。

中庭の上の空を見上げる。

どこまでも透き通った青空だ。

伊都子は初の亡骸が横たわった川辺を

白鷺が飛んでいたことを思い出した。

あの白鷺が初かも知れない。

たとえ苦しみに満ちていたとしても、

初はやはり自分らしく生きたのだ。

ゆっくりと彼方に飛び去る白鷺の幻影を伊都子は

いつまでも見続けていた。




# by toshi-watanabe | 2017-03-17 09:22 | 読書ノート | Comments(0)

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武内涼さんの最新作書き下ろし「駒姫」を読む。
サブタイトルとして、「三条河原異聞」とある。

この作家の作品を手にするのは初めて。

秀吉が関白の地位を甥の秀次に譲り、

己は身を引いて太閤殿下となるのだが、

何かと口出しをし、甥の行動を監視し続ける。

しかも寵愛の側室、淀君(最近は淀殿というのが通常だが)に

男児が誕生、お拾と名付けて可愛くてしょうがない。

豊臣家をお拾(のちの秀頼)に継がせたい秀吉は、

秀次が邪魔になり、側近の石田三成や増田長盛を使って、

秀次を窮地に陥れ、紀州高野山に追いやる。

やがて秀次は高野山で自害して果てる。

後顧の憂いが無いように秀吉の命により、
秀次の正室、側室とその子供たちと侍女など

総勢39人の女子供が京都三条河原で処刑される。

無実の罪で処刑へ至る、涙を誘う物語である。

プロローグは、秀次が高野山で自刃する場面。

本文は、山形十九万石の太守、最上義光(もがみよしあき)の

息女、駒姫が出羽を出発、柏崎、直江津を通り、北国街道を南下、

琵琶湖を経て京の都へ向かう長途の旅から始まる。

前年、山形城を訪れた秀次に見初められた駒姫が

秀次の側室として輿入れするためである。

最上家の老家老、氏家尾張守が一行をまとめ、

鮭延主殿助(さけのべとものすけ)や

主殿助の許婚で御物師のおこちゃが付き従う。

父親の義光と人質として京に住む母親のとしよが

京の最上屋敷で駒姫を迎える。

駒姫は最上屋敷から秀次の宮殿、聚楽第に輿入れする。

豪華な嫁入り道具、そして駒姫の小紋など、手仕事に優れた

おこちゃが侍女扱いでともに聚楽第へ。

ところが、秀次はすでに高野山に居り、

東国一の美女と評判の15歳の駒姫、秀次のお目通りもなく、

聚楽第で無為の日々を過ごす。

秀次には正室が二人、一の台(母親が武田信玄の妹)と

若政所(池田恒興の娘)、そして十指に及ぶ側室たち。

一の台は駒姫の面倒をよく見てくれる。

駒姫が聚楽帝にあがって4日目、秀次が自刃した日なのだが、

聚楽第に詰問使がやって来て、侍女を減らすように指示。

そして翌日には、正室の一人、若政所と侍女は放免され

(父親の池田恒興は秀吉の命を救ったことがある)、

残りの39人の女子供(側室の幼子が5人)は丹波の

亀山城に転送され、屋敷牢の如く、二部屋に閉じ込められる。

一の台が、駒姫とおこちゃは秀次と未だ夫婦生活を

しておらず、側室とは言えない状況なので、放免するよう

依頼するのだが聞き入れられず。

このことを知らされて最上屋敷では大騒ぎ。

義光は何とか話をつけようと動き回るも、逆に蟄居を命じられる。

家臣の堀喜吽(ほりきうん)と鮭延主殿助は、

両替商の柿屋宗春の助けを借りて、いろいろと手を尽くす。

増田長盛にはけんもほろろにあしらわれ、秀吉の侍医をしている

施薬院全宗に頼み込むものの功をなさず。

次いで北政所に二人の救助を頼むものの、

秀吉の意思を曲げることならず。

更に徳川家康に頼み込むと、家康は秀吉の後、天下平定のために

最上の存在は価値ありという打算もあり、依頼を引き受ける。

秀吉との会談、一度目は失敗、そして斬首の当日、二度目の会談に、

丁々発止と交わされる二人の対話が物語を盛り上げる。

最後の切り札、淀君に忍びを使って接触、淀君が茶々の時代、

15歳の時に両親が自刃に果てたことなどを思い出させ、

淀君は駒姫たちの助命嘆願のため、秀吉の元に駆けつける。

その場には秀吉と家康がいる。

淀君の言葉に秀吉も二人の助命を認め、急きょ早馬を三条河原へ。

ところがわずかなところで間に合わず、

すでに39人すべてが処刑済みだった。

武内涼さん、どんな方か全く存じていないが、

この作品は素晴らしい出来栄えである。

小説なので、全てが事実とは限らないが、

実によく調べられている。

物語の筋立ても優れているし、登場人物が生き生きと描かれている。

秀吉と家康のやり取りは真に迫ってくる。

義光の妻、としよは直ぐ亡くなり、最愛の妻と娘に先立たれた

義光だが、駒姫の遺言を守り、藩のために力を尽くす。

関ケ原の合戦では東軍につき、その働きを認めた家康は加増し、

最上家は五十二万石(五十七万戸という説も)の大大名となる。





# by toshi-watanabe | 2017-03-14 10:08 | 読書ノート | Comments(0)

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久し振りに、内田康夫さんの作品が
新装版文庫本で発行されたので買い求める。

この作品を読むのは初めてである。

「終幕(フィナーレ)のない殺人」と題した推理小説。

この作品は昭和627月に発表されて以来、

何度か改訂版が発行されている。

ご存知素人名探偵、浅見光彦が登場するが、

今まで読んできた「旅情ミステリー」とは全く異質の作品。

古典的な密室殺人事件の範疇に入るのだろう。

名所旧跡巡りなど全然楽しめない推理小説、

作者はあえて、こうした作品を書かれたようだ。

浅見光彦の元に一通の招待状が届く。

芸能界の大物、加堂孝次郎が箱根の別荘で開く

晩餐会の案内だった。

同伴での参加を求められ、光彦は幼馴染の

小学、中学と一緒に通学した仲の野沢光子を誘って参加する。

光・光コンビである。

毎年開催されている、箱根の別荘での晩餐会だが、

昨年、一昨年と不審な死亡事故が起きていた。

浅見への招待は、不吉な事態の阻止を依頼するものだったのだろうか。

パーティに招待されたのは、浅見達二人を除き、

12人の俳優、女優、タレントなど、

今を時めくスターたちとその関係者。

他には執事夫妻、実は往年の俳優と女優という経歴の持ち主。

ところがパーティが始まったものの、肝心の加堂の姿は見えず。

妙な音楽が流れたり、演奏をしていたバンドが突然いなくなったり、

駐車場の車がいつの間にか、すべて消えたりと、不審なことが続き、

俳優の一人が突然殺害される。

誰かがフグの毒を盛ったらしいと推察するものの実態は不明。

救急車や警察を呼ぼうとしても、電話は通じず。

芦ノ湖湖畔のすぐ近くとはいえ、鬱蒼とした森の中の一軒家。

その後も次々と殺人が起きる。

翌日明け方になり、俳優の事務所からの連絡で、

やっと警察が動き別荘にやってきて、捜査が始まる。

もやもやしていた浅見光彦の頭脳が働き始め、推理を働かせる。

その推理を警察が裏付けるという、浅見シリーズの

いつものパターンとなる。

この小説は、最初から終わりまで、森の中のお屋敷で

起こる事件、そして俳優やタレントたちの入り組んだ

愛憎関係が事の起こりをもたらしている。

別荘の主の加堂自身も結局殺害される。

加堂が意図していた趣向とは全く別の方向に事態は進んで、

こうした連続殺人事件の発生となってしまった。

いつもの浅見シリーズを念頭に、この作品を読むと、

期待外れの感を抱かざるを得ない。

古典的な密室殺人事件として読めば、

トリックの謎解きも面白いだろう。


# by toshi-watanabe | 2017-03-07 09:18 | 読書ノート | Comments(0)

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「日本人の肖像」を読み終える。
本書は201415日から2015123日まで、

24回にわたって毎日新聞(西部版)に連載された

「ニッポンの肖像 葉室麟のロマン史談」をまとめたもの。

毎日新聞の西部版は九州一円と山口県、沖縄県をカバーしている。

第一部は、毎日新聞西部本社学芸部の矢部明洋記者が
聞き役となって、古代から近代までの歴史人物たちを語った史談集。

ところが、201411月、聞き手の矢部記者が脳梗塞と脳出血で倒れる。

第二部は、各分野の専門家を招いて、大阪の陣から、

天皇、憲法までをテーマにした対談集である。

葉室麟ファンの一人として、葉室さんがどのような思い入れを以て

歴史上の人物と向かいあい、作品を書かれているのか、

そして葉室さんの歴史観を知るうえで大いに参考となった。

第一部の最初に取り上げられているのが黒田官兵衛(如水)。

葉室さんが高校時代、足の関節炎で一年休学した折に読んだのが、

吉川英治の「黒田如水」、戦時中の昭和18年に執筆されている作品。

軍師として活躍する人物ではなく、
幽閉のエピソードに焦点を当て、

裏切らない誠実な人間像を描いている。

戦時中の悲惨な状況を目にしながらの執筆である。

それに対して、戦後の司馬遼太郎が執筆した「播磨灘物語」
には早い段階でキリスト教が登場し、
宗教にひかれる官兵衛像が印象的。

スペインやポルトガルが世界へ乗り出し、鉄砲伝来により、

信長の天下統一という、激動の時代に適応できた人間として

官兵衛を位置づけている。

葉室さんは、司馬さんの資料を参考にキリシタンを切り口として

「風渡る」、「風の軍師」を書き上げて官兵衛像に迫っている。

次いで登場の宮本武蔵と言えば、吉川英治の「宮本武蔵」。

懸命な努力で成長する近代日本の青年の理想像を武蔵に重ねる。

この名著は戦後も読まれ続け、現在、吉川版を原作に、

井上雄彦さんの漫画「バガボンド」が雑誌連載中。

対照的な武蔵像を描いているのが、

山本周五郎「よじょう」と司馬遼太郎「真説宮本武蔵」。

吉川「武蔵」は精神性を重んじたが、

司馬「武蔵」はスピード、技術・能力の優劣で勝つ合理性を描き、

ある種のニヒリズムを内包する。

そのあと、坂本龍馬、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、

女帝(県犬養橘三千代)、新選組、西郷隆盛、源平争乱、

北条政子、天皇ご近代、真田幸村(信繁)、千利休、

と続き、忠臣蔵で第一部を締めくくる。

第二部は、大阪の陣四百年、朝鮮出兵の時代、

対外交流から見た中世、国家と宗教、柳川藩・立花家、

そして日本人と憲法と続く。

大坂の陣四百年の章は、九州大学の福田千鶴教授との対談。

関ヶ原の戦いから大坂夏の陣まで15年間の位置づけの話から始まる。

慶長16年に京都二条城で家康と秀頼が対面する、

いわゆる「二条城会見」を福田さんは注目する。

秀頼が軟弱な人間ではなく、立派な成人に育ったのを

家康は目にして驚愕する。

家康との贈答儀礼、書状のやりとりなどからも、

秀頼がもはや一筋縄ではいかない人間であり、

無視できない存在であることを家康は実感する。

秀頼が戦いの準備を始めるであろうし、
二代将軍秀忠に任せられない。

己の目の黒いうちにと3年後に大阪の陣が起こる。

大坂夏の陣で、秀頼側に勝ち目はあったはずだという。

一番の問題点は、参謀がいなかったこと。

黒田官兵衛がもう少し生き延びていて
秀頼陣の参謀になっていたら、

異なる結果になっていたかもしれない。

もう一つは、秀吉の正室、北政所が大阪城に入っていれば、

豊臣家恩顧の武将たちが秀頼側に参集し、
別の結果になっていたかもしれない。

いずれももしもの話である。

日本人と憲法の章は、九州大学の南野森教授との対談。

現在の日本国憲法は第1章(1条から8条)で
取り上げられているのは天皇、

29条が戦争の放棄、
3章(10条以降)が国民の権利及び義務という構成となっている。

戦後の憲法の成り立ちを考えると、
憲法のメインにあるのは天皇制。

9条は敗戦の状況の中で第1~8条を守るために
差し出された証文みたいなもの。

天皇制が存続できるなら、
我々(日本)は武器を持たないという趣旨。

9条だけが現実的な議論の対象になっているのはおかしいと言われる。

憲法改定議論が現実味を帯びている現状だが、

天皇制を含めて考える必要があるというのは理解できる。

すでに70年間保持してきた憲法、

改定すべき時期には来ていないように感じる。

まずは日本の国の形がどうあるべきかを議論するのが
第一なのかもしれない。





# by toshi-watanabe | 2017-03-04 09:32 | 読書ノート | Comments(0)
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門井慶喜さんの著書「シュンスケ!」を読む。

時代小説なのに、「シュンスケ」とカタカナなのが面白い。

「シュンスケ」とは、明治維新後に新政府が発足し、

初代総理大臣となり、あわせて4回首相を務めた

伊藤博文の若き時代の名前、俊輔のことである。

昨年クルージングに出かける前に、この著書終盤辺りまで

読んでいたのだが、今回改めて最初から読み直す。

序では、伊藤博文がハルピン行きを前に明治天皇の元へ挨拶に出かけ、

数日後赤坂霊南坂の官邸で、山形有朋と言葉を交わす場面が、

この小説のプロローグとして書かれている。

幼名は利助、松下村塾で学び始めてから、俊英の俊をとって

俊輔と名乗り、明治維新後、博文となる。

周防国束荷村(つかりむら)の百姓の子として生まれる。

父は十蔵、母はこと。

萩に出て中間の永井武兵衛のところで下働きをしていた

十蔵は武兵衛に認められ、実子がいない武兵衛の養子となる。

同時にことと利助も一家そろって永井家の養子になる。

その後武兵衛が足軽伊藤弥右衛門の養子となって伊藤直右衛門と

改名したため、十蔵・利助親子も伊藤家の養子となる。

萩で生活を始めた利助は塾に通い始める。

塾の仲間に吉田栄太郎、のちの吉田稔麿。

やがて藩校明倫館の来原良蔵に目をかけられ、

利助の良き理解者、支援者となってくれる。

良蔵の紹介で吉田松陰の松下村塾に通うようになる。

利助は俊輔と改名し、優秀な仲間たちと交わる。

しかし俊輔はあくまでも百姓の子、足軽の身分になったとはいえ、

武士の家柄とは差別され、表立った行動もとれずに暮らす。

本人の天性と努力により、次第に自分なりの信念を持ち

世の中のあるべき姿を描くようになる。

運良く、長州藩が派遣する英国留学の5人に加わる。

俊輔23歳の時である。

他の4人は、志道(じじ)聞多のちの井上馨、29歳、

遠藤謹助、28歳、山尾庸三、27歳、野村弥吉、21歳。

香港に立ち寄り、英国植民地としてすっかり西洋化した

建築物や暮らしに驚き、船を乗り換えて、4カ月かけて英国へ。

聞多と俊輔は半年後に急遽帰国する。

短期間とは言え、英国留学は俊輔にとっては貴重な体験で

血となり肉となる。

人格形成の一助となったのは間違いない。

因みに、遠藤、山尾、野村はさらに英国留学を続けて帰国、

明治維新政府で重要な役割を果たす。

幕末、長州藩を攘夷に一本化し、倒幕へと行動を起こし活躍した

高杉晋作(俊輔の2歳年上)やリーダーとして藩をまとめる役目の、

桂小五郎が表舞台に登場するが、

じつは陰で推進したのは俊輔で、俊輔の考えるところが

実現されて行くのだと、著者は書かれているようだ。

太政奉還と共に幕府体制が崩壊、新たな時代を迎える。

古い体制下では、表舞台に出られなかった人材が

明治維新とともに、一挙に表舞台に登場する。

その最たる人物こそ伊藤俊輔、改め博文なのだろう。

この小説の大半は、高杉晋作の陰に隠れてあまり語られることのない

伊藤俊輔の物語である。

松陰処刑後、その遺体を引き取りに俊輔は刑場に出かける。

御殿山の英国公使館焼き討ちに参加する。

師と仰ぐ来原良蔵が自刃する。

様々な事件に遭遇するが、己を失うことのない俊輔。

こんな文章を著者は書かれている。

俊輔曰く、吉田松陰の如く破滅的な言動へ向かうのでなく、

来原良蔵のように命じられてもいない自刃をするのでもなく、

自分自身の身の処し方「死ぬまで生きる」

生きてこの世に役立つ。

西洋先進国の優れたところを理解し、日本の新しい国づくりを

しっかりと抱いていた人物だったのだろう。

著書のエピローグは、明治42年(1989)10月、

ハルピン駅頭に降り立った伊藤博文が朝鮮人、安重根の発した

三発の銃弾を受けて倒れる場面で終わる。

巻末に解説を書かれているのは、萩博物館特別学芸員の

一坂太郎さん。

全編を貫く俊輔のしたたかさ、柔軟さが、大きな魅力だと書かれている。

「博文」は、高杉晋作が論語の一節、

「博く文を学びて、これを約するに礼を以てせば、

亦以て畔(そむ)かざるべきか」から引用して名付けたと。

そして、大河ドラマに伊藤俊輔を主人公に取り上げても

いいのではと締めくくられている。




# by toshi-watanabe | 2017-02-25 10:26 | 読書ノート | Comments(0)


(蘭の花の写真がかなりの量になったため、4パートに分けてアップしています)

今年も春に先駆けて、東京ドームの広い会場にて
「世界らん展ーー日本大賞2017」が2月11日から17日にかけて開催された。
正面に設置された「オーキッド・ゲート」。

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まずは今年度の日本大賞の受賞作品の蘭。
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デンドロビューム グロメラタム ”ロング ウェル”
Den. glomeratum "Long Well"
神奈川県の永井清さんの作品である。

オーキッドゲートの横を飾るディスプレイ。
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ディスプレイから見学開始。
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各部門の受賞作品。
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このあとは「パート2」に続く。。。。。













# by toshi-watanabe | 2017-02-18 09:51 | 季節 | Comments(2)
「世界らん展2017」展示された蘭の紹介、4パートのうちの「パート2」。
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東洋蘭は鉢がまた素晴らしい。

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「パート3」に続く。。。。。。










# by toshi-watanabe | 2017-02-18 09:31 | 季節 | Comments(0)